僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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蛇に睨まれた蛙

 

 

 秋の日は釣瓶落とし。

 星川を駅に送り届けてから外に出ると、外は既に薄暗くなっていた。

 僕が乗りたい電車は一分ほど前に出発してしまったので、時間潰しのつもりで、僕は駅前の商業ビルに足を運んだ。

 エレベーターに乗って五階の本屋に行くか、エスカレーターに乗って地下のゲームセンターに行くか。

 迷った末、僕は後者を選んだ。

 

 商業ビルの地下にあるゲームセンターは、最新ゲームとレトロゲームの絶妙な混在ぶりから、この辺の高校生御用達となっている。

 ゲームセンターの入り口付近には様々なクレーンゲームが乱立している。景品にしたって、ぬいぐるみからお菓子、携帯ストラップにフィギュアとなんでもござれだ。累と来るときは、基本的にクレーンゲームなんてしないので、知らなかった。

 チカチカやかましい電飾と、ジャンジャカ煩いゲーム音を泳ぐように潜り抜けていくと、クレーンゲームの筐体の向こうに、見知った影を見つけた。

 

 うちの高校の制服。

 明るい茶髪のボブカット。

 ブレザーの胸元を押し上げる、形のいいCカップ。

 

 ――我らが委員長、前田華凛である。

 

「前田……?」

 

 別に彼女がどこにいようと僕に口を出す権利などないのだが、しかし、なんとなく彼女にゲームセンターは似合わない気がして、僕は思わず首を捻った。

 声を掛けてみよう。

 そう思って近づいたが、出かかった言葉は全部、喉の奥に引っ込んだ。

 前田はひとりではなかった。

 彼女を両側から挟み込むようにして、女がふたり、ゲラゲラ下品に笑っている。

 

「カリン久しぶりやね。元気しとった?」

「髪型変えて雰囲気変えて、ゲーシェンデビュー? がんばっとろうもんねー」

 

 作り物めいた硬い笑みを浮かべながら、前田はなにも言わない。

 

「新しか学校で新しか友達、作れたか聞きたかねー」

「友達呼んだっちゃよかって言うたとに、ひとりで来たんやけんわかるやん」

「そっかぁ、へへへ、悪かこと聞いたねー」

 

 粘っこく喋る女たちは知らない学校の制服を着ていた。キツい博多訛りの喋り方。推理するに、彼女らは博多の高校の生徒なのだろう。修学旅行か何かでここに来たのかもしれない。

 わかるのはそれだけ。心臓の早鐘を打つ。なにを言っているのか、なにを言われているのか、僕にはわからない――わかりたくない。

 

「それだけやったっちゃ独りぼっちなら、博多(こっち)に戻ってくりゃあよかろうもん」

「また前んごと仲良うしよー」

 

『前んごと』というのがどういう意味か分からないが、その言葉に、前田はわかりやすく青ざめ、唇を震わせている。強張っているその頭を、女たちが無遠慮に、無造作に叩く。笑いながら叩く。

 血がかっと上る。

 こいつらは敵だ。

 まだ僕がなにかされたわけじゃないけど、僕はコイツらを敵と認定した。

 

「よう前田。なにしてんだ?」

 

 小走りに近付いて、いかにも自然な感じで話しかけた。

 敵は敵だが、最初から攻撃的に行くつもりはない。

 

 近づいてから気づいたが、前田たちが座るベンチの後ろには、ガラの悪そうな男子がふたり立っていた。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。

 前田と女と男子の合計五人は、突然登場した僕にぎょっとした目を向けた。前田は何事か口を開きかけ、結局何も言わないまま気まずそうに目を逸らす。女たちは驚いたような顔を作ってから、また笑った。

 

「なんコイツ? カリンのよか(ひと)? あんまりイケメンやなかねー」

「よかったやん。冴えんばってん、カレシできたんやね。安心したばい」

 

 ケラケラ笑う。

 笑うというより嗤う。

 

「お前らは?」

 

 冷たい声で問う。

 剝き出しにせずとも、敵意が滲み出てしまっていた。

 

「うちらカリンとおな中ばい」

「そうそう。幼馴染んごたーもんばい」

 

 なにを言ってるのかはやっぱりわからなかったが、前田は小さく首を振っていた。獅子を前にした子ネズミのように、肩を縮こまらせて。

 僕は何とか拾った言葉をもとに、さっそく口撃を開始する。

 

「『おな中』? おかしいな? 前田は博多出身だって聞いてたんだけど?」

「それがどげんしたと? うちら博多出身ばい?」

「おいおい。冗談はやめてくれよ。お前らが博多の女? 博多って言ったら『博多美人』で有名なあそこだろ? お前らは――おっと、紳士として、これ以上は言わないでおくぜ」

「はあ⁉ あんたなんなん?」

 

 黒髪ゆるふわウェーブの女がきゃんきゃんと噛みついてくる。

 僕は相手にせず、そっぽを向いて肩を竦めた。

 

「あ? お前俺のカノジョになんか文句あんのかよ?」

 

 後ろに控えていた男子が出てくる。

 赤髪に剃りこみを入れた、頭の悪そうな――間違えた、ガラの悪そうな男。女たちと違って標準語を喋っている。

 

「お前は? アイツのカレシ?」

「文句あんのかコラ?」

「いや、相応だなって思って」

 

 鼻で笑うと、すぐに拳が飛んできた。

 素人丸出しのテレホンパンチ。日頃から千種とバイオレンスコミュニケーションを図ている僕からすると(最近、奴はとうとうボクシングを始めたらしい)、その拳の遅いのなんの。

 大ぶりのパンチを余裕をもって躱して――とはいえ、暴力を振るうつもりはないので押し返す。

 突き飛ばされたような格好になってたたらを踏んだ赤髪の男は、体勢を立て直すと僕を鋭く睨んできた。後ろに控えていた茶髪の男が、色めき立つ。さすがに二対一は分が悪い。

 

 僕は近くのクレーンゲームの筐体に近付くと、思いっきり体当たりした。

 ガンッ――と鈍い音がして、筐体がほんのちょっとだけ揺れる。

 僕の突然の奇行に口を開けて惚けていた男たちだったが、突如店内に鳴り始めたアラートを聞いて、顔色を変えた。

 

「クレーンゲームはズル防止で、ちょっとでも動くと警報がなるようになってるんだよ。ひとつ賢くなったな」

 

 僕の挑発に顔を紅潮させた赤髪の男だったが、カノジョだというゆるふわウェーブに腕を引かれ「ねえ、やばかって。逃げようや」と言われると、忌々し気に舌打ちして逃げていった。

 僕はそいつらを見送ると、俯いたまま動かない前田の手を取る。

 

「僕らも逃げるぞ」

 

 前田の手を引いて走った。俯きっぱなしの彼女は、店内に響くアラートに搔き消されそうなほどか細い声で呟く。

 

「篠宮君には……知られたくなかったな……」

 

 弱く繋がれた前田の手は、びっくりするほど冷たかった。

 

 

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