僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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ここだけの話なんだけど……

 

 

「ここだけの話だけど……」

 

 古今東西、そう切り出した話が「ここだけの話」だったことはないと思うのだが、しかし、僕はそんな野暮な茶々を入れる気質ではなかった。

 個人的には「ここだけの話」は誰にもしない方がいいと思う。

 なぜなら、絶対に「ここだけの話」では済まないからだ。

 肉親も、友人も、恋人ですら、秘密を守ってくれるとは限らない。

 どれだけ口の堅い人だろうと。

 たとえ相手がどれだけ誠実な人間だろうと――まあ、これはちょっと飛躍しすぎな発想かもしれないが――たとえば悪の組織に拉致されて、口にするのも憚られるような拷問を受けたら、きっと口を割ってしまうはずだ。

 実際、僕は幾度となく累に「ここだけの話」をしてきたし、そして聞いてきたけど、その一切合切が、どこかの誰かに筒抜けになってきた。僕も累も、誠実とは対極の位置に存在する人間である。

 

 まあ。

 それはともかくとして、彼女が秘密を僕に晒してくれるというのなら、甘んじて聞き入れよう。誠実さには自信のない僕だけど、友人の隠し事を吹聴するほど悪趣味でもない。

 友人である彼女が誰にも話さないでと言うのなら、悪の組織に拷問でもされない限り、決して話さないことを誓ったっていい。

 

 さあ、果たして彼女の秘密とは――

 

「実は我は、魔界の生まれでな。人間界の歴史とは無縁な生を謳歌してきたのだ。死ノ宮(デスパレス)よ、朋友であるお前にしか頼めない。我に世界の記憶(アカシックレコード)を授けてくれ」

 

 天乃(あめの)(そら)からそんな相談を受けた時の僕の率直な感想は、何を隠そう「帰っていい?」だった――少なくとも、「ふははっ。ついに其方に授ける時が来たか――この世界の記憶(アカシックレコード)を‼‼‼」と、ノリノリで返答することはできなかった。

 

 週末の土曜日。

 文化祭の時にできた新しい友人である天乃にメッセージアプリで自宅に呼び出されたときは、それはもちろん、お断りの文面を即座に作成したのだが、たまたまデート中だった星川にスマホを覗き込まれた末、行ってこい、という(みことのり)を拝命したのだった。てっきり脛にキックを戴くことになるかもしれないと肝を冷やしたものだが(我々の業界ではご褒美です)、わき腹をキツめにつねられるだけで済んだのだった(後日しっかり痣になった)。

 というのも、星川も星川で、ちょうどこの日、僕以外の男子とお出かけの予定が入っていたらしい。何よそれ聞いてないわよムキーッ、と言おうとしたタイミングで、なんとそれは累も同道する、クラスの何人かでのお出かけだったということが判明したのだ。いや、僕も誘えよと思ったが、誘おうとしたら()()が入っちゃったんだっつぅの、と冷たくあしらわれた。

 

 ということで、女子の家を訪ねることになった僕だったが、まあ、緊張もさしたるものではなかった。というのも、まあ、累の部屋にはことあるごとに入ってきた僕だし(ついには、先日、鍵をこじ開けて侵入までした)、実はここだけの話、星川の家にも行ったことがあるのだ。栃木から上京してきて、一人暮らしをしている彼女の部屋に――断っておくが、一緒にゲームをして、手料理をふるまってもらっただけで、疚しいことは何もしていない。念のため。

 

「ああ」

 

 と。

 どこかモノローグによって現実逃避を敢行しようとしてた僕を、現実世界に引き戻す天乃。

 

「表現が不適だったな。どうも、人間の言葉は口には馴染まなくて……。言い直そう――歴史の成績がピンチなので助けてください」

 

 素に戻りながら。

 天乃はそう言った――そう言われても。

 今まで累の勉強を見たり、雪姫の勉強を見たり、ついでに相庭の勉強を見てきた僕だ。先日の演劇の件で名を挙げた僕だが、どこから漏れたのか、それなりに勉強ができることも同級生に知られてしまったらしい。クラスメイトから、時々授業の内容でわからなかったところの質問をされることもある。

 天乃もどこからかその噂を聞きつけたのだろう。本人の強烈すぎるキャラクター故、周囲から排斥されている彼女だが、人の口に戸は立てられない。「ここだけの話」なんてものは、この世には存在しないのだ。

 

 天乃はどうやら歴史を苦手としているらしい。歴史といっても、世界史と日本史、両方を不得手としているようだ。

 まあ、素に戻って、素直にお願いされたところで、気持ちは変わらないな。

 感じも揺るぎもしない。

 帰らせてくれ。

 

 ――っと、言いたいところはやまやまなのだが、どうも僕は頼まれると断れない質のようで。

 早急に直した方がいい悪癖ではあると自覚しつつも、自分を頼ってくれた人間を無下にするのは簡単ではない。

 

「まあ、いいだろう。こう見えて、勉強を教えるのは得意なんだ――で、どれくらいできないんだ? 世界史と日本史だけでいいから、前回の試験の点数を教えてくれ」

「そうだな、(マスター)として、我が実力を具体的に把握しておくことが肝要であることは疑うべくもない。何よりもまずそこの把握に努めるとは……、やはり、我が目に狂いはなかった」

 

 お前の目には狂気しかないし、なんなら片方塞がっているではないかと言いたかったが、めんどくさいので言わなかった。ちなみに、彼女は今日も眼帯をしている。

 

全か無か(all or nothing)――魔界にいたころはそう呼ばれていた私だ。半端な数字など取りはしない」

「う、うん……?」

「ゼロだ。日本史も世界史も、ゼロ点だ。入学してから一度とて、それ以外の点数を獲得したことなどない――ちなみに、それ以外の教科(カテゴリー)では、全て満点を取っている」

 

 具体的というか。

 それは得体の知れない回答だった。

 

 

 玄。

 という漢字がある。

 メジャーな漢字ではないが、まあ、知らない日本人の方が少ない漢字だろう。玄人とか玄米とか、日常で使われることは少なくない。

 さて、この『玄』という漢字だが、漢字自体の意味を知っている日本人はどの程度いるだろうか。個人的には、意外と少ないのではないかと思う。

 この『玄』という漢字の意味するものは、黒だ。実際に『玄』には『くろ』という読みがある。

 黒色。

 光を吸収する色。

 白の対義語。

 

 以下を踏まえたうえで、この偉人の名前を見てみよう。

 

「杉田玄白――この名前の真価が、お前にはわかるな?」

 

 僕の問いに、しかし、天乃は答えない。言葉もないようだ。彼女はただ、手に持ったシャーペンを震わせている。

 玄白。

 玄にして白。

 いかにも中二病が好きそうな名前だ。

 

「いいか天乃? 杉田玄白というのはただの世を忍ぶ仮の名だ。真名(まな)は『過ぎた玄白(オーバード・モノクローム)』。蘭語を修めた能力者だ。(あざな)は子鳳、号は鷧齋(いさい)、能力の名前は『解体新書(ターヘル・アナトミア)』、人体をバラバラにする能力だ――どうだ、覚えられたか?」

 

 天乃は首肯して、ノートの隅に『鷧齋』とそらで書いて見せた――いや、そこはまあ、どうでもいいんだけど……、一発で『鷧齋』書けるようになるの凄いな⁉

 

 天乃が歴史以外の全ての教科で満点を取っているというのが、どこまで本当なのかはわからないけど、少なくとも彼女は、天才と称して問題ない程度には地頭がよかった。少なくとも、僕などは及びもつかないくらいの頭を持っている。

 ゼロ点なんて取るくらいのアホ――とナメてかかっていたが、この様子なら、わざわざ中二病チックに教えなくても普通に暗記できていたかもしれない……が、もう江戸時代までこのスタイルで教えてしまったので、現代史までこの方式を貫こうと思う。ここまでの日本史に登場するすべての偉人に、二つ名とルビを振ってきた僕の努力を無駄にしたくない。

 おかげでここまでで六時間近くかかった。

 こんな長時間集中できるなんて天乃は凄いな――と思いかけたが、これに関しては、どう考えても僕の方がすごい。戦国時代辺りとか、ゲーム一本作れそうなくらいのシナリオを、即興で作った。もしかしたら僕は天才かもしれない。

 

 ――が、いくら僕が中二病の天才でも(中二病の天才ってなんだよ)、さすがに体力の限界である。生徒より先に音を上げる先生なんて前代未聞だが、もうこれ以上は続かない。

 

「外も暗くなってきたことだし、そろそろ切り上げるか」

 

 疲れたから勘弁してくれ――とは、ちっちゃなプライドが邪魔して言えず、僕はそんな言い訳を口にした。第一印象通り純粋な天乃は、僕の言葉を疑うこともなく、

 

「うんっ‼」

 

 喜色満面。

 愛らしい笑顔で、頷いて見せるのだった。かわいい。

 

 勉強道具を片付けて、階下に降りる。

 天乃家は一軒家だ。まあ、それ自体は篠宮家だってそうだし、湯川家だってそうなのだが、天乃家は……なんというか、豪邸だった。彼女はお金持ちの家の子らしい。

 中二病お嬢様……濃いわぁ。

 

 白を基調とした螺旋階段(絶対に螺旋状じゃない方が使い勝手がいい)を降りていくと、天乃母とバッティングした。ちょうど挨拶していこうと思っていたところなので、むしろちょうどがいい。

 

「あ、どうも。お邪魔しました」

「あらあらまあまあ。穹がお世話になりました。今から帰るの?」

 

 天乃母は天乃から身長をマイナスして、人懐こさをプラスしたような人だった。姉といっても通用しそうだし、頑張れば妹といっても通用しそうだ。天乃の母なだけあって、異様に顔面偏差値が高い。

 

「はい。あまり遅くなりますと両親が心配しますので」

 

 余所行きの声でそんなことを嘯く。

 実際のところ、僕の家はあまりそういうのは厳しくない。中学生の頃は友達の家によく泊まっていたし、累の家に泊まるときには連絡すら寄越さないレベルだ。

 

「夕飯ぐらい食べてっていいのよ?」

「いえ、ご迷惑でしょうから」

「あらあらちゃんとした子だこと。遠慮しなくていいのよ?」

「遠慮なんて……家で母が夕飯を作っているでしょうし」

「そうよねぇ……ところで、どうやって帰るの? 送りましょうか?」

「お気遣いありがとうございます。でも、自転車で来ているので」

 

 僕の家と天乃の家は、そこそこの近さだった。

 電車で言うと一駅区間。その電車賃をケチって自転車で来たのだが……、それが仇となった。

 

「それは困ったわね」

 

 そう言って。

 天乃母は窓を指さす。厳密には、窓の外を。

 

「いま、土砂降りよ?」

 

 外は、信じられないくらい雨が降っていた。

 

 

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