幽冥来たりて、禍を生す   作:クサリ

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 職員室には、残念ながらめぼしい手がかりがそう残されているわけではなかった。デスクに残されているのはほとんどが業務に関係した書類であって、児島から見れば興味を惹かれるような内容はほとんどなかった。敷島は遅刻届や書類をいくつか眺めて少し考え込んでいたようだが、やはり何か収穫のある様子ではない。

 

「そうそう上手くはいかねーってことだな。じゃあ、後は」

「これ、だよね……」

 

 沈んだ声で児島が肩を落とす。職員室の一角にはデスクを移動させて小スペースが作られており、その近辺では多くの肉片が腐敗臭を漂わせていた。数を同定できるほどの原型が残っていないので不確定ではあるが、おそらく三人分と言ったところだろう。もしかすれば、顔面の皮を探せばそれも特定できるのかもしれないが、少なくとも児島にはそれをするだけの気力は湧かなかった。

 また込み上げそうになる吐き気を堪えつつ、慎重に遺体や血に直接触れないように調べて回る敷島を見守る。吐いて汚されちゃ堪らないから遠目に俺の安全を見張っててくれ、というのが敷島からの指示だった。

 

「物怖じしないってのは本当のようだな。関心関心」

「バカなこと言ってないで早く済ませてよ。それとも、もう何か掴んだの?」

「おう、いくつか妙なことをな」

 

 半ば冗談で言った言葉に頷かれ、さしもの児島も舌を巻く。作業が速いのか、頭の回転が速いのか、いずれにしろ頼もしいことに変わりはなかった。

 

「どの肉片もなんつーか……色が鮮やかなんだよ。脂肪とかで濁ったりしてるがどいつもこいつもピンク色っつーか」

「……なるほど?」

 

 敷島から少しだけ視線を外して、床に散らばる血と皮と肉の惨状に目を映す。ショッキングな光景にまた胃が疼いたような気はしたが、保健室の時ほどではない。いい加減感覚が麻痺し始めたようだ。

 

「腐ったお肉ってもっと黒かったり、変な色してるもんね」

「そうだな。こんだけ腐った臭い出してんのにこれはおかしいってのがひとつ」

 

 そこまで話して、敷島は腰に手を当てて背中を逸らす。ぼきりと骨が鳴り、労わるように腰を叩き始めた。とてもおっさんくさい。

 

「次に、争った形跡がない。内臓も骨もぶち抜かれてんのに部屋がこんなに綺麗なのはありえねえだろ。血も派手に飛び散っちゃいるが、どこかに逃げたり揉み合いになった痕がないのは不自然だ」

「一気に襲われて逃げる暇もなかった、とかは?」

「ないこたないが、三人も居たなら誰かしら一人が抵抗する暇くらいはあったろ。部屋だってなかなかの広さがあるのに全員ここに固まってお陀仏ってのは考えにくい」

「……なら、皆が無抵抗で死んじゃったってこと?」

「そう考えるのが自然だ。それか、死んだ後に死体を弄られたか」

「なにそれ、気味悪い」

「そうだな。でも界異ってのはそういうもんだ」

 

 また訳知り顔でそんなことを言う。だが、この男がやけに界異とやらについて詳しいのには……さっきの話を聞いた以上、その理由もある程度察しがついた。あまり踏み込んでも気持ちの良い話にはならないだろうと察して、児島は続きを促す。

 

「それで、他には?」

「最後に……あー、なんていうか」

 

 そこまで話して、敷島がこれまでで一番困惑したような顔を見せる。本当に意味がわからないんだがな、と前置いて、敷島はこう言った。

 

「こいつらの着ていた服が見当たらん。まさか裸で死んだわけじゃねえだろうし」

「は? あ、あー……そういえば」

 

 予想外の方向に素で反応してしまうものの、もう一度肉片を見回して、なるほどその通りだと納得をする。そして、それに関しては児島には心当たりがあった。

 

「さっきの……界異だっけ、の巣みたいなところでさ。あいつらが布切れ集めてたんだけど、あいつらが持ってっちゃったんじゃない?」

 

 今度は敷島が呆気に取られる番だった。あの時は、敷島が気づいた時には児島が扉を開けていて、無数の“指虫”に凝視されていたせいで他のことに気を回す余裕がなかったのだ。

 

「布切れを集めてた? マジで巣作りでもしてたってのか?」

「さあ。あ、でも巣作りみたいな雰囲気ではなかったかも。よくわからないけど、部屋の中央に吊るされてた何かに全部貼り付けちゃってたみたいだし」

「貼り付け……その、吊るされてた何かを覆ってたのか?」

「たぶん、そんな感じ」

 

 敷島は、それきり口元に手を当てて黙り込む。しきりに何かを呟いては中空に視線を彷徨わせる姿は深い思考の渦に囚われてしまったようだった。

 

「何かを覆うというのは封印、隠蔽、保護のいずれかであることが多い。人皮を放置してわざわざ布を集めていることには何かしらの意味があるはずだ。光に弱い、なら人皮を放置する理由がない。なんらかの伝承に基づいた封印、そんなことをできる知能があるようには見えない。そうなれば可能性が高いのは保護、保護? 保護であるならば布を使う理由は、衝撃や外気への備えか、それとも温度を保つ必要があるのか。これらの条件を満たすような、保護しなければいけないものは────」

 

「敷島さん、敷島さんってば!」

 

 血溜まりと肉片を背景に焦点の合わない目で何事かを呟く男の姿は、児島には見るに堪えなかった。良くて心霊ホラー、悪くてサスペンスホラーだ。ぺしりと肩を叩いた衝撃に、敷島はぱちくりと目を瞬かせた。

 

「急に自分の世界に入らないでよ、もう。よくわからないけど、ここに死体があるなら安全な場所じゃないってことでしょ」

「あ、ああ……すまん、そうだな。悪かった」

 

 すぐ移動しよう。気まずそうに頭を掻いて我に返った敷島に大げさに肩をすくめるジェスチャーをして、壁側にあった一際大きなデスクからひとつの鍵を探り当てる。

 

「これ、なーんだ」

「……鍵だろ? ああ、そうか、そうだな、確かに保健室も鍵自体は閉められたし、この先もかかってる可能性はあるのか」

「ぶっぶー、理由は合ってるけど答えは不完全でーす。正解は教頭先生のマスターキー! せっかく職員室寄ったなら借りてっちゃお?」

 

 ひひひ、と悪戯っぽく笑う児島に呆れたように肩を落とす。強かというか、抜け目がないというか。

 

「まったく、末恐ろしい奴だなお前さんは」

「そうだろそうだろ、もっと褒めても良いんだよ?」

「ああ、ほんとにまったく、お前さんが味方でよかったよ」

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