僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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友情より大切なものなんてないよ、うん、わかってるわかってる

 

 

『放課後、生徒会室に来てほしいな♡』

 

 昼休み。

 忘野先輩から飛んできたそんなメッセージを確認した僕の最初に取った行動は、見なかったことにする、だった。

 しかし、そのたった一分後に、

 

『このメッセージアプリには既読がつくから、見なかったことにはできないよ』

 

 というメッセージが飛んできたので、僕はあえなく、返信することになった。

 さて。

 どう断ろうか、という問題がある。

『放課後にはかわいいカノジョとデートに行くから無理です♡』と返そうかと思ったが、忘野先輩なら、その程度の嘘は看破してきそうだ。

 ならいっそのこと、本当に今から星川を放課後デートに誘おうかと思ったが、彼女は現在、ギャル友に囲まれていて、話しかけられる雰囲気ではない。文化祭を経て、僕もただの陰キャという存在ではなくなったが、星川の友人は、具体的には由良とその取り巻きは、いまだに僕のことを認めてくれていない節がある。あの中に突っ込んでいくのは、少々どころではない勇気が必要だ。

 

 う~む。

 

 考え込んでいるうちに、追撃のようにメッセージが飛んでくる。

 

『湯川後輩とかをダシにして、無理やり放課後に予定を作るのはナシだからね』

 

 どんどん外堀が埋められていく。

 ダメだ。

 僕より頭の回転が速い人と真っ向からやり合っても無駄過ぎる。

 ここは搦め手いこう。

 

『わかりました。放課後、伺います』

 

 よしっ。

 これであとは、放課後になった瞬間にダッシュで帰って、夜にでも『ごめんなさーい、約束すっかり忘れてました~(≧∇≦) P.S.許して♡(上目遣い)』とでも連絡しておけばオッケーだ。

 

「ふっふっふっ……」

 

 馬鹿め。

 顔がかわいいからって、僕がいつでも誠意ある対応をしてくれると思うなよ。顔がかわいいからって。

 

 ――そして迎えた放課後。

 

「篠宮後輩、迎えに来たよ」

 

 馬鹿は僕だったことが判明した。

 HR(ホームルーム)は新庄先生の鉄板ネタである独身自虐によって長引き、いつもの『は~、早く結婚したぁい』で終了するころには、チャイムから三分ほど経過していた。

 僕は新庄先生の独身ネタを聞き流しながら帰りの支度をして、爆速で帰ろうとしたのだが、それよりも早く、二年一組の教室の入り口に奴が現れたのである。

 

「わ……忘野先輩……なぜここに?」

「ほら、通り道だから、ついでにと思って」

 

 一億パ―嘘だ。

 集合場所の生徒会室は五階。ここは三階。三年のクラスは四階にあるので、通り道なわけがない。だが、それを指摘しても藪蛇なので、僕は苦笑いを浮かべてぎこちなく返した。

 

「……じゃ、じゃあ、生徒会室に行きますか」

「そうだね」

 

 ……なぜ僕が逃げようとしていることがわかったんだろう?

 

 心の中を見透かされてるようで肝を冷やした僕だったが、生徒会室に向かう道すがら、階段で僕の隣に並んだ忘野先輩が小声で、

 

「逃がさないよ」

 

 と呟くのが聞こえて――もうなんか……本当に泣きそうになった。

 

 

 生徒会室は閑散としていた。

 別に生徒会の役員じゃないので断言はできないが、前回来たときより、圧倒的に物が少ない気がする。生徒会室にはどこか寂寥感が漂っていて、痛々しさすら感じるほど。

 なぜだろう。

 なんて惚けたことを考えずとも、理由は明白。

 

「生徒会ももうすぐ解散だからね、私物は持って帰ってもらったんだよ。今この部屋にあるのは、全部生徒会の備品」

 

 ということである。

 長机にパイプ椅子、旧式のノートパソコンに、大量の書類とそれを挟んだバインダー。

 私物が撤去された生徒会室は、なんというか……『仕事をするためだけの部屋』という感じで、息が詰まりそうだった。

 

「まあ、私はギリギリまで仕事するつもりだから、まだ私物、持って帰ってないんだけどね。選挙が終わったら片付けるつもりなんだ」

 

 そう言って忘野先輩が指さすは、生徒会室の一番奥。所謂上座に設えられた、生徒会長の席。そこには彼女の言う通り、忘野先輩の私物がまだ残り香のように残留していた。空気清浄機とミニ扇風機、青と黒で統一された文房具。

 得体の知れない忘野先輩の、その生活感を感じさせる一角に、しかし僕は、気味の悪さしか感じなかった――何かが気持ち悪い。

 

「それで?」

 

 僕は喉に小骨が引っかかるような不快感を呑み下しながら、口を開いた。

 

「僕はどういう理由で呼ばれたんですかね?」

 

 僕が問うと、忘野先輩は「よっ……と」と言って、長机の上に飛び乗った。

 はしたなくも机の上に腰を下ろす。やけに足が開いていて、スカートの中が見えそうだった。

 

「見過ぎだよ」

 

 ドギマギしていると、忘野先輩は乱れたスカートの裾を直して、股座(またぐら)に手を置いて、スカートの中を隠した。

 

「いや」

 

 僕は思わず、否定の句を口にする。

 

「肌色に視線が吸われるのは人の性なんですよ。別に性的な目で見てたわけじゃありませんし。短いスカート丈でそんな座り方されたら、思わず見てしまいますよ……、たとえ忘野先輩が小汚いオッサンだったとしてもね――むしろ、忘野先輩のことが小汚いオッサンに見えたくらいです」

「私のことを小汚いオッサン呼ばわりしたことを、私は君が小汚いオッサンになるまで忘れないからね?」

「おっと口が滑った」

 

 いや、そんなことはどうでもよくて。

 

「それで、忘野先輩はどうして僕のことを呼びつけたんですか?」

 

 よく考えると、呼び出された目的も聞かないままノコノコ生徒会室に連れ込まれているあたり、僕もガードが緩いのかもしれない。

 ただ。

 忘野響姫――彼女の命令じみたお願いを、僕はなんとなく無視できない。

 恐怖……。

 根底には、そんな理屈があるのだと思う。なにをしてくるかわからない彼女の不興を買いたくないという考えが全くないと言うことは、残念ながら、僕にはできなかった。

 

「出馬」

 

 忘野先輩は脚の間の机に手を突いて、前屈みになりながらそんなことを言った。

 端的だったが、端的過ぎて何のことかわからない。

 

「篠宮後輩に、生徒会長に立候補してほしいんだ」

 

 とてもカジュアルに、聞き逃してしまいそうなほどさりげなく、彼女は言った。

 だから、僕も大したことを言われていないような思い違いをしかけた。

 

「……はあ⁉」

 

 思わず相手が先輩であることも忘れて、僕はそんな気の抜けた返事を返す。

 やる気の有無以前の問題だ。

 こちとら実績も経験もない、ただのいち生徒だ――ゼロ生徒と言ってもいい。そんなゼロ生徒である僕じゃ、思い出受験ならぬ、思い出立候補にすらならない。時間の無駄どころか、恥の搔き損だ。

 

「そうかな? そうは思わないけど」

 

 忘野先輩は小首を傾げる――わざとらしく……、可愛らしく。

 

「篠宮後輩が思うより、文化祭の劇はみんなの印象に残ってるよ。まさしく劇的だったと言っていい。この学校の生徒の君への印象は、ひと息にがらりと変わった。君は今や、一躍時の人だ。人の噂も七十五日なんて言うけど、七十五日が過ぎるころにはとっくに生徒会選挙も終わってる。たとえ一過性のものだったとしても、今の波に乗ったまま、かつ私の後押しがあれば、充分に当選の確率を担保できると思う」

 

 それは……まあ、そうだろう。

 何だったら、忘野先輩の後押しだけで充分に当選できるまである。彼女が本気を出せば、生徒の全票を集めることだってできそうだ――さすがにそんなことは不可能だろうけど、印象的にはそのくらいのことはできそうである。

 だが、可能不可能の話以前に、

 

「申し訳ないですけど――むしろなにも申し訳なくはないんですけど、忘野先輩の娯楽のために立候補することはないです。ひと言で言うと何もメリットがないので」

 

 そもそも僕にやる気がない。

 生徒会長をやるメリットなんて内申点くらいしかないが、僕は国立、または公立志望なので、内申点はそんなに重要じゃない。そもそも、試験で五位以内をキープしてきた僕は、それなりに内申点を貰っているはずだ。

 

「いいの? 生徒会長になったら、君のクラスのギャルたちが、君とかわいいカノジョちゃんとの交際を認めてくれるかもしれないよ?」

「………」

 

 その提案は、一瞬僕の心を動かしかけたけど、一瞬だった。

 迷うまでもなく、

 

「言い忘れてましたけど、ちょうど今朝、前田の応援演説人になるって言っちゃったんですよ。もう届けも出してますし。友達を裏切ってまでアイツらに交際を認めてもらいたいとは思いません」

「そっか……。選挙は選管委員の管轄だから、それは知らなかった」

 

 忘野先輩の「知らなかった」ほど白々しい言葉はないなと思った。失礼ながら、なんの根拠もなく疑ってしまう。選挙管理委員会だって、既に彼女の傀儡なのではとすら思う。

 

 そんな風に猜疑の視線を向ける僕に、忘野先輩は妖艶に微笑んで。

 ――そして爆弾を投下した。

 

「じゃあ、生徒会長になったら、おっぱい揉ませてあげるって言ったら?」

「……スゥ」

 

 悩ましい。

 めっちゃ悩ましい。

 忘野先輩は、自分の普通サイズの乳房に掬うように両手を当て、ゆっさゆっさと揺らしてアピールしている……エロい。

 前田との友情か、忘野先輩のおっぱいか……悩むな。

 

「………………おっ……ぱいは、自分のカノジョに揉ませてもらうので、大丈夫です」

 

 血反吐を吐くような思いだった。

 たぶん、忘野先輩のおっぱいがあとひと回り大きかったら、実際に血反吐を吐いてた――二回り大きかったら、前田との友情を裏切ってた。

 

「本当に? カノジョにおっぱい揉ませてもらえてるの?」

 

 忘野先輩の追撃!

 やめてくれ、迷っちゃうから。

 

「揉ませてもらえてないですけど、最悪の場合、累のおっぱいを揉むので大丈夫です」

「それはなにも大丈夫じゃないような……」

 

 珍しくも忘野先輩がド正論を言っている。

 しかし、幼馴染のおっぱいをサクリファイスすることで煩悩を払った僕は、もう迷いはしない――これ、煩悩払えてるか?

 まあいいや。

 

「とにかく、僕は生徒会長には立候補しません。忘野先輩も僕なんかより、前田のことを応援してくださいよ」

「それはできないかな」

 

 食い気味の即答だった。

 気味の悪い先輩は、そして、こう続ける。

 

「――邪魔は、しちゃうかもしれないけど」

 

 

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