僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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断言するけど、パイルドライバーって人生で使う機会絶対ない

 

 

「ふ~ん、かぐや姫か……結構安直なところに落ち着いたね。ま、いいんじゃないかい?」

 

 大体一週間後。

 劇の大まかな上演時間と、大体の流れ、体育館の利用申請等を書類で用意して、放課後に生徒会室に提出しに行くと、忘野先輩にそんなことを言われた。

 そこはことなく冷たい視線を申請用紙に注ぐ彼女は、いかにも不満そうな顔をしてる。

 

 君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。

 

 そんな至言を知らない僕ではないけれど、最近の僕は調子を崩しているせいか、余計なことを口走ってしまった。

 

「じゃあ、安直じゃない出し物って何なんですか?」

「う~ん……ボディビル大会とか? ほら、篠宮後輩のクラスって、なぜか運動部が偏ってるから」

「アンタは文化祭で半裸晒せって言うんか」

「篠宮後輩には特別に私自ら掛け声をかけてあげてもよかったのに……『乳首が塩漬けレーズンか~い』って」

「筋肉を褒めろよ」

 

 万が一、当日ボディビル大会をすることになったら、僕は迷わず仮病を使う。

 

「は~あ……なんかつまんないから、私も個人でなにか出し物しようかな~」

「受験勉強しろよ、受験生」

「私はいいんだよ。余裕だから」

 

 鼻につくようなセリフだが、本人が鼻にかけてないせいで腹も立たない。

 或いは忘野先輩なら、本当に受験勉強なんてしなくても国立大学ぐらい合格してしまいそうなイメージがある。

 

「かわいい後輩男子の観察記録でも展示しようかな」

「やっぱ真面目に受験勉強しといてください。そんで海外の大学にでも合格しちゃってください」

 

 背筋がぞわっとしたので、結構真面目にお願いしてみる。

 

「私としては、真面目に観察するのも吝かではないんだけど」

「僕は観察されたくないので、それはナシの方向性でお願いします」

 

 僕の観察記録が展示されるなら、僕は絶対当日休む。

 

「別に篠宮後輩のこととはひと言も言ってないのだけれど。自意識過剰なんじゃないのかい?」

「へぇ。じゃあ、誰を観察するつもりだったのか、僕に教えてくださいよ」

「観察対象に教えたら、正確な観察記録が取れなくなってしまうからダメに決まっているだろう」

「つまり、やっぱり僕なんじゃねぇか!」

 

 僕に絡むのやめてくれないかな……ていうか、もういっそのこと僕のこと忘れてくれないかな……そんなことを真剣に考える僕だけれど、彼女の紺碧の瞳は完全に僕のことをロックオンしてしまったらしい。最近では、ほぼ毎日のようにメッセージが飛んでくる。ワンチャン、星川よりもやり取りしてるかもしれないくらいだ。

 

「ちなみに、雪姫(ゆき)のクラスはお化け屋敷をやるそうだ」

「そうなんですか」

「もしよかったら、可愛い彼女と見に行ってみるといいよ。まあ、大したクオリティは期待できないけど」

 

 相も変わらず妹に辛口の忘野先輩に顔を顰めつつ、僕は生徒会室を退室した。

 

 閑散とした廊下を歩く。

 ふと窓の外に目を向けると、湯川がとぼとぼとひとりで校門に歩いていく姿が見えた。

 夏休み以前は毎日のようにふたりで登下校していた僕らだが、二学期以来、僕らは登校も下校も共にしていない。会話はないし、メッセージのやり取りもない。それどころか、湯川は星川や千種とも距離を空けているようだ。

 また、孤独に戻ろうとしている。

 

『また中学の時みたいに、勝手に孤立してればいいだろ!』

 

 あのクラス会の日、夜の海で僕が言ってしまった言葉だ。

 口が滑って吐いた言葉。毎日のように後悔している。

 謝らなきゃ。

 ――でも、その勇気が出ない。

 公衆の面前で愛を叫んだこともある僕だけれど、幼馴染にごめんのひと言も言えないチキン野郎だった。

 

「………」

 

 さて、今から帰ると、バス停とか駅とかで、湯川とばったり遭遇しかねない。

 それは気まずい。

 たぶん、湯川もそれを危惧して、この微妙な時間帯に帰宅しようとしているのだろう。

 湯川とバッティングしないためには、僕も下校時間をずらさなくてはいけない。最低でも三十分はずらさないと、駅で鉢合わせてしまうだろう。

 

「……図書館でも行くか」

 

 

 我が校の図書館は、言ってしまえばかなり粗末なものだ。

 そもそも偏差値があまり高くない学校なので、教育に注がれる熱意が高くない。自由な校風の代わりに、知識を得たいなら学校に頼らず自力で見つけ出せ、みたいな教育理念を掲げているのである。

 とはいえ、図書館とは本を貸し借りするだけの施設ではない。

 静かな空間と、机と椅子。

 それさえあれば、勉強をすることができる。

 だが皮肉なことに、偏差値の高くない我が校では、図書館で自習するなどという真面目な生徒がそもそもいないのだった。

 

 笑えることに。

 

 この日の図書館の利用者は、なんとたったの二人だった。

 一人は今ここを訪れた僕。そしてもう一人は、

 

「千種」

 

 教科書とノートを広げて、熱心に勉強しているクラスメイトに、僕は声をかけた。

 僕の声に反応した千種は、垂れ下がっていた髪を耳に掛けながら僕に目を向ける。

 

「逝ね」

「えっ⁉」

「あら、ごめんなさい。言い間違えたわ。こんなところで奇遇ね、と言おうとしたのよ」

「そんな言い間違いがあるか!」

 

 びっくりしたわ。

 

「積分か……」

 

 千種のノートを覗き込む。

 どうやら千種は、数学を勉強していたらしい。ポエムの作成中じゃないことは、声をかける前に確認済みだ。

 

「ええ。前回の期末試験では辛酸を嘗めることになったから、苦手な数学にも力を入れることにしたの」

「辛酸?」

「ウジ虫野郎に負けたのよ」

「……そのウジ虫野郎って誰のことですかね?」

「あら、教えられるわけないじゃない。だって本人に言ったら、悪口になってしまうもの」

「つまり僕ってことじゃねぇか‼ ああもう……あの手この手で罵倒しやがって……」

 

 言いながら。

 椅子を引いて千種の横に腰掛ける。千種は人睨みしてきたけど、文句は言ってこなかった。

 

「勝手に隣に座らないでくれるかしら。ウジ虫野郎が感染(うつ)るわ」

 

 やっぱり文句も言ってきた。

 

「ウジ虫野郎が感染るって、それどういう状況なんだよ――そこ、計算間違ってるぞ」

「……あっ」

 

 千種はなにかに気づいたように小さく声を洩らす。

 そして、僕の方に鋭い視線を向けて、平坦な声で言った。

 

「今から舌打ちしまーす。チッ」

 

 親切にも教えてあげたのに、舌打ちが返ってきた。相変わらず好感度がちっとも惜しくない奴である。

 せっかくなので、もうちょっと口を出してやろう。

 

「それ、普通に積分するんじゃなくて、1/6公式使った方が楽だぞ」

「1/6公式?」

「ん」

 

 千種の手からシャーペンを奪って、ノートに公式を書き起こす。

 

「数学は如何にズルできるかで点差が開くから、こういう便利な公式は全部暗記しといた方がいい」

「……なるほど」

「ちなみに、1/3公式っていうのもある――あとは、1/12公式っていうのもあるけど……まあ、これはあまり使わないな」

 

 二つの公式をノートに書き上げると、僕は千種にシャーペンを返した。

 千種はそれを何度か復唱したあと、恥辱に染まった顔で僕を睨む。

 

「……どうやら借りができてしまったようね」

「借り? いいよ別に。貸したなんて思ってない」

「いいえ。ウジ虫野郎に施しを受けるだなんて、私のプライドが許さないわ」

「ことあるごとにウジ虫野郎を連呼して、僕がウジ虫野郎であることを確定事項かのようにするのやめろ」

「しょうがないから、私もパイルドライバーの掛け方を教えてあげるわ」

「結構です過ぎるわ」

 

 そういえば、海で湯川がナンパされてた時、ナンパ男にパイルドライバーを掛けてたな……。

 

「千種が習ってたのって、空手と柔道って話だよな?」

「そうよ」

「じゃあ、なんでプロレス技までできるんだよ」

「いざって時の為よ」

「お前は何を目指してるんだ……」

 

 なんにしても、僕の人生にそんな『いざって時』は訪れない。

 人生にパイルドライバーが必要になることとかあるわけねぇだろ。あんなん一歩間違えたら相手のこと殺してまうわ。

 

「なら『怒気(ドキ)っ☆ 千種先生の罵倒だらけのお悩み相談教室(ポロリもあるよ)』を開催してあげてもいいわ」

「なんだその語義的に矛盾してそうでしてないお悩み相談は‼」

 

 なんでポロリもあるんだよ。逆に怖ぇよ。

 

「ほら、貴方の悩みを言ってみなさい。私が華麗に解決してあげるから」

「……別にないよ、悩みなんて」

「あるでしょ」

 

 千種は。

 予想外に真っ直ぐな目で、僕を見ていた。冗談でもギャグでもなく、本気で僕の悩みを解決しようとしているかのように。

 僕はその視線が息苦しくて、どうしようもなくて、思わず目を逸らす。

 

「湯川さんと、どうしたの?」

「………」

「貴方たちの様子がおかしいのは、みんな気づいているわ」

 

 そりゃあ、そうだろう。

 ちなみに、夏休み以来過度に距離を取っている僕らに対して、星川はほとんど無干渉を決め込んでいる。前田は逆にしょっちゅう訊いてくるが、その全てを僕はあしらっていた。

 

「……なにがあったのかは言えない。言っても、お前にはどうしようもないから」

 

 少し突き放すような言い方になってしまったが、千種がそれで腹を立てることはなかった。

 

「そう」

 

 とだけ呟いて、それ以上追及してくることはない。

 彼女のその距離感の測り方が、僕にはどうもありがたかった。

 

「なら、やっぱりパイルドライバーを教えてあげるわ」

「なんでだよ」

 

 この後、めちゃめちゃパイルドライバーを教わった。

 

 

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