ポケットモンスター剣盾二次創作シリーズ   作:dwwyakata@2024

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2、修練と挫折

早朝に目を覚ますと、もう門下生は何人か訓練をしていた。此処の道場は小さくとも皆真面目らしい。

 

クララさんも案外早めに起きて来ている。

 

顔を洗っているが、その後念入りにメイクしていた。

 

少しメイクをやり過ぎてけばけばしくなっている様な気がするのだが。その辺は指摘しても藪蛇だろう。

 

それにユウリはまだメイクが必要ない年だ。

 

周囲の人に言われたのだけれど、化粧は若すぎる時からやると色々と良くない結果を生むという。

 

それと、今は化粧品は安全だけれども。

 

昔は化粧品そのものに毒が入っている事もあったらしい。

 

勿論ユウリも化粧くらい人並みに出来るようになるべきなのだろうけれど。

 

まだ、必要はないか。

 

軽く体を動かす。

 

分かりやすい機材類があるので、まだ試合には出せないポケモンを出して、一緒にトレーニングをする。

 

チャンプになってから理解したのだが、極限まで鍛えると、以降は「維持」が必要になっていく。

 

ユウリの肉体そのものはまだまだ先がある。

 

だが手持ちのポケモン達には極限があり、最初の頃から一緒にいた子達はもうみんな極限に到着してしまっている。

 

余程特別なやり方……以前ポプラさんから譲り受けて、今も鬼札にしているマホイップのような。色々な意味で特別な方法でも採らない限り、この極限を突破するのは難しいだろう。

 

そしてそのやり方は、他に適応してはいけないものだ。

 

今、一緒にトレーニングをしているのは、デンチュラという蜘蛛のような姿をしたポケモンである。通常個体の重さは人間の5歳児くらいだが、今育てているデンチュラの体重はユウリと殆ど同じくらいもある。

 

雷撃を扱うポケモンであり、小型の鳥ポケモンを相性差をひっくり返してエサにする、扱いが難しいポケモンだ。慣れていないうちに油断すると、他のポケモンを襲って食べてしまう事もある。

 

今は充分に慣れたから良いのだけれども。

 

まだ慣れていないうちは、結構冷や冷やした。

 

電気を吸収する装置に対して電撃を打たせて、火力そのものを上げさせる。

 

デンチュラはそれほど丈夫なポケモンでは無い。火力と速力を武器にするタイプだ。

 

だから、防御はさほど気にしなくて良い。

 

敵より早く、確実に雷撃を叩き込む。

 

それが重要なのである。

 

問題は雷撃のコントロールと正確性だが。

 

鍛え始めた頃は、あまり上手に当てられなくて、凹んでいることも多かった。

 

今は距離次第だが、ほぼ動いている的にも必中できる。相手が止まっているなら確実である。

 

ユウリ自身はランニングマシンを使って鍛えながら、デンチュラに指示。簡単な指示くらいなら通じる。

 

相手は蜘蛛に見えてもポケモンだ。

 

独自の言語で会話するし。

 

人間の言葉だって理解出来るのだから。

 

朝の訓練が終わると、マスタード師匠が来る。整列して、薫陶を聞く。前にも、サイトウさんと一緒に、ガラル空手の道場で似たような事をした事がある。

 

だが、マスタード師匠の言葉はとても短かった。

 

「今日も一日頑張ろうね。 以上」

 

「オス!」

 

門下生は年齢性別様々だが、息はあっている。ユウリもちょっと遅れたが、オスと返事をした。

 

クララさんは、やる気があまり無いか。

 

結構適当にやっているようだが。それであれだけのポケモンを育成できるなら、やっぱりセンスがあるのではないのだろうか。

 

ただ、今日はどうもいつもと違うようで。

 

マスタード師匠が、薫陶の後に続ける。

 

「今日はちょっとした試練をするよん」

 

「試練?」

 

「そう、試練」

 

三つのモンスターボールをその場に放るマスタード師匠。

 

其所に現れたのは。

 

あまり強い方では無いポケモン。

 

ヤドンだった。

 

間抜け面をしているヤドンは、主に海岸などでよく見られる。動きも遅いが、いわゆるサイコパワーを使う事が出来るポケモンの一種である。身を守るために獲得した能力なのだろう。手足一対ずつ、尻尾があり。ごく普通のスタンダードな四つ足生物の姿をしているが。地面にべったり貼り付いていて、とても捕食者から身を守れそうには見えない。それでも、絶滅したり、絶滅が危惧されたりはしていない。またいわゆる進化をすると、別物に代わる事でも知られていて。知能が抜群に上がったりもするので、侮れない存在だ。

 

いずれにしても、あらゆる動きが遅いし鈍い。それがヤドンの基本性質なのだが。

 

今、マスタード師匠が繰り出したヤドン達は違っていた。

 

文字通り、疾風のような速度で、道場を出て。ヨロイ島に走りだしていったのである。思わず真顔になるほどの速度だった。

 

鍛え抜けば、ヤドンも彼処まで早くなるのか。

 

ちょっと驚いてしまう。

 

なるほど、鍛え方によっては、ああいう弱点の補い方もあるのか。勉強になって、何度かユウリは頷いていた。

 

「あの三匹を捕まえてくるのが試練だよん。 もし捕まえられたら、わしの秘蔵の品をあげちゃうよん」

 

「秘蔵の品!」

 

「そうね、三匹とも捕まえられたらわし秘蔵の伝説のポケモン。 もしも一匹でも捕まえられたら、あのヤドンをそれぞれに進呈しようね」

 

「これは……負けてはいられませんな」

 

俄然皆の目にやる気が宿る。

 

あのヤドンの能力、非常に高い。

 

確かに捕まえられれば、相当に強い手持ちになる。ヤドン自身はサイコパワー以外に見所がないポケモンだが、彼処まで鍛えた速度で、更に進化でもさせたら。それは確かに、強力極まりない手持ちになるだろう。

 

或いは、ジムリーダーも夢では無いかも知れない。

 

飛び出そうとする皆に、注意を一つマスタード師匠が言い渡す。

 

「ただし、他人の足を引っ張ったらめっ、だよ。 わしはいつも見ているからね?」

 

温厚な声だったはずなのに。

 

何処かで、ぞっとする威圧感があった。

 

確かにこの人なら、見ていそうだ。

 

皆、背筋が伸びる。

 

クララさんも例外では無かった。

 

一番最初に動いたのはユウリ。手加減無用と言われている。だから即座に愛用の折りたたみ自転車に飛び乗ると、飛び出す。

 

あのスピード、自転車で簡単に追いつけるものではない。

 

だから一旦高台に上がって、どういう経路で移動しているのかを確認する。

 

予想していたが、やはりヤドンはかなり単純な経路を高速移動している。スピードが速すぎて、簡単に曲がることもできない様子だ。皆、追いかけようとして四苦八苦しているが。これは先手を取るのが早いだろう。

 

追いついてきているデンチュラにハンドサイン。別に口答で指示を出しても良いのだけれど、最近はすっかりこれが身についてしまった。更に自転車で、一気に駆け下りる。

 

そして、目の前に突貫してきたヤドンが来る。

 

一緒に駆け下りてきたデンチュラが雷撃を浴びせ、文字通りヤドンを吹っ飛ばした。

 

素早さに特化しているから、他がどうしても駄目だ。

 

ましてやデンチュラの火力は、大型のポケモンを文字通り消し飛ばすレベルである。ある程度加減しても、ひとたまりもない。

 

まずは一匹。

 

モンスターボールに、焦げて転がっているヤドンを格納する。殺してはいない。今は、できる限り殺さなくても済む相手は殺さないようにしている。狂拳に踏み込みかけていると言われて納得出来るほど。状況によっては、殺してきたからだ。

 

それには人も含む。

 

だから、出来るだけ、無為な殺戮をするつもりは無い。

 

もう一度、丘に上がる。

 

今の凄まじい雷撃、多分他の門下生の耳にも届いているはずだ。進展があった事は、すぐに分かっただろう。勘が良い物は、ユウリのデンチュラによる一撃だと見抜いたかも知れない。

 

別に雷撃はヤドンにとっては弱点では無いのだが。敢えてそれをチョイスした。実はもっとヤドンに効果的な攻撃もあったのだが。

 

それだと場合によっては殺してしまうからである。

 

ましてやこのデンチュラは試合用に調整中なのであって。戦闘用としては申し分ない。

 

さっきの門下生達の様子からして、まだ慌てる必要はない。それに、全てを捕まえる必要もないだろう。

 

もう二匹の移動ルートを確認。

 

このヨロイ島を知り尽くしているようで。一定の道を爆走している。既にへばっている門下生もいるが。

 

クララさんが、どうやらヤドンの動きに気付いたらしい。

 

密林の一角で待ち伏せをしているのが見えた。

 

あのルートを行く奴は後回しだ。

 

自転車で突貫。もう一匹が走り回っているルートを塞ぎ、デンチュラに指示。

 

案の定、ユウリがいるのにも関係無く、もう一匹が突貫してきた。

 

閃光が走り。

 

爆音が轟く。

 

ヤドンの至近に炸裂した雷撃が、地面を吹き飛ばし、ヤドンを上空に舞い挙げる。

 

モンスターボールを放り投げ、空中で捕獲。

 

これで二匹だ。

 

さて、三匹目だが。

 

確認のために丘に戻ると。

 

どうやら、待ち伏せていたクララさんが、思いっきりタックルをくらい。それでも食いついていた。

 

結構根性があるなあ。

 

そう思って様子を見る。

 

他の人の邪魔はするな。

 

そうマスタード師匠に言われていた。別に三匹コンプする必要もないだろうし、これでいい。

 

クララさんの側にヤドンの進化形がいる。二足で立ち上がり、右手に巻き貝を取り付けて砲台にしているような姿をしたポケモン、ヤドランである。確か駅でも戦った面子の中にいたし、エースのポケモンなんだろう。ただ、ヤドンよりはしっかりしていても、ぼんやりしているポケモンである事は変わらない。そんなヤドランがのたりのたりと右往左往し慌てている中、クララさんが叫んでいた。

 

「うちごとでいいからぁ、ぶっ放せえ!」

 

素では一人称はうちなのか。

 

ともかく、ヤドランはトレーナーの指示に従う。ユウリは冷静に、マスターボールを取りだす。

 

大量の水を打ち込む技、ハイドロポンプで、暴れるヤドンごとクララさんが思いきり吹き飛ばされたからである。

 

本当に密林の木々の上まで吹っ飛んでいるのが見えたが。

 

まあ見た感じでは大丈夫だろう。

 

それでも、クララさんの方へ自転車で向かう。今のが、他の門下生に見えたかは分からないからである。

 

すぐに現場に到着。

 

困惑しておろおろしているヤドランと、何が起きたのか分からず怯えて逃げ惑う野生のポケモン。

 

そして、鬼の形相で、ぐったりしているヤドンを羽交い締めにしてモンスターボールを押しつけているクララさんの姿があった。

 

そこまでしなくても、もう抵抗能力は残っていない。

 

モンスターボールにヤドンが入ると、荒い呼吸で、立ち上がるクララさん。

 

こっちを見る。

 

気付いていたようだった。敵意も剥き出しである。

 

「横取りなんてさせねぇから!」

 

「クリーム」

 

マホイップをモンスターボールの最上位、マスターボールから出す。

 

興奮していたクララさんが、瞬時に黙り込む。

 

マホイップは、ホイップクリームで作られた人型のような愛くるしいポケモンである。本来は。色も進化時に用いるホイップクリームに影響され様々だが、基本的に禍々しくはならない。本来は。

 

ユウリの手持ちにいるのは血そのものの真っ赤な禍々しい体色。温厚な性格の者が多いマホイップとは思えない、闇の籠もった視線。別物としか思えない存在だ。

 

このマホイップ、クリームはユウリの切り札。いや鬼札。

 

昔、ある大事件を起こした、マホイップの領域を超えてしまっている存在である。

 

危険地帯を歩くときは、防御のために必ず出て貰っている。今はそうではなかったから、マスターボールに入れていた。

 

「回復してあげて」

 

「……」

 

マホイップが手を向ける。

 

彼方此方すりむいて、肉離れも起こしているだろうクララさんの体を淡い光が包む。

 

このクリーム、昔たくさんのポケモンを喰らって能力を吸収したらしく。普通マホイップが使えない技を使い、能力も桁外れに上がっている。今もそれは変わっていない。マホイップは回復技能を幾つか持っているが、この回復技は違う。多分ポケモンを喰らって吸収したものだろう。

 

傷は治った。だが泥だらけで、化粧も落ちてしまっている。

 

軽くそれを指摘すると、そのまますぐに道場に戻る。

 

他の門下生に見られるのは嫌だったのだろう。クララさんが、慌ててその場で身繕いを始めていたが。他人の化粧を見るほど悪趣味でもない。

 

何が起きたかは他の門下生には言わない。

 

何となく、マスタード師匠が目を掛けている理由が分かった。あの人、何かが理由で足踏みしているけれど。度胸はあるし、判断力だって悪くない。それは、ユウリでも確認できた。

 

道場に戻ると、マスタード師匠は頷く。

 

二匹のヤドンを引き渡そうと思ったが、持っていなさいと言われた。

 

ほどなく、化粧は直したけれど、かなりぼろぼろになっているクララさんが戻ってくる。他の門下生達は、ヤドンをユウリとクララさんがもう捕まえた事に気付けていないらしい。まだ走り回っている様子だ。

 

クララさんが、暗い目つきで見てくる。

 

「あんな程度で貸し作ったと思うんじゃァねえぞ……」

 

フラフラのまま、マスタード師匠に捕まえたヤドンを見せて。そのまま自室に直行。それをマスタード師匠は、何も言わずに、笑顔で見ていた。

 

ミツバさんが外に出ていく。

 

多分だけれど、門下生達を皆連れて戻るためだろう。

 

皆忘れているかも知れないが。

 

このヨロイ島。

 

人間を襲う可能性があるポケモンだって、棲息しているのだ。

 

相応の手練れがいないと危ない。何かに夢中になって、周囲が見えていない場合。怪我では済まない事もあるだろう。

 

夕方近くになって、門下生全員が戻った。

 

泥だらけになっていたり。或いは野生のポケモンに襲われたのか、ぼろぼろになっていたり。

 

皆、苦労したようだった。

 

マスタード師匠が皆を並ばせる。クララさんは、もう身繕いし終えて、綺麗な格好になっているけれど。前よりも更にユウリを見る目が不機嫌そうになっていた。

 

「では結果を発表するよん。 ユウリちゃんが二匹。 クララちゃんが一匹」

 

「おお」

 

「あの神速のヤドンをどうやって二匹も」

 

「あの速度では、人間では追いつくのは難しいよね。 だから二人とも、まずは動きを見極めて、待ち伏せをする方法を採用したんだよん」

 

やはり見ていたのか。あの脅しは、言葉だけではなかった、という事である。

 

ため息をつく門下生達。

 

そうすれば良かった、と思ったのか。

 

或いは、あんな速度でずっと動けるとは思わず。体力切れを狙っていたのかも知れない。

 

此処で鍛えていたのなら。体力に下手に自信を持ってしまうこともあるかも知れないが。逆にそれが徒になってしまった、と言う事か。

 

「じゃあ、今日はここまで。 明日もまたちょっとした修行をするから、早めに休んで体調を整えておくんだよん」

 

明日も。門下生達は、そう顔に書いて互いに見合わせる。

 

老若男女色々な面子がいるから、背丈も違う。

 

クララさんは鼻を鳴らすと、自室に戻っていく。この様子だと、周囲と一切なじめていないのではないのかと、少し不安になった。

 

ユウリは昔から、あまり集団活動をしていない。

 

ポケモンの捕獲免許を取るときに講習を受けたけれど、それくらいだ。

 

だから大人数で勉強とか行動とかは、あまりした事がない。

 

集団行動そのものをしなくても、別に大丈夫なのがガラルの世界である。

 

ただ、ガラルから出て、国際警察と一緒に悪い人を追う事が増えてからは。

 

それも過去になった。

 

連携が上手く行かないと、悪い人を逃がしたり。反撃で被害を増やしたりする。それは見ていて理解出来た。

 

幸い、ユウリの見ている所で味方に死人を出させはしなかった。

 

だが、味方を守るために、相手を殺さなければならない事はあった。それも複数。

 

正当防衛が成立する事例だったから、仕方が無いとは言われたけれど。

 

必要とは言え人間を殺した事と。

 

そうせざるをえない味方の連携ミスに気付けなかったユウリ自身の失態は。今でも身に染みついている。その全てが体に闇となって刻み込まれている。

 

ユウリの素性を知っているらしい、一番年上の門下生に軽く話を聞いてみる。

 

他の皆は疲れ切って夕食が終わると自室に戻ったが、その後である。

 

「クララさんについて、教えて貰えませんか?」

 

「何かあったのかい」

 

「はい。 ガッツのある人だなと思って。 でも、何だか嫌われているようで」

 

「……クララはね。 元々はインディーズでアイドルをしていたんだよ」

 

インディーズのアイドル。

 

小首をかしげると、アマチュアのアイドルと言うような意味だと教えてくれた。

 

なるほど。

 

アイドルと言うと、ガラルにもそれ以外の地方にも有名な人がいるが。社会に余裕があるから出てくる存在であるとも分かっている。

 

とはいっても、アイドルと言うにはクララさんには華が足りない。

 

そう感じたが、どうやらその予想は的中したようだった。

 

「ところがね。 必死に準備してデビューのライブをしたんだけれど、ライブ会場はスッカスカ。 誰も来なくて、売れたCDも八枚だけ。 インディーズ専門の支援団体からも見捨てられて、路頭に迷ったんだって」

 

「……」

 

それは、可哀想だ。

 

自分だったら、どう思っただろう。

 

ガラルのチャンピオンリーグに参加するとき。参加資格を得るために、各地のジムリーダーと、彼ら彼女らが予選用に弱めに調整したポケモンと勝負をした。だが、それでも勝てない人は勝てない。

 

多くの人が脱落していって、チャンピオンリーグ本戦に残れたのはわずか数人だけだった。

 

脱落するとき、泣いている人は多かった。

 

最初に当たったジムリーダーはヤローさんという、気が良い大男の草タイプ専門トレーナーだったけれど。

 

この人の所でも、普通に脱落する人は脱落していた。最初だからかなり弱いポケモンを用意してくれていたという話なのに。

 

そして、チャンピオンリーグは年一度。

 

何度も脱落していくうちに、心が折れて挑戦しなくなる人も増えていく。

 

そんな人は心を立て直すまで時間が掛かる。

 

何年もかかる人もいると、聞いた事もある。

 

挫折を経験すると、人は鬱屈する。ユウリだってそれは例外じゃない。

 

偉大すぎるチャンプである、前チャンプのダンデさん。実はお隣さんで、昔はダンデお兄ちゃんと慕った相手だった。

 

ダンデさんの偉大さを理解出来たのは、ユウリ自身がチャンプになった後。

 

今はチャンピオンとして防衛戦にも成功し、ダンデさんにもマスタード師匠にも強さの太鼓判を押して貰っているけれど。

 

チャンプになった直後は、不安で不安で仕方が無かった。

 

色々あって、今はある程度は立ち直れているが。

 

マスタード師匠に指摘されたように、目に闇が宿り始めているかも知れない。

 

人ごとではないのである。

 

更に、だ。

 

クララさんは、一度ならず挫折を味わったという。

 

「クララはアイドルの道が閉ざされて途方に暮れた後、色々仕事を悩んだそうだけれど、資金はすぐに尽きてしまったそうでね。 ポケモントレーナーになろうと、毒タイプの専門ジムに駆け込んだそうだよ」

 

「毒ジム」

 

「クララいわく、競合相手が少ないから、簡単にのし上がれると思ったみたいだね。 実際毒ジムはマイナーリーグしかなくて、所属しているトレーナーも多く無い。 分析そのものはそれほど間違ってはいない」

 

確かに、毒ポケモンは扱いが難しい上に、戦術も構築が難しいと聞いている。

 

炎などの分かりやすく強いポケモンとは違うため、人気が少ないとも。

 

ユウリも毒を扱うポケモンは当然育てた事がある。今育てているデンチュラも、電気が得意だが毒もかなり強いものを持っている。獲物を仕留めるために必要だからだ。

 

競合相手は確かに少ないかも知れない。

 

だが、それは。少ない中で、厳しい競争が行われていることを意味もしているのではないのだろうか。

 

予想は当たった。

 

どうやらクララさんは、毒ジムでの訓練で数日も保たなかったらしい。そもそも、余程の物好きしか毒ジムには集まらないという傾向もあったそうで。閉鎖的な環境に、耐えられなかったというのもあったそうだ。

 

後は悲惨だ。ガラルの彼方此方をふらついて、定職にも就けず実家にも戻れず。路上で座り込んでいる所を、見かねた警察に保護されることもあったという。そして、たまたまこの道場のことを聞いて、流れ着いてきたそうだ。

 

道場に辿りついたときは文字通りの一文無しになっていて。

 

道場の前で、行き倒れ寸前になっていたそうである。

 

今みたいな派手な格好でもなく。

 

本当にボロボロで、目には完全に心がへし折られた疲れだけが残っていたそうである。

 

「見ていられなかったよ」

 

「……」

 

「今はあんな派手な格好になっているけれど、あれは一番自分が楽しかったとき……インディーズのアイドルになる前に、周囲から持ち上げられていた格好を再現しているつもりみたいだね。 そういう事情もあるから、あまり冷たく接しないであげてくれるかい」

 

「分かりました」

 

一礼。クララさんには、今の話を聞いたとは、口が裂けても言わない方が良いだろう。

 

人は挫折する。

 

挫折から立ち直るには時間が掛かる。

 

簡単に挫折から立ち直れる人は多くない。いるだろうけれども、多くの人の心はそんなに簡単にできていない。

 

挫折したまま、人生を終えてしまおうと思う人だっているだろう。

 

事実別の地方にいる犯罪組織の構成員達には、好きで犯罪をやっているような根っからの悪人もいたけれど。

 

どうしようもなく追い込まれて、犯罪者になったような人だっていた。

 

ユウリだってどうだったか分からない。

 

もしもねじ曲がって行き続けたら。ガラルに暴力の権化として君臨する、闇の女王に落ちてしまうかも知れないし。

 

ガラルを離れて、自分で犯罪組織の長として君臨して。邪悪の限りを尽くすかも知れない。

 

挫折が他人事じゃない事を知っているユウリは、自室に戻ると、何度もため息をついていた。狂拳か。確かに、ユウリのすぐ側にそれはあるのかも知れない。

 

今、外に出して連れ歩いているのはデンチュラだけだ。

 

デンチュラは主人の不安を感じ取っているのか。カチカチと歯を鳴らしている。別に怯えているとか怒っているとかではなく、単に不安になっているだけだ。

 

ベッドで半身を起こして、大丈夫と声を掛けてから。

 

洗面所で顔を洗ってくる。

 

気を引き締め直す。

 

明日も何かやると言うことだし。

 

そこで、しっかり自分についても、見つめ直しておきたいところである。

 

何もかもが他人事じゃないのだ。

 

チャンピオンになって一年ちょっと。

 

防衛戦には成功した。

 

しばらくはユウリの時代が続くと、強さに太鼓判だって押されている。

 

それでも、このままだと。

 

ユウリは色々と潰れてしまうかも知れない。

 

そうはならない。

 

大人達が、周囲で次代を育てようとしている。

 

ユウリだって、そういう立派な大人達の努力の甲斐あって、チャンピオンになれたのだ。

 

もう一度、それを心に思い直す。

 

チャンピオンになれたのは、ユウリの実力だけじゃない。周囲が道を作ってくれたというのが一番大きいのだと。

 

そう思うと、少しだけ楽になった。

 

デンチュラに休むように指示してから、自分も眠る事にする。

 

ふと外を見ると、マスタード師匠がいた。

 

何やら構えをとり、鋭く動いている。ガラル空手とは違う。多分何か別の格闘技だろう。他の地方では、色々な格闘技を見た。そういったものの一つではないだろうか。

 

マスタード師匠は、此方に気付いているようだ。

 

月下で動いているマスタード師匠は、とにかく決まっている。普段の好々爺とはまるで別物だ。

 

悩みがない。

 

いや、もはや悩む余地がないのだろう。

 

老境にいたり、完成された所までいった人の動きだ。

 

それこそ、極限まで鍛え上げたポケモンのように。

 

まだ、ユウリは彼処までいけない。

 

逆に言えば、まだ伸びると言う事だ。

 

更に、もう少し気が楽になった。

 

明日はもう少し頑張ってみよう。そう、ユウリは決めて、今度こそ眠った。

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