ポケットモンスター剣盾二次創作シリーズ   作:dwwyakata@2024

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3、まだ立ち上がれない

翌朝も、かなり早くから皆起きだしていた。多分マスタード師匠の、修練についての話が気になるからだろう。

 

ユウリも朝方、神速を誇ったヤドンを少しモンスターボールから出して動きを確認して見たが。

 

確かに素晴らしい速度で走り回る。

 

これなら、充分にポケモンバトルの試合で使えるだろう。この速度を捕らえられるポケモンは、それこそジムリーダークラスが鍛えた者で無ければ無理だ。

 

軽く調整を済ませて、朝ご飯にする。

 

クララさんは、化粧に時間を今日も掛けてはいたが。それ以上に、がつがつと凄くたくさん朝ご飯を食べていた。

 

多分だけれど、食べないと勝てないと思っているのだろう。

 

此方に対する視線もより厳しくなっている。

 

でも、昨日余計な事をしたとは思っていない。

 

相手に恨まれようと、助ける。

 

それがチャンピオンのやるべき事だ。

 

助けられなくても、次は助ける。

 

それも同じく。

 

朝食が終わり、それぞれが軽く鍛錬を始めた頃、マスタード師匠が姿を見せる。飄々としているが、何となく分かる。

 

朝、昨日の夜やっていたのと同じような訓練をしていたのだろう。

 

それだけ動いても、体力に何ら問題が無い。

 

要するにこの人は格闘家としてもダンデさんが師匠と呼ぶポケモントレーナーとしても、超現役という事だ。

 

「さて、みんな揃ったかな。 それでは今日の試練を説明するよん」

 

軽々と、ミツバさんが運んでくるのは、巨大なキノコだ。

 

赤黒くて毒々しい。

 

だが、何処かで見覚えがある色。

 

そうだ。

 

ポケモンがダイマックスする時に纏う光によく似ている。

 

「これはこの島特産のキノコでね。 ダイキノコというよん。 これを鍋にすると、食べたポケモンに変化を生じさせる事が出来てね。 全てのポケモンにでは無いけれども、場合によってはキョダイマックスをさせる事が出来るようになるんだよん」

 

キョダイマックス。

 

ダイマックスするポケモンの中で、ごく一部だけ。他とは違うダイマックスをするものがいる。

 

姿が大きく代わり。

 

他と違う技を使うようになる。

 

それがキョダイマックスだ。

 

現在それなりの数が確認されているが、未確認のものもまだあると言われていて。

 

更に言うならば、今ユウリの手持ちにいるマホイップ、クリームも。キョダイマックスすると、文字通り悪魔を思わせる異形の姿に変わるという。させたことは無いが。

 

この状態のクリームは、全盛期のダンデさんが、手塩に掛けたポケモン達とともに決死で鎮めたほどの実力らしく。

 

現時点で、ユウリはその力を使わせるつもりは無い。

 

「このサイズのものを三つ、見つけてきてごらん。 今、島に丁度このサイズのものが三つ生えている事は確認済み。 小さいのは取ったら駄目だよん。 勿論、他の人の邪魔をしても駄目」

 

マスタード師匠は笑顔のままだが。

 

もしもそれを破ったらただではおかないという気迫が満ちている。

 

皆背筋を伸ばすが、まあそれもそうだ。

 

マスタード師匠のような優しそうな人ほど、怒らせれば怖いのだから。

 

それにしても、結構重そうなキノコだったのに。軽々と運んでいるミツバさん。流石というかなんというか。

 

最初はいくら何でもと苦笑いした夫婦なのに。

 

一緒に過ごしてみると、すぐにお似合いなのかも知れないと思えるようになってきていた。

 

「一つだけ見つけた人には、今回はそうだね、あれを進呈しよう」

 

そうマスタード師匠が視線で指した先には、マスターボールがある。

 

あらゆるポケモンを捕獲可能とも言われる、最高のモンスターボールだ。

 

ユウリも普段はクイックボールやハイパーボールと呼ばれるものを使っているのだが。これらは結構捕獲に失敗する。

 

特にハイパーボールはもう消耗品として割切っている。

 

マスターボールは、そういう意味でとても貴重な品だ。

 

「三つとも見つけた人には、やはり伝説のポケモンを進呈しようね。 さ、頑張って」

 

マスタード師匠が声を掛けると同時に。真っ先にユウリが飛び出す。

 

門下生達が遅れて飛び出すが。その時には、もうユウリは自転車に跨がっていた。

 

山だろうが藪だろうが、川だろうが海だろうが、フロート機能もついているこの自転車は踏破する。ちょっとやそっとでタイヤがやられるほどヤワでも無い。

 

一気に加速。

 

キノコが生えるところと言えば決まっている。

 

湿気が多い場所だ。

 

例えば湿原。

 

密林。

 

或いは洞窟の中。

 

慌てて彼方此方に散る門下生。クララはユウリが真っ先に湿原に向かうのを見ると、どうやら山の方にきびすを返して向かったようだ。

 

さては洞窟があるな。地の利は向こうにある。

 

ならば、先に外での知識を生かして、湿原と密林のを抑えるか。

 

そう判断しつつ。デンチュラの他に。力自慢のポケモンであるカイリキーをモンスターボールから出す。

 

カイリキーはプロレスラーのような屈強な人型のポケモンで、しかも腕が四本も生えている。

 

名前の通り凄まじい怪力を誇り、格闘タイプのジムリーダーであるサイトウさんはキョダイマックスする個体も保有しているようだ。

 

ユウリのカイリキーはキョダイマックス出来ないが。まあそれは仕方が無い。

 

ユウリとしては、もし出来るのなら。

 

最初からの相棒である、エースバーンをキョダイマックスさせてあげたい。

 

出来るかは分からないから、周囲の人に確認しなければならないけれど。

 

もうエースバーンは極限まで鍛え上げられてしまっていて、伸びしろがない。

 

キョダイマックスという切り札を与えられるのなら、そうしてやりたいのが本音だった。

 

素早く湿原を駆け抜けながら、木の根元、沼の近く、目を配る。同時に野生のポケモンと正面衝突しないように気を配らなければならないから、大変ではあるけれど。これでも修羅場を散々くぐっていない。そのくらいの動体視力、判断力はある。

 

ドリフトしながら止まる。

 

見つけた。

 

一つ目のキノコを獲得。掴むと、笑みを浮かべる。これなら引き抜くのは余裕でできそうだ。

 

腰を入れて、一気に引っこ抜く。

 

赤黒い毒々しいキノコは、随分と堅く。これをどう加工すれば食べられるようになるのかよく分からなかったけれど。ただ、キノコは元々毒があるものも多いし。食べられるようになるキノコには、頑丈なものも多いと聞いている。

 

カイリキーに運ぶのは任せる。

 

これで一つ目。

 

三つ集めれば伝説のポケモンが手に入ると言う事だけれども。別にそれにはあまり興味が無い。

 

そもそも今回は、ダンデさんからバカンスを貰い。

 

更に有望な新人を育成するための当て馬としての仕事だ。

 

だったら別に伝説のポケモンは貰えなくても良い。

 

ただでさえ現状、手元には伝説のポケモンが二匹。更にそれに匹敵するマホイップのクリームがいる。

 

贅沢すぎる状況だ。

 

これ以上を望んでも仕方が無いだろう。

 

続いて、密林に突貫。

 

遅れて彼方此方に散っている門下生達が、右往左往しているのが見える。

 

観察力、洞察力、いずれもまだまだという事だ。

 

自転車を爆走させ、密林に突入。ここはさっきより大変だ。或いは木の上にあるかも知れない。

 

自転車を畳んでリュックに入れると、木に登る。デンチュラ達には、その場で待機を指示。

 

木の上から周囲を見回し。視界が確保出来ていない地点を算出。更に木の枝を飛び移って、別の木に移動。周囲を確認していく。

 

間もなく、二つ目を発見。

 

口笛を吹いてデンチュラとカイリキーを呼ぶと、木から飛び降り、着地。

 

背丈の五倍くらいの木だったが、このくらいは余裕余裕。

 

伊達に普段から危険なポケモンも出る凹凸まみれの地形を、自転車で爆走していない。こんな程度で怪我する柔な足では無い。

 

轢いてしまった場合、ポケモンを心配するくらいである。

 

二つ目のキノコ。かなり大きな木の根元にあり、側に大きなワニのポケモン、ワルビアルが横になっていた。本来は砂漠に棲息しているポケモンだ。と言う事はこの島、砂漠もあるのだろう。エサが見つからなくて、出張してきたという所か。

 

ずかずか近付いてくるユウリを見て、口を開けて威嚇してくるが、無視。

 

掛かってくるようだったら、電撃を浴びせるようにデンチュラには指示してある。大体、電撃が間に合わなかったら、拳を叩き込んで空に飛ばすだけである。

 

ワルビアルも、デンチュラとカイリキーを見て、困惑している様子。

 

覚悟を決めて襲いかかってくる前に、作業を済ませるだけだ。

 

キノコを引っこ抜く。

 

キノコ自体は堅いが、どうも根元はそれほど頑強では無いらしい。引き抜くのは、それほど難しく無かった。

 

そしてこのキノコ、二つ目を引き抜いてみて分かったが、なんというかじんわりと暖かい。

 

ダイマックスのエネルギーに関係しているのかも知れないが。

 

ともかく、触っていて暖かい力を感じるのは事実だった。

 

カイリキーにキノコを放り投げ。ワルビアルにウインクしてその場を去る。呆然と口を開けてユウリを見送るワルビアル。

 

ワルビアルなら既に持っているので、今更捕獲する理由も無い。

 

襲われたわけでもないのなら、戦う理由も無い。殺気もなかったから先制攻撃もいらない。

 

それだけである。

 

さて、後は洞窟か。少し高い所に出ようと、山を爆走して自転車で駆け上がる。洞窟を発見するが、無視して更に高い所へ向かう。

 

何やら塔が見える。あれがこの島の一番高い場所とみた。あそこからなら、洞窟が何処にどんな風にあるか見渡せるだろう。

 

そのまんま塔へ驀進。途中に階段があるが、そんなものは気にせず自転車で無理矢理踏破する。

 

それだけタフなタイヤを履かせているので平気だ。

 

この辺りはチャンプになった恩恵。スポンサーになった自転車の会社が、チャンプが乗っている自転車と言う事で作ってくれたのである。なお車が普通に買えるくらいのお値段である。チャンプはたくさんのお金を背負っている。これは前チャンプのダンデさんも同じ。たくさんのスポンサーのロゴがついたマントが、まんまそれを示していた。

 

だから、そのお金に相応しい社会的活躍をしなければならないのだ。

 

塔から確認。

 

洞窟は予想通り幾つかある。

 

いずれにしても、全てを見つけようというのは贅沢すぎる。

 

ポケモンバトルでも、基本的に特化型の方が強い。何でも出来るようにしたポケモンほど、何にでも役に立たなくなりやすい。

 

とりあえず、一つ大きめの洞窟に目星をつける。

 

可能性が高そうな場所から狙っていくのが定石だ。さっき、湿原、密林と順番に探したのもそれが理由。

 

自転車で今度は階段を駆け下りる。

 

デンチュラは良いのだが、カイリキーは露骨に大慌てしているようだ。まだまだこの程度で慌てて貰っては困る。

 

そのまま、洞窟に飛びこむ。

 

しばらく洞窟の内部を走り回っていると。

 

やがて、真っ正面からクララさんと出くわした。

 

 

 

ドリフトして止まる。

 

クララさんは、呼吸をかなり荒くしていた。途中、野生のポケモンにかなり襲われたのだろう。

 

側に出しているヤドランもかなり傷ついている。結構無理に、強行軍でここまで来たのは、一目で分かった。

 

側にはダイキノコがある。やはり洞窟の中にあったか。

 

粗い呼吸のまま、クララさんは見る。

 

カイリキーが、既に二つのダイキノコを抱えている様子を。

 

目に、凄まじい怒りと、それと何か暗い感情が宿った。

 

後者は見た事がある。

 

心ない人間達に誰よりも好きだった主人の尊厳を徹底的に汚されて。この世の全てを呪ったマホイップ。手持ちにいるクリームが、以前全てを理解したユウリに見せたものと同じ。

 

そう、怨念だ。

 

「その年でさァ! その洞察力! 戦闘センス! ポケモン育てる力! 身体能力! 化粧なんかしなくってもたまの肌で、綺麗なプラチナブロンドの髪の毛! ついでにありあまった金! 育ちの良さ、一目で分かるんだよォ! ひょっとすると現時点で何かスゲー社会的地位もあんだろ! そんだけあって、それ以上何を望むんだ! 贅沢にも程があるだろぉ!」

 

「デンチュラ、戦闘態勢」

 

クララさんはやる気だ。カイリキーには下がらせる。ダイキノコを傷つけるわけにはいかないからだ。

 

更に言えば、側にあるダイキノコも巻き添えにはしたくない。

 

此処は洞窟の中だから、大技も使いたくない。ピンポイントで相手を倒せる技を使いたい。

 

「先に見つけたのはクララさんのように見えましたし、譲りますよ」

 

「ハッ、勝者の余裕!? それとも食物連鎖の頂点の余裕っ!?」

 

「食物連鎖の頂点!?」

 

「そうさァ、見てたよ! ワルビアルがびびって手も足も出せない! あんな高い木から飛び降りても怪我一つしない! 挙げ句階段を自転車で余裕で駆け上がるだぁ? 大体今だって、同時に見つけたのに譲るぅ!? あらゆる意味で余裕があるお方は本当にお優しいぃなあオイ!」

 

これは、話が通じる状態じゃないな。

 

ユウリがそう思ったのが伝播したのか、デンチュラが毛を逆立てて威嚇する。

 

クララさんは、更に三つのモンスターボールを取りだし、一斉展開。どれも毒に関するポケモンばかりだ。昨日捕まえた、神速のヤドンはいない。いや、この人の性格から言って。

 

「戦いなら受けて立ちますが、此処だと崩落の恐れがありますよ。 外に行きませんか」

 

「だーれがそんな話聞くかぁ! ヤドラン! ドラピオン! ペンドラー! マタドガス! 一斉に掛かれっ!」

 

ため息をつくと、ユウリは指を鳴らす。

 

悪いが、多対一の戦いは慣れている。

 

瞬時に展開された電気の網が、一斉に襲いかかってきた四匹のポケモンをまとめて絡め取り、地面に叩き伏せる。エレキネットという技である。この狭い空間なら避けることは無理。文字通り一網打尽だ。

 

国際警察と一緒に、別地方の悪の組織とやり合ったとき。四方八方から、怒濤の勢いで多数のポケモンをけしかけられ。同時に近代兵器での攻撃まで受けたこともある。それでも生き残ってきたのだ。格下の四匹くらい、どうと言うことも無い。

 

更に、拳を一閃。

 

後ろに回っていたあの神速ヤドンに、裏拳を直撃させる。

 

速度の相乗効果もあって、思い切りヤドンは吹っ飛んで壁にぶつかり、そのまま目を回してずり落ちる。

 

ヤドンくらいのポケモンなら、素の身体能力でこの通りだ。生身で充分対応出来る。

 

さて。

 

ダイキノコがなくなっている。今の一瞬で何とか引っこ抜いて、担いでいったのだろう。ため息をつくと、落ちているモンスターボールに、クララさんのポケモンをしまう。

 

殺さないように気を付けたが。勿論、皆傷ついている。今展開しているデンチュラは試合用の個体じゃない。実戦用の個体だ。試合は難しいが。殺し合いなら経験済みなのである。それも何度も。

 

「ごめんね。 すぐにクララさんの所に届けてあげるからね」

 

あの凄まじい形相。それに聞いた経歴。

 

きっとクララさんは、相当に深い闇を見て来たのだ。

 

今、ポケモン達を見捨てて逃げた事は許せないけれど。

 

だけれども、それを怒る気にはなれなかった。

 

 

 

道場に戻る。

 

クララさんは、大きく息をつきながら、ダイキノコをミツバさんに渡していた。そして、ユウリに気付くと、凄まじい形相でにらみつけてくる。

 

ため息をつくミツバさん。

 

傷一つないユウリ。いつも連れているヤドランさえ側にいないクララさん。何かあったのだと、推察するのは簡単だろう。

 

モンスターボールを五つクララさんに渡す。

 

震えながら、無言で受け取るクララさん。ユウリから何か言っても逆効果だ。

 

それに、ダイキノコを奪うという手段としては、判断は間違ってはいなかった。ただ、ポケモントレーナーとしては、やってはいけない事をしたとも言えるが。

 

「クララさん。 貴方はすぐにポケモンを回復させてあげなさい。 ユウリちゃんは?」

 

「特に消耗はしていません」

 

「そう……」

 

マスタード師匠が来る。

 

ミツバさんはダイキノコを。先に受け取っていた一つに加え、カイリキーから受け取った二つも抱えて。台所に余裕の様子で歩いて行った。

 

凄い腕力だ。ユウリが手伝う必要もなかった。

 

それに、此処からはマスタード師匠の仕事だとも思ったのだろう。

 

「全て見ていたよユウリちゃん。 少し休んでいなさい。 後でコートに来るように」

 

「はい」

 

言われた通り、休む事にする。

 

消耗は無い。別に連戦してもかまわなかったのだけれども、休めというのならそうするだけである。

 

デンチュラは不満そうにカチカチ顎を鳴らしていたが、一旦モンスターボールに入れて休ませる。

 

さっきの行動。相応の知能があるデンチュラも、許せないと思ったのかも知れない。

 

だが、クララさんの事情を知るユウリは怒りきれない。それに、絶対に許せない本当の悪党をたくさん見てきた事もある。クララさんは同情の余地がある存在だ。

 

しばらくして、コートに出る。既にマスタード師匠は待っていた。クララさんも、である。クララさんは沈み込んでいた。熱が冷めて、あの怨念も引っ込んだのかも知れない。元々今まで相当鬱屈していたようなのだ。だから噴火も凄かったのだろうが。噴火してしまえば、一気に心の毒も出てしまったのだろう。

 

人を苦しめて楽しむような根っからの悪党外道ではこうはいかない。

 

ただの弱い一人の人。それがクララさんだったのだと、こういう場面からもよく分かる。本人はこういうことを言ったら、小賢しいと怒るだろうけれども。

 

もうユウリは生半可な人間よりも。散々修羅場をくぐって、色々大人と関わって。得ている経験の量が違うのである。

 

マスタード師匠が、ゆっくりクララさんと、ユウリを見回しながら言う。

 

「最後のダイキノコは二人同時に見つけていたね。 だから、その権利を賭けて、此処で勝負をして貰おう」

 

「勝負なら……」

 

「正当なポケモンバトルでね。 ただ、クララちゃん。 戦力的にキミが不利だから、ハンデマッチ。 ユウリちゃんはそのデンチュラだけで。 クララちゃんは、手持ち全部に加えて、何か好きな布石を一つ打ってもいいよ」

 

そうか。

 

随分とハンデが大きいが。今の精神的なコンディションならそれくらいが妥当か。

 

此方は容赦をするつもりは無い。

 

元々デンチュラは試合用の個体じゃない。戦闘用で、試合用としては調整中だ。だから実の所、試合経験は少ない。

 

それに加えて多対一で、しかも更にクララさんは何か布石を打って良いと言う。

 

あまり手を抜ける状態じゃない。

 

クララさんの方も、流石に奇襲以外であの神速ヤドンを使う気にはなれないだろう。さっきの状況からして、多分試合用に調整しているのは四体の筈。

 

深呼吸して、精神を集中させる。勝ちの道筋は、ある。

 

クララさんはユウリの様子を見て、凄絶な笑みを浮かべた。

 

「此処までお膳立てしてもらっても、まだアタシは勝てないってどっかで思ってる……なっさけねえ……」

 

びちゃりと、コートに何かぶちまけられた。

 

軽く飛んで距離を取る。

 

なるほど、毒か。

 

致死毒では無いが、試合に出ているポケモンを確実に蝕む毒である。デンチュラも毒を扱うが、解毒能力を素で持っている訳では無い。毒蛇が毒蛇に噛まれて死ぬように。逆に、豚が強い蛇毒に対する抵抗能力を持っているように。毒を使えるからと言って、毒が効かないと言う事は無いのだ。

 

一方、クララさんが扱うのは、元々毒タイプのポケモンばかり。毒が体の一部になっているポケモン達だ。つまり毒は効かない。

 

土俵を変えて、更に連戦を挑んでくると言う事か。

 

「いけっ、マタドガス!」

 

もう後がないクララさん。コートにポケモンを投げ込んでくる。

 

鬼の表情である。それはそうだろう。此処までして、それでも負けたのなら。それはもう、どう言い訳しても繕えない。

 

余所の地方では、審判が気付かなければどんなことをしても勝ちは勝ち、なんて事を考えるトレーナーもいた。社会が貧しくて、それでありながらポケモンバトルでの勝利報酬が大きい地方では、ジムトレーナークラスが八百長に手を染めるケースすら実在していた。呆れ果てる話だったが、それが事実だったのだ。中には、生まれつき手癖が最悪な輩も存在はしていたが。それは一種の病気だと思う。

 

クララさんが出してきたマタドガスは、毒ガスを噴き出す球体が二つ重なったようなポケモンだ。ガラルのは他の地方のと少し姿が違っている。

 

早速膨大な毒ガスを噴き出して、更にデンチュラの動きを封じてこようとするマタドガスだが。

 

残念ながら、これだけお膳立てされてもデンチュラの方が早い。

 

威力を抑えるように。

 

そう指示はしたけれど。

 

雷がマタドガスを貫き、更に誘爆を引き起こすまで、秒も掛からない。

 

吹っ飛んだマタドガス。

 

門下生の一人が、容赦なく戦闘不能の判定を下す。デンチュラも誘爆の火力を多少受けているが。

 

まだまだやれる。むしろ毒のダメージの方が心配だ。

 

何か時間稼ぎでもしてくれば良い物を。

 

そのまま、即座に次の手を打ってくるクララさん。

 

恐らく、マタドガスが得意とする防御戦を主体に時間を稼ぐつもりだったのだろうが、出会い頭に叩き潰されたので、戦略が瓦解した。

 

焦っているのだろう。

 

すぐに次のドラピオンを繰り出してくる。

 

小型自動車くらいある巨大なサソリに似たポケモンだ。ハサミの力は、実の所サソリはそれほど強くないのだが。ドラピオンはハサミの力も強く。最強に近い所まで育ったドラピオンは、文字通り車をねじり潰すと言われている。勿論毒も強烈である。

 

だが、出会い頭に、まださっきの爆発の煙が満ちている所に放り込まれ。

 

一瞬躊躇するドラピオン。

 

駄目だ。焦りがどうしても見える。クララさんは本来の力を発揮できていない。

 

さっきの戦いでも、四匹同時に仕掛けさせたことで、ポケモン達の方が困惑していた。

 

せっかくのセンスを、クララさんは自分の焦りと恐怖で潰してしまっている。

 

勿論、容赦などしない。

 

毒の中で下手に動き回らず、そのままデンチュラが雷を叩き込む。

 

勿論直撃。

 

竿立ちになったドラピオンが、毒の中に倒れ伏す。痙攣している。かなりダメージが深刻と言う事だ。

 

「効果抜群ってかァ! 戦闘マシーンかよっ!」

 

吠えるクララさん。

 

今のは効果抜群、いわゆる弱点をついて致命打を当てた攻撃じゃない。もしもデンチュラの雷が致命打になる相手だったら、使っていない。確実に殺してしまうからである。

 

デンチュラが、苦しそうに声を上げている。

 

毒がかなり廻って来ているという事だ。

 

だが、それにクララさんは気付けていない。クララさんの顔には、確実に怯えが上がって来ている。

 

ユウリが全く表情を動かさず。

 

淡々と、確実に出すポケモンを屠って行くからだろう。

 

三匹目のポケモン。ペンドラーを毒まみれのコートに出すクララさん。もう行けとか、行ってこいとか、そういう言葉さえ口にしない。なお、さっきコートを毒塗れにしたのは、ペンドラーである。

 

要するに、それだけ高出力の毒を吐き出すポケモンと言う事だ。

 

ペンドラーは大きなムカデのような姿をしたポケモン。ガラルにいるマルヤクデと似ているが、より丸っこく、ずんぐりしている。マルヤクデとは非常に相性が悪く、出会ってしまったら殺し合い不可避。勝った方が相手を食べてしまう。ただ相性はマルヤクデの方が圧倒的に優位なので、ペンドラーが勝つことは滅多にないそうだが。

 

ペンドラーが、コートに出ると殆ど同時に、デンチュラが空中に跳び上がる。

 

膨大な毒を噴き出す技、ベノムショックをペンドラーが出るや否やぶっ放してきたからである。

 

勿論読んでいたから避けさせた。

 

そして、空中で雷撃を放つ。

 

鍛えた個体なら兎も角。元々ユウリのデンチュラより動きが鈍いペンドラーが、避けられる筈も無い。

 

直撃。

 

同じく、一撃で瀕死にまで追い込まれたペンドラーが、毒沼の中に倒れ伏した。

 

尻餅をつくクララさん。

 

完全に青ざめて震えている。

 

ペンドラーをモンスターボールに戻そうとさえしていない。

 

ユウリはそのまま、じっとクララさんを見つめる。

 

クララさんが潰れるかどうかは、多分此処に掛かっている。

 

口紅を塗りたくった唇をクララさんが噛み、血が出るのが見えた。

 

痛々しいけれど。

 

ユウリは目を背けてはいけない場面だった。

 

「うち、また勝てないの? あんなに頑張ってライブ会場に出たら、誰もいなくて、歌も誰も聞いて無くて。 毒ジムで、散々虐められて、捕まえてきたヤドランまで虐められて、それで、それで……」

 

見かねたミツバさんが出ようとするが、マスタード師匠が手を横に。行かなくて良い、という合図だ。

 

頭を抱えて震えながら、それでもクララさんは顔を上げる。

 

そして、膝が笑っているのに。それでも立ち上がった。

 

「こんちくしょうっ! 負けるかっ! 戻れペンドラー! ダイマックスだ、ヤドラン!」

 

「ダイマックスして、デンチュラ」

 

ペンドラーと入れ替わりにコートに降り立ったクララさんのヤドランと、ユウリの側にいるデンチュラが、同時にダイマックスする。

 

一気に数十倍まで巨大化し。

 

昔の映画に出てくるような怪獣のような巨体となる。

 

何度もダイマックスしたポケモンを狩りに、保護区であるワイルドエリアの巣穴に出向いたなあ。

 

そう苦笑いしながら、ユウリはハンドサインを出す。

 

此処で。ヤドランが、想定外の行動に出る。

 

クララさんの指示よりも早く、巻き貝の砲台を此方に向け。シェルアームズという技をぶっ放してきたのである。高出力の毒液を、さながらウォーターカッターのような勢いでぶつけてくる技だ。更にこの技が、ダイマックスによる強化も受けている。

 

此処までの速度での一撃を想定していなかったデンチュラは、避けきれない。

 

直撃を喰らって、場が猛毒の霧に包まれる。

 

呆然としていたクララさん。自分のポケモンが、想定以上の動きをしたことを、信じられない様子だ。

 

勝てたのか。そんな希望が、目に浮かぶ。

 

だが、現実は非情だ。

 

毒の霧をぶち抜いて姿を見せるデンチュラ。

 

残念だけれど鍛え方と地力が違う。

 

そのまま、デンチュラは。ダイマックスした事により、威力も最大限まで強化された雷撃を、情け容赦なくヤドランに叩き込む。

 

ヤドランの脳天に突き刺さった雷撃が。ヤドランを蹂躙し尽くすのに。秒も時間は掛からなかった。

 

同時に、毒で限界が来たデンチュラが、動きを止める。

 

ヤドランが倒れるのを見届け。勝負の旗が揚がってから、モンスターボールに格納する。すぐに手当をしてあげたい。

 

ミツバさんが、既に回収していた三つのモンスターボールと。今のヤドランの分。更に、デンチュラの分を受け取ってくれる。

 

クララさんは、座り込んで泣いていた。

 

マスタード師匠が歩み寄り、話をしている。

 

「今のは惜しかったね。 もう少し冷静に状況を見ていれば、勝てた試合だったよ」

 

「うっぐ、ひぐ……」

 

「後で、大事な話があるから、落ち着いたらコートにおいで」

 

ユウリはすぐにモンスターボールに格納したポケモンの治療につきそう。すぐにクリームが入っているマスターボールも取りだしたが、必要はないかも知れない。

 

ミツバさんの手際は良くて、すぐに治療を的確にしてくれた。

 

死んだり、後遺症が残る事はないだろう。

 

ため息をつく。ギリギリだった。

 

卑怯な手を使ってくる相手との試合は、別地方で何度か経験した。いわゆるアウェイ判定も受けた事がある。

 

それでも公式試合で、別地方での負けは経験していない。

 

今回は、それに近似した条件の試合で。かなり危ない勝負だったと言える。

 

やがて、何処にでもあるポケモンの治療器が、皆グリーンを示したので、安心した。どうやらクリームによる回復は必要無さそうだ。

 

周囲に門下生はいない。

 

試合の展開とかを、色々話し合っているのだろう。とはいっても、あまり面白い試合だったとは思えないが。

 

「結構危なかったね、ユウリちゃん」

 

「彼処まで条件が限定されると流石に。 それに、ヤドランの底力が想像以上だったので、下手をすると負けていた可能性もありました」

 

「ハンデキャップマッチとはいえ、僅差でダブルノックアウトか。 チャンプ相手にそれが出来たのだから、クララちゃんのセンスも本物なのだけれどね」

 

頷く。その通りだ。

 

ミツバさんは、あのダンデさんの師匠であり現在でも現役のマスタード師匠の側に立つに相応しい人だ。

 

ミツバさんの眼力は的確である。

 

ユウリも同じ意見だった。

 

やがて、コートに戻る。まだ、デンチュラ達は出さない方が良いだろう。門下生達も戻らせてから、マスタード師匠とクララさん。それにユウリだけがこの場に残った。

 

「さて、それじゃあ種明かしといこうか。 クララちゃん、この子はね、あのダンデちゃんを破った現チャンピオンだよ」

 

「へ……」

 

「現ガラルリーグチャンピオンのユウリです。 改めてよろしく」

 

虚脱した様子のクララさん。

 

化粧を直す暇も無かったのだろう。泥だらけで、酷い有様だけれども。此処で、文字通りの心にたまった毒を落とさなければならないのだ。

 

「ユウリちゃんはね、同じようなハンデキャップマッチを散々余所の地方でもこなしてきているんだよ。 そんな中で、此処までユウリちゃんを追い詰められたトレーナーはそう多く無い。 もう一度、真面目にジムリーダーを目指してみるかい? チャンプに対して、僅差であわやダブルノックアウトにまで持ち込めたクララちゃんの才能は本物だよん」

 

俯くクララさん。

 

頑張れ。

 

内心で応援するが。すぐに立ち直れるほど、人の心は簡単にできている訳では無い。

 

やっぱりグシャグシャになっている顔を擦りながら、クララさんは言う。

 

「少し、うちにも考えさせてください、師匠」

 

「明日の朝までに気持ちを落ち着かせておくようにね。 ……半年で、マイナーリーグのジムリーダーにまで鍛えてあげるよん。 明日からは、昨日までのような容赦は一切しない。 覚悟はしておくようにね」

 

静かだけれども。

 

有無を言わさぬ迫力があった。

 

だけれども、泣きながら、クララさんは頷く。

 

きっと彼女は。

 

半年後には毒ジムのリーダーに。そして、もう少しすれば、メジャーリーグに昇格してくるはずだ。

 

ミツバさんが来て、クララさんを連れていく。

 

ユウリを一瞬だけ見たクララさんの目は、相変わらずどんよりしていたけれど。少なくとも、怨念は抜けたようだった。

 

マスタード師匠が、モンスターボールを開く。

 

飛び出してきたのは、小さな熊が二足で立ち上がったようなポケモン。大きさは三歳児くらいだろうか。

 

見た事がないポケモンだ。熊のポケモンというとキテルグマがいるが、全く違っている。

 

「この子はダクマちゃん。 育つとウーラオスっていうとても珍しいポケモンになるんだよん」

 

「いただけるんですか」

 

「うん。 この子は色々恐がりでね、とても育てるのは大変だと思うけれど……それでも人の弱さと哀しみを間近で見た今のユウリちゃんならきっとどうにか出来る筈だよ」

 

しばし躊躇してから。

 

腰を落として、マスタード師匠の影に隠れて震えているダクマに手を伸ばす。

 

しばらく恐怖に震え上がっていたダクマだけれども。

 

それでも、程なく近づいて来て。そして、ユウリの手を採ってくれた。

 

「余った時間は、このダクマの育成に費やしていくと良いだろうよん。 今まで、血を浴びるような場所で働いていたんだしね」

 

「……マスタード師匠は、どうして現役の実力があるのに、ポケモンリーグを離れたんですか?」

 

「マクロコスモス社とローズちゃんが出てくる前は、ガラルは文字通り地獄のような場所でね。 悪い奴もたくさんいたし、八百長試合も横行していた。 わしは十八年間チャンプを続けていたんだけどね、相棒を失ってから不敗記録が途絶えてしまって、それで悪い奴らにいわれたのよ。 八百長試合をしろってね」

 

十八年。ダンデさんをも超える長期記録だ。

 

そうか、前に聞いた偉大なチャンプというのは、やはりマスタード師匠だったのか。

 

そして八百長試合。今のガラルでは考えられない話だ。

 

ガラルの悪い人達は、ダンデさんが旅をして、みんなやっつけたという話だけれども。それも真実なのだろう。そうでなければ、ユウリはチャンピオンになる旅の途中、もっと汚いものをたくさん見ていた筈だ。

 

マスタードさんは、八百長試合を勿論断ったという。

 

そうしたら、ありもしないスキャンダルをでっち上げられて、リーグを追われることになったそうだ。

 

元々腐りきったガラルのリーグに嫌気が差していたマスタード師匠は、この期に一度ガラルを離れ、世界の各地を見て回った。

 

そしてミツバさんとであって、このヨロイ島を買い取り。住み着くようになったのだとか。

 

そうか、そうだったのか。

 

全て合点がいった。

 

ダンデさんが師匠と仰ぐほどである。この人は、ガラルのポケモンリーグの生き証人なのだ。

 

「ヨロイ島を買い取って戻って来た頃には、ガラルはローズちゃんがまともにしてくれていたからね。 もしもまだしばらく混乱が続くようなら……わしが現役復帰しても良いかなって思い始めてもいたんだよん。 だけれど、ダンデちゃんっていうわしよりも素質がある子が出てきた。 それならば、わしはもう後に続く人材を育てるだけ。 クララちゃんの後にも、まだまだ有望そうな子がいたら、連れてきてちょん」

 

「分かりました。 その時は是非頼みます」

 

サイトウさんに教わった、最敬礼をする。

 

からからと笑った後。

 

マスタードさんは、にやりと笑みを変えた。

 

「それと、キミのエース全員出してちょ。 わしのエースと少し力比べをさせてみたい」

 

「よろこんで。 全力でお相手させていただきます」

 

「うむ……」

 

マスタード師匠が出してきたポケモンは、どれもこれもどう見ても歴戦の猛者ばかりである。

 

びりびり感じる強さ。ダンデさんと戦った時のことを思い出す。

 

これは、久しぶりに本気でやれるかも知れない。

 

お願いします。

 

そう笑顔で、試合を申し込めていた。

 

いつぶりだろう。

 

こんなに楽しそうな試合は。

 

コートの左右に分かれると。極限まで鍛え上げたポケモン同士の、苛烈な戦いが。コートを吹き飛ばす勢いで始まった。

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