僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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文化祭、開幕

 

 

 そして時が経つのは早く――十月最初の土曜がやってきた。今日と明日が文化祭だ。

 この二日間は誰でも高校に入っていい。女子高とかだと招待制だったりするが、うちは広く一般に開放されている。

 むしろ、自由な校風くらいしか売りのない我が校を世間にアピールする目的も多分にあるらしく、全然高校と関係ない人なんかも、積極的に誘致しているくらいだ。

 こういうイベントは雨がぶつかったりするとその時点で終了ムードが流れ始めるものだが、我が校の文化祭はその点、恵まれているようで、二日とも晴れそうだ。

 僕らのクラスは演劇をクラスの出し物として行う予定で、それは二日目に予定されている。なので、一日目は完全に自由時間だ。明日の為に最終打ち合わせをしている連中もいるが、そこまでの真面目さはさすがにマイノリティだった。

 

 湯川は……今日は来ていない。

 イベントごとは正々堂々とバックレるのが湯川の流儀である。それは昔からのことで、今日の文化祭に彼女が来ていないのは何もおかしなことではない。

 なにも……おかしくない。

 

 九時になると、校内放送が「今から文化祭一日目をスタートします」と高らかに告げた。

 その言葉に弾かれたようにクラスメイトは三々五々、教室から出ていく。

 その後ろ姿に見慣れた影を見て、なんとなく眺めていたら、見ていた生徒が振り返って目が合った。

 

「………」

 

 星川である。

 彼女は口パクで「また後で」と言うと、派手な友達を連れだって教室から去っていった。

 なんとなく取り残された僕は、自分の席に腰掛けて呆然と時計を眺める。今は九時。三時間ほど暇だ。

 カチ……カチ……とゆっくり巡る時計の秒針が一周するのを眺めてから、教室の中を見回すと、既に教室に残っているのは僕と千種だけになっていた。他のみんなは、早速他クラスの出し物を楽しみに行ったらしい。

 

 なんとなく外に視線を向けると、どこかのクラスの男子がお手玉を披露していた。たぶん五個か六個くらい。文化祭で披露する一芸としては、充分と言えるラインだ。

 他にも屋台をやっている奴がいたり、大道芸を披露してたりするやつがいる。

 なんとなくそれを眺めてから時計に目を戻したら、数分だけ時間が経過していた。

 

 時間が余りまくってやがる。

 

「――ああ……なるほど。さっきからなんか吐き気がすると思ってたけれど、わかったわ、篠宮くんと同じ部屋にいるからだったのね」

「え⁉ 急に⁉ なにお前、さも気づきを得たみたいな独り言で、僕に毒を吐いているの?」

 

 そして千種は今日も絶好調だった。強烈に辛辣で、凄まじく尖ってやがる。

 もしかしてコイツの通帳には、僕のことを罵倒する度に千円振り込まれるシステムでも搭載されているのだろうか。

 

「あら、篠宮くん。人様の独り言に聞き耳を立てるなんて、行儀が悪いわよ」

「勝手に聞こえてきたんだよ、僕の悪口が!」

「ふっ。所詮はその程度の器ということね」

「シニカルなキャラを演じれば、僕の解釈が狭量ということになると思うなよ! 『同じ部屋にいるだけで吐き気がする』なんて、どの角度から切り取っても罵倒だろうが!」

「その吐き気が、例えばつわりだったとしても?」

「なっ………………………………………………………………いや、それも普通に同じ部屋にいたら妊娠しそうって意味じゃねぇか。純然たる罵倒だろ」

 

 ていうか仮にもクラスメイトなんだから、同じ部屋にいることくらいは許容してくれよ。

 

「だから、今のはただの独り言だって言ってるじゃない」

「人のことを傷つけようという意図をもって吐かれた言葉は、独り言とは呼ばない」

「というか、篠宮くんこそ、さっきから独り言がうるさいんだけど」

「あれぇ⁇ おかしいな。僕は千種と会話をしているつもりだったんだけど……」

 

 会話のキャッチボールが、全部百五十キロ火の玉ストレートで返ってくるんだけど。一回おきに全身をズタボロにされてるんだけど。会話のキャッチボールっていうか、会話の真剣勝負だろ、これ。

 僕はいったい何と会話してるんだ。

 女子か? それとも日本刀か?

 

「………」

 

 まあ。

 それでも、紳士的な対応に徹しさえすれば、千種美穂――このクラスメイトの態度も、僕には単純に不快感を抱くことはできないのだった。いや、本当に、極めて紳士的に、紳士の本場イギリスで武者修行してこなくちゃならないくらい紳士に徹すれば、わからないそれではないのだった。

 彼女はたぶん、下限を見ている。

 僕という個人が冗談と認識できる毒舌の範囲の、そのギリギリを攻めているのだ。なぜ、そんなチキンレース的なことをしているのかは理解できないが、彼女の毒舌は確かに、僕の耐えうる範疇を超えない――千種はそれを見抜いている。

 

「それにして、篠宮くん。貴方、星川さんはどうしたの? もしかして、もう別れたの? やったじゃない」

 

 いややっぱ普通に下限超えようとしてるわコイツ。僕の懐が広いだけだ。

 

「縁起でもないことをさりげなく言うな。そして喜ぶな。至って円満ですぅ――星川は友達と文化祭を回るらしい。午後にはなんとか時間を作ってくれたから、それから一緒に回ることにしてるよ」

「そう。なるほど。由良さんね…………………貴方も大変ね」

 

 由良とは、星川のギャル友だ。

 一学期最終日、僕と星川はめでたく交際をスタートしたわけだが、それで双方の今までの人間関係を全てリセットできるわけではない。交友関係は、(しがらみ)だ。学生という小さな社会で上手くやっていくためには、ある程度他人に時間を割かなければならない。

 

 由良は、僕のことをあまりよく思っていないらしい。

 まあ、当然のことといえば当然のことではある。

 僕はクラスでは陰険な性格で通しているし、何より、忘野先輩が上手く取り計らってくれたとはいえ、僕は実際問題として、雪姫と別れた直後に星川に告白しているのである。そんな奴、普通簡単には信用しない。僕だって信用しない。

 創作のラブコメなんかでは交際が成立した時点でゴールみたいな扱いを受けているけど、現実的には、交際が成立したタイミングがスタートなのだ。

 先は長い。

 

「それにしても……、あれね」

「ん? どれだ?」

「ちょっと待ってくれるかしら? いま、篠宮くんでも理解できる表現を考えるから」

「お前は篠宮くんを不愉快にさせない表現を考えろ。あと、こんなこと自分で言いたかないが、僕の方がお前より成績上だからな」

「勉学の出来がイコールで賢さだと思ってるなんて、篠宮くんは浅はかね」

「………」

 

 言い返すことができなかったので論破されたみたいになったが、絶対に正義は僕の方にあったと思う。

 

「ほら、私たちのクラスって出し物で演劇を選択したじゃない?」

「ああ、そうだな」

 

 言うまでもないことだ。

 厳正な投票の結果選ばれたこの指針に従い、今までクラスが一丸となって準備してきた――一丸となってはちょっと言い過ぎたかもしれないけど、協力し合ってきたのは事実だ。

 

「クラス会議の最中は、演劇なんてどうせ大して盛り上がらないし儲けも出ないし大変なだけで大して思い出にもならないじゃない馬鹿なのかしら学級委員ちゃんと仕事しなさいよ、くらい思ってたのだけど――」

「お前そこまで思ってたの⁉」

「今となっては、当日こうして黙々と自習に励める分、下手に喫茶店とかにしなくて良かったと思ってるのよ」

「そうだな。お前、接客とかできなそうだしな」

「は? できるわよ」

 

 何の気なしに言ったら、思ったより千種が噛みついてきた。

 

「いらっしゃいませ。こんにちは。お帰りはあちらでございます」

「いの一番に帰らせようとするな。席に案内しろ」

「当店おすすめのコーヒーはコピルアクとなっております」

「コーヒーが飲めない僕でも、コピルアクがジャコウネコの糞から作られてることくらいは知ってるからな」

「ご一緒にスマイルは如何ですか?」

「店員からスマイル勧めてくるパターンってあるんだ……じゃあ、スマイル一つ」

「……ふっ」

「鼻で笑うことをスマイルとは言わねぇんだよ!」

「ご一緒に挑発は如何でしょう?」

「なんでさっきから客のこと煽ってるの?」

「ふむ、やはり私には不向きみたいね――ソフトマゾ向け喫茶」

「何その未知のジャンル⁉ だとしたら大向きだよ、お前」

 

 でも、その企画じゃ生徒会の審査は通らなかっただろうな……、いや、どうかな? 忘野先輩なら「面白そうだからオッケー」とか言いそうだな……。

 

 それにしてもあれだな、千種とソフトマゾって相性最高だな。或いは、混ぜるなキケン的なあれだ。

 誰か、千種の口撃のサンドバックになってくれる人が現れてくれないかな。そのままもらってやってくれないかな。

 

「それは無理な相談ね、篠宮くん。私、好きになった人にはとことん甘いから、毒なんて吐かないもの」

「当たり前のようにモノローグを読んでくるのやめろ」

 

 お前は湯川か――と言おうとして、言えなかった。

 どんだけ意識してんだよ僕。初恋か。

 

「はっきり言っておくけど、私の周囲五億キロ以内では、内心の自由など許されてはいないのよ」

「範囲が広すぎる。お前は太陽系の覇者なのか」

「精神の不自由、経済の不自由、人身の不自由が保障されてるわ」

「保証すんなそんなもん」

 

 ちなみに精神的自由、経済的自由、人身の自由とは、憲法に記された自由権の三要素である。こういうちょっとアカデミックなボケをかましてくるので、千種の相手は気が抜けない。

 

「むっ、いま、篠宮くん、心の中で私が友達が少ないことを嘲笑ったわね?」

「それは普通に冤罪です‼」

「いいえ冤罪ではないわ。私が『カラスは白い』と言えば、黒も白くなるのよ」

「それはよく聞く表現だけど、いまお前は無罪の人間に罪を着せようとしてるわけだから、白と黒が逆だろ!」

「小さなことを気にするのね、極小篠宮くんは」

「誰だよ、極小篠宮くん」

「略して、小宮くんね」

「それはもはや他人だ!」

 

 ツッコんでから。

 ふと時計に目を向けると、まだまだ時間は余っていた。そりゃまあ、当たり前ではあるが。

 

「ん……教室でじっとしてても仕方ないし、僕は適当に文化祭見て回ってくる」

「そう。そこまで言うなら、好きにしなさい」

「なんでお前が許可出す立場になってんだよ」

 

 僕は財布と携帯をポケットにねじ込んで、立ち上がった。

 

 

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