ポケットモンスター剣盾二次創作シリーズ 作:dwwyakata@2024
この作品中での展開が、ほぼ原作通りという時点で、剣盾主人公の凄まじさがよく分かりますね。
ワイルドエリアに到着。空輸タクシーだとひとっ飛びだ。
空の王者とも言われるアーマーガアは、基本的に天敵と呼べるポケモンがおらず。圧倒的に頑強なことや、何より性質が比較的温厚で人に慣れやすいこともあり。タクシーを運ぶにはうってつけの存在である。
ワイルドエリアか。
ユウリの修行につきあって、何回か泊まり込みで来た事があるが。
そのいずれでも生きた心地がしなかった。
大木を動かすほどの衝撃的光景は見なかったが。
それでも、何度も生唾を飲み込んでしまったり、フリーズするような光景は目にした。
ユウリの手持ちのポケモンはみんな優しい子ばかりだったが。
一匹だけ血のような色をしたマホイップだけは、どういう個体なのか異常な殺気を感じたし。
そういうポケモンでもユウリは平然と受け入れている。
トレーナーとしての器なのだろう。
キャンプがあって、ユウリが手を振っている。
此処はナックルシティの手前。ナックルシティはエンジンシティやシュートシティと並ぶ、ガラルの中心都市の一つである。
此処は余所の地方でならチャンプをやれると言われる実力者、ドラゴンタイプジムリーダーのキバナさんが守りを固めている要所中の要所。
エンジンシティにはガラルのトレーナーでは大御所の一人であるカブさんがいて、守りを固めている事からも。
此処の戦略的重要性がよく分かる。
此処を潰されると、ガラルは南北に別たれてしまう。エンジンシティもそれは同じで。実力者が守りにつくのは当たり前の話だった。
どちらかといえば、古い時代。
蒸気と石炭で全てが動いていた時代の名残が強く残っているエンジンシティとくらべ。
ナックルシティは近代的な建物に混じって、古い時代のお城が残っていて、そこが丸ごとジムになっていたりと。
古きと新しきが混ざり合う場所になっている。
その入り口に、ユウリは平然と立っていて。
手練れらしいレンジャーが、何人か緊張した様子で、ナックルシティの入り口を固めていた。
レンジャーはワイルドエリアでの管理をしたり、事故などを防ぐ専門家のトレーナー。いずれもが手練れである。ワイルドエリアではかなりの数を見かけるが、危険地帯では必ずと言う程見張りをしている。これほどの人数が集まっているのは珍しい事だ。
「マリィ、ここだよここー!」
「そ、そんな大声出さなくても聞こえんね」
「恥ずかしか?」
マリィの訛りを真似されて。顔から火が出そうになる。
ユウリも悪気がないのは分かっている。マリィも気が抜けるとすぐに訛りが出るのも分かっている。
レンジャー達は聞かないフリをしていてくれて助かる。
レンジャーの一人。
ベテランらしい、相当に技量が高そうな人が聞いてくる。こういう人は以前の事故もあってかなりの人員強化と教育を受けていて、非常に強いそうだ。
「チャンプ、加勢はしないでよろしいのですか」
「うん、大丈夫。 むしろ入り口をがっちり固めていてね。 私に何かあった場合、入り口がお留守になって、ナックルシティにサンダーが乱入なんて事態だけは避けなきゃいけないから」
「……分かりました」
「大丈夫、あの程度の相手なら負けないよ。 もっとヤバイのと何度も戦って来たんだから」
軽く体を動かして、筋肉を温め始めるユウリ。
そして、ぽんとマリィは双眼鏡を渡された。凄く高そうな、ごっつい双眼鏡だ。多分ユウリが買ったのか。スポンサーが渡してきた道具の一つか。どっちにしても凄い高級品だろう。
指で示される方を双眼鏡で見る。
いた。
サンダーだ。
図鑑に載っているのとだいぶ姿が違うが、仮にも三鳥。強さは健在のようである。
今もその実力を遺憾なく発揮して、普通よりもだいぶ大きいバンギラスを仕留めて、その死骸を貪り喰っている。
ポケモンの世界にも、食物連鎖は存在している。
そしてあの鳥は、かなり強いポケモンであるバンギラスをものともせずに倒し。喰らうだけの位置にいるという事だ。
ぞくりとした。
マリィだったら、手持ちで総力戦を挑んで倒せるかどうかという所だが。
ユウリは平然としている。
「昨日確認したけれど、もうワイルドエリアを我が物顔に歩き回ってるね。 何らかの理由で三匹……三羽かな。 ともに行動を開始したみたいだけれど。 その一羽が来ているワイルドエリアには既にダンデさんにも話を通して進入禁止の通達を出してあるんだ」
「そんなに彼方此方彷徨き回ってるの?」
「多分まずはポケモンの実力を調べて、次は人間というところでしょ。 他の地方の三鳥も、都合の良い住処を見つけたら容赦なくその場にいるポケモンや人間を排除して住み着くらしいしね」
当然ナックルシティにも発電所がある。
もしもサンダーが、原種と同じように電気を好むのであれば。
ナックルシティやエンジンシティに乱入してきてもおかしくない。
そうなっては多くの犠牲が出るし。
遅いのだ。
キバナやカブならサンダーを倒せるかも知れないが。倒す間に、多くの犠牲が出ては意味がないのである。
古くからポケモンと人間は、必ずしもいつも良い関係を構築してきたわけでは無いと、昔トレーナーとしての免許を取るときに習った。
昔は戦争の道具として当たり前のように扱ってきたし。
地方によっては今でも食用にポケモンを乱獲するケースがある。
ポケモンバトルにしても、人間とポケモンの心が通じ合っているとか、本当なのかはよく分からない。
マリィはきちんと世話をするようにしているが。
他のトレーナー。特に治安が悪い地方のトレーナーがそうなのかは、甚だ怪しいと言わざるを得ないだろう。
また、伝説のポケモンがみんな理性的で話が通じる奴とは限らない。獰猛さで知られるのもいる。
そういうものだ。
自転車を出すユウリ。
嫌な予感がする。
「マリィは其所で立ち会いよろしく」
「ええと、立ち会いって……見ているだけで良いの?」
「自転車で私についてきて側で見る?」
「い、いや、いやここでいいですここがいいです」
ブンブン首を横に振るマリィと。
にっこり笑顔を浮かべるユウリ。
この自転車が、結構良い自動車と同じくらいの値段である事を、マリィは知っている。スポンサーのロゴはついていないが、その方が格好いいとユウリが言ったかららしい。自転車の色は白で、赤や白系の服を好み銀髪であるユウリとの対比が強烈だ。とはいっても、強烈なのであって、おしゃれかというとよく分からない。マリィも一応おしゃれには興味があるので、たまにもっとあった色があるのではないかと思う。
銀髪のユウリは服の彼方此方に赤と白を入れる事を好む。自転車もその延長線なのだろう。
ヘルメットとプロテクターをつけるが。
あの大木を揺らしていた様子からして、そんなものいらないような気がする。
そして、やっと右手を挙げると。
ユウリは皆を見回した。
「じゃ、行ってきます。 レンジャーの皆さんは此処の死守をお願いします。 マリィは立ち会いをよろしくね」
どういうつもりなのだろう。
目の前で繰り広げられている光景が良く理解出来ずに、こくこくと頷いていたマリィは。一応念のため、護身用にモルペコをモンスターボールから出す。
それと、殆ど同時だった。
自転車に乗ったユウリが。
そのままとんでも無い初速で爆走を開始したのである。
ワイルドエリアは起伏に富んでいて、様々なポケモンがいる。危険なのもそうでないのも。
時々ジムリーダークラスのトレーナーが修業に来る事からも分かるように。
そんなレベルのトレーナーの相手になる大物がいる、と言う事だ。
どんと、凄い音がする。ユウリが更に加速したのである。
自転車の人間による最高時速は確か時速二百キロ代で、条件が整うと三百キロを超えるとマリィは聞いた事がある。
何でも長く続く坂。世界でもごく一部にしかないような地形を使って行う競技らしいのだが。
ユウリがそれに手を出したら、軽く世界記録を更新するのでは無いのか。
モルペコが隣でフリーズしている。
マリィも怖くて人形みたいな動きでユウリに視線を戻した。
まるで放たれた矢のように、獲物を貪るサンダーに突貫していくユウリ。サンダーも気付く。
双眼鏡を覗くと、血まみれの嘴を獲物から引き抜いたサンダーは、二秒ほど驀進してくるユウリを見て固まった後、文字通り跳び上がった。
漫画みたいな跳び上がり方だった。
そうしている間も、ユウリは全力で突貫していく。
多分満面の笑みを浮かべている事だろう。
完全に恐怖に駆られたサンダーが、此方も凄まじい加速で走り出す。勿論逃げの一手である。
そうだよなあとマリィも思う。
マリィでも逃げる。
ポケモンには速度自慢が多いが、ユウリがなんと引き離され始める。だが、サンダーはいきなり加速したのだ。其所が、最初から全てコントロールしているユウリとは違う。元々地力も違うだろうし。こういう所は大きく戦いで響いてくる。
サンダーの方は体力の負担が大きいだろうなと、マリィは思ったが。
敢えて口にはしない。
そして、この場所なら。
多少速度が劣っても、ユウリにアドバンテージがある。
というのも、ユウリはこのワイルドエリアを文字通り知り尽くしている。
今では信じられないが、チャンプになった直後辺りには、スランプになった事があるらしい。
どうしてダンデに勝てたのか分からなくなり。
色々な仕事を受ける片手間に、凄まじい修行を繰り返したそうだ。
そうして今では悩みをふっきり。
ああして笑顔でサンダーを追いかけ回している訳だが。
マリィにはちょっとついて行けない世界である。
湖の角、コーナーのようになっている場所を回るユウリとサンダー。
凄まじいドリフトを掛けてコーナーのギリギリを攻めるユウリ。地形を完璧に把握しているので、クラッシュしない所を知っているのだ。
其所で一気に無駄のある走りをしていたサンダーがユウリに距離を詰められる。いつの間にか至近にまで迫られていたサンダーが、それに気付いてまた跳び上がった。なんだか悲鳴っぽいのが聞こえた気がする。
気持ちは分かるが、同情は出来ない。
彼奴を放っておいたら、どんな被害が出ていたか分からないのだから。
更に無理をして加速するサンダー。ユウリは草むらを上手に回避しながら、殆ど速度を落とさずに距離を維持。
最初から持久戦で追い詰めるつもりか。
レンジャーにも何人か双眼鏡を覗いている人がいる。
「流石にあのダンデさんを破った新星だな。 伝説のポケモンを自転車で追いかけ回してやがる」
「それも普通だったら逃げずに迎撃してくるよなああの凶暴さだったら。 あの凶暴な鳥ポケモンが逃げの一手を打つって事は、そういうことだよな……」
ぞくりとしたようで、無駄話をしていた二人が言葉を失う。
マリィも気付かない方が幸せだったのにと思ったが。
敢えて其所は指摘しなかった。
そのまま、ユウリが更に加速。
やはり無理な体力消耗が祟ったか、サンダーの速度が落ち始める。丁度マリィから見て、右から左に向け走るような形になり。
ついにユウリがサンダーに併走する。
そして、双眼鏡ごしに見えた。
ユウリが並んで走っているサンダーにウインクした。
また跳び上がり、必死に逃げるサンダーだが。もうユウリからは逃げられない。
思わず恐怖で双眼鏡を取り落とすマリィ。双眼鏡を慌ててキャッチするモルペコ。
しばらく呼吸をするのを忘れていた。
震える手で双眼鏡を受け取りながら(モルペコもブルブル震えていた)、思い出す。
そういえば、昔笑顔は威嚇の手段であって。
これから相手をブッ殺すという意味だったとか。
今なら、それが分かる気がする。
震える手で、再び双眼鏡を覗き込む。
ついに決着か。
サンダーがエンジンシティの近くにある大きな壁の際に追い詰められ、振り返った先で、ユウリが自転車からひらりと舞い降りる所だった。
ポケモンを出すユウリ。
ザシアンという、犬のような姿をしたポケモンだ。剣を口に咥えていて、とにかくとんでもなく強い。
詳細は知らないが、ユウリが持つ伝説ポケモンの一体だ。
なるほど、情け容赦なく全力で行くと言う事か。
全く息が上がっていないユウリに対して、サンダーはもう息も絶え絶え。足もブルブル震えている。
それに対して、ユウリが今モンスターボールから出したザシアンは、当然の事ながらコンディション万全、全力状態である。それもユウリが世話をしているだろうから、殆ど完璧に動けるはずだ。
それどころか、ザシアンが必要かさえ怪しいとマリィは思う。
サンダーはもう威嚇する余裕も無い様子で。
必死に左右を見回し。
そして、逃げ場もなく。
逃げる手段もないことを悟ったらしい。
こてんと横になった。
「あ、おなかだした……」
「マリィジムリーダー、どういうことですか?」
「ええと、降参と言う事です。 野生の動物にとって、ポケモンもそうですが。 勝ち目がない相手に無意味な抵抗をせず降参するという意思を示す場合、ああやっておなかを出すんですよ。 それなりに知能がある動物ほどやります」
相手がユウリではないので、必死に標準語で喋るマリィ。
もう一度双眼鏡を覗くと。丁度ユウリが、モンスターボールを放り投げて、サンダーを捕獲するところだった。
相手が悪すぎたな。
マリィはむしろ、これから血の雨を降らせかねなかったガラル三鳥の一角、サンダーに対して同情していた。
勿論無傷、疲労した様子も無くユウリが自転車で戻ってくる。ちゃりんちゃりんとベルを慣らすので、口元が引きつった。
まるでお買い物にでも行ってきました、という雰囲気である。
ユウリの時代は最低でも十数年は続くとマスタードが言っていたのを覚えている。確かにそれはそうだろう。
勝てる気がしない。
ユウリがナックルシティの入り口に戻ってくる。そして、ヘルメットやプロテクターを外し始める。
それと殆ど同時に、自転車の会社の技師らしいのが、ナックルシティの入り口まで来ていた。
頭が半分はげ上がったセールスマンと一緒だ。
ユウリにへこへこ頭を下げるセールスマン。
ユウリも笑顔のまま、自転車を会社の技師に渡している。
何やら交渉していたが。
サンダーを追うユウリをCMにして良いか、という内容らしい。
ユウリは笑顔のまま、後で見せろと言っていた。
要するに内容次第では駄目と言う事だ。
それにしても専門の技師がメンテをするのか。まああんな風に毎度使っているのだとすると。
激しく走り込んだ後は、万全に整備をしなければならないだろう。
それについてはよく分かる。
そもそもガラルのチャンプは、ダンデを例に出すまでも無く、スポンサーと色々関係が深い。
ユウリが乗り回している自転車は売り上げも好調だそうで。
そういう意味では、自転車のメーカーはユウリに頭が上がらないのだろう。
ましてや十数年はユウリの時代が続くと言われているのだ。
力関係は完全にユウリの方が上だ。
自転車の技師達が行くと、ユウリがひょいとモンスターボールを放り投げる。
出てきたのは、サンダーだ。
サンダーはユウリに怯えきっていて、出すやいなや指示に従う。
「お手」
意味はわかっているらしく、足をユウリの手に乗せるサンダー。なんというか、伝説の三鳥がいたましい姿である。
後は伏せとか色々やらされたあと。
サンダーはユウリのモンスターボールに戻る。
これは、主君に逆らう気は起きないだろう。
たまに扱いが酷いトレーナーの元からはポケモンが逃げ出すこともあるらしいと聞いているが。
あのサンダーは、絶対的な恐怖と上下関係を叩き込まれてしまった。
もはや逃げ出すなどと言うのは。
絶対に選択肢に登らないだろう。
「さて、と」
肩に手を置いて、腕をぐるぐると回すユウリ。
多分ちょっと肩が凝ったくらいの意味だろうか。
そしてスマホロトムを取りだすと、連絡を始める。連絡先の一つは、マスタードのようだった。
「分かりました。 では其方から行きますね」
通話を切る。
そして、ユウリは笑顔のまま。
マリィを見るのだった。
「マリィ、今度はヨロイ島に同行よろしく」
「ええと、立ち会いいう……」
「うん」
「わ、分かった……」
周囲のレンジャー達全員が同情の視線をマリィに向けたが。
そんなものは、何の意味もない。
同情するくらいなら助けてほしい。
マリィはそうは言えなかったし。半分涙目のまま。表情筋が死んでいる顔で、頷くしかなかった。