「――っていうことがあったんだよ、どう思う?」
メイド喫茶を出て。
案の定五分ほど遅刻して来た星川に天乃の話をしながら、僕らは校内を適当にぶらついていた。
隣を歩く星川は相も変わらず着崩した制服を纏って、髪はハーフツインに結わえられている。メイクは今日もばっちりと決まっており、逆の意味で隣を歩くのが恥ずかしいくらいの出来栄えだった。
一年一組の『中庭の変わった形の石展示場』というふざけきった出し物の教室に入室しながら、一連の話を終えると、星川は少しの間黙った後、
「話は変わるんだけど」
と、切り出した。
ふむ、話は変わるのか。まあ、天乃という強烈なキャラクターに対しての星川のコメントを訊いてみたかったのだが、星川の気が乗らないというのなら是非もない。
僕は星川の言葉の続きに傾聴した。
「カノジョに黙ってメイド喫茶に行った挙句、そのメイド喫茶で美人メイドと仲良しになって、あまつさえ連絡先まで交換してくるカレシってどう思う?」
「なんだその男、ド畜生過ぎるだろ。別れた方がいいな」
星川がシラッっとした目を向けてくる。
あれ、また僕何かやっちゃいました?
「おいおいどうしたんだよ星川さん。そんな冷たい視線を向けて。アツアツな僕らにはその眼は似つかわしくないZE」
「なにそのキャラ、キモッ」
キモッって言われた……。
「胸に手を当てて考えてみたら?」
わかりやすくイラっとした表情で星川が言うので、僕は右の手を胸に当て、意識を自分の内側へと集中させた。
「なあ、聞こえてるんだろう、もう一人の僕。教えてくれ、僕はいったい何者なんだ……応えてくれAIBO‼‼‼」
「誰が『もうひとりの僕』と対話しろって言った! アンタは
AIBOと言っただけで武藤遊戯ごっこだとわかってくれる星川は、相変わらず貴重なツッコミ要員だった。
そして何気に僕も、天乃の強烈なキャラに引っ張られってしまっている。
……。
「ま、悪かったよ」
「は?」
素直に謝ったら「は?」とか言われた。
「付き合ってる奴が知らんところで異性と遊んでたら、楽しくはないよな」
「………」
「だから、悪かった」
「……ま、文化祭デート、しっかりやってくれたら赦してあげる」
にやりと笑う星川に、僕は心の中でひとつ嘆息した。僕は何度も、彼女の心の広さに救われている。僕からはほとんど何もしてやれていないというのに。由良が僕と星川の交際をよく思っていないのも、これじゃあ納得である。
「星川は?」
「ん?」
「お昼、なに食ったんだ?」
一年一組の教室から退室しながら、僕は星川に問う。
「あたしはお料理研で天ぷら食べてきた」
「天ぷら⁉」
思ったより豪華なもの食ってやがる。僕なんて
「部員たちが自分で調達した山菜の天ぷらだって」
「山菜……」
「色々食べたけど、
「なんか聞こえてくる単語が全部ジャポニズムなんだけど‼ え? なにお前ら‼ ギャルが集団でわびさび体験してきたの⁉」
「ギャルが日本文化楽しんだっていいじゃん」
「至極その通りなんだけどね! なんというかこう……偏見がさ、あるんだよ」
ギャルが天ぷらに舌鼓を打っている光景に疑問を抱いてしまうのは僕だけだろうか……。
ただ、今の星川は黒髪なので、そこまで違和感はないかもしれない……いや、やっぱ異様だわ。星川って髪の色に関わらずキラキラしてんだよな。
昇降口で靴を履き替えて、外に出る。
もう十月に突入しているというのに、直射で日光が当たる外は、じっとりと汗を搔くような気温だった。
たこ焼き、イカ焼き、焼きそばと――生徒によって運営される露店が、所狭しと並んでいる。どの屋台も一様にそこそこ繁盛していて、文化祭の賑わいっぷりを表現していた。
「よーし、今日食べた分は明日の劇で消費するから、どんどん食べるぞー」
かぐや姫はほとんど動かないのでカロリー消費はほとんどないだろ――という野暮なツッコミを呑み込んで、苦笑いしながら星川の隣を歩く。
と、そのときだった。
星川の歩調に合わせて歩く僕はふと見た。見つけてしまった。
「うっ……うっ……パパ……」
耳にした、その直後だった。
「よしっ、まずはたこ焼きから! 行こっ、篠宮……っ⁇」
星川が僕の腕を取ろうとしたようだが、しかし、僕はその直前に足を止めていたので、星川のその行動は空振りに終わってしまった。
僕の突然の行動に戸惑った星川だったけど、僕が視線を向けている先に自分も視線を寄越したことで、僕が急に立ち止まった理由を察したようだった。
男の子だ。
短髪で丸顔の六、七歳くらいの男の子が、道の端っこでしくしくと泣いている。まあ十中八九迷子だろう。
周りの人間は彼の存在に気づいてはいるようだけど、ちらっと視線を向けるだけで助けようとはしない。そこそこ成績のいい僕は、それが傍観者効果と呼ばれる心理現象であり、至って普通のことであることを理解していたけど――でも、じゃあ僕も無視していっか、とはどうしても思えなかった。
「星川。ひとつ。本当にひとつ。カレシ失格な発言とわかっていつつも、ひとつだけ我が儘を言っていいか?」
「なに?」
ほとんどわかっているようで、星川は呆れたような笑みを浮かべながら問い返してくる。
僕は、たぶん彼女の想像通りのことを言った。
「デート、台無しにしていい?」
◆
「ユウ君のお父さーん。いませんかー」
「迷子の子のお父さん捜してまーす」
男の子を肩車して、お父さんが見つけやすいようにしながら、ありったけの声を張り上げて少年の父親を捜す。
子供とはいえ、体重が四十キロ弱あるのでめちゃめちゃ重い。
「ダメだ……見つかんねぇ」
休憩もかねて少年を近くのベンチに下す。
星川が買ってきたジュースを手渡すと、少年は目尻に涙を浮かべた。
「うっ……ううっ……」
ぐずり始める。
泣かれても困るのだが、しかし、僕には子供をあやす技能などありはしないのだった。
「ねえユウ君」
呼びかけながら、星川が少年に視線を合わせるように腰を落とす。
「一緒にいたのはパパだけ? ママとか姉弟はいないの?」
「弟はもうすぐ生まれる……ママはお腹がおっきいから来てない」
「そっかそっか。じゃあ、もうすぐお兄ちゃんだ。弟は楽しみ?」
「……うん」
「なら、大変なママや赤ちゃんのためにユウ君は強くならないとね。お兄ちゃんは、弟を守るために弟より早く生まれてくるんだよ」
「………」
少年は涙を止めて、星川の顔を見た。
「お兄ちゃんできる?」
「うん、ぼく、強くなる!」
「よしっ! 偉いぞ!」
そう言って星川は、二ッと笑って少年の頭を撫でた。
見事な手際である。
「子供に優しいギャルとかいるんだ……」
「篠宮はギャルへの偏見強すぎ!」
「偏見抜きにしても手慣れすぎだろ。なに? 星川って迷子センターでのバイト経験でもあるの?」
「いや、そんなこの状況にピンポイントすぎるバイトは経験ないけど……あたし、妹いるから、慣れてんだよね」
「ふ~ん……ん? え? お前、妹とかいるの? 妹いるのにギャルになる奴とか存在するの⁉」
「それは普通によくいるっつぅの」
呆れたように呟く星川。
いま、暗に普通のギャルは子供に優しくないことを認めたな。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんに妹がいることも知らなかったの?」
「………」
少年が真っ直ぐな瞳で僕を見詰めてくる。
子供に黙らされる高校生がここにいた。
「ダメだよお兄ちゃん。相手に興味を持たない男の人は嫌われるって、ドラマでやっていた」
「………」
子供に恋愛論を諭される高校生もここにいた。
「どうせお兄ちゃん、お姉ちゃんの誕生日も知らないでしょ?」
「し、知らないけど……それで言うと、お姉ちゃんも僕の誕生日を知らないから、条件はイーブンだぞ」
「いや知ってるし。今月の三十一日でしょ?」
「………」
「どうしてお姉ちゃんはお兄ちゃんの誕生日を知ってるのに、お兄ちゃんはお姉ちゃんの誕生日を知らないの? ダメだよ、それじゃあ」
「………」
子供にめちゃくちゃ論破されてる……。
しょうがないからもう実力で黙らせるか……と、僕が腕まくりしながら立ち上がった瞬間、視界の端に背の高い男の人が映った。
「ユウ‼」
「あ、パパ‼」
白い無地のTシャツに黒のチノパンを履いた、やけにハンサムな男である。彼は少年の下に駆け寄ると、僕らに頭を下げてきた。
「すいません、お世話になったみたいで」
「ハハハ、当然のことをしたまでですよ」
「お兄ちゃんには特に何もしてもらってないけど……」
「ハハハ、こらこら。肩車してあげたじゃないか」
「うん。高くてすごい怖かった」
僕は固まった。こんなに虚しいことってあるかい?
お父さんは「すいません、すいません」と何度も謝ってくれたが、星川はケラケラと笑っていた。泣けるぜ。
やがて少年とお父さんが去って行ったあと、僕と星川はぐったりとベンチに腰を下ろした。
「疲れた……」
時計を見る、
時刻は既に、二時近くになっていた。何気に、少年の親を捜すのに一時間近くも使ったらしい。
さっき自販機で買ったジュースを口に運びながら、なんとなく空を眺める。
雲一つない、気持ちいいくらいの快晴。じりりと照りつける太陽が、どこまでも憎たらしい。
遠くで、サイレンの音が鳴っている。救急車のサイレンだ。音は、どんどん高くなっていく。ドップラー効果だ。勉強のし過ぎか、救急車のサイレンを聞いて一番最初に思い浮かべたのは物理の公式だった。二番目に思い出したのは、ドップラー効果の問題で、無茶苦茶な式を立式して、しかしピンポイントで正答を導き出した湯川のこと――あれは、衝撃的だった。
「二月三日だから」
「……ん?」
物思いに耽っていると、隣に腰掛ける星川が呟いた。
意図を図りかね、僕は訊き返す。
「あたしの誕生日。二月三日だから」
「ああ……そうなんだ」
「忘れんなよ」
僕は笑った。
「忘れなかったら、覚えてる」
「それ、忘れるやつ」
「いや、さすがに忘れねぇよ」
ふたりして笑った。
なんてことない、青春の一幕。だけどきっと、こんなくだらないことでも、僕は忘れることはない。
青い空はどこまでも吹き抜けていて。
サイレンの音は、際限なく高くなっていく。