一面に広がる灰色の空。
無数の瓦礫をはじめとし、莫大な質量をもつビル群が宙に浮かぶ。
この世ならざる世界の中心にそれはいた。
ワルプルギスの夜。
世に災厄をもたらす最強の魔女。
何重にも重ねられた巨大な歯車、それを包むスカートのような衣装。人型に見えなくもないそれは狂ったように嗤う。
それに立ち向かう一人の少女がいた。
しかし、少女はあまりにも小さく儚い。
魔法少女でない自分にだってわかる。
そのあまりの戦力差を。
このままではいずれ少女は死んでしまう。
こんな絶望的な運命をひっくり返す方法が唯一つだけある。
そう、目の前の存在が囁く。
願い事を口にしろと囁く。
ただ淡々と。
それでも少女は、ボロボロになりながらも耳を貸すなと懇願してくる。悲痛なほどに。
魔法少女の運命はこの目で嫌と言うほど見て来た。
大切な人を失ってきた。
私が魔法少女になればきっと私も……。
少女はそんな私を見て悲しむのだろうか。
しかしそれでも……。
迷っている暇は無い。
弱った少女に追撃の手が及ぼうとしている。
……どうしてこうなっちゃったのかな。
走馬灯のように流れるこの一カ月の記憶を振り返る。
何度も痛感してきた。
この世の理不尽さを。
なぜ優しい心を持つ者が、他人を思いやれる心を持つ者が、そして正義の心を持つ者が不幸になるのか。
私は呪う。
人の役に立ちたい……救済したいと想いつつ何もできなかった己の無力さを。愚かさを。
絶望が押し寄せる中、
ふと思い出す。
この一カ月、私が最初に見た希望の光を。
ぐちゃぐちゃになった感情を抱きながら私はキュゥべえに向き直る。
そして私はただ一言、願いを告げる。
突然意識が覚醒し、瞳を見開く。
見慣れた天井が視界に飛び込んでくる。いつものベッド、いつもの部屋。カーテンの隙間からは陽の光が室内に漏れ入っている。
全身は汗だくで動悸も激しい。
「ま、またあの夢……。夢落ち…………本当に夢?」
乾いた声でそう呟く。
以前、夢を見た時よりもその内容を鮮明に覚えている。
……ほむらちゃん。
夢の中で恐ろしい化け物と戦っていたのは確かにほむらちゃんだった。
そして昨日。
私が不思議な世界で意識を失いかける直前、ほむらちゃんの姿を見た気がする。その時のほむらちゃんは、夢の世界で見た姿と同じ格好だった。
転校してきたばかりの美少女。しかし、なぜか私に対してだけ不思議な対応を見せる。
……どういうこと? これは唯の夢じゃないの?
私はもやもやした気持ちを忘れるように、起き上がり支度をし、学校に向かった。
「……ねえねえ、まどか。昨日のこと、絶対夢なんかじゃないよね?」
親友二人と合流した私は、仁美ちゃんから隠れるようにさやかちゃんがそう小声で質問してくる。
いつも元気で明るいさやかちゃんだが、その表情は険しい。訳が分からないまま危険な目にあったにもかかわらず周囲の誰にもそれを信じてもらえない。そんな状況に苛立っている様子だ。
実際、私も学校で貧血で倒れてしまい家に運ばれたことになっているらしい。そのように、私を家に運んでくれた少女が親に説明したらしい。親はそのことを不自然なほど何の疑問も持たず信じていた。
私は親に昨日起きたことをそのまま説明したが、疲れていて悪夢でも見たのだろうと言われてしまった。
しかしさやかちゃんも昨日のことははっきり覚えているらしく、悪夢で無い事は明白。
「……うん。二人して同じ夢を見るはずもないしね」
私も仁美ちゃんに聞こえないように小声で答える。
「そうだよね。……それに昨日見たんだよね。私を家に送り届けてくれた人、赤い髪の子だった。あんな子、学校にはいない。絶対に何か裏があるはずだよ」
そう言いながらさやかちゃんは「うーん」と考えている。
そんなさやかちゃんにほむらちゃんのことを聞いてみる。
「ねえねえ、さやかちゃん。昨日私達を助けてくれたのってほむらちゃんだよね?」
「え? それって転校生のこと? ……さあ、私はもう気を失ってたから。でもどうしてそこで転校生が出てくるのさ? さらにキャラを追加する気ってこと?」
残念ながらさやかちゃんは分からないらしい。本人に聞く訳にもいかない。
「二人とも、先ほどからどうしたのですか? ……一緒にいるのに内緒話していると嫉妬してしまいますわ」
私たちがコソコソと話していることは仁美ちゃんにはとっくにばれていたらしい。不機嫌そうに頬を膨らませ、こちらを見つめてくる。それでも綺麗に見えるのだから、美人はいいななんて思ってしまう。
さやかちゃんが「……いや~、これはさ~、なんというか……」と苦し紛れに言い訳しようとしている時だった。
突然、周囲の同じように登校していた多くの生徒達がざわざわしだした。不思議に思い、生徒たちの視線の先を追うとすぐに理解した。
……ほむらちゃん!?
私達の元までまっすぐに堂々とした足取りで歩いて来るほむらちゃんがいた。相変わらず氷のような無表情であり、手入れの行き届いた黒髪を靡かせながら歩いて来る姿は画になる。周囲の生徒達も男女問わず目の前の美少女に見惚れている。
「て、転校生?」
しかしさやかちゃんだけは警戒した様子で私を守るように目の前に立ってくれる。ほむらちゃんの私に対する態度がおかしいことを相談していた為、守ろうとしてくれているのだろう。
ほむらちゃんが私たちの目の前に立つ。仁美ちゃんは何が起きているのか分からずオロオロしている。
ほむらちゃんは、髪をファサッとかき上げる。
「おはよう、鹿目さん。それに美樹さんに志筑さんも」
そう、鉄仮面を脱ぎ捨て優しく微笑みながら挨拶をした。
静寂が周囲を襲う。
同時に私の思考も停止する。
一瞬早く、さやかちゃんがわなわなと震えながら、
「…………こ、これが、ギャップ萌え……か」
と小さく呟いた。
次の瞬間、周囲がわっと盛り上がる。
「今の暁美さんの表情見たか!?」
「あ、ああ、笑ったぞ。凄く穏やかに……」
「……素敵」
「無表情な姿もいいけど、なんだあれは!? まるで天使だ!」
「……俺、告白しよう」
などとただでさえ人気のあったほむらちゃんの株がさらに青天井に上がっていく。
ほむらちゃんは微笑を携えたままゆっくりと私とさやかちゃんの元まで歩み寄ってくると、その小さな顔を近づけてくる。
私は思わずどきっとし固まってしまう。さやかちゃんでさえ完全に硬直している。
そのままほむらちゃんは私達の耳元まで顔を近づけて来る。ほむらちゃんの温かい吐息が耳にかかり、緊張してしまう。それになんだか良い香りがする。
「急にごめんなさい。昨日、あなた達に起きたことを説明するわ。だから放課後、――というカフェまで来て頂戴。色々混乱していると思うけれど全て説明させてもらうわ。……後、このことはあまり他言しないでもらえると助かるわ」
周囲に聞こえないようにそう耳打ちしてくる。
その言葉に私ははっとする。
やっぱり、ほむらちゃんは昨日いたんだ。
でもこの変わりようは……?
「……鹿目さん? どうしたの? 大丈夫?」
考え事をしていた私がその言葉に我に返るとほむらちゃんの顔が目の前にあった。心配そうに私を見つめるほむらちゃん。その距離があまりにも近く心臓が跳ねあがる。
「わ、わぁっ! あ、ええと、う、うん、大丈夫。ちょっと頭痛がしただけ。でも一瞬だし、もう大丈夫だよ!」
思い切りのけ反りながら顔が熱くなるのを感じながらなんとかそう答える。
「……そう? 無理しないでね。体調が悪くなったら言って頂戴。今度は私が保健室に連れて行ってあげるからね」
慌てる私に対し、ほむらちゃんの表情はやはり柔らかく優しさに溢れていた。しかし、それでいて自信に満ち凛としたその姿から大きな頼もしさがあった。今のほむらちゃんにならなんでも相談できるかも。素直にそう思った。
前はちょっと怖いと思ったけど……。
そんなこんなで私達は放課後にほむらちゃんと会うことになった。ほむらちゃんを警戒していたさやかちゃんも特に反対することは無かった。
「転校生に言われたカフェってここだよね?」
「うん。合ってるよ」
放課後、私とさやかちゃんは指定されたカフェにやって来ていた。仁美ちゃんに用事があったのは不幸中の幸いだった。結局、仁美ちゃんには昨日のことは秘密にしている。罪悪感はあるが、あまりに非現実的な事象であり、とりあえず今日話を聞いてから色々と判断しようという事にさやかちゃんと話し合って決まった。ほむらちゃんも秘密にしてと言っていたし。
早速私達は中に入った。
入ると同じくらいの年頃の女の子の店員がどこか気だるげな様子で「何名様ですか?」と歩み寄りながら質問してくる。目の下に隈があったから眠いのかもしれない。
「鹿目さん、美樹さん、こっちよ」
声がした方を見た瞬間、さやかちゃんが「え!?」と大きな声を上げる。突然のさやかちゃんの叫びに店員さんも驚いている。しかし、私もさやかちゃんと同じ理由で驚く。
それもそのはず。
視線の先にほむらちゃんがいたのは予想通り。しかしもう一人同じ席に予想外の人物がいたからだ。
「と、ととと、巴先輩!?」
そう。視線の先にいたのは見滝原で知らない人はいないほどの有名人、巴マミさんだった。ただカフェで座っている。それだけのことなのに驚くほど画になっている。巴さんは私達に気付くとにこっと笑顔を投げかけてくれる。
「や、やっば! ど、どどどしよう? 巴さんがいるなんて……。わ、私心の準備がががが」
さやかちゃんが慌てふためいてしまう。無理も無い。さやかちゃんは以前から巴先輩の大ファンだ。私も何度巴先輩のエピソードを聞かされたか。
かく言う私も一気に緊張してきた。学校の1、2を争う美人二人と同席するなんて……。
しかしよく見ると同じ席にもう一人、ポニーテールの赤い髪の少女がいた。少女は制服でなくパーカーにショートパンツ姿であり、コーヒーカップを傾け一口飲み「うえ、苦っ……」と言い、砂糖を入れていた。不思議なことだがその子とどこかで会ったことがあるような気がした。
案内された席は他の席とは離れており、これなら会話を聞かれる心配もなさそうだ。敢えてこの席を選んだのだろう。
「はじめまして、私は巴マミ。今日は私から昨日あなた達に起きたことを説明させてもらうわね」
席に着いた私達にまず、巴先輩がそう言いながら挨拶してくれる。
「こ、ここここちらこそ! 私は美樹さやかです! と、巴さんの大ファンです! あ、握手してください!」
いち早くさやかちゃんがガタッと立ち上がり両手を巴先輩に伸ばしている。巴先輩は慣れているのか、「ふふ、ありがとう」と握手に応じている。一つ上の先輩とは思えない程余裕があってかっこいいなと思う。さやかちゃんが夢中になる理由も分かる。
「あ、えと。私は鹿目まどかと言います」
「か、感激……。もう手を洗わないでおこう」と言うさやかちゃんの次に私も挨拶をする。
すると、じっと巴さんが私の瞳を見つめてきた。しかしそれも一瞬のこと。
「ええ、よろしくね。鹿目さん」
と、世の男性を虜にするような笑顔を浮かべて応じてくれる。
「そして隣にいるのが佐倉杏子さんよ」
「……ん、よろしくな! と言っても私はほとんど口を挟まないと思うけど。今日はどっちかと言うとほむらとマミさんの戦いを見に来たからな」
佐倉さんは元気よくそう言う。
……え? 戦うってどういうこと……?
「え?戦うって?」
先ほどまで興奮気味だったさやかちゃんも流石に戸惑う様子を見せる。そんな様子を見てほむらちゃんは、「……はぁ」とため息を吐くと、
「杏子……、あなたは少し黙っててね。ややこしくなるわ」
「わ、わるかったよ」
なぜか照れくさそうに反応した佐倉さんはそう言いながらも大人しく黙る。名前を呼ばれた時に嬉しそうに反応しているようだった。
「さて、それじゃあ説明させてもらうわね」
巴さんのその言葉にほむらちゃんが少し緊張した様子をみせる。
巴さんはそんなほむらちゃんの様子に気付き、安心しろと言うように肩に手を置いた後に、私達に昨日起きたことの説明を始めるのだった。
……この二人が鹿目まどかさんに美樹さやかさんね。
暁美さんから二人のことは詳しく聞いた。
暁美さんは二人に魔法少女や魔女のことについて教えるべきでないと考えているようだ。しかし、それは違う。キュゥべえに目をつけられた時点でいずれ知ることになってしまう。昨日のことで恐らくキュゥべえは鹿目さんだけでなく、美樹さんにも魔法少女の素質があることを見抜いているだろう。キュゥべえが二人に契約を迫るのは時間の問題。
それならば、こちらから魔法少女や魔女について丁寧に説明してあげる方がいい。キュゥべえは都合のいいことだけしか説明しないからだ。しっかりキュゥべえに質問を重ねて深堀していけば魔法少女になることによる(私以外にとっての)デメリットにも気付くだろうが、中学生の女の子がそこまで注意深く対応するのはよほど頭が切れる子でないと不可能だろう。
難しいのは真実を知った後の二人のフォロー。暁美さんは別の時間軸でこれがうまくいかず失敗したと言っていた。特に魔法少女としての異次元の素質を持つ鹿目さんの影響は計り知れない。鹿目さんはその優しい心で以て様々な救済を願い、魔法少女になってきたという。鹿目さんが真実を知った上でどう動こうとするかで事態は大きく変わってくる。
だが鹿目さんがどんな選択をとろうと、フォローするだけのこと。
そのためにもまずは鹿目さんという人物を直接関わりよく知っていく必要がある。鹿目さんが救済という願いに込める想いが何かを正確に把握する必要がある。
美樹さやかさん、彼女については気になる点がある。
美樹さんはどの時間軸でも上条恭介の腕を治すという願いの対価として魔法少女になったという。
しかし、この世界で上条恭介は健全だ。
上条恭介は知っている。天才バイオリニストだ。
以前、私もコンサートで彼の演奏を聞いたことがある。
彼の実力は本物だ。そんな天才と同じ学校に通えているのは自分としても嬉しいと思っている。
暁美さんの話では、本来彼は交通事故に遭い、腕が動かなくなるのだという。
本来の流れから変わってしまった要因は私だ。以前、事故に遭いそうな車を魔法を使い回避させたのだ。そこに上条恭介がいたと記憶している。
この状況下で美樹さんがどう動くか。
だが何も問題無い。
問題が起きてもいつも通り解決すればいい。
沢山の感想ありがとうございます。
誤字報告、評価もありがとうございます。