僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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雪は恋のように、恋は雪のように

 

 

「篠宮センパイと湯川センパイって、付き合ってるんスカ?」

 

 と。

 十二月の頭のことである。きりりと切りつけるような寒さで、どん曇りの日だった。予報では今頃雪が降っているはずだが、今のところその気配はない。

 凍える身体を擦りながら湯川と並んで登校していた時のことである。バスのロータリーで湯川と馬鹿話をしていたところ、見知らぬ男子にそんな風に声を掛けられた。

 コートの襟から覗くタイの色を見るに――いやまあ、見なくとも、彼の「センパイ」という間の抜けた呼称を鑑みるに、彼は一年生の後輩ということになるのだろう。

 

 砕けきった敬語よりも何よりも、その発言の内容である。

 

「……?」

 

 僕は最近の流行りに乗っかって宇宙猫みたいな顔をしたが、それを見た後輩くんは派手に顔の筋肉をひくつかせた。

 僕は傍らにいる(しき)に同じ顔を向ける。

 

「何その顔?」

「宇宙猫の真似」

「なるほど、果てしなくくだらないね、死ねば?」

「おい、言い過ぎだろ!」

「あの……」

 

 後輩くんが口を挟んでくる。

 目の前にしてすっかり存在を忘れていた後輩くんにぺこりと頭を下げ、僕は口を開いた。

 

「ああ、ゴメンゴメン。君のことすっかり忘れてた――で、何だっけ? 誰と誰が何ってるって話だっけ?」

「篠宮センパイと湯川センパイが付き合ってるのかって話ッス」

「僕と累が付き合ってる? あっはっはっ。君って普段は真面目だけど、偶にジョークを言うと最高に冴えてるよな」

「あの……初対面ッス」

「わかってるよ――僕と累は付き合ってない。というか、僕には他にかわいい彼女がいるんだ」

「酷い、私とは遊びだったのね!」

「黙れ、話をややこしくするな」

 

 順調に人馴れしはじめた累は、最近、初対面の相手にもこういうノリを披露できるようになった。そういう累の精神的成長、それをもちろん嬉しく思う反面、どこか寂しさを覚える僕は……性格が悪いだろうか?

 ともかく、

 

「とにかく、僕と累は付き合ってないよ」

「そっすか……失礼したッス」

 

 名も知れぬ後輩くんはぺこりと頭を下げて去っていった。敬語は微妙だったが、礼儀がないわけではないらしい。何となくその後ろ姿を目で追っていると、彼は男子の集団に合流していった。友人たちは、勇者を迎える様に彼を迎える。

 それを見て、何となく事態を察した。

 大方、彼はじゃんけんか何かに負けて今の質問をする役目を負わされたのだろう。性格の良さそうな彼である――或いは、そういう役割をいつも押し付けられる立場なのかもしれない。

 

「なかなか可愛い坊やだったね」

「ああ…………………………っていや、『坊や』って――何キャラなんだよ、お前は」

「最近学年問わず話しかけられることも多くなったし、ここらで心機一転、円熟お姉さんキャラでいこうかと思って」

「ふざけんな。断固反対だそんなの。変わるならせめて、僕に寂しさを感じさせる方向で変われ」

「それも勝手な言い分だと思うけどね」

「ま、円熟お姉さんキャラは冗談にしても出来が悪いけど、あながちお前の言ってることも、間違いとは言い切れないかもな……」

 

 先ほどの男子の集団をそれとなく一瞥する。彼らは僕らをちらちらと見ては何やら盛り上がっていた――同じ男子だから、どういう話をしているのかはわかる。

 心機一転というなら、累の見た目がまさにそれだ。もっさりとした髪を切った彼女は、まさしく一軍女子そのもの。一躍人気者になった彼女も、()()()()()()になったということか……。

 

「男子って単純でわかりやすいよね……」

「お? お前もあのハリキリボーイ達が何の話をしてるのかわかるのか?」

「わかるよ。涼太に一目でラブズッキュンってことでしょ? それくらいわかる」

「なるほど、なんもわかってないな」

 

 ラブズッキュンって……またえらく懐かしい単語だな。

 

「それで思い出したけど、涼太のカノジョ、私が寝取ったから」

「えっ⁉」

 

 ね、寝取っ……は?

 どれで何を思い出したら僕のカノジョをNTRする展開になるんだよ。

 ――と、大困惑する僕に、累は得意顔で言った。

 

「放課後、星川さんとデートしてくるから」

「あ、ああ……そういうことね……いや、マジで一瞬焦ったわ。幼馴染にカノジョ寝取られるとか、ハード過ぎるだろ」

「ふふっ……勃起しちゃったの、坊や」

「しねぇよ。死ねよ」

 

 僕の許可なく円熟お姉さんを強行しようとするな。

 

「オーキードーキー。委細承知。涼太了解。放課後は星川とデートね。星川の方から何の連絡もなかったのは気になるけど、まあ、了解したよ」

「嫉妬しないの?」

「さすがにしないよ。他の男とデートって言われたらさすがにだけど、同性の――それもお前が相手なら、僕も安心してカノジョを任せられる」

「私が星川さんと仲良くしても後で怒らない?」

「怒らない怒らない。むしろもっと仲良くしてほしいくらいだよ」

「二人でロマンチックな映画見てもいい?」

()いよ()いよ。激しいキスシーンで燃え上がってくれてもいいよ」

「仲良くボウリングとか楽しんできてもいい?」

「もちろんもちろん。仲良くボウリングどころか、仲良くボーリング調査してきたっていいくらいだよ」

「デート終わりにホテル行ってもいい?」

「それはさすがにいいわけないだろ」

 

 どこまで仲良くするつもりだったんだよ。ビックリだわ。

 

「……あまりにも不安だからそのデートに僕も付いていきたいくらいなんだが、今日の放課後は僕も予定があるし、しょうがないからお前を信じることにする」

「安心して。処女だけは奪わないから」

「処女以外は奪うつもりなのか……」

 

 こわっ……。

 星川に注意の連絡を入れておいた方がいいのか。累はこう言っているが、何なら処女も危ないくらいかもしれない。

 いや……。

 そもそも、星川から処女を奪うというのも無理な話なのだが。

 ない袖は振れない、という諺もある。

 

「ちなみに興味本位で訊くけど、お前と星川はどんなデートをするんだ? 僕のデートの参考にしたい」

「うん、お城巡りでもしようと思ってる」

「お城巡り⁉」

 

 それ、放課後のちょっとしたデートでするやつじゃねぇだろ。連休使ってガッツリやるやつじゃねぇか。

 

「まあ、さすがに『巡り』は嘘だけど。ちょっと隣町の城を観光しに行くだけ。今度出るゲームのロケ地になったらしいから、先取りの聖地巡礼ってことで」

「なるほどな……」

 

 それはどうにも、ゲーマーな二人らしいデートスポットである。なかなか面白そうなデートコースだが、生憎、参考にはできなさそうだ。

 

「ちなみに、本来はホテル街のお城を巡る予定だったんだけどね」

「そんな本来があるか。本気で処女狙ってんじゃねぇか。ラブホを巡るな。お前、幼馴染のガールフレンドをどんなデートに(いざな)うつもりだったんだよ」

 

 戦々恐々だわ。

 

 そんな益のない話をしていると、ロータリーにバスが一台入って来た。湯川と揃って乗り込む。二人掛けの席に並んで座ると、遅れて先ほどの後輩男子たちが乗り込んできた。近くはないが、遠くもない距離。わざわざ声をかけることもないので、一先ず無視する。

 

 バスの中は空調が利いていて暖かかったので、僕はコートを脱いだ。累も同じようにする。

 

 この数か月で、累は髪型だけでなく制服の着こなしも変えていた。制服を少し緩く着るようになり、スカートも短くなった。たぶん、累は夏から冬にかけてスカートを短くした唯一の女子だろう――勇逸の女子と言ってもいいかもしれない。日々寒そうに膝を擦り合わせているが、寒さはお洒落に勝るものではないらしい。

 コートの長い裾に隠されていたその生足が、今、御開帳された。少しふっくらした太もも。ブラウスの胸元は窮屈そうで、野暮ったいブレザーを山なりに押し上げている。星川のように胸元を開けているわけではない分、余計にその山が強調されて見えた。

 

 その累を、先ほどの男子たちが盗み見ている。

 

「おい、見てみろよ、アレ」

「湯川センパイだろ、さっきから見てる」

「やっぱエロいよな。エロかわいい」

 

 小声で行われるその碌でもない会話は僕には聞こえていたし、たぶん本人にも聞こえていたと思う。

 ちょっと男子~、とでも言ってやろうかと思った僕の口先を止めたのは、他ならぬ累だった。

 

「いいから」

 

 聞こえるか、聞こえないか。

 後輩たちに聞こえないような声で、累は囁く。ほとんど聞こえなくても、多少聞こえれば僕らのコミュニケーションは成り立つ。

 

「私は別に気にしてない」

「そうか?」

「……まあ、全く気にしてないわけじゃなけど、慣れていかなきゃね。そういう風になっていくって、星川さんに言われてたし」

「ふ~ん」

 

 納得できない自分がいる。

 

「……まあ、お前がどう思うかに関わらず、同じ男子として、放っておけないところもあるんだよ。男がみんなああだって思われたら屈辱だろ」

「涼太もあんな感じだけど?」

「僕は面と向かって直接言うから。ヒソヒソ話すなんて、卑怯者のやることだろ」

「良いこと言ってる風だけど、それ、ただのセクハラだから」

 

 ヒソヒソ言っていたって、本人に聞こえていたらセクハラだ。

 

「まあ、気持ちはわかるけどね」

「ん?」

「涼太の気持ちもわかる」

「本当か?」

「本当――涼太の気持ちもわかる、略して、涼太キモチワル」

「略すな」

「私も、涼太がカッコいいとかどうとか、女子が噂してるの聞くと、微妙な気持ちになるし」

「……あっそ」

 

 何だかむず痒い会話だ。

 

「ところで、どうして男子って、女子がいやらしい視線に気付いてることに気付いてないんだろうね」

「そりゃ、気付いてないから気付いてないんだろ。バレてるって思ってないから、男子はやりたい放題だぞ――まあ、バレてるけど女子が文句を言ってないだけってわかったら、それはそれで増長しそうな気もするけどな」

「男を調子に乗らせたらダメだよね」

「そんなトンデモフェミニストみたいなことは言ってないけど、まあ、男子って馬鹿だから、調子には乗るだろうな。男子が調子に乗る世の中になったら、大変だぞ」

「男子が乗っていいのは調子じゃなくて女子だけだ――ってね」

「『ってね』じゃねぇよ――そんなことは言ってねぇよ。僕が言及してたのは、男が増長する時代んついてだ。下ネタじゃない」

「さすが涼太。『夜郎自大』と『野郎の時代』をかけてくるとは、一味違うね。これは一本取られた」

「そんな面白いことも言ってない」

 

 夜郎自大って……そんな語彙、ぱっと取れるところにはねぇよ。

 馬鹿な話をしていると、車窓に映る景色に、ちらほらと雪が舞い始めた。これだけ冷えれば、さもありなんといったところである。

 雪といえば、子供の頃は雪が降れば嬉しかったものだ。積もったりすれば、それはもう有頂天――でも、これくらいの年になると、交通機関がマヒしかねないので、雪は嫌いだ。

 

 成長すると。

 嬉しかったことも嬉しくなくなってしまう。

 しんしんと降ってはアスファルトに溶ける雪は、まるで恋のようだと――そんなロマンチックなことを思った。

 

 バスは学校に行く。

 

 

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