僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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父親

 

 

 女心と秋の空という言葉があるが、実際のところ、女心が如何ほど変わりやすいか把握できていない僕には、ピンときづらい言葉でもある。

 ただ、今日の空は間違いなく急転直下だった。

 なぜなら、僕が天乃の部屋を出た時には、天乃が部屋を出る時にカーテンを閉めた時には、間違いなく、雨は降っていなかったのだから。

 僕が螺旋階段をぐるぐるしている間に、この雨は降りだしたということである。

 雨。

 といっても、天乃母が土砂降りと称した通り、それは豪雨だった。視界十センチ前後と言ったところだろうか。この雨の中に自転車で乗り出していく勇気は、さすがにない。遅れてスマートホンが騒ぎ出し、大雨警報を知らせた。遅いって。

 

「この雨の中自転車で帰るっていうのは、大人として許可できないわねぇ」

 

 と、天乃母。

 大人としての責任の話をされたら、子供の僕は何も言えない。

 

「一応、涼太クンのおうちに連絡したいから、番号教えてくれる?」

「あ、はい……あっ、いえ。お手を煩わせるわけにはいかないので、自分で連絡します」

 

 頷きかけて。

 間一髪で気付いた僕は、変な敬語を使って切り返した。

 スマホを取り出して、母親の連絡先を表示する。

 通話ボタンを押して、ワンコール……ツーコール……。

 

『俺だ』

 

 てっきり母親が出ると思ったのに、電話に出たのは野太い男の声だった。父親だ。

 

「息子として恥ずかしいから、非常識な電話の取り方をするな。なんで母さんの電話番号にかけたのに、父さんが出るんだよ」

『母さんは今朝三トントラックに撥ねられてな。鎖骨が折れてしまったんだ。治療費が必要だから、今から言う口座に三千万振り込んでくれ』

「なんで電話を掛けられた側が詐欺を働こうとしてるんだよ」

 

 三トントラックに撥ねられても鎖骨が折れるだけで済んだ母さんスゲーとか、鎖骨の成形だけで三千万取る病院は今すぐ退院しろとか――そういうツッコミをいちいちしていたらきりがないので、本題へと話を促す。

 

「てか、父さん」

『お前にお父さんと言われる筋合いはない‼』

「なんでだよ! 筋合いあるだろ! 筋合いしかないだろ‼ 僕息子‼ 父さんの一人息子‼ 世界で僕しかあんたを『父さん』とは呼べないんだよ‼」

 

 言ってから。

 なんか名言っぽいなと思って赤面した。

 さっきまでの中二病式日本史レッスンが響いているらしい。

 

 ごほんっ、とひとつ咳を挟んで、

 

「外、雨がすごいだろ? いま出先に自転車で来てて、ちょっと帰れそうにないんだ。この雨の中自転車で出るのは死にに行くようなものだからな」

『死にに行く理由に他人を使うな』

「使ってねぇ。あんたは浦原喜助か」

『お前は俺より後に死ね。そしてできれば笑って死ね』

「カッコいいだけのことを言うな。あんたは黒崎一心か」

『人生が五回くらいあればな……。5回とも違う町に生まれて、5回とも違うも腹いっぱい食べて、5回とも違う仕事して……それで5回とも……母さんを好きになる』

「思わず憧れてしまうような一途さを息子に見せるな。あんたは井上織姫か」

『憧れは理解から最も遠い感情だぞ』

「うるせぇ。あんたは藍染惣右介か」

『なん……だと……⁉』

「BREACHネタがしつけぇぇぇぇ‼‼‼」

『休日を利用してBREACHのイッキ読みをしたんだ』

「知らねぇよ」

 

 っていうか僕もよく全部にツッコミきれたな。確認しないと分からないけど、たぶんノーミスだぞ?

 

「――とにかく、帰りが遅くなるから、母さんにもそのことを伝えといてくれ」

『断る』

「よし、理由を聞こうか」

『親がいつまでもわがままを聞いてくれると思うな。高校生にもなって甘ったれるんじゃない』

「伝言はわがままの範疇には含まれないですよねぇぇぇ‼⁉⁇ 伝言くらいはすっとしてくれ‼ 親だろうとぶっ飛ばすぞ⁉」

『涼太……父親として、お前に教えなければならないことがある』

「な、なんだよ」

 

 さすがに親に向かってぶっ飛ばすぞは言い過ぎだったろうかと身構えた僕に、父さんは言った。

 

『あまり強い言葉を使うな……弱く見えるぞ』

「BREACHはもういいって‼‼‼」

 

 ふざけまくりじゃねぇか。

 電話をぶち切った。

 

「あらあらまあまあ、仲がいいのねぇ」

 

 天乃母がほんわかとそんなことを言う。

 

「……まあ、親子仲の良さは否定できないですね」

「微笑ましいわぁ」

「と、とにかく! 雨が止むまでの間にはなりますが、お世話になります」

「お夕飯も食べていくでしょ?」

「そこまでお世話になるわけには……」

「でも、うちは今からご飯だから……正直、ご馳走になるわけでもないのに余所の子が家の中にいるのは迷惑だわ……」

「………」

 

 ……そう言われると弱い。

 

「じゃあ、その、ご馳走になります――天乃もそれでいいか?」

 

 天乃の問うと、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせて、そして一転、下手くそな仏頂面を作って言った。

 

「ふ、ふん。仕方あるまい。今宵の晩餐に参列することを許す」

「ありがとう、天乃――話は変わるけど、『今宵の晩餐』って、夜って意味が被ってるから『頭痛が痛い』みたいになってるぞ」

「もーーーーーーーーっっっ‼」

 

 かわいい。

 

「まあまあ、穹がお友達出来たって喜んでたから、嫌な子じゃないのかって心配してたけど、いい子そうでよかったわ。今日は腕によりをかけて夕飯作っちゃうからね」

 

 微笑ましそうにそう言って、天乃母はない力こぶを作る所作をした。

 そしてアルカイックスマイルを浮かべながら、甘い声音で、

 

「じゃあ、お父さんにもご挨拶してくれるかしら?」

 

 と言った。

 

「――えっ?」

 

 

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