部屋の窓から差し込む夕陽が私と訪問者の影を生み出し長く伸びている。重い静寂が支配するこの空間で目の前のそれは特に気にした様子も無く切り出してくる。
「やあ、マミ。久しぶりだね」
全身が白く猫のような見た目のその生物はキュゥべえ。人の言葉を話すそれは可愛らしい見た目だが発せられる声はどこまでも無機質である。その紅い瞳の奥を覗いても闇が広がるばかりで何も見えてこない。他者をなんとも思っていない、かつての私と同じ目。
「ようやく来たわね」
「……杏子はいないんだね?」
キュゥべえはこの部屋のもう一人の住民を探すようにきょろきょろしながら私の元まで歩いて来る。
「……使い魔の反応があったから対処しに行ってもらっているわ」
「なるほどね」
納得した様子のキュゥべえは私の目の前で立ち止まると改めてこちらに視線を向けてくる。空虚な瞳が私の姿を映す。
「噂は聞いているよ。出会った魔女全てに対し、傷の一つも負わずに勝利するとね。それにグリーフシードをほとんど必要としない魔力効率だとも。マミの実力は底知れないね。間違いなく現最強の魔法少女だよ。日常生活のほうでも随分と活躍しているようだね。……全く不思議なことだよ。契約した当初からは考えられないことだよ。まるで人が変わったようだ。マミの精神はもっと脆いものだt……」
「やめなさい」
キュゥべえからの賛辞など寧ろ馬鹿にされているようだ。私がキュゥべえに求めることは唯一つ。情報のみだ。
「私の前に現れたという事は”お土産”は持ってきたということでいいのよね?」
余計なお喋りは不要だとそう言い放つ。
「……そうだね。じゃあ早速本題に入ろうか。『ワルプルギスの夜』について興味深い情報が手に入ったよ」
ようやく私は真剣にキュゥべえの言葉に耳を傾ける。
私はキュゥべえに最強の魔女であると噂のワルプルギスの夜についての調査を依頼していたのだ。様々な魔法少女が噂する最強の魔女。しかし、噂はされど神出鬼没でありどこにいるのか不明、そしてその正体も謎に包まれている。そこで私はキュゥべえのネットワークに注目し、調べるよう依頼したのだ。”互い”の利害も一致し、キュゥべえはこれを快諾した。
「ワルプルギスの夜がどこにいるのかは分かったの?」
「ああ、今はまだ国外だが3週間もすればこの見滝原にやってくるはずさ」
……3週間。
キュゥべえの言葉を反芻する。まさか向こうからやってくるとは思わなかったが好都合だ。
……3週間後に確実に仕留めてみせる。
「そう。……ちなみにどうやってワルプルギスの夜の動きを予測できたのかしら?」
これは純粋な疑問だった。以前はキュゥべえもワルプルギスの夜がどこにいるのか掴めていなかったはずだが。
「それが、ワルプルギスの夜がここに来ることを予言している魔法少女がいるんだよ。その魔法少女と直接コンタクトはとれていないけどね」
ワルプルギスの夜が来ることを予言……。
魔法少女は自身の願いに関連する固有の魔法を手に入れる。未来を予言する魔法を持った魔法少女がいたとしても不思議ではない。しかし、直接コンタクトを取ったわけではないというのはどういうことか? 魔法少女を探すことくらいキュゥべえなら容易なはず。
私は無言でキュゥべえに続きを促す。
「ここ1週間くらいの話さ。色々な魔法少女からこんな話をよく聞くようになったんだ。ある黒髪の魔法少女がワルプルギスの夜のことについて情報を集めているとね。そしてその黒髪の魔法少女がワルプルギスの夜が3週間後に来ることを予言しているとね」
未来を予言する黒髪の魔法少女。少なくとも自分には心当たりは無い。
「その魔法少女とは会えなかったの?」
「それらしい魔法少女は見つけたけど近づくとすぐに殺されてしまうんだよ。個体数が減ってしまうから接触するのは今は控えているところさ。随分と嫌われているみたいだね」
私の質問にキュゥべえは首を横に振りながら応えてえくる。随分と人間臭い仕草に見えるが、見えるだけだろう。
それにしてもキュゥべえが近づくだけで殺すとはよほど強い恨みをもっているのだろう。恨みを持つ原因は容易に想像ができる。恐らく魔法少女の真の仕組みに気付いたのだろう。
「それで? その魔法少女が予言しているワルプルギスの夜の出現の日から逆算してワルプルギスの夜の位置でも割り出したってところかしら?」
「流石だね、その通りさ。半信半疑だったけどね。その魔法少女が言っていたことは正しかったということだね」
ここで私はキュゥべえがいるにも関わらず思考に耽る。
ワルプルギスの夜が来ることはいいが、少しでも情報が欲しい。負けるとは微塵も思わないが油断はしない。油断する強者など真の強者では無い。真の強者はウサギを狩る時でも全力を尽くすというもの。
……なんとかして未来を予言する魔法少女に会ってみたいところね。
その時だった。キュゥべえが放った言葉に私は意識を向けざるを得なかった。
「それともう一つ。ワルプルギスの夜とは関係ないけど素晴らしい発見があった。この見滝原に途轍もない才能……それこそマミをも上回るかもしれない魔法少女候補が見つかったよ」
「私を上回る……? それは何者かしら?」
流石の私も懐疑的な視線をキュゥべえに向ける。
私を上回るということは、歴史的偉人にも匹敵するほどの才覚を備えた存在ということになる。
あらゆる存在を虜にする絶世の美女?
それとも人類の科学力を急速に飛躍させるほどの頭脳を持つ天才?
あるいは国を揺るがすほどの絶大的なカリスマ性を誇るのか?
いずれにしてもこの見滝原にそんな人がいるとは思えない。しかし、キュゥべえが嘘を吐かないのもまた事実。
「それが不思議なことになんて事のない普通の少女なんだよ。全く以て謎だ」
益々謎は深まる。普通の少女が途轍もない魔法少女としての才能を秘めている。
……いや、世の事象は全て因果関係に基づく。必ずそこにも理由があるはずだ。ワルプルギスの夜と同様にこちらについても調査を進める必要があるようだ。
「その魔法少女候補の名前は?」
私の問いに対してやはりキュゥべえはその瞳に何も感情を映さず淡々と答えた。
「鹿目まどか、という女の子さ」
……これは一体どういうこと?
もう何度目の時間遡行だろうか? 今回もすることは変わらない。まどかを救う為に私は全力を尽くすのみ。その為に私は宿敵であるワルプルギスの夜についての情報を集めていた。勿論以前にも情報を集めていたことはあったが碌な情報は集まらなかった。今回も期待はしていなかったが、何か漏れがあったかもと手当たり次第に色々な魔法少女に当たっているのだ。それほどワルプルギスの夜は強敵であり私が追い詰められていることを意味していた。しかし、現実は無情でやはりまともな情報は集まらない。以前と全く同じ。
しかし、今回の世界は明らかに他の世界と異なる部分があった。
最初の違和感。見滝原に存在する魔女の数が圧倒的に少ないのだ。他の世界では現れたはずの魔女が現れてない、ということが多々起こった。ワルプルギスの夜戦に備えて大量のグリーフシードを確保する予定が狂ってしまった。
そして決定的な変化。
それが、巴マミだ。
はっきり言ってこの世界の巴マミは別格の存在だ。あらゆる魔法少女が口々に言うのだ。巴マミは最強の魔法少女だと。彼女がいる限り魔法少女側に敗北の二文字は無いと。あのワルプルギスの夜にも勝てるのではないかと。確かに巴マミは魔法少女の中でも実力は抜けていた。しかし、ここまで名声が広がるほどの存在では無かった。そして魔法少女以外のところでもそうだ。噂では、全国模試トップの成績に、いくつかのスポーツや芸術の分野で優秀な成績を収め、またその見た目の美しさから奇跡そのものであり、神の子とさえ言われているようだ。
以前に学校で巴マミを遠目から観察したことがあった。すぐに視線に勘付かれた為じっくりと観察できたわけではないが、確かに雰囲気が私の知っている巴マミからは随分とかけ離れていた。自信に満ち溢れ凛としたその佇まいだけでも巴マミが元来持っていたはずの精神的な脆さが無くなっているように見えた。
巴マミを仲間に引き入れることができれば……。
私がそう考えるのはごく自然なことだった。
どうしてこうなったのか理由はさっぱり分からない。
しかし、目の前のチャンスをみすみすと見逃すほど私も愚かでは無い。
まずは巴マミと接触しなければ。