Lion Heart   作:めんりん

2 / 3
獅子の暗躍 前編

 

 

 

 

それほど遠くはない、昔の話。

 

地球圏に存在する凡そ人類の居住圏の全土を巻き込む大規模な戦争があった。

 

長年に及び続けた先進国同士の冷戦、植民地化されていた周辺諸国の反発、各国を悩ませていた深刻な資源と労働力不足等々。

 

燻り続けていた大戦の火が、ひょんな拍子でどこかの導火線に触れてしまった。それが何だったのかは、今になっては歴史の闇に消えたと言う他ないけれど。

 

これまではあらゆる手を使い、水面下で互いの腹を探り合うことに終始していた大国同士が、その時を境に全面対決に臨んだのだ。

 

飛び交うものが権謀術数から鉛玉と爆撃になった途端、世界はそれまでとは全くちがうものへと変貌を遂げた。

 

大国同士の怪獣大戦の陰で、長らく植民地として痛みと屈辱に耐えていた周辺諸国が一斉に蜂起し、さらには大戦と植民地の漁夫の利を狙おうとする第四、第五以降の勢力の参戦によって、大戦の規模は真水に墨汁を垂らすかのような勢いで広がっていた。

 

自国の周りは全て敵。世界中で八方塞がりに陥る国が続出し、いつしか戦争の形は大国同士の怪獣大戦から、世界各地で終わらない小中規模の縄張り争いへと移り変わっていく。

 

勝っても負けても終わらぬ睨み合い。東で勝てば西で負け、北で負けても南で勝つ。互いにただ人命と国力を消費し合い、やっとの思いで進出した敵領地はスクラップと死体の集積場。

 

そんな進んでも下がっても地獄の戦場に、彼女はいた。

 

小国ながら先進国に区分される旧帝国と呼ばれる国軍の将兵として、彼女は兵士(捨て駒)となり終わらない戦いの中に身を置いていた。

 

当時の彼女は、異常なまでに燻っていた。誰よりも優れた力がありながら、それを振るう理由が見つからず。どんなに戦おうと終わりは見えず、ただただ隣にいた誰かが死体になる日々の繰り返し。

 

戦地でどれほど兵が死のうが、互いの利権のために足の引っ張り合いをやめない腐った上層部。戦時下だというのに男尊女卑なんて何の役にも立たない先入観を捨てられない指揮官とそこに疑問を抱かない同隊の連中。

 

だがそれらに対して苛立ち以上の何かを覚えたのかと言われればそうではなく。

 

せめて本土に生きる家族を守るため、湧き上がる理由のない怒りに身を焦がしながら、彼女はひたすら重みの感じなくなった引き金を引き続けた。

 

ただ殺すために奪い、奪うためには殺した。

 

自分と同じく祖国を守らんとする敵兵士には小銃の鉛玉を雨の如く浴びせて身体をミンチにした。

 

森林に隠れてゲリラ戦法に持ち込んだ植民地のレジスタンスの全員を、拳銃一つと肉体だけで全員を血祭りにあげて森の養分に変えた。

 

装甲車に乗り込み、戦車砲で人の形をした肉塊を吹き飛ばし、悲鳴を上げて逃げる奴らは追いかけてキャタピラで根こそぎ轢き潰した。

 

長距離狙撃ライフルを使って、今から自分たちが死ぬなど微塵も考えていない敵兵士全員の眉間と顳顬に風穴を開けた。

 

迫撃砲を用いて、ただの一度の反撃も許さずに敵ベースキャンプを跡形もなく吹き飛ばした。

 

馬鹿の一つ覚えのように突撃しか能のない上官は躊躇いもなく始末したし、地雷で手足を欠損し部隊の重荷になった仲間の即時処分は当たり前。

 

捉えた捕虜から情報を引き出すために、森林由来の危険生物や昆虫を使い、全身を腫れあとだらけにしてから鉛玉をぶち込んだことは数多ある。

 

 

何でもした、誰でも殺した。ただ自らの衝動のままに、獣のように本能に任せて敵を殺し続けた。

 

そうして、延々と終わらぬ悪夢を彷徨い歩いたある日、彼女の戦いは突如として終わりを告げた。

 

世界全土が限りある資源と人命を賭して続けていた意地の張り合いは、比較的余力を残していた大国同士が停戦をしたことで次第に休息していくこととなり、その先駆けの一国となったのが彼女の祖国だったのだ。

 

無論、余力というのはあくまで国力を数字としてしか見たことのないお偉い型の視点であり、リアルタイムで地獄の真っ只中にいた現場の彼女達にとっては、常に死はルームメイトよりは身近な存在であった。

 

停戦の流れが世界各国に広まり、国際的な平和条約が結ばれようとした最中に、彼女は実に数年ぶりに祖国の、故郷の土を踏んでいた。

 

蒸気列車に揺られ、表情を失った仲間たちとともに、ひたすらに到着を待った。そこで必ず、最愛の家族に再会できると信じていた。

 

だが、彼女のその願いは、あらゆる意味で裏切られることとなる。

 

列車が駅に到着した途端、車内にいた兵隊たちは我先にと出口に駆け込み車内を後にした。そんな足早な波から一拍以上置いて、彼女は自身の内にある衝動に抗い、その場の誰よりもゆっくりと席を立ち、車内を後にした。

 

戦地では、その活躍から最強、英雄とすら讃えられた自分の凱旋だ。母国の勝利と、自身の帰還に両親と兄姉はきっと喜んでくれる。期待に胸を膨らませ、いざ彼女は列車の外に躍り出た。

 

だが、そこで彼女を待ち受けていたものは、あまりに残酷で、あまりに当たり前の結末だった。

 

踊る心を抑え、数年ぶりに再会する両親や歳の離れた兄妹の顔を思い浮かべて駅に降り立った彼女を迎えたのはーーーーーーーーー

 

 

 

何も、なかった。

 

 

大戦の英雄を讃える拍手喝采でもなければ、悪人に浴びせられる罵詈雑言や投石でもなく、再会した家族からの温かい抱擁でもなく。

 

 

何も、何も、なかった。

 

 

彼女の帰還に声をあげてくれるものは、誰一人としてそこにはいなかった。

 

後になって知った話だが、彼女の祖国は度重なる戦果の疲弊と他国からの本土爆撃により、実に総人口の一割弱が死亡していた。飢えによる餓死、暴動による事故死、爆撃による戦死。

 

主な死因の三つであるこの統計での死者と戦地での兵隊の死亡、その他を合わせたおよそ一割。これが大戦による彼女の祖国が負った死者の数であった。

 

そうなれば話は単純で、単に彼女の家族肉親が全てその一割弱の中に含まれていたというだけである。そんな事実を受け入れようとする最中、国は彼女を置き去りにして急激な発展を遂げ変化していく。

 

暗黙の下敷かれていた男尊女卑は下火になり、性別に関係なく職業選択の自由が生まれた。

 

あれだけ長々とドンぱちしていたはずの国から外国人が大量に出入りするようになり、国家間の交流と技術、人員交換が盛んとなった結果、街は戦争の爪痕を瞬く間に消し去りながら復興を遂げていった。

 

今まで生まれついた血統を盾に市民から甘い汁を吸い上げていた貴族連中は、新政府の一声で悉く地に叩き落とされた。

 

しかし。発展、変化、まさに躍進と言える速度で急成長していく国に、彼女の居場所はどこにもなかった。

 

彼女だけではない。あの戦争で、現地の戦線で命を削り戦った兵士達は、須く国から…国を牛耳る旧国軍上層部から切り捨てられた。

 

PTSD…通称『戦争トラウマ』。過剰なまでの興奮や緊張が続いてしまったり、ふとしたことで戦地での経験がフラッシュバックしてしまったりなど、症状は人それぞれ。戦地から帰還を果たした大勢の兵士が、過酷な経験ゆえにこれを発症し、働くどころかまともな日常生活すら困難となった者も少ない。

 

無論、これらに加えて戦時中に家や家族…とくに一家の大黒柱たる存在を無理やり奪われて路頭に迷うしかない者たちも決して少なくはなかった。

 

それが分かっていながら、それを強いておきながら。新政権……旧国軍上層部は彼ら全てを切り捨てた。戦地から帰還した正規軍人、戦時下における兵力不足を補う為無理やり徴収された一部の徴収兵。彼ら全てを切り捨て国が真っ先に行ったのは、国家間の交流親睦と、国内の貴族制度の撤廃。

 

気休めのように各地で行われた衣服と食料の配布、炊き出し以上の支援が行われることはなく、それ以上の支援を必要とする者たちは、変わりゆく新しき国の民とは認められなかった。

 

国という入れ物の発展と、自分たちの利権盤石。富国強兵、文化文明の発展の名の下に、誰よりも国のために命を捧げ苦難に耐えた者たちを弱者と切り捨て、政府は改革を推し進めた。

 

そんななか正規の軍属であった彼女には、軍に残ることも出来た。その莫大な功績をもってすればそれなりのポストにもつけただろう。

 

だが、今更そんなものにいかほどの価値があるのだろう。

 

あれだけの戦争をして、あれだけの犠牲を産んで。残ったものは上層部に都合のいい国という名のちっぽけな入れ物一つ。傷ついた者を軟弱と蔑み、引き金の一つも引いたことがない老人達は耳障りのいい理想論を語りながら国を自分たちの都合のいいように作り変えていく。

 

彼女が心を擦り減らし、命を賭して守ったものは、結局それしか残らなかった。両の手どころか全身を隈なく血に染めて、ようやく認め合えた仲間たちすら失って、残ったものは抜け殻と言って差し支えない空虚な己のみ。

 

自身にも、国にも、何もかもにも絶望した彼女は、誰の声も聞かずにひっそりと居場所のない社会の闇に姿を消した。

 

 

 

そこからは、まるで屍のように惰性を謳歌した。まともな職に就く気など到底起きず、裏社会で生きていこうと思えるほど自身の力に執着はなく。

 

気づけば各地を転々としながら、女の自分に絡んできた半グレやチーマーと呼ばれるチンピラを叩き潰しては日銭を巻き上げる日々。心の奥底にヘドロのように溜まった殺意や衝動を、濁り切った暴力に乗せて発散させるだけの自慰工程。

 

堕落した日々の中、磨き上げたはずの力と感覚が失われていくのを自覚しながら彼女が辿り着いたのは、戦時被害とそれに伴う治安の低迷から復興の遅れている灰色の街。

 

倒壊したままの家屋や建物、瓦礫の頂で吠える野犬とその足元で蹲る精気を無くした人間たち。

 

暴力と諦観に支配された、通称『ギャングタウン』。そこで出会った一人のブローカーから仕事を受けながら、報酬として与えられた古びたアパートに住み着いた。玄関を潜れば狭い室内と荒れた畳と共にキッチンが視界に収まるほどの部屋だが、今の自分にはむしろちょうどいい。

 

守るものも戦う理由もなく、振るう爪と牙すら錆びらせた自分には。

 

住まいを手に入れたところで、彼女の生活は変わらなかった。仕事に駆り出されれば武器や薬の密輸の護衛にあてがわれ、家に帰れば床に散乱するほど空き瓶が転がるまで酒を飲む。

 

そして無理やり胃に流し入れたアルコールに胃液をブレンドした同量の吐瀉物をトイレに吐き散らすの繰り返し。彼女にとってアルコールは、どれほど飲んでも過去と自分を忘れさせてくれるものにはなり得なかった。

 

そんな先のないどん詰まりのような生活を続けること、一年と半年。

 

 

 

時の流れに身を任せ腐っていた彼女の人生に、転機が訪れる。

 

 

 

チンピラ同士の武器密輸の護衛、という名の顔を隠して突っ立てるだけの仕事を終えた帰り道。先んじて諸外国で実用化されていたらしい不眠不休の小型マーケット、コンビニエンスストア、略してコンビニ。

 

生活リズムが壊滅している彼女にとって、二十四時間いつでも決まった品物が購入できるここはささやかな安置とかしていた。

 

最近、何を食べても味の違いがわからない。暑い冷たい温いまでなら分かるものの、辛い、甘い、苦いなどと言った味覚を感じるそれらがまるで機能しないのだ。何を食しても味は分からず、しまいには偶に感じる戦地の名残。

 

人の焼ける匂いや硝煙の香り。自身もまた、戦争トラウマ…戦後PTSDを患っていることに遅れながら気づいた。

 

そんな彼女にとって、食事など作業以外の何ものでもなく、身体を動かすために必要な水分と食物を流し入れるだけ。物を食すことにそれ以上を求めていない彼女の買い物にレパートリーが生まれないことは必定だった。

 

いつもの通り度数の高い蒸留酒の瓶とミネラルウォーターの入ったペットボトル、焼き菓子に似た栄養食品を無造作に買い物カゴに放り入れ会計に向かった。

 

 

「…ん?」

 

 

昨日までは見かけなかった保温機能付きのショーケースが会計場の横に設置されていた。見たところ中身は白い生地で具を包んだ片手サイズの蒸物のようだが。

 

 

「ああ、それ今日から新発売なんですよ。なんでも中華まん? とか言うらしくて。お一つ如何ですか?」

「………………」

 

 

正直、気が進まなかった。何を食べても食感と温度しか感じられない彼女にしてみれば、新発売だろうがなんだろうが作業工程に変わりはない。

 

むしろ空腹は感じるのに食を娯楽に出来ないことは少なからずストレスですらある。

 

 

「ならその…一番上の肉まんってやつ一つ。あと…これも」

 

 

だがここで店員からの言葉を断ったところでこれと言った得もない。投げやり気味にそう思い、ついでに会計場の横に置かれた【新発売】と書かれた棚にある飲料…いちごミルクのペットボトルを会計に追加して、支払いを終えて店を出る。

 

ありがとうございましたー、っというこの手の店舗においては比較的珍しい軽快な声を背に、彼女はいつもよりは幾分か嵩を増したビニール袋を手に帰路につく。道すがらに袋からウイスキーの酒瓶を取り出し、直接口をつけては喉が焼けるような感覚とともに無理やり中身を流し込む。

 

薄らと降る雪が街に落ちてはアスファルトに消え、アルコール混じりの白い吐息もまた、雪と同じように何も残すことなく溶けて消える。

 

酒瓶の注ぎ口から直接胃に流し込んでいる蒸留酒が体内で熱を発すると共に、何とも言えない倦怠感と不快感が身体に充満し始める。

 

アルコールの役割がデメリット付きの湯たんぽにしかならないなどお話にもならないが、それでも彼女は込み上げる不快感を蒸留酒による更なる不快感で押し込むように飲み口を傾け続ける。

 

 

「………?」

 

 

それを感じ取れたのは、全くの偶然だった。

 

 

「………」

 

 

かつてとは比べ物にならないほどに劣化した己の感覚が、それでも僅かな違和感を捉えた。いつもならこんな夜更けにこの街を出歩く物好きなどそうはいない。治安や秩序と言ったものが徒な暴力を御しきれないような街の夜など、力のない弱者にとっては地獄以外の何者でもない。

 

そんななか外に出ていると言うことは、自分のように大概の暴力に暴力で打ち勝てるような例外か、はたまた新参者の命知らずか。

 

やや不安定になりつつある視界と感覚の中、彼女は捉えた違和感の正体を探るべく、物音のする方へとゆっくりと足を進める。無論この行為に意味などない、気まぐれの興味本位、仮に自分に向かってくるような輩が待っていたのなら叩いて潰せばいいだけの話。

 

そうすれば、内に溜まった膿のような理由のない怒りも少しはマシになるだろう。

 

 

「……っ……」

 

 

だが彼女がそこで見つけたのは、彼女が想定したどちらでもなく。

 

 

「……はぁ…っ、はぁ…っ!」

 

 

建物と建物の間、商店街の隙間とも言える暗い路地裏。月明かりにも星の光にも見放された鬱屈としたそこにいたのは、

 

 

「……いっ…くっ……ぅ」

 

 

小さな、小さな妖精だった。

 

砂埃で汚れ切ったボロボロのフードと衣服に身を包み、元々は白かったであろう細い指先を真っ赤に染めて、それは懸命に青いポリ容器のゴミ箱を漁っていた。フードから僅かに覗く氷のような色の髪は、既に砂埃や皮脂でぐちゃぐちゃになっており、これまでどのような生活を送ってきたのか想像に硬くない。

 

淡い黄金色の美しい瞳から大粒の涙を流しながら必死にゴミ箱を弄る様は、見るものが見れば、と言うよりは大半の人間からすれば嫌悪の瞳を向けられるものだろう。

 

 

「……………」

 

 

だが、彼女は違った。この街ですらおよそ最底辺に位置するであろう家なし、職なし、そして力もない存在。彼女からしてみれば指先で触れただけで散らせる程度の十把一絡げ。

 

なのに、だと言うのに。懸命に今に抗うその姿に、必死に死から遠ざかろうと踠くその様に、なぜか目を奪われた。

 

 

「…う……っ……んぐ……っ」

 

 

そして、少女は自身を見つめる彼女に気付かぬまま、手にしたそれを口にしようとしていた。ゴミとカビに塗れた、もはやネズミですら食べるかどうかと言った具合の、黒く変色し切った小さな切れ端のようなパン。

 

この街に生きる誰もですら迷わずゴミと断ずるそれを、少女は両手で包み、意を決して嗚咽混じりに口に運ぼうとする。

 

 

「何してるの?」

「…ひっ!?」

 

 

その寸前に、彼女は少女に声を掛けた。必死になって気づいていなかったのだろう、突然のことに驚き、その光と希望を失っているだろう瞳には涙と恐怖以外の感情が見て取れない。

 

それでも、両手に持ったパンを離そうとはしない。

 

 

「お腹空いてるの?」

 

 

カタカタを歯を鳴らす少女は、後ずさろうとして転倒する。おそらく身体を支える体力すらない極限状態なのだろう。

 

それでも、両手に持ったパンは離さない。

 

 

「…そんなの食べたらお腹壊しちゃうよ」

 

 

そんな少女に、彼女はゆっくりと歩み寄りしゃがんで視線を合わせる。少女の瞳に、僅かな困惑が生まれた。

 

 

「…ほい」

 

 

ビニール袋に手を突っ込み、その中でいまだに熱を発しているそれ…先程購入した『肉まん』とやらが包まれたそれを少女に差し出す。少女は差し出されたそれと彼女の顔を行ったり来たりと視線を動かすものの、受け取ろうとはしない。

 

 

「あげる。だからそれ捨てな」

 

 

顎で少女の持つパンを示し、手に持った肉まんを促す。仄かな湯気を纏う暖かなそれを、彼女は恐る恐ると言った様子で手に取る。

 

 

「…………」

「食べていいよ」

 

 

そしていまだ困惑する少女へ彼女がダメ押しで許しを出せば、震えながらもゆっくりと少女はその小さな口で肉まんの白い生地に齧り付く。

 

 

「……ふぐ…う、ひぐ……っ」

 

 

涙を流し、嗚咽を漏らし、少女はひたすらに持たされたそれを懸命に齧っては喉に流し込んでいく。

 

その姿を、彼女はじっと見つめていた。これほどになるまで一体どれくらいの期間を過ごしていたのだろうか。

 

 

「これもあげる、多分水道水しか飲んでないでしょ」

 

 

どうせ飲まぬと、袋から取り出した『いちごミルク』のペットボトルの蓋を開け少女の前に置くと、少女は乾いた喉を潤そうとそれを手に取りゴクゴクと甘ったるいであろう液体を流し込む。

 

 

「…ね、帰るとこは? 家族はどこ?」

「……っ……」

 

 

彼女のその言葉に、少女は俯いたまま首を左右に振る。予想通り、こんな年端もいかない少女がこの街でゴミを漁らなければならないなど、その程度の事情がなければ成り立たない。

 

 

「…………」

 

 

一瞬、彼女はそれを口にすることを躊躇った。彼女に手を伸ばし、また伸ばし返したそれら全てを失った自分にそんな資格があるのかと。優れた力がありながら、何一つ守ることの出来なかった自分に、いまさらそんなことをする資格があるのかと。

 

だが、

 

 

「………………」

 

 

目の前で、放っておけばすぐにでも消えてしまいそうな儚い少女を見て、彼女はその迷いに蓋をした。確かな答えも言い訳も見つからない。

 

ただの気まぐれか、はたまたアルコールの見せる戯れか。

 

 

――それでも――

 

 

「なら、一緒に来る? 一人なんだ、あたしも」

 

 

彼女は選択した。血みどろの手を、少女に伸ばすことを。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。