ポケットモンスター剣盾二次創作シリーズ 作:dwwyakata@2024
ユウリは雲一つない空を仰ぐ。カロスで、日の当たる下を歩けるとは思えなかった。
前は足を運ぶ度に狙撃されるわ、白昼堂々襲撃されるわで、とてもゆっくり周囲を歩いて回るどころではなかったのだ。まあライフル弾を手づかみでとめて見せてから、誰も狙撃はしなくなったが。
ユウリは目を細めて、ホテルの外を歩く。
人々は明るいように見える。自然も美しいように見える。町並みは良い雰囲気で美しい。
だがそれは全て偽りだった。
やっと、それは偽りではなくなろうとしている。
最大級のスキャンダルが立て続けにあった事もある。カロスの産業も経済も、何より企業の信用も大ダメージを受けた。幾つもの企業が倒産したが。その中には全く同情に値しないものも多かった。
それはそうだろう。
ユウリは無言で歩きながら、街を見て回る。
護衛なんて必要ない。
今のユウリは、十キロ四方先まで殺気を察知できる。散々実戦で鍛え続けた結果だ。
爆弾の類も存在を察知できる。
五感を磨き抜いた結果だ。
だから、この周辺に個別に潜伏したフレア団の残党はいない。そう判断出来る。
再建中のカロス警察と連絡を取る。
カロス警察も、フレア団に全てを掌握されていて。膿出しが本当に大変だった。それだけ、フレア団を創設したフラダリという人はまともだった頃には人望があって、お金も持っていたのだ。元々は本当に心優しく、貧しさや哀しみを許せない人だったらしい。
そんな人がどうして鬼畜外道に落ちたか。
ユウリも事情は聞いているが。
ユウリの手持ちで、もっとも闇深い子も、そんな経験をしている。
だから、何も言う事はなかった。
消息を絶った後、フラダリがどうなったかは知らない。もし見つけたら確保する。それだけだ。
街は落ち着きを取り戻しているように見える。
セレナはしばらく休みたいと言うことで、国際警察の施設に今はいるそうだ。カロス地方からも一度離れるそうである。
カロス地方にはあまりにも悲しい思い出がありすぎる。
それらの哀しみが分かるから、ユウリは何かをいうつもりはなかった。
たった5年。
チャンプになってからの時間だ。
ガラルに戻れば無敵のチャンプとして、アイコニックヒーローだが。
それ以外の地方では、死神として怖れられている。
潰した悪の組織の数なんて、もう覚えてもいない。
いつの間にか、叩き潰す事も完全に事務的に行うようになっていた。
狂拳に踏み込みかけている。
そう尊敬している人に指摘されたことがある。
分かっている。今も、かなり危うい所にいることも。
だから、やったことは受け止めるようにもしている。
だが、それはそれとして、心が麻痺するのも確かにある。ユウリはいつまで自分が「ヒト」でいられるか、あまり自信がなかった。
軽く見回ってから、レストランで食事にする。
国際警察から受け取った謝礼で、財産は唸るほどある。それこそ人生数百回寝て暮らせる程には。
最近は、買い物で値札を見なくなった。
善意の寄付も昔は結構していたのだが。
最近は、それも相手を念入りに調べてから行うようになっていた。
食事を終える。
周囲から、畏怖の視線が向けられている事は理解している。
誰もが知っているのだ。
そもそもフレア団の存在を知らなかったカロスの人間なんていないだろう。
その恐ろしさも。
多分、誰もが自分の世代ではどうにもできないと諦めていた。その諦めに、連中は便乗した。
そのあきらめを力尽くで粉砕したユウリは。
感謝されない。
それも理解している。
何度も悪の組織を潰していくうちに、人々の見る目が。国際警察の人間ですら。畏怖が混じるようになったのをユウリは感じていた。
今では公式試合に出るとき、スナイパーやテロ対策に、スタジアム周囲に手飼いの子を配置しているくらいである。
ユウリを狙った攻撃なんてどうにでもなる。今では、死角の近距離から撃ち込まれた対物ライフル弾でも対応できる。
怖いのは、一般の観客狙いの攻撃だ。
今も、そう。
前にカロス地方に来たときは、こういったお店に寄ることすら出来なかった。
食事を楽しんだ後は、郵送して貰った愛用の自転車で走って回る。ポケモンに関しても、カロスの個体は乱獲されていたものが多く、個体数の回復までかなり時間が掛かる者がいると言う。
幾つかの保護区を、何日か掛けて見て回る。
その間も、ユウリに対する憎悪の視線はなく。
その代わり、畏怖の視線は散々あった。
もう、畏怖の視線は別になんとも思わなくなった。やりたくてやっていることだから、何とも思わない。
嫌われる事がとてもダメージになる人もいるそうだ。
善意で行った事を、仇で返してくる人もたくさんいる。
そういうのに、いちいち怒っていてはきりがない。
ただ、ユウリは軽蔑する。
それだけである。
無言で見回りを続け、国際警察や再建中のカロス警察と連絡を取り。見回りが終わった後、ある施設に向かう。
追跡は、なしと。
今はネットワークが発達しているから、ユウリが何処かにいればすぐに噂になる。フレア団はそれを利用して、元気な頃は随分とまあ攻撃を仕掛けて来たっけ。全部返り討ちにしたが。
今は、身を隠す必要はない。
もしも、ユウリの居場所をネットで見つけて。
復讐を挑んでくる奴がいるなら、それをおびき出さなければならない。
此処にいるぞ。
そう示しながら、しばらく歩き回ったのだから。
消滅したとはいえ、まだ残党がいる可能性がある。
その残党が、もっともヘイトを向けるのはセレナ。その次がユウリだろう。国際警察の人達も狙われる可能性がある。
だから、敢えて囮として動かなければならない。
それでも追跡してくる奴はいない。
前はカロスに赴けば、十人単位で追跡してきた。そこである程度纏まった所で一網打尽にしていたのだが。それにしても、本当にいなくなったんだなと思って少しだけ心が冷ややかになった。
自転車で急ぐ。
雨が降り始めた。
無言で走り抜け、やがて街を抜けて郊外のビルに。
ここが、目的地。
まだ、この地方から連れ出せない人がいるのである。正確には、人達というべきだろうか。
ユウリがフレア団を潰すと決意した原因になった人達でもある。
ビルに入ると、すぐに人が来る。国際警察の歩哨だ。合い言葉を告げて、奧に入れて貰う。
内部には幾つも電子ロックがあって、銃火器で武装した人と、ポケモン使いがセットで見張りをしていた。
此処はトップセキュリティの施設。
下手をすると、今のカロスの政治家達が血迷うかも知れない。それに備えて、国際警察で独自に警備をしている程の場所だ。
馬鹿馬鹿しい話し合いには、ユウリも出る事になった。
カロスにとっての、地方が転覆しかねない最大のスキャンダル。
最大限の支援はするから、どうにか今は伏せてほしい。
後に二十年後か、三十年後が。
フレア団の影響力が完全に消えたときに必ず公表する。
そういって、偉いさん達がユウリに頭を下げた。情けなくて、溜息が出た。
確かにフレア団絡みのスキャンダルの発覚で、カロス製の製品などが著しくイメージを損ねたのは事実だ。
だがそれとこれとは、問題のレベルが違い過ぎるのである。
地下に入り、地下通路へ。
其処をしばらく歩いて行く。監視カメラなどと、後は国際警察で特別に訓練を受けたゴーストポケモンが配備されている。
此処のゴーストポケモンは専門のトレーナーが訓練をした個体で。
最悪の場合は、どんな手段でも外部に連絡をするようにしている。
そうでもしないと、何が起きるか分からないのである。
此処の場所も、入口を定期的に変えている始末だった。
ユウリもチャンプになって。それ以上にガラル以外の地方を回って、いわゆる派閥や体面、利害や利権というのを身を以て知った。
確かにカロスは自給自足できている訳ではなく、観光に頼っている部分も多く。豊かな地方ではあるが、全ての資源を独自にまかなえる訳でもない。全てを一度に衆目に晒したらカロスの経済は失血死する。
ただでさえ経済に噛んでいたフレア団が表向きでは無く完全に消滅した事で、混乱が起きているのだ。
銀行などは連日徹夜で仕事をしているとも聞く。
だが、それだとしても。
ユウリは、この件について。フレア団残党の全滅後、20年後までに公表しないのだったら。ユウリが自身で公表するとまで誓紙を取っている。
勿論そんなもの役に立たないだろうが。
それでも、いわゆる国璽を押してまで貰ってある。今では地方の専門印とでもいうべきなのだろうか。
フラダリが倒れた後もカロスを全ての方面から牛耳り、大人が揃ってもどうにも出来なかったフレア団を潰したも同然のユウリが。その気になればカロスを潰せる。
それは、この地方の政治家や財界人にとっては大きな脅威になっている。
勿論、暗殺の類は考えないだろうが。
追い詰められた人間が何をするか分からない事は、ユウリも身に染みて知っている。
だから。だからこそこの先にある秘密は、絶対に守りきらなければならない。
通路を抜けると、小さな部屋に出る。
そこにいるのは、まだ5歳から8歳くらいの幼い子達だ。
みんな普通だったら催眠教育も含めた初等教育を受けている時期。
10歳からは大人である今の世界でも、まだ子供と言える年の子達。優れた素質を持った子は飛び級をして、大学に通うこともあるらしいが。それでもそれは例外。
まだ体に、酷い傷が残っている子も多い。
それ以上に、心にはもっと酷い傷がついている子も多いのだ。
そう、これこそフレア団の最悪の罪業。
人体実験の犠牲者だ。
一時期フレア団は、これまた以前に極めて危険なテロに手を染めたプラズマ団という組織と関係があった。
フラダリがボスだった頃はそれもなかったらしいのだが。
フラダリが倒れた後は、その跡をついだパキラを中心に、あらゆる金儲けに手を染めるようになり。
狂気的なカルト思想に染まったプラズマ団に対して、「人間を輸出する」という手段で金を稼いでいた。
そう、人間を文字通り売っていたのだ。
此処にいる子供達は、貧富の格差が大きくなったカロスにて。親に売られたり。或いは捨てられた子供達。
プラズマ団では「ポケモンの声が聞こえる人間」を探していた時期があったそうで。その条件に合致する「N」という人を神体として祀ったそうだ。
更に、プラズマ団も人体実験をその過程で繰り返していたのだろう。
素体がほしかったそうなのだ。
フレア団は金がほしかった。
二つの邪悪な組織の利害が一致した結果。フレア団は「カロスにいらない」人間を、こうやって売り飛ばした。しかも「純粋な子供」がほしいと言う理由から、頭を考えたくもない方法で弄くりさえした。
ユウリがこの子達が収容されている施設を発見した時。そこにいた関係者全員を九殺しくらいにして国際警察にたたきこんだが。
保護したこの子達はどうにもならない。
親を発見したところで、引き取り拒否が当たり前。生きていないことだって珍しくもない。
今では、里親を探しつつ何とか医療を施しているが。
頭を直に弄くられてしまったりした場合の悪影響はどうにもならなかったし、或いは酷い暴力を受けたりして自我が消えてしまった子もいて。非常に難航していた。
険しい顔のお医者さんが来る。
かなり年配のお医者さんだが、このあまりの非道に義憤を覚えて、国際警察の中から志願して危険な仕事をしてくれている。
ユウリには険しい顔を隠さないが。
普段は出来るだけ笑顔を作って子供に接しているそうだ。
それでも、そもそも心が戻って来ない子供は多い。
子供を売り飛ばした親は、それ以上に見つからない。
結果として、今も治療は続いているのだ。
「治療の成果は出ていますか?」
「ああ、少しずつ心が戻って来ている子はいる。 だが、脳を弄くられてしまった子は、非常に厳しい状況だ」
「一度地方を解体して他の地方に統合した方が良いのでは」
「チャンプ。 気持ちはわかるが、カロスはそうするには地方として大きすぎる。 かといって地方を分割しても根本的な問題は解決しない。 このクソッタレな事をやらせたパキラとかいうカスが天罰を受けたことだけは……感謝しなければならないがな」
フレア団にはフレア団の正義があるとか抜かしていたらしいが。
その正義は金だった訳だ。
金の為にはなんでもする、か。
その結果がこれだと思うと、そんな正義を唱える奴は全員顔面を平らにしないといけないだろう。
ユウリの服の袖を掴む小さな手。
何かを訴えようとしている子は、頭を包帯で巻いたまま。片目も包帯が隠している。リネンを着たその子は、喋る事も出来ない。
何かを訴えようとして、何もできずにいる。
ユウリは根気強く腰を落として、視線を合わせる。笑顔を作る。
だが、頭が何処かで壊されてしまっているらしい。その子の視線は、虚空を彷徨うだけだった。
やがて、ふらふらと何処かに行こうとして、転んでしまう。
即座に助け起こすが。
ユウリはこうしている間も、怒りがふつふつと湧くのを感じる。
これを、醜聞だから隠せ、だ。それが大人の理屈だ。だったら大人になんかならなくていい。
パキラは今時珍しい死刑になるのが確定らしいが、そんなことはもうどうでもいい。
大きく息を吐く。
子供達を怖がらせたりしないようにするのに、もの凄く努力が必要だった。
「資金援助はしますので、お願いします」
「ああ。 此方も出来るだけの事はする。 このような事、医師としては絶対に許せない事だ」
「そういってくれる人がいるというだけで、少しだけ安心します」
「チャンプ……」
ユウリは、恐らく表情が無になっていただろう。
フレア団は潰した。
だが、取り戻せないものは幾らでもある。
それは時間が解決してくれるのだろうか。今は。それもよく分からなかった。
拠点にしているホテルに戻る。国際警察から連絡が来る。一人、状態が良い子がいるらしい。
その子は、里親が見つかっているので。もしも状況次第では、引き取って貰う予定だと。
ユウリは話を聞いた後、確認する。
「里親は信頼出来る人ですか?」
「国際警察の警官だ。 今度パルデア地方に赴任するのだが、カロスから離れるという意味でも良いかと思う」
「パルデア……」
確か、カロスとかなり近い地方だ。
何度か足を運んだことがあるが、ガラルと同じくらい民度の良い地方で、また面白い伝承もある。
中央部に巨大な穴状の地形があり、それが大きく歴史に関わっている珍しい地方であり。
ユウリも見学させて貰ったが、珍しい固有種がかなりいるようだ。
ポケモントレーナーとしては興味もある。
しかしながら、幾つか不安要素もある。
「その子と会うことは出来ますか?」
「チャンプ本人がか?」
「私があの子達が虐待されていた施設を叩き潰しました。 確認はしておきたいんです」
「……そうだったな。 わかった。 此処とは別の場所にいるから、一度、会う機会を設けよう。 それに貴方は世界中で色々な人を見て来ている。 下手な大人より、人間を見る目はあるだろう」
頷くと、後は国際警察のカロスに展開している部隊の幹部と通話して、今の内容を確約して貰う。国際警察の警官も、ユウリと話すときは畏怖が混じる。それはあまり気分は良くないが、今はそれどころではない。
国際警察だって、必ずしもクリーンな組織では無い。フレア団が強いときには、司法取引までしていたのだ。
だが、それでも今はそれと連携するしかない。どれだけ不甲斐ない組織であっても。
これが妥協だ。情けない事に、ユウリも妥協をする事がある。それは、もうどうしようもないのかも知れない。
絶対に妥協しない事もある。それも、いつまで続けられるのだろう。
通話を終えると、じっと手を見る。柔らかい女の子の手では無い。もうすっかり、戦士としての硬い手になっている。
ユウリの手は、チャンプになった後、ずっと戦闘を繰り返してきた手だ。まだまだ鍛え方が足りないとも思う。
色んな良い人に会った。
凄いと思える人にも会ってきた。
だが、それ以上に。
ユウリはこの世界で、汚いものを見過ぎたのかも知れない。だから、拳を作る時に、どうしてもぎゅっと音がする。
ガラルの友人に会うと。会う度に雰囲気が鋭くなると言われる。
そうだろうと、ユウリ自身も思う。
それは決して良い事ではない筈だ。
自身でも、良い事では無いことは分かっている。
せめて、自分で助けた人は。
不幸にはしたくない。
今、ユウリは幸せだろうか。チャンプになって、たくさんお金も持っていて。だいたいの事も出来て。
それでもこう乾いているのは、何故だろうか。
こんな風に、あの助けた子達はさせたくないな。
そう、ユウリは思うのだった。