僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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カッコつけたくもなるじゃん。男の子だもん。

 

 

「かんぱーい」

 

 天乃母の音頭と共に、僕らはグラスを鳴らした。僕は気持ち、低めにグラスを構えて。

 グラスを満たすのは、琥珀色の液体。天乃母と父はシャンパンで、僕と天乃のはシャンメリーだ。甘いブドウの薫りが鼻腔を擽る。

 四人で囲むテーブルの上にはご馳走が並んでいる。

 ローストビーフにサーモンのマリネ、アサリのパスタ、生ハムのサラダ、オニオンスープ。

 天乃母が宣言通り腕によりをかけた豪勢な料理に、僕はちょっと引き気味だ。

 

「さあ、どうぞ召し上がれ」

 

 そう天乃母に言われても、僕の手は動かなかった。

 天乃が自分の取り皿にパスタを取り分けるのを見送ってから、その動作を真似するようにパスタを取り分ける。

 別に、ミラーリングを狙っているわけではない。

 シンプルに、このご馳走を前に困惑しているのだ。篠宮家では、クリスマスでもここまで豪勢な食卓にはならない。

 ちらちらと周囲を確認して、僕以外の全員が一口以上食べたのを確認してから、僕は料理を一口頬張った。舌の上に広がる熱と旨味のハーモニー。僕は一瞬でこのご馳走の虜になった。

 一転、忙しくナイフとフォークを動かし始める僕を見て、天乃母が上品に笑う。

 

「あらあらまあまあ、豪快な食べっぷりで嬉しいわ。実は、男の子も欲しかったのよ」

「あ、恐縮です……」

「男の子もいいけど、でも、やっぱり最初は女の子がいいわね。女の子は暴れないから、親としては安心だし。初心者お母さんには女の子がおすすめね。ねえ、穹?」

 

 いきなり話を振られた天乃は食べかけのローストビーフを皿に落とした。

 そして白磁の肌をみるみる赤く染めて、

 

「で、死ノ宮(デスパレス)とはそういうのではない! えっと……朋友‼ そう、朋友なのだ‼」

 

 そうだ。天乃、もっと言ってやれ。

 僕らはただの友達。

 勘違いしないでよね!

 あと、次僕のことをデスパレスって呼んだら、パイルドライバーの刑に処すからな。

 

 顔を真っ赤にして否定する天乃に対し、天乃母はニコニコ笑顔を崩さない。ノーダメージだ。

 

「あらあら。わたしは何も言ってないのだけれど……。『そういうの』ってどういうの? お母さんに教えてちょうだい、穹」

「――っっっ‼‼‼ もーーーーーーー。やめてよ、ママ‼」

 

 そうですねお母さまやめてください死んでしまいますっていうか殺されてしまいます。愛娘を盗られた(盗ってない)お父様が僕のことを見ています。

 

「むっ」

 

 ほら、残虐テディベアが立ち上がった! ここからはR-18だぜ!

 のそのそと棚を横断して、棚から取り出したのは軍手と麻縄!

 ……ではなかった。

 棍棒のような腕に比すると、どうしても小さく見えてしまうそれは、みんな大好き『UNO』だった。

 

「まあまあ、相変わらずね。せっかく四人もいるのだし、久しぶりに遊びましょうか」

 

 天乃父はもしかしたら生粋のアナログゲーマーなのかもしれない。気が合うな。

 食卓をてきぱきと片付けた天乃母が着席するのを待って、天乃父は不器用な手つきでカードを配り始める。

 

「涼太クンはこういうの得意かしら?」

「まあ、自慢じゃないですけど、こういったゲームはめっぽう強いですよ、僕」

「あらあら楽しみね」

 

 天乃母は妖しげに微笑んだ。

 

 

 宴も(たけなわ)

 通り雨も過ぎ去ったので、僕は帰ることにした。

 

 ちなみに、天乃母はめちゃくちゃ強かった。勝てないとかじゃなくて、もう、勝てそうにすらなかった。天乃はさすがに地頭がいいだけあって、生粋のアナログゲーマーである僕と同じくらいの実力。天乃父ははっきり言ってクソ雑魚だった。

 

「篠宮……」

 

 天乃家を出て、自転車の鍵を開けていると、見送りに来ていくれた天乃に声を掛けられる。

 僕がゆっくり振り向くと、彼女は少し言葉を詰まらせていた。

 

「今日は……助かった。貴君のお蔭で日本史が……楽しかった」

 

 そう言って、仄かに笑う彼女は、やはり美少女で。

 顔がいいっていうのは、やっぱりズルいなと思わざるを得ない。

 

「まあ、日本史なんて江戸時代まで来てやっと半分みたいところあるからな。まだまだだぞ」

「……そうか」

「――だから、また暇ができたら教えに来てやるよ」

「そ、そうか!」

 

 顔を輝かせる天乃に、僕は苦笑した。

 もうちょっとポーカーフェイスできるようにならないと、クール系主人公にはなれないぞ。がんばれ魔界生まれ。

 

「な、なあ……死ノ宮(デスパレス)よ……」

「お前マジで次僕のことをデスパレスって呼んだらパイルドライバー掛けるからな。本気だからな? ――で、なんだ?」

「う、うむ……。その、我らは……朋友……だよな?」

「……まあ、そうなんだけど。素直に頷きづらいから、普通に友達って言ってくれ」

「ああ、わかった……それでだな……」

 

 そして天乃は言い淀み、彷徨う右手は右目に向かう。

 その白魚のような指先が、そっと眼帯の表面を撫でた。

 

「友達に隠し事は……なしだよね……?」

 

 素に戻って。

 彼女は言いづらそうに言ってきた。

 ……なるほどね。

 

「その右目が見えてないことならもう聞いた」

「……えっ?」

 

 天乃はわかりやすいくらいに驚いて。

 そして次第に、顔を青くしていった。

 

 僕はまたしても苦笑する。

 

「何考えてるのかわからんけど、さっき言ったろ。僕らは友達だ。朋友でもいいけど、僕らは友達だ。お前がハンデを抱えてても友達だ――安心しろ。僕はお前に同情なんてしない。憐れんだりしない。お前の中二病はこれからもイジってやるし、勉強もまた教えてやる。嫌いになったら遠慮なく嫌うし、ピンチになったら助けてやる。だから――」

 

 そして僕は自転車に跨って、ペダルに足を乗せた。

 

「僕のことを遠慮なく頼って、僕のことを遠慮なく助けてくれ。さしあたって、ここだけの話なんだが、実は僕は数学が苦手なんだ。だから、今度はお前が僕に数学を教えてくれ」

 

 それじゃあ――と、言葉を残して、僕は自転車を漕ぎ出した。

 天乃が何か言ったような気がするが、僕は返事もしなければ振り返りもしなかった。

 ちょっとカッコつけすぎたせいで、僕は天乃のことを見ることができなかったから。

 

 

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