放課後にクラスで出し物の準備をする日も増えてきた。
準備期間は一か月くらいしかないので、当然といえば当然だ。
演者は演技の練習をし、小道具係は学校から出してもらった少ない予算をやりくりして小道具を作る。
僕の仕事は生徒会との連絡役のようなもので、有事の際以外は基本的に外野だ。
自分のカノジョ(かぐや姫)が五人の貴公子から熱烈に求婚されている様を、漫然と眺めるくらいしかやることがない――なんか、NTRものを見ているような気分になってくる。湯川が好きそうなシチュエーションだ。
その湯川は、基本的にサボタージュを決め込んでいる。劇に関しても何の役割も担わず、放課後になったらさっそと帰ってしまう。前田が何度か声をかけたようだったが、梨の礫だった。
さて、この準備作業だが、当然のように衣装合わせの日がある。
それが、今日だった。
竹取物語は平安時代がモチーフなので、衣装は当然のように和服だ。貴族の物語なので、男子は全員束帯で、女子は全員十二単――は、さすがに足が出るし演技するのに重すぎるということで、被服部の南条が、なんちゃって十二単なる者を制作してくれた。ぱっと見何枚も布が重なっているように見えるが、その実一枚のぺらっぺらの布というものである。よくわからないけど、たぶんすごい技術なんだと思う。
「どう? 似合う?」
星川が自信ありげに問う。
周りの女子たちは「かわいー」「さいこー」と黄色い歓声を上げた。
そりゃまあ、可愛いことには同意だ。
が。
似合ってるか聞かれると、正直微妙。
いや、似合ってるは似合ってるのだが、かぐや姫らしくない。
なんちゃって十二単の胸部を押し上げて、どっかりと帯に乗っかっているお胸様が、どう見ても平安美人の枠に収まっていないからだ。それに、星川は生粋の陽キャ。髪の色を黒くしようと、溢れ出るキラキラオーラが隠せていない。これもまた、平安美人らしくない。
とはいえ目を奪われるものは目を奪われるもので。
男子たちも、遠巻きに見ている。
堂々と見ている奴とさりげなく見ている奴の二種類しかいない。
そんなクラスの視線を独り占めしている星川が俺の方にやってきた。
「どう、篠宮? 似合ってるっしょ?」
男子たちの嫉妬の視線が突き刺さる――まあ、これは悪意がないから気にならない。
だが女子の、星川のギャル友たちの視線は、明確に悪意がある分、僕を気持ち悪くさせた。
素直にかわいいと褒めると面倒そうなので、冗談めかして答える。
「和服っていいよな。浪漫があって」
「……なんかくだらないこと言おうとしてるでしょ?」
「いや、全裸に布を巻きつけただけの格好の女子が歩いてると思うと、なんだかちょっぴり興奮してしまうなって話をしようとしただけだ」
「いや、下着は着けてるから」
呆れたように返される。
星川は気づいていなかろうが、下着を着けていることを自分で言わせることに成功している時点で、僕の目論見は成功している。チョロいぜ。
これ以上星川と絡んでいると色々言われそうだったので、僕は教室の端っこに移動した。
そこには担任の新庄先生がいて、文化祭の準備に燃えるクラスの様子をカシャカシャ勝手に撮っていた。男の教師が高校生を無断で激写してたら職質案件なのに、女の教師はセーフみたいな風潮は頂けない。
「ああ、わたしも高校生の頃はあれくらいキラキラしてたんだけどなぁ」
あまり関係の深くないクラスメイトは基本的に僕に話しかけてこないが、先生だけはこうして普通に話しかけてくる。
結構気易い先生なのだ。
見た目も若くて清潔感のある女性教師なので、密かに人気がある世界史の先生だったりする。
「篠宮……先生な、ひとつだけ願いが叶うなら、若返りを願うって決めてるんだ。まだ、二十八歳なのにだよ……? 十七歳くらいの見た目に戻って、合コンで男を引っ掛けまくるんだぁ」
「新庄先生。そんなことを自分の持つクラスの生徒にぶっちゃけないでください。尊敬できなくなります――てか、なんでも願いが叶うなら、普通にカレシをくださいってお願いすればいいじゃないですか」
「馬鹿野郎篠宮‼ そんな風にできたカレシなんて、運命の相手じゃないでしょ‼」
「二十八歳独り身、教職、加えて夢女……終わってんな」
てか何気にいま、先生に馬鹿野郎って言われたんだけど。
これっていいの? 令和ではアウトなんじゃないの?
「先生もな、十二年前はこんなにかわいかったんだよ。あの時に婚活してたら、バッキバキに男釣れたんだろうな……」
「婚活してる女子高生なんてヤバすぎるし、それに釣られる男なんて、絶対運命の人じゃないですけどね……」
ちなみに、新庄先生は独身ネタをしょっちゅうかますが、これは百パーセント冗談だ。新庄先生はそこそこモテるし、数学教師の安芸先生に言い寄られてるという噂もある。結婚はいつでもできるけど、あえてしていないのだ。そして、それを持ちネタとして振るっている。
生徒もそれがわかっているから、新庄先生を独身ネタで揶揄うし、先生も生徒がそれを理解していることを理解しているから、安っぽく独身ネタを使える。
生徒と先生としては距離が近すぎるような気がするけど、でも、生徒の立場からすると、接しやすくてかなり好感の持てる先生ではある。
「せんせー、写真撮ってー」
女房の格好をした女子生徒が、新庄先生に向かってピースを作る。
新庄先生は仕方ないなーとか呟きながら、かなり構図に拘って一枚写真を撮った。
僕はそれを黙って眺める。
和風の衣装。
湯川が着たら似合いそうだな――とか思いながら。
「………」
窓の外を見る。
皮肉なくらいに快晴だった。
「……謝んなきゃな、湯川に」
酷いことを言った自覚はある。
でも、実行には移せない。
謝りたいと思ってても、口にしても、それは結局口先のことで、湯川と喧嘩してから既にひと月が経過しようとしていた。
――そもそも、あちらが僕を明確に避けているのに謝るのは至難の業なのではないだろうか。謝って解決するような問題なのだろうか……。
違う違う。どんどん言い訳を考えようとしている。
言い訳なんて考えるな。それじゃ、なにも事態は好転しない。
どれだけ上手な言い訳を思いついても、それは援軍の見込めない砦で籠城しているようなもので、結局、際の際まで粘ってから死ぬしかないのだから。
「仲直りって、どうやってやるんだろうな……」
僕と湯川は幼いころから本当に仲が良かった。加えて、両方衝突を嫌う性格だったから、喧嘩なんてする機会もない。
だからか、僕らはとても喧嘩下手なのかもしれない。
喧嘩するほど仲がいいなんて馬鹿みたいな言葉があるけど、その論が正しいなら、僕と湯川は世界一の不仲だったことになる。さすがにその論に頷くことは出来ないけれど、しかし、僅かに納得できる要素があるのも事実だった。
僕らは喧嘩が下手くそすぎて、仲直りの機会を見つけられない。
何にせよ、とにかく謝ってみないことには始まらない。
そんなことはわかっているのだ。僕も。そして、湯川も――いや、どうだろう?
以前なら、湯川の考えていることは息をするようにわかった。
でも今は。
……イップスだろうか。僕はもう、湯川がなにを考えているのか理解できない。こんな経験は、初めてだ。
もしかしたら。
もしかしたら、このまま一生疎遠になってしまうのかもしれない。僕らの長い長い腐れ縁は、あの夜の海を以って終わりを迎えてしまったのかもしれない。
そう思うと、胸が締め付けられるようだった。
不安感と焦燥感。
いつか湯川のことを僕の半身だと表現したことがあったが、今の僕はそれに近い感覚を抱いている。なんというか……利き腕だけで生活しているような。問題はないけれど、不便。どことなく落ち着かない。
そんな日々が徒然なるままに過ぎ去っていた。
「篠宮、不安そうな顔しすぎよ」
呆然と空を眺めていた僕に話しかけてきたのは、近くにいた新庄先生だった。
写真撮影タイムは終わったらしく、デジカメをいじりながら話しかけてくる。
「すいません。あまり顔には出さないようにしているんですけど」
あまり周りに迷惑を掛けたくないのだ。
前田なんて過剰なくらい心配してくるから、むしろストレスなくらいである。
「もう高校生だから、先生もあまり人間関係に口出しできる立場じゃないけど……それでも私は一人の年長者よ。相談くらいはいつでも聞いてあげられるから」
「……ありがたいですけど」
「まあ、聞いてあげるだけで解決してあげるとは言ってないんだけどね☆」
「僕の感動返せ」
「高校生の人間関係の悩みとか、合コンで最高の話のタネになるから、遠慮なく私にぶっちゃけなさい!」
「先生の前に一生マトモな男が現れなくなる呪いかけていいですか?」
「それはやめてちょうだい。そんなことしたら、私のクラスから男子がいなくなっちゃうから」
「……………………………………カッコいいだけの言葉を言わないでください。危うく惚れるところでした」
「私はバッキバキにウェルカムだけどね。バッキバキな男の子」
「さすがにその発言はアウトだろ!」
新庄先生とからから笑い合う。
文化祭は着実に近づき。
湯川との関係の修復は、復興の目途も立たないまま時間だけが浪費されていった。