ポケットモンスター剣盾二次創作シリーズ 作:dwwyakata@2024
凡人代表、クララさんの物語です。
クララさんにも凡人なりの意地があります。普通に生活もしています。そして挫折もします。
これはそんな破滅からの再起のお話です。
突出した才能も、ましてや主人公補正などがない人がどうやって地獄から這い上がるのか。
そういったお話を楽しんでいただければ何よりです。
序、負け犬の半生
クララにとって、一番楽しかったのは幼い頃だった。
比較的恵まれた容姿。好きなのは歌。家族は別に普通だったけれど。とにかく目立つ。目立つ事はクララにとってとても楽しい事で。だから、目立つ事でご飯が食べられたらなあと思った。
此処はガラル地方。
ポケモンと呼ばれる不思議な生き物が存在するこの世界における、「地方」の一つ。「国」が主流では無くなったこの世界で、一つの単位となっている土地。
ガラルはクララが産まれる前後くらいから空前の好景気に見舞われ、みんなが豊かになっていた。
ポケモンリーグは、クララがまだハイハイしている幼い頃には不正だのスキャンダルだので何度も問題を起こしていたのに。ローズという人がマクロコスモス社の長として手腕を振るい。リーグの委員長になってからは、不正はさっぱり消えた。
それに前後して、ダンデという圧倒的最強を誇るチャンピオンが出現。
少し年下の男の子が、ばったばったと歴戦のポケモントレーナーをなぎ倒していく様子には、クララも随分元気づけられた。
目立ちたい。周囲から優しくしてほしい。
アイドルになろうと思ったのは、そんな動機からだった。
社会に余裕があると、文化も花が咲く。
丁度アイドルを求める声もあった。天職はこれしかないとクララは思った。だから、ポケモンの捕獲免許も持っていたのに。アイドルの勉強を始めた。両親は何も言わず、アイドル育成用のスクールに通うためのお金を出してくれた。
周囲は自分よりも明らかに個性的で可愛い子ばかり。一芸を持っているのも当たり前。
それは何処かで分かっていた。
分かっていたのに、クララは何処かでそれを認められなかった。
やがて無慈悲な現実が、一つずつ確実にクララを襲う。
何処の事務所もクララを弾いた。面接にさえいけない場所すらあった。
やがて本職を諦めたクララは、インディーズのアイドルを支援する団体に登録。これも後になって思うと悪手だった。
登録だけで膨大なお金を取られた。
これ以上、両親に迷惑は掛けられない。
クララはもうその時点で十五を超えていた。10歳で大人と見なされる世界で、十五ならもう生計を立てていてもおかしくないのだ。
昔捕まえたポケモンのヤドンは、時間を掛けてヤドランに進化させた。ポケモンも、主人に愛想を尽かすと出て行く事があると聞いた事があるのだが。ヤドランはクララの側を離れなかった。
きっとだけれども。
何処かで、クララがヤケになっていることに、気付いたのかも知れない。
案の定、インディーズのアイドルとしてのデビューライブはさんさんたる有様。
CDはたったの八枚しか売れなかった。
身内でやっているインディーズのライブでさえ、もっとCDが売れる。
インディーズ支援団体の男は、そう冷たく言い放った。
そして、更に告げた。
これ以上君を支援するのは無理だと。
後は、逃げ出すしか無かった。
アイドルと言う選択肢は。
この時点で、クララの人生から消えた。
親が渡してくれた貯金もロクに残っていなかった。これ以上親に金を要求する事は、クララのささやかなプライドが許さなかった。ましてや誰かに養って貰うのも嫌だった。
あてもなくガラルを彷徨いて、あっと言う間に貯金は尽きた。
もしもガラルに悪の組織。余所で有名なロケット団とかフレア団とか。そういうのがあったら、入る事を考えていたかも知れない。
だけれども、ダンデがチャンピオンになる前くらいから、そういう悪の組織の噂はぱたりと途絶えた。
ダンデが叩き潰したという噂はあった。
勿論それはとても良い事ではあるのだけれど。
余計な事をしてくれたという小さな小さな気持ちと。
タイミングを間違えていたら、今頃刑務所だったかも知れないと言う大きな恐怖が、クララの中にあった。
やがて、ポケモンが側にいることを思いだしたクララは、必死に昔捕獲免許を取るときに使った教科書を読み直した。ひょっとしたら、此方だったら活路があるかも知れない。そう考えたのだ。
ライバルが少なく。競技人口が少ない。
そう判断した、毒タイプのポケモンジムの門戸を叩いた。
判断は間違っていなかった。
事実、毒タイプを専門にするジムは多く無い。世界的にも、一流の毒ポケモン使いは多く無いと聞いている。
競争相手が少ないなら。母集団が貧弱だという事でもある。
まだクララにも勝負のしようがあるかも知れない。
だが、いきなり躓く事になった。
毒タイプのマイナーリーグジムは。文字通り、極めて閉鎖的なコミュニティで。ぞっとするほど饐えた人間関係が構築されている、文字通りの魔境だったのである。
余所の毒ジムがそうなのかは分からない。
だが、ガラルのメジャーリーグは、そもそもダンデが盛り上げて、ハイレベルな試合が行われ続けている魔境。
何しろドラゴンジムのリーダーであるキバナは、余所の地方ならチャンピオンになれる逸材だという噂で。そのキバナでさえ、氷タイプのジムリーダーメロンには一度でさえ勝てたことがないのである。チャンピオンクラスでさえ負けるジムリーダーがいるのだ。
ダンデの実力はそれ以上。
ガラルのレベルは、他地方と比べて完全に魔境。
マイナーリーグから這い上がれないジムが存在するのは、どうしようも無いことなのだとも言える。
そんな魔境から弾かれた上、捻くれて閉鎖的な環境のジムが、居心地の良い場所である筈がない。
最初から拒否の視線がクララには向けられ。
そして、初日から苛烈な虐めが始まった。
こう言う場所では、目立つ、と言う事だけが悪になる。
ましてや毒に対してそれぞれが歪んだ拘りを持っているような場所ではなおさらだ。
元々酷い目に会い続けていたことで、クララの精神は限界に近付いていて。たった二日で。毒ジムからクララは逃げ出すことになっていた。
逃げ出さなければ、虐め殺されていたかも知れない。
だが、二度目の逃走。
そして、二度目の挫折は。
あまりにも早く。
絶望を伴った。
毒ジムを逃げ出してから、クララは更に悲惨な生活を辿るようになった。
ヤドランだけを連れて、定職にも就けず、彼方此方を放浪して回った。
本来、ポケモントレーナーにはそれなりに仕事があるものだ。強いポケモンを連れていれば警備の仕事だって出来る。愛くるしいポケモンがいれば客引きだって出来る。
ガラルの経済はとても豊か。
田舎だって穏やか。
公的な落伍者への救済措置は本来いくらでもあったはず。
だが、あらゆる意味で動転してしまっていたクララには、それらの一つも思いつく事が出来なかった。
ましてや今の世界では、10歳で大人と見なされる。
二十歳になっているクララが、一人で出来ないと言う事は。
それだけどうしようも無いことを意味もする。
どんなに平和で豊かな土地でも。
こうして落伍者は出てしまうものなのである。
ちっぽけなプライドが邪魔すると言うよりも。
もはやどうして良いのか分からない、というのが実情だったのだろう。
友人がいれば、少しはマシだったのかも知れない。
だが、クララはアイドルデビューを決めたとき、近所の人間関係を全部一度リセットしてきたし。
何よりも芸能界というものは、ガラルのジムリーグ以上の魔境。
其所で信頼出来る相手なんて存在するわけもないし。
落伍者にはブリザードより冷たいのが事実だった。
かくして。絶望の帳がクララの前に降ろされた。
クララには何一つ。そう、側にいるヤドラン以外には、何も無くなった。
道路で座ってぼんやりしているうちに雪が降り出して。このまま凍死できたら楽だろうなと思っていたら。
誰かが通報したらしく、警察が来て。連れて行かれた。
もうアイドルだった頃の華やかな衣装なんて売り払ってしまって、残ってなどいない。
そこにいるのは、粗末な格好の、栄養失調の一人の小娘。
警察で色々言われた後、職業訓練校を斡旋されたけれど。とても他人とやっていく自信など無かった。困惑した警官は、生活保護の手続きについて話し始めたようだったが、ロクに聞こえなかった。
一度はアイドルを目指したのに。
誰からもちやほやされる仕事をめざしたというのに。
今は人間の目そのものが怖くなっていた。
隙を見て警察から逃げ出して、それから更に何もかもが怖くなった。
もう、警察ですら、自分を追っているのでは無いかという強迫観念に、心が鷲づかみにされていた。
何処をどう移動したのかさえ分からないうちに。
ガラルの東の港町に。確か水ジムがある街だったか。
水ジムのリーダーは美しい長身の現役モデルで。下手なアイドルなんか歯牙にも掛けない知名度の持ち主。
美貌と実力を併せ持つ、芸能界関係者ではガラル随一の有名人だった。
年も同じくらいなのに。元芸能界関係者の端くれであるクララには勝てる要素が一つとしてない。
ポケモンリーグが盛んなのだ。普通の人もポケモンの試合には興味を持つ。
その辺で野良試合をしているのを時々見るけれど。
ヤドランの実力では、幼い子供にさえ勝てそうになかった。
それくらい、クララはあらゆる意味で自信を喪失し。そして、とうとうこの地にあるレストランの裏で、ゴミ箱まで漁る生活を始めるようになっていた。
水ジムは当然のようにメジャ-リーグに所属していて。
リーダーは毎回華麗な戦いで、好成績を残していた。大きなモニターで、チャンピオンには勝てなくとも、好成績を残すジムリーダーの姿はいつも映し出され。輝いていた。
港町も綺麗に整備されていて。
荒々しい漁師達と、観光地としての整備が完全に調和していて。
クララは異物でしかなかった。
どこでだろう。いつの間にか、道場の門下生募集のチラシを手に入れていた。
ボロボロだったし、殆ど誰も見向きもしなかったのだろう。
門下生になれば、生きていく事は出来るのだろうか。
そう思って、クララはぼんやりと、そのチラシに書かれているヨロイ島というのに行く方法を考えた。
落ちている小銭を集めた。文字通り、這いつくばるようにして、その辺りで小銭を拾った。哀れそうに見る者もいたけれど、人の目を避けていつも動いた。
ぼんやりフラフラしているうちに。タクシー代だけはたまった。
路地裏で膝を抱えて座っていると。立ちんぼだったら余所へ行けと、怒鳴られたこともある。
ヤドランが盾になってくれようとしたが。そのヤドランだって、ロクに食べていないのである。人間にだって、勝てないかも知れない。
何よりも恐怖がある。警察が来ると、捕まるかも知れないという、出所が分からない恐怖が。
そう思って、何を喚いているのかもロクに聞こえない相手から、逃げるようにその場を離れるしかなかった。
気がついたらなけなしの小銭を手にして、ガラル名物であるタクシーの空輸駅に来ていた。
アーマーガアという大きな鳥ポケモン。ヤドランではとても勝ち目がなさそうな強そうなのが、何羽もいて。
退屈そうにしている運転手の姿がある。
それはそうだろう。
今はダンデも出ているガラルリーグの開催中。
このタイミングで、タクシーを利用する奴なんて、いる筈も無い。
もしも、タクシーがなかったら。
そのまま身投げしてしまおうとも思っていた。
海の中には、獰猛なポケモンだって結構棲息している。
身投げすれば、其奴らが跡形もなくクララを食い尽くしてくれるだろうとも。
だが、タクシーがいた。
今は、タクシーの運転手の目を見るのさえ怖かった。
おずおずとチラシを見せる。
タクシーの運転手は、完全にへし折れているクララに困惑したようだった。或いは酷い生活で染みついた臭いに辟易していたのかも知れない。
乗車拒否をされてもおかしくない。
いつの間にか、体臭とか、ボロの臭いとか、残飯の臭いとかも。そういうのも一切気にならなくなっていた。元アイドル志望だったのに。
昔は自分のかわいさに自信があって。身繕いも不要なほど早くから覚えたほどだったのに。
タクシーに乗せてくれた。
ヨロイ島とやらに向かうらしい。ただし、ヤドランはモンスターボールにしまうようにとも言われた。
「お嬢ちゃんよ、ヨロイ島の道場に入るのを断られたら、どうするつもりなんだよ。 あの島、金なんか稼げる場所ないぞ」
「……」
「ともかく、片道は載せてやるし、その酷い臭いについても我慢する。 だが、少しはその……身繕いとか覚えた方が良いんじゃないのか」
そんな事をタクシーの運転手は言うが。
殆ど右耳から左耳へ抜けてしまっていた。
海上に出る。関係無く、逞しい翼をはためかせてアーマーガアが飛ぶ。
此処から飛び降りたら楽に死ねるかな。
そう思っていると、タクシーの運転手が見越したように言う。
「もうつくから馬鹿な事は考えなさんな。 向こうには駅もあるし、レンジャーもいるから、最悪其奴らに相談するんだな」
見えてくる群島。
決して大きいとは言えない島と。それを取り巻くような小さな島。
灯りは存在しないが。
建物は幾つか見える。
ただし、人間の生活圏だとも思えない。時々存在する、ポケモンの方がたくさんいる地域。
ガラル本島にもあるワイルドエリアのような。
そんな、本来生身では立ち入れない場所に思えた。
駅で、なけなしの小銭を渡す。雑多な小銭ばかりだったけれど、足りた。ひょっとすると足りていなかったのかも知れないけれど。
それでも、嫌そうではあったけれど。タクシーの運転手は受け取ってくれた。
駅のレンジャーは、クララを見てぎょっとしたようだけれど。
無視して、ふらふらと歩き出す。
途中、ムカデのポケモン、フシデに出会う。成長するとペンドラーというかなり強いポケモンになるのだが。まだまだ幼体だ。ムカデと言うよりもおっきなダンゴムシ程度にしか見えない。
威嚇している。
タクシーの中ではしまっていたヤドランを出す。
見ると、島にはたくさんのポケモンがいる。此方を伺ってもいるようだ。
駅のレンジャーが、此方を見ている。
もしも殺されそうになったら割って入るつもりなのだろう。モンスターボールから出たヤドランが、緩慢ながら敵を認め。
そして襲いかかってくるフシデを、返り討ちに叩きのめす。
ギリギリだったが、何とか勝てた。
一応持っていたモンスターボールを放り投げて、フシデを捕獲。必ずしも捕まるとは限らないのだけれど。
フシデの機嫌が良かったのか。腐臭を気に入りでもしたのか。
それとも、絶妙にヤドランが弱らせてくれていたのか。
それは分からない。
そのまま、ふらふらと歩く。
夜道になったら死ぬ。それは予感として分かった。
海の方には、凶暴なことで知られるサメハダーが、気持ちよさそうに高速で泳いでいるし。
空を見れば、複数の獰猛な飛行出来るポケモンが舞っている。
人間を襲う奴だっているはずだ。夜道で一人で歩いている弱った人間なんてただのエサだ。
でも、どこに行けば良いのだろう。
道場。
そういえば、そんな事言っていたっけ。そんな話があったような気がする。
視界が歪んで、何度か転びかけた。
大慌てでヤドランが支えてくれるけれど。もう礼を言う力もロクに残っていなかった。
気がつくと、倒れていた。
周囲に人の気配がある。
まだ若々しい、でも子持ちらしい女が見下ろしている。周囲には、道着を着た連中もいる。
そういえば、道場とかいっていたっけ。此処がそうなのだろうか。
「大丈夫? 名前は言えるかしら?」
「……」
「回復技持ったポケモン連れてきてくれるかしら。 最悪の場合医者が必要だけれど」
何処か遠くで、そんなやりとりが聞こえた。
それが、クララがヨロイ島に来た日に覚えている、最後の事。
そして、此処で暮らす事になる切っ掛けとなった。
アイドルの成れの果ての。
哀れな姿でもあった。