僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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かぐや姫の物語――上巻

 

 

『今は昔、竹取の翁という者がおりました』

 

 劇は前田のナレーションから始まる。

 

『野山に入って竹を取りつつ、様々なことに使っていました。名を、さかきの(みやつこ)といいました』

 

 ごんぞーくんが演じる翁にスポットライトが当たった。彼が小道具の鉈を振るうと、竹が一本倒れる。実際に伐採するわけにはいかないから仕方ないんだけど、袖から見たら、なんか異能力で伐採してるみたいに見えるな……。

 

『そのように毎日を生活していると、翁は根元が光る竹を一本見つけます』

 

 張りぼての竹の中に仕込んだライトを点灯させる。

 薄暗いステージの上で、その光る竹は、よく映えた。

 

『翁が光る竹の中を覗き込むと、中には三寸くらいの子が可愛らしく座っています』

「これは私が見ている竹の中にいるのだ。私の子供になるべきに違いない」

『そう言って、翁は子を手の中に入れて、持ち帰り、媼とともに育てました』

 

 そういえば媼役も欠員出てたな――誰がやるんだろう……と、思ったら、若干老けメイクを施した千種が出てきた。お前かよ――人前で演技とかできるタイプじゃないって言ってたじゃん。

 なんでこの役を引き受けたんだ……?

 

『この姫を拾って以来、翁は竹の中から黄金を見つけてくるようになり、だんだんと裕福になっていきました。姫はすくすくと成長し、小半年(こはんとし)も経つ頃には、人並みの大きさに成長しました』

 

 ここでようやく、累の演じるかぐや姫にスポットライトが当たる。

 その瞬間、会場が一気にざわめいた。

「ね、ねえ……誰だっけあの子?」「あんな子一組にいた?」「あれ、湯川さんだって……」「え……あの根暗の?」「マジかよ……」

 会場の意識が浮ついたまま進行するわけにはいかないので、前田はナレーションを進めない。その間、媼がかぐや姫をいたくかわいがるシーンを演じ続けた――いたくかわいがるっていうか、シンプルにべたべたしすぎだろ。千種が媼役を引き受けた謎が一撃で解けちゃったわ。

 前田は、会場のざわつきが収まってから、再び物語を進行する。

 

『姫は弱竹(なよたけ)のかぐや姫と名付けられ、その美貌は、大層な噂になりました。世間の男たちは、卑しい者も高貴な者も、どうにかしてこの姫を何とか手に入れたい、妻に娶りたいと、噂に聞いては恋い慕い、思い悩みました――そして(つい)には、直接求婚を申し出る貴公子も現れたのです』

 

 袖で僕と一緒に待機していた……、まあ、名前はわからないけど、男子生徒が舞台に出ていく。スポットライトが彼を追走した。

 彼は舞台の中央まで歩くと、座し、セリフを朗々と唱えた。

 

「私は石作皇子である。私なら、其方を誰よりも幸せにできるであろう」

 

 声量も十分、発音もいい。練習の成果というやつである。

 

『その男を一瞥し、かぐや姫はたいそうつまらなそうな顔をしました』

 

 カメラ演技ではないので、表情はナレーションベースだ。

 だが、気合でも入ってるのか、累は実際につまらなそうな顔をしていた。

 

『自信満々な石作皇子に対して、姫は結婚する気は全くありませんでした。しかし、聡明なかぐや姫は単に断ったのでは軋轢を生みかねないことを理解していたので、石作皇子に無理難題を要求し、遠回しに断ることにしたのです――かぐや姫が石作皇子に要求したのは、お釈迦様の使った鉢でした』

 

 そこで舞台は一度暗転し、再度ライトが灯った時には、石作皇子のみが舞台上にいる状況になる。

 

『石作皇子は賢い人でした』

「ふむ……お釈迦様の使った鉢を手に入れるなど到底不可能。であれば、三年ほど天竺に行ったふりをして、適当な山寺から鉢を譲ってもらえば良いか」

 

 そして舞台は再度暗転する。

 反対側の袖から、かぐや姫と翁と媼が慌てて出てくるのを確認しながら、僕はダッシュで戻ってきた石作皇子役の男子生徒に小道具の鉢を渡した。

 スポットライトは再び、かぐや姫と石作皇子を照らす。

 

「弱竹のかぐや姫よ。其方の願い通り、お釈迦様の使った鉢を持ってきた。さあ、私と結婚しくれ」

 

 石作皇子の持ってきた鉢が翁経由でかぐや姫に渡される。

 

『鉢を受け取ったかぐや姫は、(とばり)を下ろして、部屋を暗くするように言いました』

 

 スポットライトが消える。

 一、二、三秒経って、再びライトアップ。

 

「光るはずの鉢が光らない。これは偽物です」

 

 慌てて覚えたせいだろう。

 台本とはちょっとセリフが違うが、まあ、大筋は合っている。

 鉢はかぐや姫の手から、翁の手を経由して、石作皇子に突き返された。

 石作皇子は鉢を地面に叩きつけ、

 

()を捨てても!」

 

 と、さらに求婚する。

 しかし、それはあえなく無視される。

 

『たとえどれだけ賢くても、姫の心を射止めることはできません』

 

 前田のナレーションを合図に、場面は再び暗転した。

 石作皇子がダッシュで捌けてくる。「お疲れ」と、それを迎えながら、今度は……、まあ、案の定名前は知らないのだけど、車持皇子役の男子生徒を送り出す。

 

「私は車持皇子である。私なら、其方を誰よりも愛しむことができるであろう」

『その男を一瞥し、かぐや姫は再び、たいそうつまらないそうな表情をしました』

 

 累は再び、つまらなそうな表情を作る。たぶん、観客には見えていない。

 

『結婚する気のなかった姫は、再び難題を課しました――かぐや姫が車持皇子に要求したのは蓬莱の玉の枝でした』

 

 そこで舞台は一度暗転し、再度ライトが灯った時には、車持皇子と白装束の男数人だけが舞台上にいる状況になる。

 

『車持皇子はズルい人でした』

「今より難波に出かけたふりをして(かまど)に籠り、玉の枝を作る」

『車持皇子は匠とともに、姫が所望した通りの玉の枝を作り出しました』

 

 そして暗転。

 ダッシュで戻ってきた車持皇子役の生徒に、玉の枝の小道具を渡す。しかし、車持皇子は舞台には戻らない。

 そのまま舞台に再び照明が当たると、舞台の上には、かぐや姫と翁と媼だけがいた。

 車持皇子は舞台袖から、わき腹を押さえ、足を引き摺るような演技をしながら舞台に出ていく――冷静に考えて、これは演技をしている車持皇子の演技、つまり、演技の演技をしてるいるということなので、結構な技術だ。

 相当練習したのだろう。

 正直、クラスメイトのこの演劇にかける熱量に、僕は若干引きつつある。

 

 そして、息も絶え絶えと言わんばかりの演技で、車持皇子は翁に玉の枝を手渡した。それに結わえられていた文を、翁が広げて読み上げる。

 

「いたづらに 身はなしつとも 玉の枝を 手折らで更に 帰らざらまし」

『命を捨てても、蓬莱の玉の枝を手折らなければ、帰って来なかったでしょう――という意味です。かぐや姫の難題に命を懸けた車持皇子の熱意に翁は感動し、皇子との結婚を強く推すのでした』

 

 車持皇子はそのままかぐや姫に擦り寄る。肩を柔く抱く彼を、かぐや姫は弱弱しく押し返すのだが、翁も媼も、止めようとはしない。

 ――ちなみにだけど、媼役の千種は、裏拳に血管が浮き出るほど拳を握りしめていた。何くんだか知らないけど、車持皇子役の人……ドンマイ。

 

『車持皇子は自身のありもしない船旅を、自慢げに長々と語りました。しかし、そこに男どもが六人やってきて、文を差し出します――文には、車持皇子の嘘を告発する文章が書かれていました』

「なっ……なっ……」

 

 言葉を失う車持皇子に、かぐや姫はどこまでも冷たい視線をぶつける。

 

「皇子、これを持ってどうぞお帰りください」

 

 セリフが飛んでしまったのだろう。これは累のアドリブだった。

 かぐや姫に玉の枝を突っ返された皇子はすごすごと引き下がっていく。

 

『たとえ嘘で着飾ったとしても、姫の心を射止めることはできません』

 

 累のアドリブに当てられたのだろうか――前田のナレーションも、台本とは少し違った。

 舞台は再び暗転して、僕は車持皇子役の生徒を「いい演技だった」と、迎える。そして、案の定名前を知らない右大臣・阿倍御主人役の生徒を送り出す。

 

「私は阿倍の右大臣である。私なら、其方を誰よりも富める者にできるであろう」

『右大臣であっても、かぐや姫はたいそうつまらないそうな表情をします。姫は同じように難題を課しました――かぐや姫が阿倍の右大臣に要求したのは、火鼠の皮衣でした』

 

 そして舞台は暗転し、再度明るくなると、今度は阿倍の右大臣と唐の商人役の生徒だけになる。

 

『阿部の右大臣はとても裕福な人でした』

「右大臣様。これが唐の秘宝のひとつ、火鼠の皮衣であります」

「そうか。これがあの……噂に違わぬ、黄金の輝きであるな」

 

 その黄金の輝き、ドンキで売ってたやつだけどな。

 

「しかし右大臣様、唐の秘宝を売るからには、些か足りぬと存じます」

「何?」

「唐の秘宝を売るは、国を売るも同然。祖国を裏切るには、もう少しばかり銭をいただかなくては……」

「なるほど道理である。では、如何ほどか?」

「金五十両ほど……」

「あいわかった。良き品を譲ってくれたこと、深く感謝する」

 

 そして阿倍の右大臣が深く深く頭を下げたところで、再び暗転。

 かぐや姫と翁と媼、その前に阿部の右大臣が座する場面になった。

 

「弱竹のかぐや姫よ、其方の願い通り、火鼠の皮衣を持ってきた。さあ、私と結婚してくれ」

 

 阿倍の右大臣の持ってきた皮衣が翁経由でかぐや姫に渡される。

 

「火鼠の皮衣なら、火にくべても燃えないはずです。火をつけて確かめてみましょう」

「……よろしいですかな? 右大臣殿」

「是非もない」

『自信満々な右大臣でしたが、皮衣に火をつけたところは、それはたちまちめらめらと燃えてしまいました。偽物だったのです。それを見た右大臣は顔を真っ青にし、かぐや姫は「あら嬉しい」と頬を綻ばせて喜びました』

 

 かぐや姫性格悪すぎぃ!

 

 ちなみに、舞台上で火を使うのはさすがに許可が下りなかったので、皮衣が燃えるシーンはナレーションベースである。

 

『たとえ巨万の富があっても、姫の心を射止めることはできません』

 

 阿倍の右大臣役の生徒は、ふらふらした足取りを演じながら袖に帰ってきた。それを「名演だったな」と、迎える。

 

 そしてとうとう、僕の出番だ。

 まともに練習してない僕は、衣装での動きがぎこちない。それでも何とかかぐや姫の前まで歩いていくと、さっきまで読んでいた台本を思い出しながら台詞を唱える。

 

「私は大判の大納言である。私なら、其方といつまでも共にあれるであろう」

『その男をかぐや姫は一瞥し――そして二度見しました』

 

 ……ん?

 おや、前田が台本にないことを言っている。

 冷汗が僕の背中を伝った。

 僕の嫌な予感ってやつは、大概的中する。

 

『かぐや姫は、大判の大納言に一目惚れしてしまったのです』

 

 あいつ……………ぶっこんできやがったっっっ‼⁉⁇

 

 

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