僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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売り言葉に買い言葉

 

 

 やがて陽は落ち、海は夜を迎えた。

 クラスメイトの半分近くは帰宅し、ビーチではしゃいでいた海水浴客たちの八割近くも帰った。

 僕らのクラス会は、最後に花火でもやって終わりにしようという話になり、各々が火の付いた蝋燭を囲み、花火に火をつけている。

 クラスメイトの誰かが、蝋燭に花火の先端を近づけた。見事に着火。緑色の火花が噴出した。それは黄色になって、赤になって、ピンクに変色していく。

 他のクラスメイト達も、続けて火をつけた。僕らの周りだけ、パッと明るくなる。

 火薬の焼け焦げる匂いは、強烈に夏を印象付けた。

 

「わたし、こういう花火初めて!」

 

 前田が楽しそうに笑う。千種がその近くで、同じように楽しんでいる。

 顔見知りのクラスメイトたちが喧々諤々と、最後の元気を振り絞っているのを見渡して、僕は一人欠けていることに気が付いた。

 

「あれ、湯川いなくない?」

 

 声を上げたのは、星川である。

 黒に染めた長髪は、夜の海に融けるように流れる。

 

「あいつ……また、単独行動してんのか……」

「あたし、探していくる」

「いいよ、僕が行くから」

 

 爪先にサンダルを引っ掛けて岩場の方に歩いていくと、ぽつんと湯川が、一人で座っている姿が目に入った。なにをするでもなく、遠くの水平線を眺めている。

 

「よお」

 

 適当に声をかける。

 湯川は一瞬肩を跳ね上がらせたあと、ゆっくりとこちらに振り返る。

 

「私のことは気にしないで向こうで楽しんでくればいいのに」

「なんか馴染めなくて」

 

 適当なことを言った。

 僕は別に、クラスで孤立してるわけではないし、コミュニケーション能力も問題を抱えているわけではない。たぶん、馴染もうと思えば普通に馴染める。

 でも、そうはしなかった。

 僕は湯川の隣に腰を下ろし、蝋燭を取りだす。

 

「それ、どうしたの?」

「予備の蝋燭。くすねてきた」

「怒られても知らないから」

「僕は委員長だぞ? クラスの物は僕の物だ」

「ジャイアンか」

「クラスメイトは余さず全員僕の子分。一人孤立してるお前を、僕が放っておけるわけないだろ」

「劇場版ジャイアンか」

 

 思ったツッコミを入れてくれる湯川に感謝しつつ、僕はマッチを擦って、蝋燭に火を灯した。最初は小さかった炎が、気化した蝋によって大きな炎を形成していく。

 僕はマッチを振って火を消し、同じくくすねてきた線香花火を一本、湯川に手渡した。

 

「二本しか持ってこれなかったから、一本ずつな」

 

 線香花火をやるときの豆知識として、花火全体を斜めに傾けると花火が長続きするというものがある。火種と花火の接地面が増えることによって、火種が落ちづらくなるからだ。

 線香花火を長く楽しみたいというのなら、是非試してみてほしい豆知識である。

 だが。

 僕としては、線香花火は簡単に落ちてしまうところもまた楽しみであり、その儚さこそがわびさびなのだと思う。だから、線香花火を長続きさせる裏ワザというのは、僕に言わせれば無粋だ。

 だから僕は線香花火の先端を持って、垂直に花火を垂らして火をつけた。湯川も同じように着火する。ぱちぱちと静かに燃える小さな花火がふたつ。

 

「篠宮は、強いから良いよね」

 

 線香花火を見詰めながら、そう切り出したのは湯川だ。

 

「ん?」

「篠宮は変わった。(したた)かになった」

「強かね~。忘野先輩には、牙を削られたって言われたけど」

「それは牙を使わずに戦う術を身に着けたってことでしょ」

 

 それはつまり、(さか)しくなったということだろうか?

 褒められてる気はしないけど、悪い気はしない。

 

「――変わっていくんだな、誰も彼も。僕だけは取り残されているような気がしてたけど、そうでもなかったんだ」

「………」

「雪姫は年頃っぽくなったし、千種とはなんやかんやうまくやれてる。星川なんて、髪の色すら変えちまったからな……みんな変わってるんだ」

「………」

 

 しみじみと僕が呟く。

 湯川は真剣な眼差しを、線香花火に注いでいた。

 

「もしさ……」

 

 やおら、湯川が口を開く。

 

「ん?」

「もし……篠宮と私が恋人になってたら、星川さんより上手くいってたと思う?」

 

 線香花火が落ちた。

 僕は燃え残った花火を持ったまま、固まる。

 しばらく考えて、僕は言葉を捻り出した。

 

「……いや、上手くいくわけねぇだろ。だって、僕がお前に、お前が僕に恋心を抱くなんて、ありえないし」

「つまり、篠宮は星川さんに恋してるってこと?」

 

 そうやって真っ直ぐ聞かれると恥ずかしいものだけれど、しかし、なんとなくはぐらかす気にはなれず、正面から答えた。

 

「そうだよ。好きだよ」

「本当に?」

 

 食い気味に。

 訊き返すと同時に、湯川の線香花火も落ちた。

 しかし、湯川はそれを気にも留めず、真っ黒な瞳は静かな深淵を湛え、ただ、僕を真正面から射抜いている。

 

「……本当だよ」

 

 多少たじろぎながら、僕は何とか答えた。

 しかし、湯川は追及の手を緩めない。

 

「それ、高校に入ってから初めて仲良くなった女子がたまたま星川さんだったから、好きかなって思ってるだけなんじゃないの? 後輩のメッシュの子と先に知り合ってたら、そっちと付き合ってたんじゃない?」

「………」

 

 僕は何も言い返せなかった。

 反論できないからじゃない。湯川が、なぜこんなことを言ってくるのか、わからないからだ。わからないなんてこと、あるはずないのに。

 

「ある程度可愛い女の子なら、誰でもよかったんでしょ?」

 

 その言葉がきっかけだったのかはわからない。

 でも、そのタイミングで、僕は明確にキレた(・・・)

 

「お前いい加減にしろよ」

 

 低い声が洩れる。

 理性が怒りを押しとどめようとして、でもうまくいかなくて、押し切られるように言葉が転び出ていく。一度ダムが決壊したら、あとは堰を切ったように溢れ出るばかりだった。

 

「なんなんだよ最近のお前。ちょっと調子崩してるみたいだから僕も気にかけてやってたのに、お前最近おかしいぞ――はっきり言ってな、ウザいんだよ」

「……っ⁉」

 

 湯川の顔が痛みに歪む。

 それを見た僕もまた、身を切られるように苦しさを感じた。

 

「篠宮が……篠宮が悪いんじゃん。最近の篠宮はおかしい! 私の苦手なタイプの人間になってきてる。活き活きしてて、キラキラしてて……らしくなくて、気持ち悪い」

 

 責め立てる湯川の顔は、しかし、息苦しさを感じているようだった。

 その余裕のなさに感化されたのか、僕もまた、窒息しそうになる。

 

「ああそうかよ……それなら、もう僕に関わらなければいいだろ。苦手だって言うなら、僕にお前と仲良くする理由なんてない。また中学の時みたいに、勝手に孤立してればいいだろ!」

 

 語調が荒ぶる。

 勝手に熱が上がってきて、引っ込みがつかなくなっていく。立ち上がって叫んだ言葉は、もう呑み込めない。

 言ってはいけない言葉だって、簡単に出てきてしまう。

 

「こんなことなら……」

 

 一瞬言い淀んで。

 しかし、結局僕は口にした。

 

「お前がこんな奴なら、中学の時、助けなきゃよかった。友達全員に裏切られて、進学も不意にして、そこまでして助けたのがお前みたいな奴だなんて、割に合わないにもほどがある!」

 

 言って。

 一秒経って、二秒経って。

 湯川の目じりに涙が溢れるのを目にして、僕はやっと後悔した。

 しかし、覆水盆に返らず。

 もう、何もかもが手遅れだった。

 

「もういい……っっっ‼‼‼」

 

 つんざくような悲鳴にも似たその言葉とともに、湯川は僕を押し退けて立ち去ろうとする。

 しかし、僕は中学の頃みっちりバスケをやっていた身で、体幹には自信がある。湯川の細腕で僕を押してもうんともすんとも言わないどころか、逆に押した湯川がたたらを踏むほどだった。

 一歩、二歩下がって、三歩目は空を切る。

 

「湯川っ‼」

 

 岸壁から投げ出された湯川に手を伸ばす。

 我ながらナイス反射神経と言わざるを得ない反応を持って湯川の手を掴んだが、引き上げる反動で、逆に僕の身体が海に投げ出された。

 

「しの……っっっ‼」

 

 驚嘆に見開かれた湯川の顔が急激に遠ざかる。

 二メートルあるかないかくらいの高さだが、僕は背中から海面に叩きつけられた。

 海は生暖かった。

 深さもない。

 一瞬慌てて溺れかけたが、冷静になると、普通に足が付く高さだった。

 

「………」

 

 岸壁の上から僕を見下ろしていた湯川は、僕の無事を確認すると、何も言わずにどこかに行ってしまった。

 

 

 それから、夏休みが終わるまでの約十日間は平凡な日々が続いた。

 星川とは一回デートに行った。映画館で話題のアクション映画を見て、カフェでダラダラして解散。普通のデートだった。

 仕方がないので僕は何個か単発バイトを熟し、あとの時間は部屋でダラダラと過ごした。

 

 平凡である。

 至って平凡である。

 

 湯川と一度も会っていないことを除けば。

 夏休みが開けて始業式を迎えても、僕らはまだ、絶賛喧嘩中だった。

 

 




 

 これで一応、四章的なものが完結になりますので、今回は後書きありです。

 今回は夏‼ シンプルに夏‼ ということで夏盛りだくさんの話を構築しました。起承転結で言うのなら、あえて『転』まで書いて『結』は夏休み明けに丸投げ、という構成を最初から決めていましたので、湯川と喧嘩して終了、というもやっとした結末になりました。
 この章で一番出番が多かったヒロインは、もちろん星川です。
 なんせ、前回の章の最後で告白してしまったので、一番出てこなければ逆に不自然。
 夏にカノジョとイチャコラするのってこんな感じかなー、とか。
 そもそも星川ってどんな女の子かなー、とか。
 そんなことをもやもやと考えながら話を進めていきました。

 また、今回重要になってくるのが湯川累。
 よく感想でも『湯川は何を思って主人公と接しているのだろう』というコメントを頂くのですが、その自分なりの答えが、この章の湯川の言動になります。
 自分の気持ちを理解できないとか。
 自分の行動を制御できないとか。
 そこら辺の大人になるとなくしてしまう数々の感触を、作者自身も自分の青春を振り返りながら書き上げました。〝自己矛盾に苦しんでる子供が大好物〟という作者の激ヤバ性癖を理解してくれる人が、この広いネットの海のどこかにはいてくれると信じて。

 感想をくださる皆様に多大なる感謝を。このキャラが好きとか、このフレーズが面白いとか、そんな皆様の感想によって、作者のモチベーションは常に最高潮をマークし続けています。遠慮なく評価とかくださるとうれしいな……_・)チラ
 そしてここまで63話、約二十万字にも及ぶ本作に根気強く付き合ってくださった読者の皆様に感謝申し上げます。

 それからご報告を。
 活動報告の方に、本作のキャラクターのちょっとした設定資料集的なもの(ネタバレはないよ)を記載しました。ご興味がある方は、覗いてみてください。

 さてさて、では今回はここまでとさせていただいて。
 次章は文化祭編だよ、と宣伝しつつ。
 最後にひと言。


 てか、主人公たちが通ってる学校、なんて名前なん?

 
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