僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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人の交友関係に口出しするのは、本当に綱渡り

 

 

『…もしもし?』

 

 電話越しの湯川の声は、非常に猜疑的な色を含んでいた。野良猫のように刺々しい、どこか攻撃的ですらある声音。長年の付き合いがある僕は、それが身内以外の人間と話す時の湯川の声だと知っていた。もしかしたら、勘のいい湯川はこちらの事情をある程度察しているのかもしれない。

 

「湯川? なにをそんなに警戒してるんだ?」

 

 一応、そんな風に空惚けてみる。

 

『いや、星川さんかと思って』

 

 しかし、湯川はやはり察していたようだった。これはいったん、ご機嫌を取ってからでないと話が進まないかもしれない。

 

「ははは。なんで僕の携帯を星川が使ってると思ったんだよ。可笑しなやつだな。ははは」

『…いやな予感がするから切っていい?』

 

 やっぱり勘が鋭い。

 

 僕は不安そうな目をしている星川に目配せしながら言葉を紡いだ。

 

「まあ待て、電話を切るのは時期尚早だ……時期尚早の意味分かるか?」

『バカにしないで。中国語くらい喋れる』

「普通に日本語だ、バカが。いや、そんなことはどうでもいいんだよ」

『……』

「湯川が会いたがってたゲーマーは、【紅茶猫】は星川だった。湯川の苦手とするギャルだった。それは事実だ。僕がこの目で確認したし、本人にも確認を取った」

 

 少し考えて、僕は本当のことをありのまま言うことにした。

 僕の目的は、有体に言って、湯川と星川に友達になってもらうことだ。友達というか、それに準ずるものになってもらえればそれでいい。

 ならばその道程で嘘があってはいけない。湯川を騙しては意味がない。

 というか、そもそも勘の鋭い湯川を騙すのは至難の業だ。

 だから、嘘は吐けない。ありのままの真実をありのままに伝え、湯川に苦手を克服してもらうしかない。

 それが大きなお世話で、余計なお節介であることは分かっている。自覚している。

 しかし、考えてもみれば、僕は湯川の母親でも父親でもない。だから、湯川の交友関係に口を出す権利はないかもしれないけれど、口を出しすぎてはいけない立場でもない。そしてそういうミスがギリギリ許される年齢であることも自覚している。

 だから僕は口を出すのだ。

 

「でも湯川、星川はお前が思ってるような奴じゃないと、僕は思う。お前がどんな偏見を持ってるのか知らないけど、きっとそれは誤解なんじゃないかって。むしろ、湯川と星川は相性良さそうにすら思う」

『…本当?』

「ん?」

『だから、本当にそう思ってるのかって聞いてるの』

「もちろんだ。僕が今まで湯川に嘘ついたことがあるか?」

『星の数よりあるけど』

「じゃあ、今回は嘘だと思うか?」

『……』

 

 この時点で、僕は勝ちを確信していた。湯川は頑固で意思が堅い。待ち合わせの相手が星川だと判明した瞬間、電話をブッチするほどの湯川が、現時点で通話を繋いだまま悩んでいるのは、つまりそういうことに違いないのだから。

 これ以上の言葉はいらない。

 背中を押す必要はない。

 湯川は幼馴染だけど、幼子ではないのだ。道を示すのは親切心だけど、その道をおてて繋いで一緒に歩くのは馬鹿にしすぎている。ここから先は湯川が自分で決めて、自分でアクションを起こさねばならない。

 

 ふと、なぜ僕がここまで気を揉まねばならないのか、疑問に思った。

 しかし、その疑問は形を成すことなく氷解する。

 

 僕だって湯川のことを想っているのだ。

 もちろんそれは恋愛感情のような甘酸っぱいものではない。いうなれば友愛に近い、されどそれよりもっと深い、いっそ家族愛にすら似た情を、僕は湯川に抱いていた。

 それだけのことだ。

 

「……」

 

 そんなこんなをを星川は黙って見ていた。口を挟むことも、席を立つこともなく、辛抱強く待っていた。

 やはり、星川は良いギャルなのかもしれない。

 

 僕はそんな星川へ感謝の念を込めてウインクをした。

 星川はそんな僕に気づいて「は?」みたいな顔をする。明確に嫌悪感を表現した顔だった。

 う~ん、バッドコミュニケーション。

 いやむしろ、言葉を介さずに「キモッ」と言っているのが分かる僕たちのコミュニケーションは、ある種極みに達しているのかもしれない。俗にいう、言葉のいらない関係だ。

 

『篠宮』

 

 そんなバカなことを考えて時間を潰していると、ついに決心がついたのか、スマホから湯川の声が響いた。名前を呼ばれた僕はできるだけ平静を装って返答する。

 

「なに?」

『電話、星川さんに代わってほしい』

「…おけ」

 

 僕は感動と、そしてちょっとした達成感を感じながらスマホを星川に手渡した。

 それをしずしずと受け取った星川はおずおずと口を開く。

 

「…湯川?」

『は、はいっ』

「え~と……そうだ、篠宮とはどういう関係なの?」

「ちょっと待て」

 

 僕は思わず口を挟んだ。

 

「なんで僕の話になるんだよ」

「なんでって……だって、なに話したらいいかわかんないし。共通の知り合いなんて篠宮くらいしかいないじゃん?」

「普通にゲームの話すればいいだろ。もともとそのための集まりなんだから」

「あのねぇ。ゲームの話って……キャラの調整とか直近の大会とかいま熱いプレーヤーとか、そんなの話し始めたらすんごい時間くうんだかんね? そんなの電話でする話じゃないっつぅの。そういうのは今度、学校で時間がたっぷりあるときに直接話すから」

 

 星川がくどくど説明する。その声音には理不尽なことに、怒りすら含まれているように感じた。それはゲームについて語る湯川のようで、身を焼き尽くされそうにすらなる熱量に、僕は不甲斐なくも慄いた。

 

「星川って、僕が思ってるより熱を上げてゲームに取り組んでるのか?」

 

 ちょっと引き気味になりながら、そんなことを聞いてみる。

 

『【紅茶猫】はガチ勢だよ』

 

 答えたのは電話の向こうの湯川だった。

 その機械によって複製された音声に同類を擁護するような意味合いを感じてしまうのは、行き過ぎた被害妄想だろうか。僕の感じている疎外感が見せている幻覚なのだとすれば、それは恥ずかしいことこの上ない。

 

 僕はなんと言えばいいものか悩んで、結局なにも言えなかった。

 

『それで、私と篠宮の関係だっけ?』

 

 僕が押し黙るうちに湯川が話をもとの軌道に戻す。もとの軌道というか、それはそれで脱線したレールのように感じたけれど、文脈上、その話題に戻るのは間違いではなかった。

 

「篠宮には幼馴染って聞いてるけど」

「より正確に言うなら、幼いころからよく馴染んでいた関係だな」

 

 茶々を入れてみると星川に睨まれた。

 ガールズトークに入ってくるなという意味だろう。僕は素直に黙っていることにした。

 

『幼いころからよく馴染んでいた……言い得て妙かも。この前なんて、お股の見せ合いっこしようとしたし』

「おいバカやめろ」

 

 黙っていられなかった。思わず口を挟む。

 

 湯川の奴、自分が対面しているわけではないからって、好き放題に荒らすつもりらしい。電話の向こうでケラケラ笑っている湯川が容易に想像がついた。

 それはそれで腹立たしいが、そんなことよりも今はこの場だ。

 星川が僕を汚物を見るような目で見ている。本来は金髪のキラキラギャルであろうとも、今は粛々とした清楚女子に擬態している星川からそんな度し難い目で見られるのは、許容しがたいものがあった。普通に傷つく。

 故に言葉を尽くして、身振り手振りで、懸命に言い訳をする。

 

「まあ待て星川。誤解だ。湯川の冗談だよ」

「嘘ってこと?」

「嘘……かどうかは、まあ、見方によるじゃん?」

「篠宮、ひゃくと―ばんって何番だっけ?」

「待って事案じゃない。警察は勘弁して」

『警察って189番じゃなかったっけ?』

「それは児童相談所虐待対応ダイヤルだ。よく知ってるな、僕も」

 

 馬鹿話に花を咲かせる。湯川とのそれは慣れたものだが、この場に星川がいるのは珍しいことだった。珍しいというか初めてのことだ。湯川が引っ掻き回す様に余計なことを言うのも、その余裕を見ると喜ばしいことなのかもしれない。無論、口には出さないが。

 

 その後も、特筆するようなことは何も話さなかった。

 一円にもならないような会話を楽しんで、小一時間ほど話した後、解散の流れとあいなる。そんな、予想できるうち最も普通な、普遍的な工程を経て、僕らはそれぞれの家路に着いた。

 

 …いや、やっぱり記すべき会話はあった。

 

 それは本来、特別な会話ではなく、学生同士の電話なら普通に行われる別れの挨拶で、故に特筆すべき内容ではないのだけれど。

 

 それでも、僕のささやかな感動を、書き記しておきたい。

 

「ねえ、湯川」

 

 電話を切る直前、星川が思い出したように声をかける。

 

『…なに?』

 

 まだちょっと辿々しい湯川の声が返ってくる。辿々しいけれど、その声音からギャルへの嫌悪がなくなっていることが、今日の一番の収穫といったところだろう。

 

 さて、そんな湯川に声をかけた星川の用件はというと、

 

「…また、学校で」

 

 という、ありきたりなものだった。

 

 先述した通り、なんの変哲もない、至って普通の挨拶。特別なことなど何もなく、言った星川からすれば言い慣れた言葉だろうけど、湯川にすれば耳慣れない言葉だったかもしれない。

 

『………うん』

 

 だからこそ、その短い首肯に僕は密かに微笑んだ。

 まあ、密かにとは言ったものの、普通に星川に見られていて「キモッ」と、こちらは耳慣れた言葉を頂戴したのだが、それはまあ、どうでもいいことだろう。

 

 かくして、湯川の第一歩は成功したのだった。

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