僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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中二病でも接客したい!

 

 

 星川との合流時間は十二時半ということになっている。

 星川は友達とお昼を一緒に食べて、それから解散してくるということだったので、僕もどこかでお昼を済ませる必要があった。

 正直、一回外に行ってコンビニでなんか買った方が絶対安くてうまいのだが、それはそれとして、文化祭の空気を味わうのも悪くないということで、二年二組がやっているメイド喫茶にお邪魔することにした。

 

 この二年二組のメイド喫茶、なかなかに首肯を凝らしてあって、クオリティが高いらしい――というのを、さっきすれ違った誰かが噂していた。カノジョと合流してからメイド喫茶に行くのは完全に不可能なので、噂のメイド喫茶を堪能できるのは実質今しかない。

 

 ちなみに、僕は本物のメイド喫茶というものに行ったことがない。まあ、行ったことある高校生の方がレアだろうけど。

 入店した瞬間に「お帰りなさいませご主人様」とか言われちゃうのかなー、と期待しながら二年二組に入室した僕を迎えたのは、

 

「ふっ……よく来たね、迷える子羊よ」

 

 メイド服を着て、そしてなぜか眼帯を付けた、女子生徒だった。

 

「あっ、チェンジで」

 

 反射的に漏れた言葉。

 

 亜麻色の髪、雪姫レベルで整った顔立ち、そして特徴的な口調。

 自分のクラスメイトの名前すら満足に覚えてない僕だけど、こいつのことは知っている。我らが二年次最強最悪と名高い、残念美人。この濃密なキャラクターしかいない我が校で、それでもなお頭一つ抜けてぶっ濃いキャラクターをしていると噂される二組の問題児。

 天乃(あめの)(そら)である。

 

「おや、誰かと思ったら一箱目の篠宮ではないか。どおりで風が騒がしいと思った。わたしの耳は、運命の調べを聞き漏らしはしない」

 

 ちなみに。

 このテンションで、初対面である。

 帰りたい。

 

 ちらっと、教室中の他のメイドさんに目を向けるが、さっと逸らされた。誰も関わりたくないらしい。僕も関わりたくないんだけど……。

 天乃に案内されて、窓際の席に座る。

 教室の机とは違う、丸いテーブルだ。赤と白のチェックのクロスが敷かれていて、メニューは手書きながら、やけに達筆。明らかに書道経験者の文字だ。

 なるほど、確かにレベルは高い。

 ちらっと再び教室を見回してみると、ちょっと顔面偏差値高めの女生徒が、にこやかに接客している。メイド服も安っぽくなくて、なんだかハイソな気配すらある。

 

 噂に嘘はなかった。

 クオリティは確かに高い。

 だが、噂は情報不足だった。

 

 このメイド喫茶では、一定確率で中二病を拗らせたメイドに接客される可能性があるのだということを、事前に教えてほしかった‼

 

 天乃に視線を向ける。

 顔はかわいい。明らかにかわいい。眼帯で隠れていても、このクラスで一番の美少女であることは間違いないはずだ。でも、性格が残念過ぎる。マジでチェンジしたい。

 

「ん、ああ、この眼帯かい? ふふっ。これには触れない方がいい。死にたくなければね」

 

 なんも訊いてないのになんか言ってきた。言えないなら自分から振ってくるんじゃねぇよ。

 

「さて、ご主人様――ふふっ、ご主人様か……まさかわたしが、人間如きをそう呼ぶ日が来るとはね……いや、なんでもない、こっちの話だ」

 

 なんかめっちゃ盛り上がってる。

 

「この店の自慢はエスプレッソ(dark and dark)だ。もしも苦いのが苦手なら、カフェオレ(black or white)も悪くない。好きな方を選ぶといい」

「めっちゃ耳が滑るーーっっっ‼」

 

 なに言ってるのか全然わかんねー。

 ダークアンドダークって何? 無駄に発音がいいのが微妙に腹立つし!

 なんだよブラックオアホワイトって‼ パンダやん‼

 

 天乃の説明では何も理解できそうになかったので、僕は自分でメニューを開いて、とりあえずドリンクを注文することにした。

 

「じゃあ、この、りんごジュースで」

「なるほど、禁断の果汁(りんごジュース)か。了解した」

 

 やかましいわ。

 

 天乃は両手を顔の高さまでもっていくと、それを勢いよくぱんっと打ち合わせた。大きな音がなって、店内の視線が僕らに集まる。

 

「ご主人様が禁断の果汁(りんごジュース)をお望みだ」

 

 お前が持って来るんじゃないんかーい。

 と思ったけど、他のメイドは一斉に目を逸らした。誰もりんごジュースを持ってこようとはしない。「天乃さん、またやってるね……」「誰か行ってあげなよ……」「リカが行けばいいじゃん」と、誰もがどうぞどうぞ状態。わかりみが深い。

 

「天乃……お前、めっちゃ嫌われてんな」

 

 ビクッ――と、天乃の肩が跳ねる。その顔はわかりやすいくらいに落ち込んでいた。

 

「あ、ごめん」

 

 思わず、僕も素直に謝ってしまう。

 いたたまれない空気になりかけたけど、天乃は何とか持ち直して、ふんっと鼻を鳴らした。

 

「あ、謝る必要などない。もしわたしが傷ついたのだと思ったなら、それは勘違いだ。わたしに心などないのだからな」

「え、天乃って心ないの?」

「ふっ……(かつ)てはあったのだがな……いや、古きを憂うなど、栓無き事か……」

「そうか……天乃みたいなかわいい子に心がないなんて、なんだかもったいないな」

「か、かわっ……っっっ‼⁉⁇」

「――照れてんじゃん。心あるじゃん」

「なっ……………ふ、ふんっ。貴様のような凡俗には理解できないのだろうな。この虚無(ヴァニタス)に満たされた伽藍洞(がらんどう)の心が――」

「え、ギャランドゥの心?」

「がらんどう‼」

「ていうか、虚無(ヴァニタス)に満たされるって、語義的に矛盾してるぞ」

「もーーーーーーーーっっっ‼」

 

 天乃が顔を真っ赤にして地団太を踏む。かわいい。

 

「まあ、天乃の心が伽藍洞だろうとギャランドゥだろうとどっちでもいいから、りんごジュースと、あと、このスペシャルサンドイッチっていうの、お願いします」

「ふ、ふんっ……しばし待て」

 

 そう言って天乃はスカートを翻して去っていき、そして、他のメイドさんと数言話した後、ガラスのコップに入ったりんごジュースと、皿に乗ったサンドイッチを携えて、戻ってきた。

 

「待たせたな、ご主人様よ。禁断の果汁(りんごジュース)伯爵の閃(サンドイッチ)だ」

 

 うるせー。

 なんかわかんないけどうるせー。

 

 提供されたサンドイッチは、レタスとハムとチーズが挟んであるだけの簡素なものだった。これのなにがスペシャルなのかちっとも理解できないが、まあ、これくらいは文化祭クオリティということで許してやろう。

 予想外に流麗な所作で僕の席に皿とコップを置いた天乃は、しかし、なぜかそのまま、僕の向かいの席に着席した。

 

「……いやなにしてんの? お前、他のお客様の対応しろよ」

「わたしほどの存在になると衆生の相手などしている場合ではなくてな……俗人の相手は他の侍女(メイド)に任せてきた」

「うんうん……つまり、他のクラスメイトに厄介者扱いされてるんだ。大丈夫? 辛くない? 相談乗ろうか?」

「辛くなどない(涙目)」

「そうだよな。ギャランドゥの心だもんな」

「伽藍洞だ‼」

 

 揶揄いながら、サンドイッチを一口頬張る。おっ、レタスがしゃきっとしてて普通に美味しい。

 りんごジュースも一口。これまあ、うん、普通に市販品ですね。美味しい美味しい。

 

 僕が文化祭クオリティの美味しさに舌鼓を打っていると、開け放たれた窓から秋風が舞い込んだ。テーブルに敷かれたクロスが、パタパタとはためく。

 十月に突入したということもあり、すっかり秋めいてきた。

 最高記録を更新したらしい夏の残暑もさすがになりを潜め、過ごしやすい季節になってきている。

 

 天乃は立ち上がると、窓際に近づいて、

 

「風が騒がしいな」

 

 と、案の定なことを言いながら窓を閉めた。気は利くらしい。

 

「篠宮……いや、我が朋友『死ノ宮(デスパレス)』よ」

 

 なんか二つ名つけられた⁉

 頼むから辞めてくれ。

 

「貴様にも聴こえるだろう、風の歌声が」

「いや聴こえないっすね」

「ん? そうか……或いは貴君ならと思ったのだがな……」

 

 さっきからちょくちょく思ってたんだけど、人称を統一してくれないかな。

 自分のことを『わたし』って言ったり『我』って言ったり、僕のことを『貴様』って読んだり『貴君』って呼んだり。

 

「しかし考えてもみれば当然か。我が風の声を聴けるのは、我が『操颶大聖(颶を操りし大聖者)』と呼ばれているが故だったな」

「へえ、風って声とかあるんだ」

「ああ、あるとも。尤も、風に愛された者しか聞くことは能わぬがな」

「どんな声なの?」

「えっ……」

「え?」

「……………………あ、ああ、まあ、それは美しい声だ。もちろんな。俗人には聴こえぬかもしれぬが、それはそれは美しい声だ」

「へー。声優で喩えると、誰似の声なの?」

「え、え~と……」

 

 天乃は視線を彷徨わせる。設定はちゃんと練っておけ。

 

「せ、声優なら…………………うん……、釘宮○恵さん似かな」

「あっ、ツンデレなんだ」

「そ、そうだ。風は極度の天邪鬼(ツンデレ)だ。だから、愛した者にしか声を聴かせないのさ」

 

 そうなんだ。風って、普段は声はおろか姿すら見えないが、デレたときだけ釘宮理○さんボイスで話しかけてくれるのか……それただの萌えキャラだな。

 

 話もひと段落したところで、時計を見る。

 時計の針が指し示す時間は、十二時ちょっと過ぎ。星川との約束の時間は三十分だから、まあ、そろそろ集合場所に向かってもいい頃だろう。

 

 食べかけだったサンドイッチを一口で頬張り、コップに入ったりんごジュースを一息に呷って、僕は立ち上がった。

 

「ん、天乃、なんだかんだ言って楽しかったよ。よかったら、また一緒に馬鹿やろう」

 

 そう言ってやると、天乃の目がキラキラと輝いた……まあ、片方しか見えていないのだが。

 心なしか、頬も紅潮しているように見える。

 

「『また』……? ふ、ふははっ。愚か、実に愚か。次があると信じているなど、平和ボケした日本人らしい勘違いだ。ふははっ」

 

 高笑いしたあと「やっちゃったー」みたいな顔をする天乃。なんだかかわいそうなので、僕は助け舟を出すことにした。

 

「まあそう言わずに。連絡先くらい交換しようぜ。LINEはやってるだろ?」

「う、うん……っ‼」

 

 かわいい。

 

 天乃が連絡先の交換に明らかに慣れてないせいで一瞬ちらっと見えてしまったが、天乃の携帯に登録されている連絡先は、僕を除いてたった二人だった。登録名的に、たぶんお父さんとお母さんである。泣けるぜベイベー。

 

 

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