『無事に……無事に? まあ、なにはともあれ、龍の首の玉を手に入れた大判の大納言は、え~と……海を泳いで、かぐや姫の下に帰りました』
すごいな。
海を泳いで帰ったんだ……。まあ、船は壊れちゃってるし、どうやって帰ったんだよって話になるもんな。龍(ドラゴン)を倒せるくらいなら、トライアスロン程度、できてもおかしくないだろ。
もう原作の大判御行の影も形もないけど、学生の演劇にそこまでのいちゃもんをつけてくるレベルの『竹取物語』原作ガチ勢は、さすがにいないと信じたい。
さてさて。
いろいろあったけど、マジで全身が軋むように痛いけど、何はともあれ、物語はこれで完結である。
あとは、かぐや姫に龍の首の玉(ドラゴンの目)を渡して……、まあ、原作崩壊も甚だしいけど、順当に姫と結ばれて、はれてハッピーエンドってことで。出番が完全になくなってしまった石上麻呂役の誰かとか、帝役の宗谷とか、月の使者役のみんなには悪いけど、尺の都合もあるし、そろそろ物語を締めないといけない。
それに、観客の反応は上々だ。ドラゴンにかましたパイルドライバーが、意外と評判がいい。
かぐや姫とのラストは完全に即興になってしまうが、まあ、これに関しては何とでもなるだろう。
場面が移り変わり、かぐや姫が舞台の端に登場する。
僕が反対側の袖から登場すると、観客席から、声援が飛んできた。大判の大納言も、なんやかんやで人気者になったものである。
僕は苦笑いしながら、かぐや姫に近づいていく。
「弱竹のかぐや姫よ。其方の願い通り、龍の首の玉を持ってきた。さあ、私と結婚して――」
「その結婚、ちょっと待った‼」
アドリブを叫びながら。
千種が僕とかぐや姫の間に割って入る。
『おおっ⁉ なんとここで、媼が立ちはだかります。いったい何なのでしょうか?』
前田がノリノリで合いの手を入れた。
もう勘弁して……。
「大判の大納言様……聞けば貴方はお付き合いしている女性がいる身で、クラスメイトに粉をかけ、後輩を誑かし、生徒会長と懇意にしているそうね?」
「ごっちゃになってる! 劇と
「そんな男に娘はやれないわ。どうしても娘と結婚したというのなら、私を倒していきなさい‼」
そう言って媼は立ちはだかった……
何がしたいんだコイツ……。
「え~と、媼? なんだか悲しい誤解があるようなのだが……」
「黙りなさい、ウジ虫野郎」
「…………………………ほら、なにも暴力で解決することはないじゃないか。平和的に解決できるのなら、それに超したことはないはずだ」
「そうね。貴方は正しいわ。暴力は次の暴力を生みかねない。暴力を是とする人間が大成した試しはないわ」
「そ、そうだろう?」
「ただ、それを弱者である貴方が言うのは滑稽なのだけれど。滑稽すぎて〝死ね〟と思うのだけれど」
「思うな――っていうか、もうお前媼じゃないだろ。普通に千種じゃん」
「何を言っているのかしら、このウジ虫野郎は。こんな奇天烈な性格の人間が実在するわけがないでしょう。演技よ、演技」
「お前……それは特大のブーメランだぞ? いいのか?」
暗に自分は非実在レベルで奇天烈な性格してますって言ってるようなもんだぞ。
あと、演劇でこれは演技ですって演者が言うな。
そんなことを思っていると、視界に映る千種の像が
残像を残しそうなほどの速度で、千種が近づいてきたのである。
三メートルほどあったはずの距離を、瞬きするほどの間で埋めてきた千種は、腰だめに構えていた拳を捻りながら繰り出してきた。マジの正拳突きである。
「うおぉっ……⁉」
何とか避けるが、続けてハイキックが迫る。狙いは側頭部。かがんで躱す――てか、あの……なんでその衣装でハイキックが打てるんですか?
「ちょっ……ちょっとお母さま? やり過ぎよ」
さすがにやばい気配を感じたのか、累が止めに入る。
「かぐやは黙っていなさい」
――が、もちろん千種は止まらない。
「この男さえ……この男さえ消せば、湯川さ……じゃなくて、かぐや姫は永遠に私の下に……‼」
「やっぱりお前、ただの千種じゃねぇか‼」
ツッコミも虚しく。
拳打に蹴足、時には柔まで絡めて、千種は僕を容赦なく攻撃する。
「すごーい」「大納言逃げるなー。戦えー」「あの媼、すごい動けるね」「なんか
武の達人である千種の獅子奮迅に、観客は大喜びだ。
本格的な殺陣っていうか、
とはいえ、僕だってやられっぱなしじゃない。
千種が僕の襟を取って体を当ててきたタイミングで、僕も反撃に打って出る。バスケをみっちりやり込んでた僕は、フィジカルコンタクトに関してはある程度知識がある。どういうふうに相手に力を加えればいいのか――或いは、どういうふうに力を加えたら
僕を背負い込もうとする千種の、その更に下側に体を潜らせて、肘を相手に当て、救い上げるように持ち上げる。
さすがに男子なので、女子を一人持ち上げるくらいは可能だ。
千種を肩に担ぐように持ち上げた僕は、その場で一回転しながら、遠心力を使って千種を投げた。
「おぉぉぉうらぁぁぁぁぁ‼‼‼」
宙を舞って、地面に放り出される千種。
地面に衝突したときほとんど音がなかったので、多分めちゃめちゃ綺麗に受け身を取ったのだろうけど、千種が再び立ち上がることはなかった。
「うっ……うっ……かぐやを……いつまでも私の手元に……」
断末魔が怖すぎる……。
『大判の大納言が媼を倒しました。ところで、今から結婚しようとしている相手の育ての親を投げ捨てる男って、どうなんでしょうね?』
確かに過ぎるな。
「老人虐待だ―」「DV男ー」「大納言さいてー」「篠宮さいてー」
観客も完全に温まっている。僕も温まってきた――違う意味で。
好き勝手言う観客を無視しながらかぐや姫の前に辿り着く。傍らに控える翁役のごんぞーくんに目を向けると、気難しい顔に小さな笑みを浮かべていた。なんか上手くいってよかったみたいな顔をしているが、大サビはここからである。
「さて、気を取り直して」
こほんと咳を一つ挟み、ざわめく観客を黙らせる。
「弱竹のかぐや姫よ。其方の願い通り、龍の首の玉を持ってきた。どうか、私と結婚してほしい」
「……ええ」
かぐや姫は、その龍の首の玉が本物かどうかを確かめることすらせず、
「ひと目見た時から、私も同じ思いでした」
そう言って、たいそう美しく笑って見せるのだった。
『こうしてかぐや姫と大判の大納言は結婚しました。このあと月の使者が来たりしましたけど、そういうのは媼が退治して――二人は死ぬまで仲睦まじく暮らしたのでした』
僕と累が見つめ合ったまま、幕が下りる。
万雷の拍手と喝采を浴びながら、僕らの文化祭は幕を閉じた。