僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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アイコンタクトで会話とか普通にキモい

 

 

「そもそも論として…」

 

 昼休み。

 少し長めの休憩時間であるこの時間を、大抵の生徒は昼食に費やす。残った時間は掃除当番があれば掃除をし、そうでなければ駄弁るのが一般的な高校生の過ごし方だろう。稀に、弁当を掻き込む様に平らげ、校庭へ遊びに出るわんぱく野郎もいるが、それはかなりの少数派だった。

 もちろんインドアな僕と湯川がそんな少数派に属しているわけもなく、僕らはお互いの席を持ち寄って弁当を食べる。

 そういう行為がクラス内でよからぬ噂を招いていることにはもう気付いているのだが、僕はもう気にしないことにしていた。

 

 それはともかくとして。

 

 さて、持ち寄った弁当を広げてるおり、湯川はやおら口を開いた。

 

「立場が逆転してると思うんだよね」

 

 と、言う。

 

 僕は何のことか分からず、首を傾げた。

 

「逆転? なんのことだ?」

「星川さんのこと」

「ああ、星川のことね。ああなるほど。おけ」

「理解した?」

「いやまったく」

「なら黙って聞いて」

 

 と言われたので、黙って聞くことにした。

 

「最初はさ、私が篠宮の恋愛相談を受けてたはずなんだよ」

「恋愛相談? したっけそんなの?」

「ほら、篠宮がどんな虫と交尾したいかって話」

「確かにそんな話はしたけど、話の主眼はそこじゃなかっただろ!」

「胸派か尻派かって話」

「それも主題じゃない」

「篠宮は胸派だもんね」

「…まあ、そうだけど」

「じゃあ胸派な篠宮はさ、やっぱりもも肉よりむね肉の方が好きなの?」

「食べ物の好みと異性の好みをごっちゃにするほどサイコパスじゃねぇわ」

 

 女の子のおっぱいが好きだからむね肉が好き、なんて聞いたことがない。

 

 そんな話をしながら、弁当箱を開く。男子高校生らしく、茶色い中身の弁当箱。僕はそこまで食い意地を張っている方ではないが、並みの男子高校生くらいには食欲がある。弁当の中身が肉々しいのは仕方ないのだ。

 対して、湯川の弁当の中身はカラフルだった。小ぶりな弁当箱に詰まった色とりどりの食べ物は光ってすら見える。傍目、気合を入れた力作の弁当に見えるが、実際はそうでもないことを僕は知っている。おばさん…湯川のお母さんは家事の達人で、これくらいは文字通り朝飯前に作れてしまうのである。

 

 そんなお互いの弁当を覗き合っている僕らの机に、影が落ちた。

 

「なに話してんの?」

 

 影の正体、というか本体は星川だった。

 先日の清楚擬態が嘘だったかのように、髪は金髪のハーフアップになっている。制服も着崩していて、大胆に開かれた胸元には視線を吸い寄せる引力があった。これが噂の万乳引力か。

 

 突然の星川来訪に、湯川は肩を跳ねさせた。

 しかしこれに限っては、驚いたのは湯川だけではない。

 教室の端っこで固まっている陰キャ二人組にスクールカーストトップのギャルが話しかけたという異常事態に、教室中が騒めいた。当然と言えば当然の反応である。

 

「ね、何の話してたの? あたしも混ぜてよ」

 

 しかし、星川はそれに気づかないのか、或いは気づいたうえで無視しているのか、そんなことを言う。

 

 確かに、先日「また、学校で」とは言ったものの、こんなに早く、かつ唐突に機会が来ると予想もしていなかったであろう湯川は見るからにテンパっていた。思えば、前回は電話越しだったので、ちゃんと対面するのはこれが初めてだ。多少の粗相は仕方ないと大目に見てあげるしかない。

 

「えとっ……あの……篠宮がおっぱい星人って話、を、してた」

「おい」

 

 いやそんな話はしてたけれども。正直に言う必要ないだろう。もっと上手い話の振り方あっただろう。

 そんな話を振られた星川は、案の定視線の温度を下げる。

 

「サイテー」

 

 ありったけの侮蔑の眼差しを受けた。

 納得できない。

 僕は渾身の気迫で、星川を説得しにかかる。

 

「おっぱい好きなのは悪いことか? 恥ずかしいことか? いいやそんなことはない。僕は恥ずかしげもなく好きだと言える。なんなら、おっぱい星人じゃなくておっぱい聖人と呼んでほしいくらいだ」

「サイテー」

「大きなおっぱいが好きなのは男の本能みたいなもんなんだよ。大は小を兼ねるじゃないけど、おっぱいは大きいものほど良い」

「サイテー」

「『おっぱいに貴賎なし』なんて言葉があるけどね……僕は大きければ大きいほどいいと思うんだよ。だって、そのぶん愛でる部分が大きくなるって事だからな」

「サイテー」

「ちなみに湯川は股間が大きな男が好きらしいぞ」

 

 僕の熱弁も虚しく、星川の視線は冷たい温度のままだったので、最後の抵抗として湯川を盾にした。言ってから気づいたが、自分でもびっくりするくらい心が痛まなかった。

 

 星川は少し目を見開いた後、冗談だと受け取ったのかさらりと受け流す。これが冗談じゃないと知った時の星川の反応を見てみたくもなったが、湯川の名誉のために、或いはいざというときのために秘密にしておくことにした。

 

 星川はそんな僕らを睥睨しながら持ってきた椅子を置き、僕と湯川の机の上に持参した弁当を広げ始める。断りもなく行われるそんな蛮行に口を出すべきか悩んだが、星川と昼を共にするのが嫌なわけではないので黙って見逃がすことにした。

 

「それで?」

 

 弁当を開けながら星川が口を開く。

 

 ちなみに、弁当の中身は野菜ばかりだった。緑黄色野菜ばかりで、唯一赤いプチトマトが派手に目立っている。昼ごはんがこれだけだと思うと、健康な男子高校生な僕からすれば拷問のようにすら見える。見るだけで元気の出なくなる中身だ。

 

「なんで二人はこんな昼間っから猥談してたの?」

「猥談?」

「だから、篠宮が女のおっ……胸が好きとかいう話」

「さあ? 湯川、なんで僕がおっ……胸が好きとかいう話になったんだっけ?」

 

 僕は首を捻った。

 星川は机の下で僕の足を蹴った。

 

「篠宮が恋人が欲しいって言うから…」

「えっ、篠宮、彼女募集中なの?」

「おいおい、星川。湯川は『恋人』って言っただけだぜ。『彼女』なんて一言も言ってないじゃないか」

「じゃ、じゃあ、篠宮って…」

「ああ。彼女募集中だ」

「時間返せ」

 

 星川の蹴りがまた飛んでくる。さすがに二回目は避けた。

 星川がにっこり笑う。

 笑顔は本来攻撃的な表情である、という雑学を思い出した。

 

「篠宮が彼女作ろうとするなんておもしろっ……幼馴染として心配だから、私も手伝ってるんだけど…。星川さんはどう思う?」

「鏡見れば? って思う」

「辛辣すぎるだろ」

「まあ、篠宮はどう見積もってもフツメンだよね。でもほら、必ずしもイケメンだけが彼女できるわけじゃないし」

「あーね。たまにいるよね。美女と野獣みたいなカップル」

「うん。だから、篠宮にも彼女できる可能性はないこともないはずなんだよね」

「まあ、どんな確率もゼロではないからね」

「そうゼロじゃない」

「だって、篠宮。よかったじゃん。諦めなければ無理ではないって」

「そう。誰にも不可能の証明はできない。篠宮、頑張れ」

「お前らは僕を励ましてるのか? それとも煽ってるのか?」

 

 というかなんだそのコンビネーションは。お前ら実質初対面だろ。

 

「まあ、冗談はこのくらいにして」

 

 と、湯川が区切る。

 これによって、今のは単なる煽りだったことが証明された。

 

「真面目な話、星川さんにお願いがあるんだけど…」

 

 実を言うと、僕はこの時点から嫌な予感がしていた。『真面目な話』などという前置きがもう既に怪しい。湯川が真面目な話をするわけがないという、幼馴染的直感がなせる虫の知らせだった。

 

「ん? なに?」

 

 しかし、星川は馬鹿正直に『真面目な話』を聞く態勢に入る。湯川は真顔で馬鹿なことを言うので騙されているのだろう。ここら辺は付き合いの浅さが出ている。

 

 そんな居住まいを正した星川に湯川は、

 

「篠宮と付き合ってくれない?」

 

 などと宣った。

 

「は?」

 

 目の前に本人がいるのに代理で告白を行うという奇行に、僕のみならず星川も固まる。さもありなんといったところだ。そして、僕はその様を見てこれ幸いにとふざけにいった。つまるところ、悪乗りである。

 

「どうしたんだい? 早くイエスと言っておくれ、マイ・ハニー」

「死んでも嫌」

「それはつまり、死んだらオッケーってこと? 一緒の墓に入ろうね、瑠璃」

「一人で死んどけ」

「辛辣すぎる」

 

 星川のツッコミはなんというか……殺傷能力が高すぎる。

 しかし不思議なことに、僕はその刃の鋭さを心地よく感じていた。もしかしたら僕は、ドMなのかもしれない。

 

(ねえ、篠宮)

 

 僕が不毛なことを考えていると、対面に座る湯川がアイコンタクトしてきた。僕らくらいになると、目を合わせるだけで会話もできる。

 

(ん? なんだ?)

(今だ、星川さんを口説け)

(何が今だ、だ。絶対に今ではないだろ。死ねって言われた直後だぞ)

(篠宮は分かってないな。あれはツンデレっていうんだよ)

(いわねえよ。デレどこだよ)

(デレに辿り着くまで口説けばいいの。厳しいツンの茨道を抜けた先に広がる、デリケートで敏感なデレの花園を見てみたい)

(お前の願望じゃねぇか)

 

 あと、ツンデレをいやらしいものかのように表現するのやめろ。

 

「ねえ」

 

 そんなアイコンタクトを繰り広げていると、星川から声がかかる。何が気に食わないのか、憮然とした表情だった。

 

「なんか、あたしのこと仲間外れにしてない?」

 

 なかなか鋭い。

 僕と湯川は素早くアイコンタクトをとった。

 

「ははは、そんなまさか。なあ、湯川?」

「ははは。もちろんだよ。アイコンタクトで内緒話なんてしてないって。ねえ、篠宮?」

「ああ、そんな気持ち悪い特技、持ってるわけないだろ」

「語るに堕ちてんじゃん。てか、目ぇ合わせるだけで会話できんの!? 幼馴染ってすご!」

 

 何をしていたのか、まるっと筒抜けだった。嘘って難しい。

 

 ちらっと湯川に視線を向け、再びアイコンタクトを図る。綾を付けられてもあれなので本当に一瞬だけだ。

 

(今だ、星川さんを口説け)

 

 何がそこまで…。

 

 何故星川をロックオンしてるのかとか、そういえば千種のことはどうしたとか、言いたいことはたくさんあったけれど、面倒なのでそのすべてを飲み込んだ。そこまで言うのなら、口説いてやろうじゃないか。

 

「星川」

 

 名前を呼ぶ。星川がこちらに視線を寄越す。

 もう引き下がれない。いくしかない。ええいままよというやつだ。ここまで来たら全力で口説き落として、この場でイチャイチャし始めて、湯川の居心地を害してやろうじゃないか。

 

 あとはとっておきの、練りに練った睦言を口から発するだけである。

 とっておきの口説き文句を用意している時点で気持ち悪いが、そんなことは今気にする必要はない。

 

 覚悟完了。準備万端。

 

 さあ、言え。

 

「で……デートしない?」

 

 まあ、なんというか……簡単にいうと、日和った。

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