魔女の結界特有の物理法則を無視したようなぐにゃぐにゃとした不気味な空間。そこら中に無数の薔薇が咲き乱れ無数の蝶が舞い踊っている。そんな中を二人の魔法少女が猛烈な速さで突き進んで行く。
「ほむらの戦闘スタイルはなんだ? ちなみに私は近接メインで陽動が得意だ!」
杏子が迷い込んだ一般人を探しながら相変わらず飄々とした様子で並走しているほむらにそう質問する。質問の意図は役割分担を明確にするためだ。
「……陽動が得意? あなたが? 本当に? 一応確認だけれど陽動の意味は知っているの?」
ほむらが正気かというように杏子の方を見つめる。
「おい、そりゃどういう意味だよ!? 嘘なんて言うかよ! 陽動くらい分かるって! いいからほむらの方はどうなんだよ?」
心外とばかりに憤慨する杏子に対しほむらはやはり平然とした様子で再び前に向き直る。
「……まあいいわ。私は銃火器を使った戦闘スタイルでなんでもできるわ」
「……へえ、なんでもできるとは大した自信だな。じゃあ魔女を倒せるだけの大火力を出すこともできるか? 私が魔女の気を引きつけるからさ」
「問題ないわ。ただし攻撃範囲が広いから巻き添えを食らわないようにね」
「それこそ問題ねえよ。マミさんとの連携でそのあたりは慣れているよ」
方針が決まったと同時にようやく結界に迷い込んだ二人の少女を見つけることができた。何の偶然か、二人もほむらやマミと同じ見滝原中の制服を着ている。その二人は大きな綿に髭を生やしたような使い魔に囲まれ襲われようとしていた。
「やべぇっ!? 使い魔に襲われている! それに魔女の気配が遠ざかっている……、魔法少女が二人も来たから逃げようとしてるんだな。ほむらは二人を助けてやってくれ。私は魔女を逃がさないようにする!」
この杏子の提案にほむらはなぜか迷う様子を見せる。
……なんだ? どうしたんだ?
しかし、それも一瞬のことでほむらはすぐに進行方向を変えて二人の元へと向かって行く。ほむらが一瞬見せた迷いは気がかりだがこれで一般人の安全は問題無いだろう。ぎりぎりで間に合って良かった。
……さて私も魔女を食い止めないとな!
駆け続けると魔女はすぐにみつけることができた。ゲル状の頭には赤い薔薇が咲いており、体と思しき部分には蝶の羽が生えているというなんとも醜い姿をしていた。辺りにある美しい薔薇とは対照的な見た目である。
……うぇぇ、気持ち悪い見た目だな。攻撃したら体液が飛び出して来そうだな。
魔女の見た目の気持ち悪さに杏子が引きつつ、どう攻めようかと考えるべくいったん立ち止まる。その際、足元にあった薔薇をいくつか踏みつぶしてしまう。杏子は特に気にしていなかったが、突然魔女が杏子の方に振り向き奇声をあげて襲って来た。
「……へえ、なんだ? 薔薇を踏みつぶされて怒ったのか?」
杏子は迫りくる魔女に対しても冷静さを保ちながら迎え撃つ。魔女の頭部が開きそこから先端にハサミが付いた無数の茨が飛び出してきて襲ってくる。杏子は魔力を込めて幻惑魔法を使用し、自らの分身を三人生み出し、オリジナル含めて四人となった杏子はそれぞれ別方向に攻撃を避ける。
四方向に分散した杏子に戸惑う魔女。この隙を杏子が見逃すわけが無い。今度は杏子の方が攻撃に転じる。槍を構えて四方から同時に魔女に迫る。後手を踏んだ魔女は苦し紛れに一人の杏子に攻撃を仕掛けるも攻撃が当たると同時に杏子の姿が蜃気楼のように揺れるとやがて消えた。
「残念、それは外れだよ! くらいな!」
オリジナルの杏子が繰り出した槍が魔女に突き刺さり、魔女が甲高い絶叫をあげる。魔女が痛みから杏子を巻き込むように暴れようとするが杏子はそれすらも想定内とばかりにすぐさま次の手に出る。
「大人しくしてな! すぐに楽になるさ!」
杏子の槍が意志を持つようにカチャカチャと鎖の仕込み多節棍へと変貌し、魔女の全身に纏わりつきその動きを止める。杏子はニヤリとした笑顔を浮かべると、足に力を込めて解放しその場から急速に飛びのく。
「今だほむら!! やっちまえ!!」
杏子が視線を向ける先にはいつの間にか駆け付けていたほむらがいた。ほむらはどこか釈然としない様子で杏子には見えないように左腕に装着した円盤状の盾を傾ける。次の瞬間、魔女の全身が大爆発に巻き込まれ一瞬でその命を摘み取った。
魔女が討伐されたことで周囲の空間が消失していく。そしてすっかり暗くなった見滝原の町中に戻ってくる。街灯から漏れ出る淡い光だけが自分達を包み込む。先ほどまでの騒がしさと対照的にシンとしている。夜の冷えた空気が熱くなった体に心地よい。少し遅れてキンッと金属質の音をたてながらグリーフシードが道に突き刺さった。
「すげえなほむら! あんな大火力の攻撃ができるなんて! しかもいつどうやって攻撃したのか分からなかったぞ!」
真っ先に動いたのは杏子。ほむらの元まで駆け寄り興奮気味にほむらにそう話しかける。
「ちょ、ちょっと、少し落ち着きなさい」
ぐいぐい来られることに慣れていないほむらが慌てたように杏子を引き剥がす。
「あっ、そう言えば巻き込まれた二人はどうなったんだ? 無事か?」
「それならあそこで倒れているわ。どうも恐怖で気を失ったようね」
杏子がほむらが指差す方へ視線を向けると確かに二人の少女が倒れていた。特に外傷も無く杏子はほっと胸をなでおろす。
「そうか、いやーマミさんと連絡が繋がらない時はどうしたもんかと思ったけど、うまくいってよかったよ」
心底嬉しそうにしている杏子にほむらは怪訝な瞳を向けながら少し考える。
「……今のあなたが本来のあなたの姿なのかしらね」
「え? どういうことだよ?」
きょとんとした杏子が質問する。
「……いいえ何でもないわ」
ほむらは杏子と出会った時にしたように髪をファサッとかき上げながらそう答えた。
「まあいいや、じゃあ二人で倒したしグリーフシードも二人で使うか。流石の私も今日いっぱい戦ったから多少は濁っちゃったしな」
杏子はそう言いながら道に刺さったグリーフシードを拾い上げてほむらの方に持っていく。そして一緒に使えるようにグリーフシードを少し上に掲げて「ほら、ほむらもソウルジェム出せよ」と言う。しかしほむらは動かず代わりに質問する。
「……あの程度の魔女ならあなた一人で討伐できたんじゃないのかしら? わざわざ私がとどめをささなくても……。まるで私もグリーh」
「杏子だ」
「え?」
「私の名前は杏子だよ、知ってるんだろ? あなたじゃなくて杏子って呼んでくれよ、一緒に戦った仲だろ? 私もほむらって呼ぶからさ、もう呼んでるけど」
戸惑うほむらに杏子の真っすぐな視線が刺さる。「え、いや……」とほむらは戸惑うも、動揺を振り切るように瞳を閉じ少し息を吸う。そしてまた瞳をゆっくりと開く。その表情には戸惑いは残っていなかった。
「呼び方なんてどうでもいいでしょう?」
「まったく、つれないな……。じゃあはい、グリーフシードを一緒に使うぞ」
不服そうにそう言った杏子は改めてグリーフシードを掲げてくる。
「……」
ほむらは何か諦めたように大人しくソウルジェムを取り出し濁りをグリーフシードに吸収させた。ほむらは綺麗になったソウルジェムをしばらく見つめた後、再び杏子に顔を向ける。
「……聞きたいことがあるわ。あなた、幻惑魔法なんて使えるの?」
「ああ、そうだよ。あれが私の固有魔法だよ。結構役に立つんだぜ? ……あっ!」
ほむらの質問に答える杏子だったが唐突に何かを思い出したように叫び出す。
「……どうしたのよ急に大きな声を出して」
すると杏子は内緒話をするように口に手を添えて少し顔をこちらに近づけてくる。杏子の意図が分からず不思議がるほむらだが、何を言われるのかが気になり杏子の言葉を待つ。
「いや、いい機会だから聞かせてほしいんだけどさ。私の分身したように見せる魔法あっただろう?」
杏子が小声で話すものでほむらも少し顔を杏子に傾けながら「……ええ」と応じる。杏子がごくりと喉を鳴らし口を開く。
「…………あれに『ロッソ・ファンタズマ』って名前を付けるって聞いたらどう思う?」
「佐倉さんと一緒にいるあの子が例の魔法少女で間違いないかしら?」
商業ビルの屋上から杏子達を観察していたマミが一緒に付いて来ていたキュゥべえに尋ねる。
「ああ、間違いないよ」
キュゥべえの返答にマミは改めて黒髪の女の子を見つめる。夜になっており視界が悪いが魔力で強化したマミには関係ない。キュゥべえも特に問題ないらしい。
「あの子、確か一つ下の学年で転校してきた子ね。名前は確か……暁美ほむら」
「知っているのかい? ああ、そう言えばマミと同じ学校の制服を着ているね。……それにしても杏子と一緒だったとはいえ、魔女を退治したというのに特に消耗している様子も無いね。それなりの実力を持つ魔法少女ということだね」
このキュゥべえの言葉に疑問を持つ。まさか……。
「……キュゥべえ、もしかしてあの子のことを知らないの?」
「ああ知らないね。間違いなく暁美ほむらは魔法少女だが僕が彼女と契約した覚えは無いね」
魔法少女は必ずキュゥべえと契約する必要がある。しかしキュゥべえはその記憶が無いと言う。キュゥべえとも長い間付き合いだから分かる。キュゥべえは一度話したり経験したことを決して忘れないし、嘘もつかない。つまり今の状況は基本的には不可解な状況である。しかしあり得ない話では無い。魔法少女は魔法少女になる対価として願い事を叶えてもらうことができるが、その願い事によってはキュゥべえの記憶を改竄することにも繋がる。極端なことを言えば、他人から自分のことに関する記憶を全て消してほしいと願えば今の状況は生まれるだろう。
しかしここでポイントになるのが、暁美ほむらが未来を予言しているということ。未来を予言することは必ずその魔法少女の願い事もしくは固有の魔法と関連しているはず。今の状況を生み出す方法はいくつか思いつくが情報が少なく断定はできない。やはり直接会って話を聞く必要があるだろう。
……それにしても佐倉さんが接触していたのは想定外だったわね。
それにある程度打ち解けているようにも見える。それはこちらにとっても好都合であるが。
「……しかし、まさかあの子もいるとはね」
思考しているとキュゥべえが妙なことを言い出した。
「あの子って?」
「鹿目まどかさ。ほら、あそこで倒れている二人の内の一人。ピンク色の髪の毛の子さ」
キュゥべえに言われて視線を移す。確かに髪色がピンク色の女の子が倒れている。やはりとても自分以上の魔法少女としての才能を秘めているようには見えない。しかし、私が気にかけていた二人が一緒にいるなんて偶然なのか。どうしてもそこになにかしらの繋がりを感じてしまう。
「……これ以上観察をしていても得られるものは無さそうね。どんな会話をしているのかは流石に分からないしね」
「行くのかい?」
「勿論よ」
そう言ってビルから飛び降りようとすると自分も付いてくる気なのかキュゥべえが肩に乗って来た。私はそのままビルから飛び降りた。
「………………は?」
杏子の質問の意図が分からずほむらの間抜けな声が響く。
「いや、だから分身の魔法を使う時に『ロッソ・ファンタズマ』!って叫びながら発動させたらどう思う? ……っておい、なんだよその残念なものを見る目は? おい引くな!! やめろ!!」
杏子が必死に説明をしている間にほむらが気の毒なものを見る目で杏子を見つめ始めた為、杏子が慌てだしたのだ。しかしすぐに杏子は納得したようにふぅと息を吐く。
「……やっぱりそんな反応になるよな。……いくらマミさんがああ言っててもなあ」
「どういうことよ? 巴マミが何か関係あるの?」
杏子がぶつぶつとそんなことを呟く言葉の中にマミの名前があがり気になったほむらが質問する。
「いやな、マミさんがよく言うんだよ。技名をつけることで技の威力や精度が上がるって、そして魔力消費量も節約できるって……。確かにマミさんが技名を言って魔法を使う時はどれも凄まじい威力なんだよな。ちなみに『ロッソ・ファンタズマ』もマミさんが命名したんだよ。これを言えば効率よく戦えるわよってな……、まだ言ったことないけど」
「……なるほど、そういう事ね。『ロッソ・ファンタズマ』を巴マミがね……」
「ああ、なんか赤い幽霊って意味らしいよ」
「………………そう」
そこまで話したところで謎の沈黙が二人の間にのしかかる。その沈黙を破ったのは意外にもほむらだった。
「じゃあ今ここでやればいいじゃない。ちょうど技名を言わずに発動させた時もさっき見たし比較してあげるわ。本当にそれで魔法を強化できるなら私も興味があるわ」
クールな様子でほむらが杏子にそう言い放つ。
「は、はぁっ!? 今ここでか?」
「ええ、人気も無いし問題無いわ」
「いや……でもなあ……」
「もし本当に威力や魔力の効率面でメリットがあるならばあなたにとっても有益なはずよ」
「…………分かったよ。その代わり絶対に笑うなよ?」
「…………ええ、約束するわ」
「なんか間があったな……。まあいいか。私も気になってたのは事実だしこれをいい機会だと思うか……」
杏子は諦めたようにそう言うと、ほむらから少し距離を取るべく歩き出す。やがて立ち止まると、ほむらのほうに向きなおる。
やはり恥ずかしいのか杏子の頬は少し桜色に染まっている。それでも杏子は意を決したように瞳を閉じて深呼吸をすると魔力を練り込むために集中する。
「じゃあいくぞ……?」
「言っておくけど全力でしなさいよ?」
「……分かってるよ」
「そう、じゃあいつでもどうぞ」
ほむらの返答と同時に杏子は意を決し瞳をかっと開いて叫ぶ。
「うおおおおっ! 『ロッソ・ファンタズマ』!!!」
杏子の力強い魂の叫びと同時に杏子の分身が三人現れて合計四人になる。
そして見つめ合う杏子とほむら。
「「「「………」」」」
「…………」
しばらく沈黙が二人の間に立ち込める。そしてまたもそれを破ったのはほむらだった。
「…………ふっ、滑稽ね」
「あああああ!!!」
ほむらの鼻で笑いながらの言葉に杏子が顔を真っ赤にしてその場に崩れ落ちて絶叫をあげる。杏子の精神が大きく乱れた為か分身体も霧散してしまった。
「……さて、見ていた結果だけど、大して魔力効率も精度も変化は無いように思えたわ」
「あああもうっ! そんなの言われなくても分かってるよ! 冷静に分析するな!
く、くそおお、こんなのただただ恥ずかしいだけじゃないか! ていうかほむら笑わないって言ったのに笑っただろう!!」
相変わらず顔真っ赤で涙目で恨めしそうにほむらを睨みつける杏子。
「笑ってないわ」
「うそつけ!! ああ、もう! く、くっそお、マミさん恨むぜ……」
「あら? 誰を恨むって?」
自信に満ち凛とした声がこの夜の世界を照らすように響く。同時に杏子が固まり急速に青ざめていく。ほむらも接近に気付かなかったのか驚きつつも警戒態勢に入る。
「なんだか盛り上がっているようだから私も混ぜてもらえないかしら?」
堂々とした足取りで近づきながら巴マミは誰もが見惚れるような笑顔を浮かべて二人を見つめる。