「ちょっとタイム!」
僕は両手でTを作りながら叫んだ。
「ちょっと天の声の前田さん? 台本にないことしないでくれます?」
唐突に劇を止めた僕に観客席は困惑気味だ。安心してほしい、僕も同じくらい困惑している。
『でも、即興劇なんでしょ?』
「即興劇っていうのは大筋が決まってて、細かいところを即興で演じることを言うの! かぐや姫が大判御行に惚れちゃったら前提が覆っちゃうだろ!」
『そこはほら、演者の力で何とかしてよ。ご来場の皆さん、二年一組はかぐや姫と大判の大納言のラブコメを上映します』
パチパチパチパチ。
「なんでお客さんもノリノリなの? あと、ラブコメとか言うな。時代背景考えろ」
「何これ、コメディ?」「なんかおもしろそー」「これも台本じゃないの?」「さすがに本当に即興ってことはないでしょ」
会場の反応はまあまあだ。それなすぎるんだけど……まさかのガチ即興なんだよね。
『一目惚れしてしまったかぐや姫でしたが――』
前田の暴走は続く。
もう、こっちが合わせるしかない。
『今まで三人の男を手玉に取ってきた――間違えた……』
「間違えんな!」
会場に、少しずつ笑いが広がっていく。
『……三人の男に難題を課してきたかぐや姫は、体裁上、素直に求婚を受け入れることができません。かぐや姫は仕方なく、今までの求婚者と同じように、難題を課すことにします――かぐや姫が要求したのは、龍の首の玉でした』
場面が暗転し、ナレーションが続く。
『大判の大納言は、家来に龍の首の玉を取ってくるように命令し、自身は屋敷でかぐや姫を迎え入れる準備を整えます――ちなみに、大判の大納言には本妻がいましたが、離縁しました』
悪意のあるトリビアだなー、と思っていたら、
「さいてー」「大判の大納言さいてー」「篠宮さいてー」「二年一組の女たらし―」
と、客席と舞台袖両方から罵倒が飛んでくる。
はいはい、僕女たらし僕女たらし。
『しかし、待てど暮らせど家来たちは戻りません。そこで難波の浜まで出向いて尋ねると、大納言の家来たちが船出した形跡は皆無でした。仕方なく、大判の大納言は自身で海へと繰り出す羽目になるのです』
そして舞台が再び明るくなる。
舞台上には、一艘の船とそれに乗った僕、そして大波を表現したハリボテがあった。僕は自分が乗っている船をがたがたと揺らし、大波のハリボテは大道具係が左右に揺らし、大判の大納言が荒波に飲まれている演出をする。
『筑紫の方角に向けて漕ぎ出した大伴の大納言の船は、暴風雨に遭遇します。雷まで轟くなか、恐れを知らず漕ぎ出します。嵐の大波に翻弄されながらも、愛しきかぐや姫のため、力と勇気を一瞬一瞬に集約させ――っっっ⁉』
ナレーションが止まるのと、「あっ」という大波のハリボテを動かしているはずの大道具係の声が聞こえてきたのは、全くの同時だった。
何事か――と、思うよりも先に、影が差す。
頭上を見上げると、大波のハリボテが倒れ掛かってきているのがわかった。
『危ないっっっ‼』
とっさに腕をクロスして頭部を守るが、そんなこと関係なく、全身が押しつぶされた。派手な音が鳴る。誰もが息を飲んだ。
「涼太っっっ‼⁉⁇」
その声はほとんど悲鳴に近い声で、誰の声だったかわからなかったが、しかし、僕のことをそう呼ぶのは、今現在、
「いっっっってぇなぁぁ!」
ちょっとキレつつも、僕は自分の無事を証明するために立ち上がる。瓦礫と化した大波のハリボテを突き破って、渾身の生存証明をした。
さすがに文化祭の舞台の上で死ぬとか、ブロードウェイに命懸けてる女優でもあるまいし、僕には耐えられん。
うっ……くらくらする。軽い脳震盪かも。
会場は耳が痛いくらいの静寂が支配していた。
そのうち、誰かが両手を打ち合わせ始める。その拍手は次第に伝播して、客の入りが悪い体育館を喝采で満たした。
『お……大判の大納言が嵐を乗り越えました』
「ん……え? …………あっ」
確かに、今の状況を見たら、そういう風に捉えることができなくもない。
大波のハリボテが倒れてきたハプニングは、見ようによっては大判の大納言が波に飲まれた演出のようにも見えただろう。そして、波に船ごと飲み込まれてもそれでも無事だった僕は、つまり、嵐を乗り越えてしまったことになる。
乗り越えたらアカンのにな!
「ダメじゃん。嵐を乗り越えたらダメじゃん。ここで波に攫われて退場する役なのに!」
『乗り越えた本人が言わないでくれるかな?』
前田から鋭いご指摘が入る。はい、その通りでありんす。
『え……え~と……嵐を乗り越えた大判の大納言は……だから、龍の首の玉を得るために、龍に挑むのでした』
「龍に挑むのでした?」
『――挑むのでした』
「アイツ! ここにきて演者に丸投げしやがった‼」
どうすればいいの?
僕がここで、ひとりで龍と戦う演技でもすればいいのか?
なんだそれ、痛すぎるだろ……。
そんなことを考えていると、舞台袖から、何かがガラガラと台車に乗って運ばれてくる。
高さ二メートル程度の巨大なオブジェ。
三人がかりで動かすオブジェなのか、黒子を着たクラスメイトがその後ろに控えている。
『あ、龍ですね。大判の大納言はこの龍に挑むみたいです』
「挑むみたいですって……」
さっきから投げやりすぎませんかね、前田さん。
そしてこのオブジェ。こちらを見下ろす眼は爬虫類のもの、大きな翼を背中に携え、二足でもって地面に立つ。鋭い爪のあしらわれた前足は、僕を威嚇するように掲げられていた。
「――っていうかドラゴンじゃんこれ! 龍じゃないじゃん!」
『まあ、どちらも英語にしたらドラゴンなので』
「だから時代背景考えろよぉぉぉぉぉ‼」
『ちなみにこの大道具は、演劇を中止することとなった一年四組からお借りしてきたものです。内容が、悪しきドラゴンと麗しき聖女のラブコメディだったみたいで……』
「なんだそれ⁉ ちょっと見てみたいじゃねぇか‼」
『まあ、中止になってしまったので、どのみち見ることは叶わないのですが……、なので、ひと思いにやっちゃってください』
「なにをどうやっちゃえばいいの⁉」
『………』
ナレーションから渾身のスルーが返ってくる。前田、さっきからちょっと卑怯すぎるんじゃない?
客席から「篠宮先輩がんばれー」「壊しちゃってもいいですよー」と、声援が飛んでくる。たぶん、一年四組の後輩たちの声だろう。
馬鹿言うんじゃねぇよ。こんな巨大なオブジェ、一人の力なんかじゃ壊せるわけねぇだろ。
とはいえ。
さすがにこのまま固まって何もしないでいるわけにはいかない。ここで勝つにしても負けるにしても、何の演出もないまま「やられたー」とか言ったって、観客からは不満続出だろう。
まあ、ちょっとタックルでもしてみようかな。
……と、思った時だった。
「うおっ……っっっ‼⁉⁇」
ドラゴンの
僕の奇跡的な反射神経によって、イナバウアーみたいな姿勢になって、その噛みつき攻撃を回避する。マジで命の危機を感じた。
もちろん、これはただの大道具で、マジのドラゴンなわけないので、自発的に動いたわけがない。
ということは……。
「おいっ……」
僕はドラゴンのオブジェの裏に控えている、三人の黒子に声をかける。
黒子に話しかけるとか演劇のタブーもいいところだが、ナレーションとも喋っちゃったし、ここまで来たらもう何でもありだ。
「お前ら……僕ほんとに死ぬところだったんだけど?」
「ちっ……外したか……」
「え? なに? なんで僕、お前らに命狙われてるの? ていうか誰? ちょっとその顔の布取って、面見せろや」
「うるせぇ‼ イケメンでもないくせに、クラスの綺麗どころ独り占めしやがって!」
「あん? なんのことだ?」
「星川とは恋人で、前田や千種とは仲良しこよしで、一年のかわいい子ちゃんともいい感じで、美人生徒会長のお気に入りで、おまけに幼馴染の湯川は実は超絶美人でしただぁ‼⁉ 人生舐めるのも大概にしろよ篠宮ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼」
「びっくりするくらいの逆恨みじゃねぇか!」
前足のひっかきを後ろに飛んで躱す。
ダメだこいつら……本気で僕の
「篠宮ぁぁ! 恨みに順も逆もねぇんだよ。男の嫉妬は根が深いぜ。覚悟しろヤァ」
「そんな理由で殺されてたまるかぁ!」
「そんな理由だぁ⁉ かわいい女の子といちゃいちゃいちゃいちゃしやがって! 禍福あざなえる縄のごとしだよなぁ⁉ 人間万事塞翁が馬だよなぁ⁉ 今までかわいい女の子ときゃっきゃうふふしてきたんだから、そのツケは今ここで払ってもらうぜぇ‼‼‼」
「ああ゛‼⁉ ……………………ああ、いいぜ。テメェらこそ覚悟しやがれ。僕が今までただただかわいい女子に囲まれて幸せに過ごしてきただなんて愉快な勘違いしてやがるんだったらなぁ、まずはその幻想をぶち殺す‼」
『あの……篠宮君こそ、時代背景を考えてくれるかな?』
じゃかぁしい。
久しぶりに怒髪天だ。
握った拳を構えて、腰を落とす。中学時代のバスケで培ったフットワークは、この時のためのものだったんだ。
ドラゴンが噛みついてくる。
「なめんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
避けて。
そして、その首を取る。そして広背筋を明日の分まで使い、ドラゴンの巨体を上下逆さまに持ち上げた。
あとは、両足を投げ出すだけだ。
ドラゴンを抱き上げたまま小さくジャンプし、その首に足を巻き付ける。
「死に晒せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼‼‼」
千種直伝・パイルドライバー‼‼‼
自重プラス僕の体重の負荷をその首で一身に受けたドラゴンの頭部は、ものの見事に砕け散った。
ごめん、一年四組の後輩たち……。
なにはともあれ、僕の勝ちだ。
敗北者である黒子達(結局誰だかわからなかった)は、すごすごと舞台袖に逃げ帰っていく。
僕は砕け散ったドラゴンの頭部から、おそらく眼球だったのであろう部分を取り上げ、それを掲げる。
「龍の首の玉は手に入れた。あとはこれをかぐや姫に届けるだけである」
まあ、原作とはだいぶ違うけど、なんとか物語が収束に向かって進んでいるようで何よりである。