僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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青春ってめんどくせー

 

 

「――というわけで、演劇は続行することになった」

 

 教壇に立って。

 一段高いところからクラスメイトを睥睨した僕は、簡潔に言った。

 

「――ちょっといいか」

 

 横やりが入る。

 僕とクラスメイト達はそろって声の主に視線を向けた。

 

「ちょっと待ってほしい。そのまま次の話に行かれても困る」

「ごんぞーくん……」

「いきなり演劇を続行って言われてもみんな混乱してる。なぜそうしなきゃいけないのか教えてもらえないと納得できないし、そもそも、主役がいないのに、どうやって演劇をするのかっていう問題もある」

 

 四角張った角顔に、渋い声。由良の圧力をものともせずに翁役を引き受けてくれた彼は、あの時と同じように、僕の乱暴な進行に流されてはくれなかった。

 だが、僕だって丸腰で全員の前に立ったわけじゃない。

 

「演劇をやらなきゃならない理由に関しては言えない。僕の個人的な事情とだけ言っておく。だからこれはお願いなんだ。僕一人のために、みんなに力を貸してほしい」

 

 ずるい言い方だった。

 こんな頼まれ方をして否を唱えるのは、ちょっと難しかろう。僕はそれがわかって言ってる。

 それに――

 

「いいんじゃないかな?」

 

 前田が声を張り上げる。若干声が上ずっているところに、彼女の性格が滲み出ていた。

 

「せっかく今日まで準備してきたんだし、無駄にしないためにも、やってみようよ」

「……そうだね。俺もそう思うよ」

 

 前田の大根役者っぷりに呆れながら同調したのは宗谷。シャープな顔つきに柔和な表情で、女子に大人気の男子生徒だ。

 前田と宗谷には、前もって根回しをしておいた。彼らが賛成票を投じてくれるのは、予定調和だ。男子に人気の前田と、女子に人気の宗谷。二人の賛同を受けて、クラスメイト達は一斉に騒ぎ出す。

「まあ、私もせっかくならやりたかったし」「練習したもんな」「衣装が無駄になったら悲しいもんね」「親に見に来てって言っちゃたし……」「来年は受験だから、お客さんとしての参加だもんね」「やるだけやってみるか」

 クラスメイト達もあっさり同調する。

 集団なんて、発言力の大きい数人の意志によって動いている。前田をこっちに引き込んだ時点で、八割くらいはこっちのものだ。

 

「でも、配役はどうする?」

 

 ごんぞーくんはそんな中でも冷静だった。

 

「かぐや姫と媼がいない」

「その二人については、もちろん代役を立てる」

「今更難しいんじゃないか? 媼は出番が少ないからなんとでもなるが、かぐや姫の方は今からじゃ無理だ」

「そうだな」

 

 それは僕も思ったことだ。

 だからこそ、僕は劇の中止を忘野先輩にお願いしに行ったのである。

 だが、劇を続行することになった今、僕らに取れる選択肢は一つだ。

 

「だから、台本は無視だ。せっかく作ってくれた前田には悪いが」

「台本を無視?」

「即興劇にするということね」

 

 口を挟んできたのは千種だった。

 僕は頷く。

 

「そう。セリフもストーリーも、その場の即興で作っていく。それなら、今から代役を立てたって成立する」

「それがとてつもなく難しいから、俺たちは練習してきたのだろう。ストーリーに齟齬ができないようにするために台本を作ったのだし、本番で失敗しないために練習してきたんだ」

「即興劇なら、それも素人の即興劇ならストーリーに多少の齟齬があっても誰も文句なんか言わないし、演技に関しても自信がある」

「……自信がある?」

 

 訝しげに問い返してくるごんぞーくんに、僕はまっすぐと言い放った。

 

「僕が主役を演じる」

 

 教室が一気にざわついた。

 張り詰めた熱気が爆発したのだ。

 ここが正念場。この勢いで押し切れば、クラスの説得は完了する。ごんぞーくんならそれでも細かいリスクや不備について行ってくるかもしれないが、彼にクラスメイトの意志を扇動する能力はないはずだ。ごんぞーくんを説得できなくても、クラスの八割をその気にさせればゲームセットである。

 

「それは……篠宮がかぐや姫を演じるということか?」

 

 ごんぞーくんが困惑した表情で問い返してきた。

 すかさず、僕は首を振るう。

 

「いや、さすがにそれはない。僕が()るのは、五人の貴公子の誰かだ」

「………」

「竹取物語では、かぐや姫に求婚した五人の貴公子が、それぞれかぐや姫によって難題を与えられる。うちのクラスの劇では尺の都合上、貴公子が実際に難題に挑むシーンはカットしたけど、その難題に挑戦するシーンを即興劇で演じればいいんだ。つまり、五人の貴公子の誰かを主役にした、二年一組オリジナルの『かぐや姫』をやりたいと考えてる」

 

 教室のボルテージが少し上がるのを感じた。

 有名作品のオリジナルオマージュ。高校生の好きそうな話だ。

 流れは僕に傾いている。

 ごんぞーくんに反論の隙を与えてはならない。

 

「貴公子役の五人のうち、僕に役を譲ってもいいって人は、名乗り出てほしい」

 

 教室全体に向かって問う。

 ここは賭けだ。

 誰かがスムーズに手を挙げてくれないと、盛り上がっているクラスの波に乗れない。

 

 果たして。

 

 手は挙がった。

 黒髪で短髪の、背の低いクラスメイト。

 クラス中の視線が彼に注ぐ。

 僕はにっこり笑って、言った。

 

「ごめん、誰だっけ?」

「篠宮君……」

 

 前田に呆れた顔をされる。だからごめんって。

 

「大判御行役の相良だ。おれ、本番とか弱いタイプだし、篠宮に譲るよ」

「ありがとう相良、お前いい奴だな。僕がホモだったら惚れてた」

「『女だったら惚れてた』でいいだろ!」

 

 くすくすと、クラスの中で小さな笑いが起こる。こんなちょっとした掛け合いで笑いが起こるのは、クラスの空気が温まっている証拠だ。

 これだけ流れを持って行けたなら、もう勝ったも同然。

 

「ごんぞーくんも、いいよね?」

 

 にっこり笑いかける。

 クラス中のやる気が満ちていて、相良が僕に役を譲っちゃって――ここまでの既成事実ができていて、それでもこの空気に反して否を唱えられるなら、それはもうあっぱれだ。あっぱれだが、どっちにしろもう止まらない。

 ごんぞーくんもそれがわかっているのだろう、

 

「……ああ」

 

 彼は渋々といった感じで、小さく頷いた。

 完全勝利である。なんだか最近、少年とか忘野先輩とかにやり込められてばっかりだったので、久方ぶりの勝利は大変な美味だった。

 

「――じゃあ、さっそくで悪いんだけど、みんなには他のクラスに行って、いろいろ交渉してきてほしい。昨日の騒ぎで、演劇を中止にすることにしたクラスがあるはずだ。そのクラスと交渉して、劇の小道具を借りてきてほしい。どんな物でも構わない。即興劇だから、何が起こるかわからないからな」

「あら、篠宮くんはクラスメイトを扱き使っておいて何もしないつもりかしら」

 

 口を挟んできたのは千種だった。

 なんだか知らないけど、そこはことなく笑っている。

 

「上から目線の発言ね。さすがはクラス委員をお勤めあそばされている、お篠宮くんは言うことが違うわ。違いまくりあそばされてるわ」

「お篠宮くんってなんだよ」

「それで? クラスメイトを顎で使った、顎でご利用になったお篠宮くんは、いったいなにをしに行くのかしら? なにをしに行きあそばされるのかしら?」

「お前〝あそばせる〟の使い方、理解してないだろ……」

「ごめんあそばせ」

「やかましいわ」

 

 なにをしに行くって……、もうその聞き方してる時点で、僕が何しようとしてるのかわかってるだろ。

 僕と千種の意味不明なやり取りに首を傾げるクラスメイトを放って、僕は教室を出る。階段を下りて昇降口で靴を履き替えていると、パタパタを僕を追いかけてくる足音が聞こえてきた。

 

「篠宮君」

 

 前田である。

 彼女は笑顔で、しかしどことなく戸惑いを孕んだ表情で、僕の名を呼んだ。

 

「前田、僕はちょっと出てくるから、クラスのことは頼んだ。あと、即興劇をやることになったこと、新庄先生に上手いこと伝えといてくれると助かる」

「それくらいは……うん、任せてほしいけど……」

「……?」

「……なんか、さっきの篠宮君、すごい頼もしかったね」

「そうか?」

「うん……すごいキラキラしてて『リーダー』って感じだった」

「………」

「篠宮君のあれって、素? それとも演技?」

「どういう意味だ?」

「だから、本当の篠宮君は、いつものあまり喋らないおとなしい篠宮君なの? それとも、クラスを引っ張っていくリーダー気質な篠宮君なの?」

「本当の僕……か。なんか、天乃あたりが喜びそうな話題だな」

 

 前田が首を捻る。

 僕は何でもない、と挟んでから、

 

「どっちも本当の僕だよ。まず、偽物の僕とかいう概念がわかんねぇよ。お前の想像してる通り、どっちかの僕は演技してる僕なのかもしれないけど、僕自身にもどっちが本物なのかなんてわからないし、どうでもいい。僕は僕だよ」

「そう……なんだ……」

 

 衝撃を受けたような反応をする前田。

 彼女にも彼女の事情があるのかもしれない。

 裏表のない印象の彼女だが、その実、心の中では本当の自分ってやつを捜してたりするのかもしれない。

 だとしたら、なんというか……めんどくさい。

 青春してて、めんどくさい。

 青春ってめんどくせー。

 

 あー、青春ってマジでめんどくせー。

 

 なんて達観したふうに語ってはみるものの。

 そんなことを思う僕もまた――

 

「ねえ、篠宮君、もう一つ質問いいかな?」

「ん? なんだ? 実は急いでるから、手短に頼むぞ」

「うん。それで、篠宮君はどこに行こうとしてるの? 美穂ちゃんは、なんかわかってるみたいだったけど……」

「そりゃあ、決まってるだろ――かぐや姫を迎えに行くんだよ」

 

 そんなことを思う僕もまた、青春の真っただ中にいるのだった。

 

 

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