「お邪魔します……」
その後。
僕はかねてよりの約束通り、星川の家を訪ねた。
玄関を開けながら、躊躇いがちに声を掛ける。
「入ってー」
中からは、そんなのんびりした声が返ってきた。
靴を脱いで玄関マットに上がる。勝手知ったる他人の家。来るのは二度目だが、洗面所の位置は覚えていた。手洗いとうがいをして、リビングに顔を出す。
「いらっしゃい」
キッチンの方から声を掛けられ、僕は怪訝い思いながら振り返る。
火にかけられた鍋の前に、星川が立っていた。鍋の底が焦げ付かないように、お玉で中身をかき回している。
「それ、なに中?」
「ビーフシチュー」
「奇跡的なライミング!」
「嘘、本当はポトフ作ってる」
「その格好で?」
わざわざ指摘したのは、星川がエプロンを着けていたからだ。
水色の、シンプルなデザイン。
「料理するときにエプロンするのは普通だから」
「そうだな。ところで、世の中には裸エプロンって概念があってだな――」
「それ以上言ったら別れるから」
「いきなりウルトラCを出してくるほど嫌ですか……」
そんな馬鹿話をしながら、料理を作る星川をまんじりともせず眺める。
星川の住むアパートは、リビングからキッチンが見える構造になっているのだ――この構造を誰が考えたのかは知らないが、間違いなくソイツは新婚プレイが大好きな、高レアリティのヘンタイだと断言できる。
「すぐできるからちょっと待ってて」
「おけ」
ということで、しばし時間を潰すことにした。部屋を見回すと、綺麗に片付いている。実はサブカルチャーにも詳しい彼女らしく、漫画雑誌が並んだ棚がある。
暇なので手を伸ばす。表紙は知らないアイドルグループが飾っていた。十五、六歳の少女が七人。笑顔が弾けている。衣装は少しハードめで、ロックバンド風のエッジを感じる。スタイリッシュ路線で売っているのだろうか。
表紙を捲ると、巻頭の数ページは彼女たちのグラビアになっていて、七人の紹介記事が合わせて載っていた。グループ名は『PARQUET』――『パルケ』と読むらしい。『今年ブレイクは彼女たち⁉』と、キラキラした文字で見出しがついている。
ふと、ひとりのプロフィールに目が留まった。身長や出身地の下にある『好きな物』の欄に、『出来損ない死神と不機嫌な幽霊』と書いてる子がいる。僕も好きな小説のタイトルだ。
名前は結城ゆらら。年齢は十六歳。顔立ちが非常に整っていて、他のメンバーと比べても目立っている。普通、『好きな物』には、『いちご』とかあざといことを書いとくものではなかろうか。他六名はそんな感じだ。
思わぬ形で、よく知らないアイドルのプロフィールを熟読してしまった。
「本当に良かったの?」
と。
星川が鍋から目を離さずに訊いてくる。
「何が?」
「今日、誕生日なのに、家族と祝わなくて」
「ああ。それなら大丈夫だって。言ってなかったけど、僕の父さんはそこそこ忙しい人でさ、平日に誕生日パーティーなんてできないんだよ。家族との誕生日パーティーは、週末にやることになってる」
「そ。ならいいけど」
おいしそうな香りが漂ってくる。
食欲をそそる匂いは鼻腔を刺激し、僕の身体は反射的に唾液を分泌し始めた。
口の中が、とろりとした唾液で満たされる。
………………………………。
「すまん、星川、洗面所借りるぞ」
「さっき行ってなかった?」
「うがいだけ忘れたんだよ」
いまだ口に残留する感触を拭い去るように、僕は過剰なくらい口を濯いだ。
◆
星川が作ってくれた豪勢な夕食を平らげ、ケーキなんかも食べちゃったりして、そうして夕食が済むと、図ったみたいなタイミングで遣らずの雨が降り始めた。
「今日、泊ってきなよ」
星川が伏し目がちにそんなことを言ってくる。
その真意を汲み取れない僕でもなく。
そもそも、そういう期待がなかったわけでもないのだが。
「ねえ」
星川が甘ったるい声を出す。
僕の心臓は早鐘を打ち始める。
「わかった。世話になるよ」
「ん」
こくりと頷いて。
星川は目を閉じたまま固まった。
鈍感系主人公ならぬ僕は、当然の如くその真意を理解できて。
僕は星川の肩にそっと手を置いた――肩が大げさに跳ねる。びっくりしたように目を開けた星川と目が合った。
「………」
「………」
数秒だけ視線が絡み、僕が顔を寄せると、星川は再び目を閉じた。それはもはや反射的行動なのだろう。星川は顎をわずかに引く。僕は少し屈んで、星川の顔を覗き込むように唇を奪った。
「んっ……」
鼻から抜ける星川の色っぽい声。熱を持った吐息に頬を撫でられ、妙に擽ったい。意識をどこに集中させればいいのかわからなくて、僕は呼吸を忘れていた。息が苦しくなって、唇を離す。
星川は毅然とした顔で僕を見ていた。けれど、頬が赤らんでいるのは、隠しようがなかった。
「ぜ……全然余裕だった。初めてじゃないし」
「そうか。顔赤いぞ」
「うっさい! そっちこそ、顔青いけど、緊張してるの?」
ドキリとした。
顔が真っ青になっている自覚はなかったから。
余裕のない星川は勘違いしてくれたようだ。これ幸いとばかりに、その言葉に乗る。
「仕方ないだろ、初めてだから」
「……そっか――あたしも」
不規則に跳ねまわる心臓を収めながら、僕は再びキスをした。
緊張で縮こまった星川の小さな肩を抱いて。
十月三十一日。
僕の十七回目の誕生日。
僕はその日、最悪な気分のままセックスした。
これで一応、六章的なものが完結となりますので、今回は後書きありです。
この章の第一話となる『創作物の生徒会って、なんか権力持ち過ぎだよね』を公開したとき、感想で『新章は忘野姉と前田さんが中心かな?』というコメントをいただいたのですが(キッショ、なんで分かるんだよ)、ご明察の通り、今章は忘野響姫と前田華凛が中心のお話となりました。
さてさて、今回大躍進を果たした前田華凛。
実は彼女は第二話から登場している、最古参キャラクターの一人になります。ちょくちょく出番を貰っていたメインキャラの一人ではあるのですが、今回は本格的に彼女がメインのストーリーを構築しました。
彼女の根幹である『人気者だけどかつてはイジメられていた』というのは、まあ、ありがちな設定なのですが、闇落ちしかけたり覚醒したり、前田華凛の独擅場として一章を食わせてみました。
前田華凛というキャラクターを魅力的だと感じた方は、作者と感性が近しいに違いありません。
そして、この章の裏の主人公である忘野響姫。
大いに嫌われるか大いに好かれるかの二極に別れそうなキャラクターですが、皆様的にはどうでしょうか?
性格が悪いとしか表現しようがない闇属性の少女――彼女の言う「好き」とは如何な感情なのか。
彼女に関しては、あえて多くは語らないでおきます。
感想をくださる皆様に感謝を。皆様の感想が読んでいただけている実感となり、作者のモチベーションを支えています。
最新話更新ごと、誤字報告を下さる皆様にも感謝を。推敲はしているはずなんですけどね……。
評価を下さる皆様にも感謝を。
そしてなにより、ここまでお付き合いいただいた皆様に最大の感謝を。
さてさて、では今回はここまでとさせていただいて。
もうとっくの昔にネタ切れを迎えていた最後のひと言を。
ごんぞーくん? 知らない子ですね