幽冥来たりて、禍を生す   作:クサリ

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「なにしてんの参番!?」

 

 突然の凶行に壱番が斜線を塞ぐように割って入る。弐番が驚愕を浮かべながら参番のカラビナを降ろさせようと手を伸ばし、射すくめるような眼光に押し留められた。

 

「な……なに? なんなんですか、なんで」

 

 壱番に助けられたことで彼らを救助の手だと信じ込んでいた児島が声を震わせる。胸の前で握りこまれた手は小刻みに震え、恐怖を物語っていた。どこからどう見ても無力な少女だ。だから、壱番と弐番には凶行の理由が理解できない。

 

「おい、どうした。何があった」

「彼女は穢れを宿している」

 

 参番の言葉に、思わずといった様子で弐番もまたカラビナを構える。壱番は、武器を構えることこそなかったがぎょっとした様子で児島の方へと振り返った。

 

「え……え、な、何? 穢れがどうって、何の話を」

「荒っぽくてすいませんね。あなたが僕達の敵でないかを確かめなければならなくなった」

「な……」

 

 口をぱくぱくとさせた児島は全員の顔を見渡して、後ずさるように壱番の背後に隠れる。どうせ鍛えられた大人三人を相手に自分の足では逃げられないのだから、一人でも味方に付けてしまおうという打算半分、今は何にでも縋りたいという切迫した気持ちが半分といった所だ。

 

「でもこの子、汚染を受けている感じではないぞ?」

「例えば、今は廃れた風習の中に我兄喰(わせぐ)いと呼ばれる儀式があります。女が血縁の男を喰らうことで穢れを身に宿す呪法……」

 

 児島を睨みつける参番の目は、児島の人生の中でこれまで見たことがないほどに冷たいものだった。鋭さを感じる目つきには一片の慈悲も容赦も介在せず、これから屠殺される家畜に向ける目の方がまだ情が乗るだろうとさえ思わせるものだ。瞳の奥に、昏い侮蔑の色が見える。

 児島も必死に首を横に振る。そんなとんでもない儀式を行った覚えなどないし、完全に濡れ衣としか思えなかったからだ。

 

「そんなことしない! そもそも私、一人っ子だもん!」

「重要なのは、穢れに身を侵されず力に変えてしまう方法があるという事実の方です。そうした技術は全て人道を無視した犠牲のもとに成り立つものであり、一般の家庭にできることではない」

 

 淡々と言葉を放つ参番の圧に、さしもの児島も圧倒される。嫌な緊張に口が乾き、唾を飲み込む音がやけに大きな音を立てた。

 

「そうでなくとも、あなたが()()()()()()()()、僕達はそれだけで詰むんです」

 

 児島の目が大きく見開かれ、息が止まる。咄嗟に否定しようとした言葉が喉で滞り、児島の胸へと重たく降りていく。普通であれば当然に否定してしまえる言葉を詰まらせているのは、直前に投げかけられた敷島の言葉のせいであった。

 ――――全てが私のせいであるのなら、界異に目を付けられる何かがあったのだとするのならば、それはもしや、私が界異であるからではないのか?

 両親の記憶がある。人として生きてきた記憶がある。児島は児島の人生を送ってきた自負があるし、それが自身を人間だと確信させる揺るがぬ証拠であるはずだった。しかし、こうも連続して畳みかけられてはそうした自分の地盤が揺るぎ、崩れていくような感覚に陥る。

 そうして何も言えないでいる児島の代わりに声を上げたのは、壱番だ。

 

「おい、さすがにそれは……」

「止めないでください壱番。人に擬態して会話が成立するのであれば、その界異の号級は相応に高くなる。彼女の正体が僕達の生死を決めかねない」

「違ったらどうすんだよ! 理屈は分かるけど、ちょっと短絡的すぎないか?」

「合っていたらどうするんですか? 選択を誤って、より取り返しがつかないのはこちらです」

 

 口論を始めた二人を見て、不安に体を固めて動けずにいる児島を見て、弐番はカラビナを降ろした。壱番に味方しようというわけではない。ただ、このまま口論が長引いた場合、どちらが正しいにせよ良くない展開に転がり落ちる予感がした。

 

「いい加減にしろ二人とも。いつまで口論してるつもりだ」

 

 言葉を投げかけて、場の注意を自分に向けさせる。なにごとか話そうとした二人の口を掌を突き出して止めながら、弐番が状況を纏める。

 

「二人の言いたいことは分かった。だからここは、シンプルに行こうや。この子の正体がどうだとかは俺達に調べる能力がない。そこで参番、お前はどんな落としどころがあれば納得してその銃口を降ろすことが出来る?」

 

 弐番の仲裁に、二人とも少し頭を冷やしたようだった。決まりの悪そうに少し体を揺らして、参番が考えを整理する。

 

「僕達にとって最悪の事態は、事前情報と彼女の素性が食い違っている場合です。元々は普通の人間だった場合でも、敷島の手によって外法を行わされた可能性がある。だから……」

 

 言葉を一度区切って児島を見やる参番の目はもう睨みつけるような眼光ではなくなっていたが、その視線の温度だけは一向に変わらない。むしろ瞳の奥に垣間見えた暗い感情すらもが姿を消して、より冷たさを増したようにすら思えた。

 

「どうして七本指にあなたが襲われていたのか、それだけは聞かせて貰わなければなりません。あなただけは、襲われないのではなかったのですか」

「襲われないだなんて、そんなことは。これまでだってあいつらに見つかると襲われて」

「よく思い出してください。ヤツらは、今まで一度だってあなたに怪我を負わせましたか? 同行者にばかり敵意を見せてはいませんでしたか?」

 

 参番の視線が児島の傷一つない体を検める。七本指にまとわりつかれてなお、皮膚すら破れていない綺麗な体だった。

 思い返してみれば、おかしいと思うべき場面はあった。奈津美の体から現れた獣は、同じように傍に居た児島を一顧だにすることもなく敷島を襲った。椅子で頭部を殴打しても煩わしそうに見るだけで、襲い掛かってくる素振りすらなかった。そしてそれは……今さっきでさえ、同じことだ。

 

(敷島さん……)

 

 注連鋼縄に囲まれた獣の骸へと視線が向く。握りこまれた手の力が緩み、血に染まったリボンの端がゆらりと顔を覗かせた。

 

「あ、それ。それだよ。この子、あいつらとそのリボンを取り合ってた」

「リボン?」

「え、あ……そ、そうです。あの虫みたいな奴ら、これを取って行こうとして」

 

 だから、児島は奪われまいと抗っていたのだ。次から次へと現れる七本指に多勢に無勢となって、誰かに助けてほしいと思った時に彼らが来た。

 参番が大きなため息を吐く。呆れたような、安堵を滲ませているような、苛立ちを押し流すような、どのようにでも聞こえる玉虫色の音に、児島は明確に参番への苦手意識を抱き始めていた。この人だけ、何を考えているのか推し量れない。

 

「申し訳ありません、児島さん。僕が疑いすぎていたようです」

「えっと、これでいい、んですか? というか、名前」

「ええ、これでいいんです。名前に関しては、僕達も相応に調査をしてから来たということですよ」

 

 銃口を下ろし、頭を下げる参番に場の緊張が解ける。何が何やらわからないまま、誤解が解けた、といっていいのだろうか?

 とにかく、参番の中での疑念は解けたようで、壱番も弐番も肩の力を抜いたようだった。

 

「すまねえな、こいつはうちのチームの疑い役でな。憎まれ役を買ってくれてるんだよ」

「そう、なんですか?」

「そうそう、俺は一歩引いておかねえとすぐカッとなっちまうし、壱番はアホだからそーいうのには向いてねえの」

「俺だけ扱いひどくない!?」

 

 壱番の悲鳴に皆が笑うのを見て、ようやく児島も強張った体から力が抜けるのを感じた。たぶん、壱番も弐番も悪い人間ではないのだろう。参番は……よく、わからないけれど。

 

「えっと、改めて。俺達は境界対策課、要は国の公認でこういった怪奇現象を解決する警察みたいなものなんだ。良ければ、一緒に来てお話聞かせてくれないかな?」

 

 好青年然とした大男が、目元を緩ませながら児島と視線を合わせる。少なくともこの人は信用しても良いと、そう感じたから児島は頷いて、児島を守るように周囲を固めた三人に連れられて歩き始めた。

 最後にもう一度、背後を振り返る。そこには物言わぬ獣の骸が誰に顧みられることなく、転がっていた。

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