幽冥来たりて、禍を生す   作:クサリ

16 / 25
16

 五つ、六つと扉を超える内に、七本指による散発的な襲撃が徐々に数を増やしていく。いずれの部屋でも児島に出会うことは無かったが、途中で通過した保健室には誰かがベッドを使用した痕跡があった。既にどこかへと行ってしまった後だったようだが、それでも生きている人間が活動している証拠を発見するのはこの死体だらけの迷宮の中では少しばかりの心の安らぎとも言えた。

 今は、とにかく進み続ける他に選択肢がない。変わり映えしない教室に出くわす度に丁寧に探索する工程を繰り返しながら、ナナツド隊は進んでいく。

 

「こうも薄暗いとさあ、いつ何が出てくるかわからなくて怖いよなぁ~……」

「なぁに言ってんだよ壱番。七本指程度ならどっから襲ってこようが負けねえだろ」

「そういうことじゃないんだよなあ、こういうのは!」

 

 よどみのない手際で教室の四隅に祓串(ペグ)を打ち込みながら、しかし心配そうに辺りを見渡す壱番の背を叩いて弐番が快活に笑う。元来臆病な壱番が不安を覗かせる度に、弐番か参番がからかって緊張をほぐすのはナナツド隊のルーティンと化していた。

 

「そうですよ、弐番。こういうのは理屈じゃないんです」

「……参番? お前が物分かりが良いのって嫌な予感が」

「それに、もっと悲鳴を出してくれれば児島の方から見つけてくれるかもしれないでしょう?」

「参番!?」

「はっはっは、なるほどそりゃ確かに!」

 

 バカみたいな話で盛り上がる間にも、三人の作業が滞ることはない。祓串に注連鋼縄(ワイヤー)を通し、教室を一周ぐるっと囲むように設置を終える。教室の中心で参番が簡易的な祝詞を唱えると、教室内の重苦しい暗闇が緩和され、清浄な空気に包まれた。祓串と注連鋼縄により空間を区切り、そこに様々な効果を付与する簡易的な結界術だ。今回張ったものは障壁結界と呼ばれる代物で、人間には何の影響もないが界異はこの結界を無視しての通行が出来なくなる。

 

「障壁結界を張った空間はマヨヒガと言えども好きに干渉できなくなる。空間同士の繋がりは相変わらず弄れるから扉の先がどこに飛ぶかはわかんないけど、安全地帯は大事……ってことだったっけ?」

「そうですね。特に、長丁場が予測できているなら気を休められる場所は多い方が良いでしょう」

「それに、安全な場所を求めた児島がフラっとやってくる可能性もある。若干面倒でもこういうのが命綱になっからなぁ」

『とはいえ、祓串や注連鋼縄の消費も激しくなるし、体力だって同様だ。疲れたらちゃんと休憩を取るんだよ?』

 

 通信越しに、低く落ち着いた男の声が聞こえてくる。篝と同じように入口で待機している各務の声だ。

 

「おや、各務さんからの通信は珍しいですね」

『今は篝くんが調整やら機器の操作やらで忙しいからね。何やっているのかわからない僕は置いてけぼりってわけさ』

「はは、そりゃ災難っすね~。篝さん、一回集中しだすとあんまり話聞いてくれないからな……」

「ま、それだけ大事な仕事をしてくれてるってことでしょうや。各務さんもゆっくりしててくださいよ、後で大変なんですから」

『皆が働いてる中でゆっくりするってのも気が落ち着かないんだよね。早く出番が来ることを期待しておくよ』

「ははは。もしかして僕達にくっちゃべってないで働けって言ってます?」

『まさかまさか。前線に出る(つわもの)はジョークを飛ばしあってこそだろう?』

 

 無邪気に憧れを話す各務とそれに同調する壱番に、残りの二人が目を合わせて苦笑を交わす。任務中とは思えない気の抜けた会話であるが、むしろそれくらいでちょうど良いのだ。これから先、間違いなく命を懸けた戦闘が待ち受けているのだから。

 そして、穏やかな時間もそう長続きはしなかった。教室の外から、甲高い悲鳴が聞こえてきたからだ。

 三人は視線を交わすことすらせず、同時に教室の外へと駆けだした。

 

 

 

 

「離して、離してよっ!」

 

 むせ返るような血と腐敗の悪臭が廊下に満ちている。間違いなく生まれたてなのだろう獣型の界異の奥に、複数の七本指に群がられている少女の姿が見えた。少女は蹲るように姿勢を下げて、時には七本指を叩きつぶしてでも手に持つ何かを守り通しているようだった。細部は良く見えないが、凡その人相が資料と一致する。恐らく、児島だろう。

 その姿を見た壱番が後ろを走る二人に短く言い放つ。

 

「ごめん二人ともっ、よろしく!」

 

 返答を聞く猶予すら残さず、壱番の体がぐんと沈み低い姿勢で加速する。止まることを考えていないような重心を前に投げ出した疾駆は獣の横をすり抜け、無防備な背中を晒す。明らかな愚行に獣が振り上げた腕を、二本の祓串が撃ち抜いた。

 

 ――――カラビナORZ90。ローレンツ力により祓串を撃ちだすタクティカル祓魔師の基本武装だ。

 祓串に込められた加護が獣の穢装(えそう)を貫通し、その腕の軌道を壱番から外すことに成功する。

 

「まったく、やるとは思ったが俺達を信用しすぎじゃねえかな!」

「もちろん、応えるのが僕達ですけどね。とはいえ、特攻の判断が早すぎますが」

 

 カラビナの銃口を降ろした弐番が血桜を引き抜き、参番が祓串に手をかける。手傷を負った獣は二人の方へと向き直り、その奥で壱番が七本指と格闘しているのが見える。児島を巻き込みかねないためか血桜や祓串を使うわけにもいかず苦労をしているようだが、獣のすぐ後ろの床に祓串が突き立っているのが見えた。

 

二つ腕(ふたつうで)の膂力はもちろんですが、鬣から撒き散らしている体液には気をつけてください。溶けますよ」

「了解、俺向きの相手だよそれならっ!」

 

 骨と内蔵で形作られた獣――――二つ腕が前肢に力を込め、這いずるように突進するその直前。滑るように躍り出た弐番の剣閃がその鼻先を掠めるように切り裂いた。機先を制され、仰け反った二つ腕が虫を払うように剛腕を振りかぶる。太く大きな筋肉の塊で行われる殴打は、まともに受ければ一溜りもない。咄嗟に屈んだ弐番の頭上を死が通り抜けていく。

 だが、二つ腕の攻勢はそれでは終わらない。腕を振り抜いた勢いのまま振り乱された鬣の襲撃は、剛力を避けて安堵した獲物にこそ奇襲めいた効果を発揮する。鞭のように迫るそれは威力に加え、肉を焼き溶かす体液を纏うあまりに凶悪な一撃だった。

 

「うおおおおっと!? 酸だけじゃなくて連続攻撃もしてくんのかお前っ」

 

 屈んだ体勢を利用し、後ろへと一気に飛びずさることで鬣を回避した弐番の頬を冷や汗が伝う。カッコつけたはいいものの、これを避け続けるのは骨が折れそうだ。だが、それでも一人で相手をしなければならない。少なくとも、あともう少しの間は。

 時に噛みつき、時に叩きつけ、時に鬣を振り回す二つ腕の猛攻を弾き、いなし、紙一重で避け続ける。弐番の誇る極限の集中力が一条の光明を手繰り寄せ続け、数十秒もの時間を一人で稼ぎ切っていた。

 

「弐番ッ!」

「……へっ、ようやくかよ!」

 

 背後から参番の声が飛ぶ。弐番との攻防の間に、いつの間にか祓串を繋ぐ注連鋼縄に囲まれていることに二つ腕は気が付いた。しかし、二つ腕にはそれを気にするだけの知能はない。気が逸れた様子の弐番に大きな腕を振りかぶり、それに対して妖刀での迎撃を選んだ姿をあざ笑うばかりだ。

 打ち合うことを避けて逸らしていたのは、まともに受けては耐えられないからではなかったのか。愚行の代償を払わせようと思い切り叩きつけて――――

 

 ――――二つ腕の前肢が豆腐のように切り裂かれ、返す刀で頸を断ち切られた。

 

「やれやれ、なんとか間に合いましたね」

「ヒヤヒヤしたぜ全く。しっかしやっぱ便利だよなぁ、結界」

 

 逆転劇のタネは単純なことだ。弐番が防戦一方だったのは二つ腕の穢装によって血桜の切れ味が通らなかったせいであって、参番が穢装を融解させる効果を結界に付与したことで一気に攻勢に移ったというだけ。結界を張るには最低でも三本の祓串で囲む必要はあったが、一本は壱番が移動しながら刺して設置していたので短時間での結界設置が可能となった。弐番の負担が極端に大きかったが、それでもチームワークの勝利と言えるだろう。

 そもそも、壱番が駆けださなければ穢装による防御など気にせずに囲んで一斉射撃なり全員で血桜で切りつけるなりすれば良かった話なのだが、それは言わぬが華としておこう。

 なんだかんだ言って、壱番のそういう所を弐番も参番も気に入っているのだから。

 

 二つ腕の死体が地面へと沈む。壱番の方でも七本指の対処が終わったのか、怯えた様子の児島を背にしてこちらに手を振っている。

 弐番がやれやれと言いたげに息を吐いてそちらに歩みを進め、参番も後に続く。

 そして、児島の面貌がはっきりとわかる距離まで近寄った参番は、児島に向けてカラビナを構えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。