……たく、マミさんも人使いが荒いよな。
今日だけで使い魔を三体も討伐させられたよ。
私一人きりでさ…………ちぇっ、一緒に手伝ってくれたらいいのにさ……。
夕陽が見滝原の街並みを赤く染める中、夕陽以上に真っ赤でポニーテールに纏められた長い髪を揺らしながら歩く少女がいた。パーカーにショートパンツといったラフな格好が妙にしっくりとくるこの少女は佐倉杏子。
……それに毎回帰った後に戦いを振り返らされて反省会をさせられるのがなあ。適当に誤魔化したり嘘を吐いたら絶対にばれるんだよな……。まあおかげで強くはなっていってるけど……
杏子はそんな愚痴を心の中で吐出しながら不満気な様子で帰宅中と思われるサラリーマンやOL、学生達が行き交う人混みの中をとぼとぼと進んでいく。
……まあでも使い魔を三体も倒したんだから多分褒めてくれるよな?
そうだよな?
……こりゃあ今日の夕食は豪勢にしてもらわないとな! 何を頼もうかな? なんでも美味しいけどな……、ハンバーグにしようかな? オムライスもいいなぁ……うーん。
そう考えた杏子は先ほどまでの不満気な様子から一転、無邪気な少女のように楽しげにあーでもないこーでもないと考えを巡らせながら足取りも軽やかに自らの住まいに進んでいく。
しかし、その時だった。
僅かに視線を感じた。明らかにこちらに意識を向けたものだ。敵意こそ感じないが観察されている。
杏子は一瞬で意識を切り替え、状況の把握に全神経を集中させる。
かつての杏子だったら即座に視線を向けてくる正体に向かっただろうが、マミの教育によって冷静に状況を確認する癖がついていた。杏子は相手に気取られないように変わらず歩きながら相手を探る。
……つけてくるな。
ストーカーの類ではない。気配を殺すのがうますぎる。少なくとも一般人ではないだろう。ということは結論は一つ。
間違いなく魔法少女だな……。
もしかして使い魔を討伐したことに不満を持つ魔法少女か……? いやでも敵意はないしな……。
杏子はしばらく考えた結果、ひとまず一般人を巻き込む可能性を考慮して人気の少ない路地裏に向かった。
しばらく歩き目的の路地裏につくとすっかりと人気が無くなりシンとした静寂が辺りを包む。太陽は既に姿を隠しており闇を孕み始めた空間で杏子はようやく立ち止まる。その手にはソウルジェムが握られており、いつでも臨戦態勢に入れるようにしている。
「……そろそろ姿を現したらどうだい? ずっとつけてきているだろう?」
杏子が落ち着いた口調でそう語り掛けると、それに答えるように杏子の背後からコツコツと足音を響かせ近づく者が一人。警戒をしつつ杏子はゆっくりと振り返る。
そこにいたのは杏子と同じくらいの年頃の少女だった。
腰まで伸びた手入れの行き届いた艶のある黒髪。整った顔立ち。将来はさぞかし美人になるだろうと素直に思った。そして彼女はマミと同じ学校の制服を身に纏っている。これに杏子は眉をひそめる。
……マミさんと同じ学校に魔法少女がいたのか? でも今まで見滝原でこんな魔法少女は見たことが無い。最近、魔法少女になったのか? いやそれにしては魔法少女としての格を感じる。間違いなくベテランの魔法少女だ。ということは最近、こちらに拠点を移した魔法少女ということだろうか。
……だとすると穏やかじゃないな。
魔法少女が自らの活動拠点を移す理由。それは魔女が持つグリーフシードを求める他無い。魔法少女にとってはグリーフシードが生命線。だからこそ拠点の縄張りは魔法少女にとって重要な意味合いを持つ。
……しかし、よりにもよってマミさんのいるこの見滝原に来るとはな。度胸だけは認めるよ。
とはいってもこれはあくまでも推測にしか過ぎない。まずは状況把握だ。
「それじゃあ私をつけていた理由を聞かせてもらおうか? ……一応言っておくけどこっちに戦う意思はない。できれば会話で済ませたいと思ってるよ」
「…………あなたは本当に佐倉杏子?」
透明な声色で帰って来たこちらの質問の答えになっていない返答に杏子は反応が一瞬遅れる。
「……は、はぁ? なんだそれ? 私は私だよ! ていうかなんで私の名前を知ってるんだよ?」
「……その反応、本当に佐倉杏子のようね。……私の知っている佐倉杏子はこれほど冷静でも穏やかでも無いはずなのだけどね。これじゃあ普通に良い女の子……」
少女は落ち着いた様子で長い黒髪をファサッとかき上げながらそんなことを言ってきた。妙にその仕草が様になっている。
……これ、私馬鹿にされてるのか?
少女の失礼な物言いに沸々と怒りが湧き上がってくるが必死にそれを抑える。
「…………よく分からないけどあんたは誰なんだよ? こっちの名前を知っているようだけど私はあんたのことを知らないよ」
そんな杏子の問いに対して、少女は何かを考えるようにじっとこちらを見つめてくる。何を考えているのかさっぱり分からない。
「私は暁美ほむらよ。そんなことよりあなたに聞きたいことがあるの」
少女は短く自分の名前を告げた後に、一方的にそんなことを言ってくる。ただでさえ楽しい気分を害されてストレスが溜まっていたところにこのほむらのマイペースな振る舞いである。イライラが加速しつつも杏子は「なんだよ」と続きを促す。
「なぜあなたはこの見滝原にいるの? あなたは風見野にいたはずよ」
ほむらの質問に杏子は訝し気な表情を浮かべる。
どうも暁美ほむらは杏子の過去を知っているようだが、それでもやはり杏子には目の前の少女と会った記憶が無い。
「……なんであんたがそれを知っているのかは分からないけどそれは昔の話さ。今はマミさんと一緒にこの見滝原を拠点に活動しているよ。今日だって見滝原の使い魔を討伐したところさ」
ここで初めて少女が驚いたような表情を浮かべた。何が彼女をさせたのか分からないが、これまでのクールな仮面を崩せたことで杏子はストレスが少し霧散していくのを感じる。
「……マミ”さん”ね。それに使い魔を討伐しているなんて。やっぱりおかしい。……やっぱりこの世界は巴マミを中心に色々とおかしい……」
ほむらは顎に手を当て杏子の存在を無視して一人でぶつぶつと呟きながら思考に耽ってしまう。ここで杏子もついに我慢の限界に達しげんなりとした様子で口を開く。
「……ほむらだっけ? 何がしたいんだよ……? もう用が無いなら私はいくぞ? 私はもう腹ペコなんだよ。……ああ、後この見滝原はマミさんがいるからここを活動拠点にはしないほうがいいと思うぜ? ……よっぽどグリーフシードに困ったら相談しにきな」
ほむらは変な奴だが敵では無いと判断し、脱力した様子で杏子はそう言い残してその場を後にしようとする。しかしすぐにそうもいかなくなる。
杏子は嫌な空気をそう遠くない場所から感じ取りすぐさまばっととある方角を向く。そしてほぼ同時にほむらも杏子と同じ動きを取る。
「……おいおいまじかよ、今日は大漁だな。ここに来て魔女の反応かよ……。たく勘弁してくれよ」
杏子はすぐにマミに状況を伝えるべくテレパシーを送るがなぜか繋がらない。いつもは絶対に応答してくるのに。くそっと愚痴をこぼしながら急ぎ考える。
杏子はマミから散々教えられてきた。使い魔相手ならいざ知らず魔女相手には絶対に単独で挑むなと。魔女の生態にはまだまだ未知の情報が多い為だ。実際その不確定要素によって多くの魔法少女が命を落としている。その危険性を杏子もよく理解している。それにこれはあのマミでさえも徹底していることだ。単独で挑む時は本当に最終手段だと決めている。
ここで杏子ははっとし、ほむらの方を見つめる。一方のほむらは杏子の視線に気づかず「このタイミング……しまった……色々と変わってしまったせいで抜けていた……」と慌てたように呟いている。何を言っているのか分からないし理解しようとする暇もない。
「おい、ほむら! 魔女だ! お前も魔法少女なら協力しろ! 早くしないと多くの人達が犠牲になる! 一緒に討伐するぞ!」
杏子が切羽詰まった様子でそうほむらに言い放つと、我に返ったほむらも杏子を見つめすぐに「分かったわ」と了承した。
ほむらのその言葉を合図に二人は同時にソウルジェムに魔力を込めて魔法少女の姿に変身した。そのまま二人は人間離れした速度で魔女の元へと駆けて行った。
「……まずいな。一般人が結界に入ってしまってるな。……二人か?」
魔女の結界の入り口の前に立った杏子は状況の深刻さに毒づきながら、槍を構えて「行くぞほむら! 絶対助けるぞ!」と叫びながら結界に飛び込んだ。
ほむらはそんな杏子を不思議そうに見つめた後、ここではない遠い世界を見つめるように視線を漂わせる。
「助ける、ね。……ええ、勿論よ。だってこの先にいるのは……」
ほむらはそう呟いた後、どこからともなく取り出したベレッタ92Fを構えながら杏子に続くように結界に飛び込んだ。
……ふーん、なんだか面白いことになっているわね。