いよいよ生徒会選挙の申し込み締め切り日――十月二十五日となった。
気温がガクンと落ち込んで、もはや秋というより冬と言った方がよさそうな陽気だ。
申し込みは十六時まで。
僕と前田、そして背の高い爽やかな男子と、対照的に背の低女子の四人は、その少し前に会議室に集められていた。
背の高い男子は、町田という名前の二年生らしい。前田と同じ生徒会長に立候補した男子で、生徒会で一年間書記を務めた実績がある。背の低い女子は
「はい、みんないるね」
十六時を五分ほど過ぎたころ。
会議室に忘野先輩が入ってきた。さらりと流れる銀髪。青い瞳。雑談に興じていた僕ら四人は、一斉に息を呑む。
「一応ギリギリまで確認を取ってたけど、生徒会長に立候補する人はいなかったみたいだ。ということで、生徒会長選挙は君たち二人の一騎打ちになった」
忘野先輩はホワイトボードに何やら書き始めた。ここでは真面目にやるらしい。
「今から現職の生徒会長として説明をさせてもらう。選挙活動期間は週明けの月曜日から木曜日三十一日までの四日間。で、その四日目に演説と投票。寒くなってくる季節だけど、しっかり校舎前とかで演説してね」
勝負は実質、来週か。ポスターとか作った方がいいのか? でも、たかが生徒会選挙でポスターなんかに実利があるようには思えない。金も掛かるだろうし、何より、そんなもの作って負けたら負の遺産過ぎる。やめておいた方が賢明か。
「詳しいルールは過去の生徒会が作った『選挙の手引き』を印刷してきたから、これを参考にして――さて、生徒会長を経験した者として、不平等のないように二人ともにアドバイスするけど、まず、ポスターは作って特定の掲示板に貼ってもいいけど、効果はあまり期待しない方がいい。政治家の選挙と違って、他者と差別化できるところなんてほとんどないからね」
まあ、生徒会長に大した権限なんてない。極論、選挙というよりこれは人気投票なのだから。
「勝負は八割がた投票前の演説で決まるから、そこは重点的に考えておいた方がいい。あと、応援演説の省略は禁止だから、絶対何か喋ること」
「それ、演説直前にお腹痛くなってもダメですか?」
一応聞いてみる。
抜け穴がありそうなら探ってみたくなるのがゲーマーの性なのだ――だから前田さん、睨むのやめて。別にバックレようなんて思ってないから。
「いい質問だね、篠宮後輩」
忘野先輩は薄く笑う。
……笑うだけで不気味なんだよなぁ。
「その場合は、代理を立てでも応援演説はしてもらう。『自主性がなんちゃら~』って詳しい理由は、『選挙の手引き』に書かれてるから、気になるなら読んでおくといいよ。その代わり、何を言ってもいいし、立候補者と応援演説人のどっちが先に演説するのかも自由」
「何を言うのも自由なら、何も言わない自由もあるのでは?」
「もちろんルール上は構わないけど、演説は立候補者も応援演説人も三分以上五分以下のルールがあるから、何も言わないと、全校生徒の前で最低三分間は突っ立ってもらうことになるね」
「なるほど……じゃあ、国歌斉唱でもして愛国心を示そうかな」
「ちょっと、篠宮君! そんな獅子身中の虫みたいなことはしないでよ⁉ 私は本気で生徒会長を目指してるんだからね⁉」
前田が僕の冗談に本気でビビっていた。
さすがに本当にやるわけないだろ。僕が全校生徒にやばい奴だと思われるわ。
「安心しろ、前田。僕が斉唱するのは国歌は国歌でも、『君が代』じゃない――『ラ・マルセイエーズ』だ」
「どうして日本の学校でフランスへの愛国心を示すのかな⁉」
「フランスが好きだからじゃないか?」
よほど切羽詰まっているのか、前田は僕のしょうもない小ボケを受け流すことができないらしい。この余裕のなさは、ちょっといただけないが……。
「いいね。篠宮後輩。最高だよ」
忘野先輩は注意することもなく笑っていた。まさかやるわけもないが、演説で僕が本当にフランスの国歌を熱唱したら、彼女は大喜びしそうだ。
「私としてもこんなイベント、めちゃくちゃになってほしいって思ってるんだけどね。生徒会長なんて大したポジションじゃないんだし、ゆるくやってほしいよ」
それは、ガチガチに緊張している前田への激励にも聞こえたし、侮蔑にも聞こえた。
それとも、これはただの被害妄想だろうか?
なんにしても、生徒会長として、いち生徒の枠を大きく超えた業績を持つ彼女が言うと、嫌味にしか聞こえない発言だった。
ただ、僕としてはこの選挙がめちゃくちゃになってもらっては困る。
この選挙にかける並々ならぬ前田の熱意に感づいている身としては、彼女を勝たせる努力を惜しまないつもりだ。
そしてもちろん、この選挙を茶番になんてさせない。
「前田。僕はお前の勢いのあるツッコミは嫌いじゃないが、ここは真面目にやろう。調子こいてると普通に負けかねない」
「あ、うん……そうだね……って、ボケ散らかしてるのは篠宮君だよね⁉」
「えっ⁉ ……そ、そうだね。ごめんな。僕の……せいだよな……」
「小芝居してまで私を悪者にしようとするのはやめてくれないかな‼」
「前田。まだ生徒会長が説明中だぞ。大きな声を出すな」
「~~~っ! ムカつく~~~っ!」
かわいい。
もはや、弄り甲斐がある前田の方が悪いんじゃないかとすら思えてくる。
「まあ、これ以上は特に説明はないんだけどね。というわけで、解散」
忘野先輩はゆるい空気になったので帰っていった。
会議室に残されたのは、立候補者と応援演説人の四人だけ。
「――前田と篠宮」
さて帰ろうかな、と思ったら、町田に声を掛けられた。
「一応は敵同士だけど、正々堂々頑張ろうな」
そんなイケメンなことを言って、町田は一瞬迷った末、僕に握手を求めてきた。
立候補したのは僕じゃなくて前田なんだけど、まあ、女子に握手求めるのってちょっとな……。ていうか、握手を求める意味がそもそもわからんが。
「前田、僕の代わりに握手してくれ」
「……一応、理由を聞かせてくれるかな?」
「それはもちろん、応援演説人じゃなくて、立候補者同士で握手する方が自然だからだ」
「うんうん――で、本音は?」
「僕は最悪の場合、卑怯な手を使うのも辞さない覚悟だから、正々堂々戦う約束はできない」
「ホントにやめてね⁉ 汚い手を使ってまで生徒会長になるくらいなら、負けた方がマシだから!」
「ひゅ~。前田
「……あとで泣かす」
前田が静かにブチギレていた。割とガチでキレてそうだ。忘野先輩よりこわーい。
町田は結局前田と握手して、加持を連れて去っていった。
会議室には僕たちだけが残される。
「選挙活動の打ち合わせだけど、土日のどっちにやる? それとも今からやるか?」
「え? うん……え? なにが?」
「だから、選挙活動の打ち合わせ。さすがに無策で挑むわけにはいかないだろ? 選挙演説とかも、僕とお前で用意してた内容が被ったら致命的だし――逆に、二人で内容を練れば、最大十分ぶんの演説ができるということでもある。打ち合わせはやり得だろ」
「あ、そうだね……そうだよね……」
何故かわからんが、前田がしょんぼりと呟いた。
僕は眉根を寄せる。
シリアスに直行されても困るので、僕は得意の軽口を出発進行させた。
「ま、打ち合わせは土日でいいか。僕はそれまでに『ラ・マルセイエーズ』の歌詞を暗記してくる」
「絶対に国歌斉唱なんてさせないからね? 絶対だからね?」
「この時、前田華凛はまだ知らなかった……一週間後、あんなことになるということを……」
「意味深なナレーションで終わらせようとしないでくれるかな⁉」
――やれやれ、である。