ポケットモンスター剣盾二次創作シリーズ 作:dwwyakata@2024
駅から歩いて少しの場所に道場があった。途中は恐らくだけれども、意図的に人間の敵対的なポケモンの縄張りになっていて。何度かの戦闘をこなして、敵意を見せる相手を追い払ったり、捕獲しなければならなかった。
現状の戦力でなら、余裕を持って相手できるが。
どうもガラル本土よりもポケモンそのものが強い気がする。
更に言えば、沖合にはとんでもなく巨大な海棲ポケモン、ホエルオーの姿が見える。元々巨大に成長するポケモンだが、あれはどうみても通常個体の数倍のサイズはある。
海がサメハダーだらけという事もある。この島は、ちょっと普通とは色々違うのかも知れない。
周囲を見回すと、島の中央にある枯れ山の麓には、密林も拡がっているし。
また、水はけが悪いのか、沼地が点在する平野もある。
思った以上に色々と地形的条件が面白い島だ。
いずれにしても道場に行くと。道場の門下生に対して、クララさんが何かまくし立てていた。
「おかしいですね、今日一人お客が来るという話でしたが」
「それがぁ。 腹壊して帰るとかでぇ」
「私がどうかしましたか?」
「うげッ!?」
クララさんがあんまりお上品では無い声を上げる。苦笑いしながら、ユウリはダンデさんのメールを見せる。
芥子色の道着に身を包んだ門下生は、苦笑いした。
或いは、よくあることなのかも知れない。
なお道着自体は別に珍しくもない。ガラル地方にはガラル空手という格闘技が存在し、そのエキスパートとして格闘ポケモンジムのリーダーであるサイトウさんという人がいる。サイトウさんとは、時々話をしたり、一緒にお菓子を食べに行ったりする仲だ。格闘技についても話を聞くことがある。ただ、ガラル空手では青い道着を使う事が多い。芥子色は珍しいが。
「ユウリさんですね。 此方にどうぞ」
「……チャンプと言う事は内密に」
「分かっています」
恐らくこの門下生の人は事情を聞かされていたのだろう。ダンデさんはポケモンバトル以外では方向音痴をはじめとしてうっかりが目立つ人だが、最近は秘書官を雇って周囲の事をやって貰っていると聞いている。
ぬかりなく情報の伝達はやっているだろう。
それにユウリの事をクララさんが知らなかったと言う事は、この島は外界とあまり情報を交換していない可能性が高い。
波風を立てるのも、好ましい事とは思えなかった。
道場を軽く案内して貰う。
道場は相応に広く、内部には生活用のスペースがそこそこ快適に用意されている。意外にも、設備類はとても新しい。これはお金があるんだなと、一目でユウリは見抜いた。ジムも色々で、お金がないけれど広いジムだったりすると、色々と設備が致命的な部分で古かったりするのである。
奥にはガラルの名物、ガラル粒子が満ちている広いコートがある。
このガラル粒子を特定の方法で吸収する事で、ポケモンはダイマックスという巨大な姿になる事が出来るのだが。
それを想定した訓練用コートと言う事だ。
こういった場所はパワースポットと言い。
確か各地のジムなどが、犯罪への利用を抑えるために独占している筈なのだが。
此処は一体どういう場所なのだろう。
見回していると、飄々としたお爺さんが来る。
「よろしくちゃん。 わしがこの道場の主、マスタードだよん」
「よろしくお願いします、マスタード師匠。 ユウリです」
「おお、挨拶が出来て立派だね」
飄々としているが。
この人、出来る。
ガラルに限った話では無く、この世界には人間でありながら図抜けた実力を持つ人が時々いる。
ある伝説のポケモントレーナーは、重量級のポケモンを苦も無く担ぎ上げ、そのまま平然と走ったり。大型動物を一撃で気絶させる電撃を喰らっても平然としていたという話だが。この人も、そういう「人間とはちょっと違う場所にいる存在」かも知れない。
門下生は十人くらいだろうか。
前にサイトウさんの行っている道場を見学したが、其所に比べるとだいぶ規模は小さく見える。
ただ、規模と質はまた別だろう。
このマスタードという人、何処かで名前を聞いたことがあるような覚えがあるし。何より百戦をくぐった今は、その実力を肌でびりびり感じる。好々爺という風情だが、見かけと中身は絶対に一致していない。
「あら貴方、この子が例の?」
「うむ。 皆に紹介してあげてくれるかな」
「分かったわ」
若々しい女性だ。ミツバさんというらしい。ただし子持ちだと一目で見抜く。
話によると、マスタードさんの奥さんだそうである。ユウリよりちょっと年下くらいの子供もいるそうだ。
流石に苦笑い。
マスタードさんとミツバさん、へたするとお爺さんと孫くらい年が離れている。でも、円満な家庭に見えるし、色々と世の中好き嫌いがあるのだろう。ただ見た感じ、お金持ちなのはミツバさんだと見た。立ち振る舞いから、それが分かるのである。
門下生の中にはクララさんもいて。
そして、ユウリをじっと敵意剥き出しで見ていた。
これは敵認定されたかな。
そう思うけれど、仕方が無い。
ユウリもいろんな世界を見て来て。いろんな人にあってきた。
誰とでも仲良くなることが出来るなんて、幻想だ。
ユウリが叩き潰したある犯罪組織の首領は、ユウリを絶対にいつか殺してやると罵っていたし。後で処刑台に送られたとも聞いた。たくさんの人を面白半分に殺した人だったらしいし、仕方が無い事だったのだろう。
世の中には、絶対に仲良くなれない相手はいる。
だが、ユウリとしては、最大限の努力をしてから諦めたい。
まだ、諦めるのは少しばかり早いだろう。
道着も貰ったので、せっかくだから着ていくとする。いつもは動きやすいデニムにシャツなのだけれども。せっかくだし、雰囲気にあった道着を着るのも悪くない。
軽く体を動かして見るが、良い感触だ。
とんぼを切ってみせると、道場の人達は喜んでくれる。クララさん以外は。
「体を動かすのに自信があるのかい?」
「はい。 そこそこに」
「そうか。 ポケモンバトルにも身体能力は重要だと聞くし、楽しみだ」
じっとクララさんはどうやってユウリを貶めてやろうかと、策を練っているようだけれども。
今は放置。
流石に年齢が半分の相手に、無茶な事をするとは思えない。
そういう人も世の中にはいるけれど。
クララさんは、其所まで落ちている人には見えなかった。
あまり此処でのんびりしている暇は無い。何かしらの修行なり、或いは薫陶なりをするなら、急いだ方が良いだろう。
だけれども、ダンデさんが事情は既に伝えていてくれている筈。
一体何のために、此処にユウリは呼ばれたのだろう。
夕方、食事が終わる。心が温かくなる美味しい食事だった。ポケモンもかなりの数が面倒を見てもらっていて。今回ユウリが連れてきたポケモンも、一緒に食事に混ぜて貰った。
見た感じ、相当に珍しいポケモンもいる様子だ。
此処が普通の道場だとは思えない。
あのマスタードという人だけではなく、奥さんのミツバさんも相当な使い手だと見ていて分かったので。
疑問は膨らむばかりだった。
夜になると、呼び出される。マスタードさんは、コートの奥で待っていた。
周囲には誰もいない。だが、その程度で今更不安になる事はない。
伝説に出てくる怪物じみた能力のポケモントレーナーほどでは無いにしても、ユウリも身体能力には自信がある。
如何にマスタードさんが凄いとしても、害意は感じ取れるし、逃げ切るくらいは出来る。伊達に修羅場を散々くぐってきていないのである。
「ユウリちゃん、わざわざこんな島まですまないね。 ダンデちゃんも、もっとしっかりした説明をすればいいものを。 顔を見てすぐに分かったよ。 どうせあわせたい、くらいしか伝えていないんだろう?」
「はい。 ただ、私は色々な人の技や強さをどんどん取り入れたいと思っていますが……」
「喝!」
「!」
思わず驚く。
マスタードさんの目には、鋭い力が宿っていた。
今の一喝も大きな声ではなく。籠もっていたのは恐らく気迫だろう。
すぐに好々爺に戻るが。この人の本質は、猛禽のように鋭いのだ。
「キミは充分に強い。 ガラル史上最強と言われたダンデちゃんを打ち破り、各地で国際警察に協力して悪党を倒し、民を守っていると聞いているよん。 だけれども、ユウリちゃん。 今のキミは狂拳の領域に踏み込もうとしている」
「狂拳、ですか」
「そう。 あらゆる全てに平等かつ無慈悲に振るわれる破壊と殺戮の拳。 覚えがあるんじゃないのかな」
「……」
そうだ。確かにそうかも知れない。
逞しくなった、と言われてさっぱり嬉しくはなかった。
恐らく、久しぶりにユウリを見た皆はもっと違う感想を覚えていたのだと。言われずとも気付いていたからである。
きっと皆は、怖いと思ったのではあるまいか。
例えば、今のユウリに誰かが襲いかかったとする。
結果としては、その場で無慈悲に叩き潰して終わりだ。距離を取ってポケモンに任せるとかじゃあない。
最初からポケモンに防御を任せておいて、いつでも対応出来るようにしておく。或いは身体能力で叩き伏せる。
それは備えとしては正しい。実際狙撃手にライフルで撃たれたことだってある。備えておかなければ、頭を撃ち抜かれて死んでいたはずだ。
だけれども、その後の対応が、あまりにも容赦なさすぎるのではあるまいか。
事実狙撃手とその所属している組織は、即応して壊滅させた。容赦する必要はないと感じたからだ。
だが、今の言葉を聞くと。対応としては苛烈すぎたのでは無いかとも思う。
力に溺れたトレーナーが、手当たり次第に見境無くポケモンを蹂躙していく事があるという話を聞いたことがある。
そうならないように、ユウリは務めてきたつもりだ。
だが、敢えてそうしていないというだけで。確かに指摘されたとおり、襲いかかってきた相手には、「狂」を振るっていたかも知れない。
「近くで見て確認したが、今のユウリちゃんは間違いなくガラル最強。 十数年はキミの時代が続くだろうよん。 でもね、それだとキミの時代が終わった頃には、ガラルの人材は……ポケモントレーナーは少なくとも、枯渇してしまうだろうね。 まして、今のキミの戦い方を真似する者が出てくると、大変な事になるだろう。 ダンデちゃんはきっと何処かで、キミの戦いを見たんだよ」
「……それで此処に私を送ったんですね」
「実はね、ダンデちゃんは後続の人材を育てようとしているんだ。 キミを倒せる人材じゃない。 それはスペシャルだからきっと人為的には現れない。 それとは別に、ガラルを盛り上げ続けられる人材を、常にね」
そういえば。問題を起こし失脚したリーグ委員長マクロコスモス「元」社長ローズさんの代わりに、ガラルの経済を支えている大企業マクロコスモスの一部の権利を受け取ったダンデさんは。一部の施設で、熱心に後進を育てていると聞いている。
ユウリを倒せる人材を、とでも考えているのかと思ったのだけれど。
単純にガラルのため、だったのか。
だとすると、少しやり方は間違っていたけれども、ローズさんのやりたかった事と代わりは無いのかも知れない。
エネルギー資源だけではなく、人的資源の育成に力を入れる。
違うとしたら、きっと其所だけなのだろうから。
「私は何をすれば良いですか?」
「今、一人有望な子が此処にいる。 腐ってしまっていて、どうにも前に進める状態じゃないけどねん」
「……」
ひょっとして。クララさんの事だろうか。
確かに良いセンスは感じた。単純に戦力の暴力で押し潰したから、そのセンスが意味を成さなかっただけ。
それに確かに性根が曲がっているとは言っても、ユウリが見て来たような悪い人達ほどじゃない。
もしもそういう人達と同じレベルにまで落ちていたら、ユウリだって即座に反応していただろう。
「もしも、その子を育てる協力をしてくれるのなら、キミにわしが育てている秘蔵のポケモンを進呈するよん」
「分かりました。 協力させていただきます」
「良い答えだ。 ただ、出来レースをする必要はない。 舞台はわしが整えるから、キミは正面から受けて立てばそれで良いよん」
頷くと、その場を後にする。
そうか、そういう理由だったのか。
現在、ガラルのポケモンリーグはかなりレベルが高い。ドラゴンジムのリーダーであるキバナさんは、他の地方ではチャンプになれる実力だと評されている。実際それが真実である事は、他の地方で確認もした。
引退したフェアリージムのリーダーであるポプラさんは、後続にビートくんという有望な人材を。同じく悪ジムのリーダーであるネズさんはマリィちゃんという人材を。それぞれ育成している。ビートくんもマリィちゃんもチャンプになる過程で何回か対戦したが、どっちも良いトレーナーだ。
現在マイナーリーグに落ちている幾つかのジムも、この期に活性化させて、メジャーリーグに引き上げるつもりなのかも知れない。
同レベル帯のトレーナー達が激しくしのぎを削れば、それだけ地区のレベルも上がるのである。一強の時代が一番面白くない。面白くなければ、誰もやらなくなる。だからダンデさんは、最強でありながら特別の特別だったのだ。
或いは他の一線級のトレーナー達も、ダンデさんの言葉に応えて、似たような事をしているのかも知れない。
現在、ユウリという当面交代が考えられないチャンプが現れて、ガラルのリーグのレベル衰退を懸念する声があるとは、確かに何処かで風の噂に聞いた。
だけれども、ダンデさんが無敵を誇っていた時代。
ガラルのリーグは、決してレベルが落ちなかった。
ユウリというダンデさんとはまた違うタイプのチャンプが現れたからこそ、方針を転換する。
そういう必要がある訳か。
寝室に出向く。人員の割りに大きな道場だ。個室はしっかりあった。
ユウリの自宅ほどでは無いけれど、しっかり手入れされている良い部屋で、快適に過ごせそうだった。
真心が籠もった部屋か。
奥の方にはゲーム部屋と工作部屋があるらしい。
マスタード師匠のお子さんは相当な機械好きらしく、またマスタード師匠がゲームが大好きだから、だとか。
ゲームはある時期で飽きた。
そこそこ裕福な生活をしていたユウリは、ゲーム機も持っているが。それはまた話が別。今は殆どゲームをしている余暇が無い。
此処にいるマスタード師匠は、ダンデさんが師匠と認めるほどの人。
その人秘蔵のポケモンともなれば、確かにユウリとしてもほしい。
眠るか。
そう思って、気分を切り替えた。
思考を切ると、すとんと眠りに入る事が出来る。
流石に、この場で危険を考える必要はないだろう。
今は、ただ。
長期休暇でも貰ったとでも思って、ぼんやりと睡眠を貪る事とした。