ナナツド隊は、境界対策課長直属の装備実験班に属する部隊である。
装備実験班の主な業務は研究開発部門が作り上げた装備のテスターとなり、その使用感や運用上の問題点をフィードバックすること。その中でナナツド隊は飛びぬけた能力を持たない人員で構成された隊であるため、汎用的な装備に関しては何かと便利に扱われる隊であった。
今回もまた、そういった類の任務であった。研究開発部門の篝と医霊班の各務が入口から様々な補助を行い、ナナツド隊の三人が今回の『マヨヒガ』攻略に特化した装備をぶっつけ本番で使い倒す。
三号級界異に対し、総合的には平均的なスペックとなってしまうナナツド隊のみを実働組として運用しているのは、各部門がそれだけ今回の作戦に自信を持っている証だった。
薄暗い廊下にごろごろと人の指が散乱する。つい先ほどまで虫のような形をしていたそれらのパーツは、銀閃によってあっという間に解体されていた。
複数体の界異による襲撃を、体に組み付かれながらも制した壱番がほうと息を吐いた。
「人造妖刀、だっけ? 確かに受肉体相手にはスゲー楽だなこれ」
壱番の手に握られた脇差が、界異の血を吸って薄く紅に染まる。刀身にうっすらと桜の花弁のような紋様が浮かび上がり、その甘く饐えた腐敗臭を淡く香る桜の香りに変えた。
人造妖刀“血桜”。物理的な肉体を獲得している『胎内潜り』への対策装備として人為的に製造された、最も新しい妖刀だ。
『そうだろう、そうだろう? 物理的な切断力には特にこだわった逸品だからね、使いやすくて当然というものさ!』
「重さも黒不浄と比べて大差ない。あまり変わらない感覚で扱えそうだな」
「とはいえ、代償として
指で出来た虫のような怪物―――
それらは偏に、胎内潜りにとって七本指は成り損ないでしかないが故だ。
『そう心配せずとも、どうせ嫌でも他の相手を斬ることになるさ。それより壱番くん、フェイスガードの方は問題ないかな?』
「全然問題ないっす! 登られた時はキモかったけどお陰で助かりました」
とはいえ、決して七本指に脅威がないわけではない。七本指は人間を見つけると俊敏な動きで人の口内に飛び込み、喉を裂きながら腹の中へと降りようとする。そうして七本指は人体に寄生するのだ。
七本指は成り損ないである。成り損ないであるから、もう一度
それを防ぐのがナナツド隊の装備するフェイスガードの役割だった。
肉の体を破壊するための血桜。寄生を防ぐためのフェイスガード。境界対策課は、胎内潜りの特性を理解し、対策を揃えた上でナナツド隊を送り出していた。
『よしよし、今の所は装備は想定通りに機能しているようだね。ただ、マヨヒガの中は時空間がひどく捻れている。いくら電電明神の加護を賜った機器での通信といっても、いつまでは保つかはわからない。不審点や不明点があれば早いうちに確認しておくんだよ』
「了解!」
現代建築と木材が奇妙に入り混じった廊下は仄暗く、奥を見通そうとすると途端に暗闇に飲まれて見えなくなる。ここがマヨヒガの中である以上、この暗闇が延々と続いているかもしれないし、実は少し歩けばすぐに扉が見つかるのかもしれない。時間さえあれば自在に空間を組み替えることのできるマヨヒガを相手にするというのは、そうした徒労や不安への恐れとの戦いとなる。
参番が目を細めて廊下の先を見据えていると、弐番が傍へと近づいてきた。口元のマイクを軽く叩いた仕草に頷いて、参番もまたマイクの電源を落とす。
「今回の任務、どう思う。明らかにおかしいことが多いだろう」
「……児島と敷島の件についてですね?」
弐番の頷きに、参番も肩を竦めて返す。そう、突入前の説明で明らかに疑問を感じさせるような箇所が、少なくとも二つある。
「攻略のためにまず児島と接触しろったって、マヨヒガがそう簡単に会わせてくれるわけがない。前提が破綻してんだろ。ついでに言えば敷島の件も……対応が甘すぎる」
黒不浄の窃盗。言葉にするのは簡単だが、その罪状は決して軽くはない。黒不浄とは、物質化した穢れそのものだ。そして穢れの存在は、社会にとって劇物となる。
穢れはそこにあるだけで界異を惹きつける。穢れによってつけられた傷は、医霊班の心霊医療をもってしても完全には治らない。物質化した穢れというのは、ほんの指先ほどの欠片であろうと容易に人の人たる魂を汚染し、ぐずぐずに崩壊させてしまう程の威力を持つ。
それを国の管理から持ち出した者への対応が、どうせ出頭するから無理に敵対しなくてもいいだとか、利害が一致すれば協力しても構わないだとか言うのは明らかに温情の域を超えていた。
「協力に関してはあなたが持ちかけたんでしょうに。……どうせカマをかけたんでしょうけど。悪い人だ」
「お上の連中ほどじゃないさ」
重くため息を吐いた弐番に冗談めかして微笑みかける。たまに短気な所はあるが、こうして広い視野を保つ弐番のことを参番は頼もしく思っていた。
「先に敷島の件から答えると、きっと
「……どういうことだ? どう考えても凶悪犯だった時はやべえと思うんだが」
「まず前提として、僕達の任務には一般人の救助は含まれていません」
眉間に皺を寄せて弐番が考え込む。参番の言葉を咀嚼し、それがどう繋がるかを整理しているのだろう。少しの間を置いて、弐番が口を開いた。
「どのみち、マヨヒガを祓えば同じことだからわざわざ言葉にしなかったんだと思ってたが……違うな。一般人は既に、全員死んでいるものとして想定されている?」
「正確には、生存していたとしても助けられないという想定でしょうね。胎内潜りの性質は覚えていますね?」
胎内潜りという界異の真の姿というものを仮定するならば、それは物理的な肉体を持たない霊体であると説明できる。七本指などに分化する前の本来の状態。彼らはその状態で人の体に寄生し、宿主の肉体を素材とする形で七本指などの形に生まれ落ちるのだ。霊体による寄生に、霊的能力を持たない人間は抵抗力を持たない。ナナツド隊も狩衣がなければ、壱番と弐番は気づきもしない内に寄生されてしまっているだろう。
そして、一度宿主となったものを治療する方法は未だに見つかっていない。
「それは、まあ、覚えてるけどよ。ただ、胎内潜りが生まれるまでは、宿主は完全に普通の人間だろ? そこに凶悪犯罪者が突っ込んだかもしれないってのに、それは……」
「敷島が普通の人間に手を出すような輩ならそっちの方が都合が良いんですよ。児島が危機に陥りますから」
はっとしたように動きを止め、次第に弐番の顔が険しくなる。ぎり、と歯を食いしばる音が鳴り、拳を震わせる様子は如実に憤怒を表していた。
「……児島が助けを求めるような状況なら、マヨヒガは俺達と引き合わせるだろうってことか?」
「おそらく。敷島と児島が接触しているのは既に確定情報ですし、うまく利用できれば御の字といったところでしょう」
あんな子供が。ただ界異に巻き込まれただけの、何の罪もない少女が。きっとこの災害であまりにも多くのものを失ったであろうに、あろうことかさらなる危機に陥ることを期待しなければならない。
理屈はわかる。理由もわかる。納得もする。ただ、どうしても感情がそれに追いついてくれない。弐番は大きく息を吸い、吐き。そして、未だに篝と通信し続けている壱番へと視線を向けた。
「あいつにゃ、黙っとくしかないな」
「ええ。壱番には受け入れられないでしょう。――――もう、どうしようもないのにね」
吐き出す息に紛れた参番の呟きに、弐番が怪訝そうに顔を見やる。
重く湿ったその言葉の面影は、もう欠片すらも残っていなかった。