学級委員は、月に一度、学級会議というものに参加しなくてはならない。
僕はこれまで、それをもう一人の学級である前田に一任――という名の丸投げをしてきたのだが、今度という今度はそいうわけにはいかなくなってしまった。というのも、その前田はこの度晴れて生徒会長になったわけで、学級会議には生徒会側で参加しなくてはならないのだ。必然、うちのクラスは僕が参加することになる。
といっても、学級会議は大した会議じゃない。
学校側で決まったことを、生徒会を通して各学級委員に連絡し、それを学級委員がクラスに伝達する――つまり、会議と銘打ったただの報告会なのだ。いくらぼんくらな僕でも、聞いたことをそのまま伝聞することくらいはできる。
よしんばできなかったとしても、うちのクラスには生徒会長がいるのだし、そちらから直接連絡してもらえばいいだろう。
そんなナメた態度で学級会議に参加した僕だったが、その付けはバッチリ払うことになったのだから、まったく、神様というのは下界をよくご覧のようだ。
思えば、他ならぬ学級委員を決めるクラス会議の時も、同じような態度で臨んでいた僕である。つまり僕は、約一年前から何も学んでいないということか。
「――じゃあ、そういうことで、倉庫からクリスマスの飾りを出す役目は、二年一組の篠宮くんにお願いします」
何がどういうことなのか、
「じゃあ、解散!」
進行の、つまり生徒会長の前田がそう言うと、僕以外のクラス委員達は一斉に席を立った。
「え、あ……ちょ……」
今さらひっくり返すことはできないことくらいわかっていても、何とかしようとしてしまうのが人の性。
慌てて立ち上がった僕だが、前田はそんな僕に取り合ってはくれなかった。
去り際、僕にパチリと上手なウインクをして、前田も教室を出ていく。
「……クリスマスの飾りって」
そんなものがうちの学校にあるのか。
そういえば昨年も、クリスマスの頃、学校にそれとない飾りが施されていたような気がする。言われてみれば、学校があれを毎年買い替えてる訳もないので、どこかに保存されているということになるのだろう。
クリスマスの飾りを、生徒会主導で飾り付けるのも納得できる。
その仕事を、生徒会が学級委員に振り分けるのも、なるほど納得だ。
問題は、そもそも倉庫の所在を僕が知らないことである。
「あ、あの、すいません」
――というわけで、僕は手近にいた生徒に話しかけた。
タイの色から見るに、三年の先輩である。真っ直ぐな黒髪を、後ろで一つにまとめた、ちょっと美人な先輩だった。
僕が彼女に話しかけたのは、もちろん、その横顔が美人だったことが理由の大半を占めるわけだが、後輩よりは先輩の方が、学校の倉庫とやらの場所を把握しているだろうという読みでもある。
「ん?」
ハスキーな声だった。
対面してみると、左の目の下に泣き黒子がセクシーな、背の高い先輩だった。僕も男子としては平均的な身長だが、そんな僕を見下ろすくらいの角度がある。たぶん、百八十センチくらいはあるのではないだろうか。制服の着こなしは真面目で、まったく改造していない。しかし、野暮ったくはなく、凛々しい印象を受ける。
こんなモデルみたいな先輩の存在を今まで知らなかったことに疑問を抱いたが、しかし、考えてもみればこの学校の三年には、彼女より話題を多く浚いそうな先輩が一人いるのだった。
それはともかくとして。
僕に矢庭に声を掛けられたその先輩は、
「私に何か御用ですか?」
と、言った。
御用ですかって……また、微妙な言葉遣いである。
まあ、そういうのを指摘したら、言葉狩りみたいになってしまって印象が悪いので、いちいち指摘はしない。この程度で面食らう僕ではない。千種や天乃と日ごろから接している僕を舐めてもらっては困るというものだ。
「はい、突然すいません」
「御構いませんよ――ですが、正しくは『すいません』ではなく『すみません』です。よくある勘違いですが、間違わないように」
「………」
めちゃくちゃ言葉狩りされた……。
自分は『御構いません』とか言ってるくせに。
――いや、この程度ではめげない。
「そ、そうですか。失礼しました。僕は二年一組の篠宮涼太と申します。先輩の名前を伺っても?」
「私は三年三組の
響姫――忘野先輩の名である。
その名前に、僕は反応しない。
「クリスマスの飾りが収納されてる倉庫の場所について聞きたいんですけど……」
「なるほど。たしか先ほど、面倒な役目を押し付けられているお馬鹿な後輩がいたとお含みおいていますが、君でしたか」
「はい………………………あの、すいません――じゃなくて、すみません。その前に一個いいですか?」
「? どうぞ」
「先輩、敬語の使い方間違ってますよ」
やっぱり指摘せずにはいられなかった。
言葉遣いが特殊過ぎて、どうにも無視できない。この何を言っているのかわからない具合は、あの天乃に匹敵するほどだ。
そんな僕のある種当然の疑問に、しかし彼女はなぜそんなことをと言わんばかりに小首を傾げる――首を傾げたいのはこっちだ。
「いいですか? 世の中には対偶論法というものがあります。いわば、命題『AならばB』を証明するとき、その対偶命題『BでないならばAでない』を証明することで、元の命題を証明する論法です。つまり、『目上の人間と話すとき、自分には謙譲語を遣う』が真なら、その対偶命題である『目下の人間と話すとき、自分には尊敬語を遣う』も真なのです」
「立て板に水の酷い理論ですね!」
前提条件で僕のことを『目下の人間』と定義するな。
さっき、さりげなく僕のことを『お馬鹿な後輩』って言ってたの、聞き逃してないからね?
「さて、倉庫の場所の話でしたね」
「そうですけど、そんなすぐさま元の話に戻られても困ります」
「私もこう見えて御忙しいのです。君ごとき後輩に御構いしている時間はありません」
「徐々に徐々に僕のことを格下げするのをやめてください!」
「うるさいですね。君、大きな声を出さないでください」
本当に迷惑そうな顔で白椛先輩が言う。だから、迷惑なのはこっちだ。
と。
そんなツッコミを入れる前に、白椛先輩が歩き出したので、僕はツッコミの機会を逸してしまった。唐突に動き出した白椛の動きについていけずその後ろ姿を見ていると、彼女はドアをくぐったタイミングで振り返って、
「何をしてるのです」
と、言った。
だから、それもこっちのセリフだ。
「なぜ私のプロポーションを見ているのです?」
「見ていたのは後ろ姿であって、プロポーションじゃありません。なんなら、僕が見てたのは先輩の揺れるポニーテールであって、身体はまったく見てませんでした」
「言い訳は結構。付いてきてください」
「?」
「倉庫の場所の話です。案内してあげましょう」
思ったより親切なのか、この先輩。
◆
そう思ったのもつかの間。
結論から言って、白椛先輩は全然親切じゃなかった。先導する彼女に唯々諾々とついて行った僕が辿り着いたのは、三年三組の教室だった。
「響姫――貴女のお気に入りの後輩を連れてきてあげました。クリスマス飾りの件について、訊きたいことがあるそうです」
と。
丸投げも丸投げして、白椛先輩は去っていった――なんだあいつ。
「やあ、篠宮後輩。何だか久しぶりだね? 一日千秋の想いだったよ」
そして。
僕はこうして、ひと月避け続けた先輩と、相対することになったのだった。