私の人生は全てが順調だった。
裕福な家庭に生まれ、容姿、頭脳、身体能力全てにおいて才能に恵まれた。
さらに私は与えられた才能だけでは満足せず、更なる美を、更なる学を求めるべく誰に見られることの無い裏舞台で血反吐を吐くような努力を続けた。
私は結果を出し続けた。努力は私を決して裏切らない。
皆が私を称賛した。
いつしか私を妬む者さえいなくなった。
挫折? 失敗? 敗北?
あり得なかった。
確かに壁はある。
しかし、私に乗り越えられない壁は無い。それを乗り越える度に私はさらに成長する。
この世界は私が輝く為にあるのだ。
生まれ持った才能さえも、与えられるべくして与えられたのだ。
私が私である限り、常に輝かしく華やかな成功は約束されている。
そのはずだった。
しかし……、
私は死んだ。
交通事故だった。
歩道に突っ込んできた乗用車が物凄い勢いで迫ってくる光景が最後の記憶だ。
居眠り運転だったのか、飲酒運転だったのか、今となってはどうでもいい。
人とはなんと儚く脆い存在なのかしら……。
そんな想いを抱きながら私の華々しい人生は突然幕を閉じた。
しかし、それで終わらなかった。
私は別の世界の人物として生を授かった。
私という存在を無に帰すには惜しい、そう言われているようだった。
かくして私は、気付けば『巴マミ』という十三歳の少女になっていた。
見た目は、まあ悪くなかった。
美についてうるさい私が認めるのだから誇っても良い。手入れの行き届いた金色の髪、整った顔に同年代とは比較にならない体つきは、まさしく私の次の体に相応しい。地頭もかなり良いらしく、以前の私と同レベルの思考も問題無く行うことができた。
基本的に人格は元の私にあるが、巴マミとしての記憶や考え方、感性が強く私に影響を与えている。その為、これまで興味の対象外であった他人にも意識を向けるようになったのだが、それはまだいい。基本的に文句の付け所の無い巴マミだったが、一つだけ私の頭を悩ませた。……まあ、今はそれはいいわ。
さて、私の第二の人生の舞台となったこの世界だが、元々住んでいた世界とよく似ているがすぐに違うと断定する。
自分の知っている世界と地名や歴史が微妙に異なっているというのもあるが、そもそもこの世界では前世の私の存在していたことが確認できない。
そして何より……、
私が、巴マミが『魔法少女』だったからに他ならない。
あまり詳しくないが、元の世界ではアニメや漫画の空想上の存在だったと記憶している。その存在が私なのだ。といっても世界にその事実が広く知れ渡っているわけではないようだが。
魔法少女は、願いを一つ叶えてもらう代わりにソウルジェムを受け取り、魔女と戦う使命を課される。
皮肉にも巴マミも交通事故に遭って瀕死の状態になった。私と違うのは、そこで巴マミが生きるという願いを叶えてもらい、魔法少女になったことだろう。
ちなみに魔女とは呪いから生まれる存在であり、放っておくと人々に悪影響を与え、死へと誘うという。
魔法少女が魔女と戦うには魔力が必要となる。そして魔力を消費するとソウルジェムに穢れが溜まり、定期的にそれを取り除く必要があるらしい。穢れを取り除くためには魔女を倒した時に落とすグリーフシードが必要となる。仮に魔女と戦わずとも日々の生活で少しずつ穢れはたまる為、魔法少女として生きていく為には魔女と戦い、グリーフシードを必ず手に入れる必要がある。
これが魔女と戦う使命を課されるという事らしい。
魔女と命がけで戦うことに疲弊してしまう魔法少女が多いらしいが、私にとっては何ら問題無い。むしろ魔法少女になったことによってもたらされる恩恵を考えれば、素晴らしいとさえ言える。
魔法少女になったことで常人より遥かに丈夫な肉体となった。以前のように不幸によって命を落とす可能性も減るというもの。魔力を使用すれば老化さえ防ぐことができ、理論上は永遠に生きることもできるという。
つまり私はこの先永遠の時間を通じて、研鑽を重ねより完璧な存在へと昇華することができるのだ。そんな未来の自分を想像すると、歓喜で全身が震えてしまう。
その為にもやはり魔力源となるグリーフシードは重要となる。正直、魔女と戦い、日常生活を送る上でほとんど穢れは溜まらない為、グリーフシードのストックには余裕がある。しかし不測の事態は想定するべき。計画的にグリーフシードを入手するため、魔女と戦う。
それに魔女と戦う理由はもう一つある。
魔女によって困っている人を助けなければならないということ。以前の私なら弱肉強食の考えの元切り捨てていただろうが、今の私には巴マミが持っていた強い正義感がある。
まあ問題は無いわ。
私に不可能なことなんて無いのだから。
幾何学模様が描かれた薄暗い真っ赤な空。至る所に乱雑に設置された多種多様な不気味なオブジェ。外界から隔絶されたここは新たに現れた魔女の結界。
私の視線の先、開けた空間にこの世ならざる存在が蠢いていた。ドロドロに溶けた四足の獣のような見た目をしている。呪いから生まれた存在として相応しい見た目をしている。
……本当に品が無いわね。
そんな感想を思い浮かべながら、冷静に魔女を見据える。正直、手間取る敵でないと判断するが決して油断はしない。敵がどんな隠し玉を持っているか分からないからだ。とはいえ、これまでの攻防でおおよその動きは把握できた。攻めるなら今だ。
「そろそろいくわよ、佐倉さん! 隙を作ってちょうだい!」
私が力強くそう叫ぶと、魔女を挟み込むように私と反対の位置にいた佐倉杏子が長く赤い髪を翻しながら槍を勢いよく構える。
「へへ、待ってたぜ! 了解だ、マミさん! 派手に行くぜ!」
顔に笑顔を浮かべ楽しそうに答える杏子。
「魔力消費は最小限に、そして油断しないこと! いいわね!」
「分かってるって!」
そう言いながら杏子は、魔力を練り上げ自身の幻影を生み出し、魔女に接近していく。私は魔女の周囲にいる使い魔をマスケット銃で散らしながら杏子の援護を行う。杏子の幻影魔法に動揺した魔女があらぬ方向に攻撃を行い、その隙を捉えた杏子の攻撃が魔女に突き刺さる。魔女の体勢が大きく崩れた。
「今だぜ! マミさん!」
「ええ、上出来よ!」
即座に複数のリボンを作り出し、勢いよく射出し魔女に絡ませて動きを封じる。魔女に思考の余地さえ与えないように一際大きな砲台を生み出す。魔女に照準を合わせた砲台が魔力により光り輝いていく。
…………あぁ、やはりだめね。
どれだけ理性で押さえつけようとしても私と言う存在が『それ』を言えと命じてくる。
巴マミの唯一の欠点、というよりは不満。
私は全身から湧き上がってくる欲望のままに半ばヤケクソになりながら叫ぶ。
「ティロ・フィナーレ!!!」
……巴マミは中二病なのだ。
その影響を私もばっちりと引き継いでいるのである。恥ずかしいと思いつつも巴マミの影響でそれを格好いいとも思ってしまっているのが現状。現に今も、(決まった……)と謎の達成感が全身を駆け巡っている。
……はぁ、本当にこれだけは勘弁してほしいわね。
基本的に完璧な私だが、こればかりはどうにもできない。一応技名を叫ばずにも技を発動することもできるのだが、どういう理屈か技名を叫んだ方が技の威力が上がるのだ。であれば、魔力の効率面からも叫んだ方がいいというもの。……そう自分に言い聞かせている。
砲台から放たれた攻撃は狂いなく魔女に吸い込まれていき大爆発と共に魔女が絶命する。同時に周囲の空間が歪んでいき、消え失せていく。そしてあっという間に現実の世界に戻って来た。夕陽が目に染みる。
「マミさん! 今回も余裕だったな! グリーフシードもちゃんと回収したぜ!」
変身を解いてふぅと息をついていると、元気な様子で杏子がグリーフシードを嬉しそうに掲げながらこちらに駆け寄ってくる。
「マミさんってば……って顔が赤いけどどうしたんだ? というか毎回戦いの後そうなってるけどなんでなんだ?」
杏子が不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
「……お疲れ様。なんでもないわ。ちょっとした発作のようなものよ。それより今回のグリーフシードは佐倉さんが貰いなさい。そろそろ穢れが溜まってきているでしょう?」
意識を切り替えていつものように毅然とした態度で杏子にそう言う。しかし、これを聞いた杏子は心配そうにこちらを見つめてくる。
「……マミさん。ここ一、二週間くらい、グリーフシード使ってないだろう? 確かに私も穢れが溜まってきているけどさ、マミさんの方が危ないんじゃないのか?」
言われて思い返すと確かにここ最近は穢れを取っていない。その間、魔女とも何度か戦っている。しかし……、
「私は大丈夫よ。ほら、私のソウルジェムを見れば分かるでしょう?」
手の平に黄色く輝く宝石、ソウルジェムを乗せて杏子に見せる。穢れがゼロとはいかないが、もうしばらくは問題無いだろう。
「ええ! 嘘だろ? マミさんどうやってるんだ? 魔法もいっぱい使ってるのにあり得ないぞ!」
私のソウルジェムを見た杏子は、目をまん丸に開いて驚いた様子でそう聞いて来る。
「いつも言っているでしょう? 魔力を最小限にして戦っているからよ」
寧ろなぜそんなに穢れが溜まるのか聞きたいくらいである。やはり杏子はもっと研鑽が必要だろう。まだまだ魔力の使用効率が甘い部分がある。
「いやいやいや、絶対それだけじゃないだろ……。だってあのティロなんとかって大技も使ってるじゃん! あ、もしかして技名を叫ぶのが秘訣だったりするのか? なら私もやってみようかな……。いや、でも流石に……」
「佐倉さん」
「え、なに?」
「これ以上、私の技名のことについては話さないで頂戴」
顔に熱を感じつつ杏子にそう言い放つ。一瞬ぽかんとした杏子だったが私の様子を見てすぐに察したのか。
「……もしかしてマミさん、技名言うの恥ずかしいのか? ……ひょっとして毎回顔が赤くなっているのもそのせいか?」
「……」
私が黙ったことで佐倉さんは自分の推理が当たっていることを確信したらしい。
「……あ、あははは! 完璧超人のマミさんがまさかそんなことで、あはは! お、お腹が痛い!」
「佐倉さん、あなたの今日の夜ご飯は抜きよ」
涙を浮かべながら腹を抱えて馬鹿みたいに笑う杏子にそう言い捨てる。そのまま杏子に背を向けて歩き出し帰途につく。
……魔力効率を下げてでも、技名を言うのは封印しようかしら。
背後から慌てたように杏子が喚いていたが無視してその場を後にした。