『それでは、敷島くんは君と協力しながら娘さんを探していたと、そういう事だね?』
「うん。でも、私、助け合うどころかずっと守られてばかりで、何も出来なくて……」
ナナツド隊と児島は現在、障壁結界を張った教室で事情聴取がてら休息を取っていた。落ち着いて話せる場所を児島が求めた結果であるが、すぐに以前結界を張っておいた部屋に繋がる扉を見つけられたのは、マヨヒガが児島の都合に合わせて空間の組み換えを行っている証明にもなっていた。
そして問題となったのが、誰が児島から話を聞くかという問題である。極限状態にあった少女に接するには壱番と弐番は厳つすぎるし、参番は先ほど思いっきり銃口を向けてしまっていた。児島であればそれでもきっちりと話すべきことを話すことはできただろうが、児島の心境がマヨヒガの挙動に直結するとわかった今は迂闊に負荷をかけることは避けたいものだった。そこで白羽の矢が立ったのが、通信越しに割と暇していた各務である。
『そう落ち込まないで、児島さん。界異に巻き込まれてしまったら何もできないというのが普通なんだ。そこに居る三人だって、みんな特殊な訓練を積んで専用の装備を整えているから動けているんだよ』
「そーだそーだ。俺だって、どう動けばいいか教えてもらってないのに界異に対処できる気しないもの。むしろ、敷島についていく判断が出来た児島ちゃんがすごいんだぜ?」
各務の言葉に同調して壱番が大げさに肩を落とす。互いに堅苦しいことはなしにしよう、と砕けた口調と呼び方を提案した男らしく、児島のことを気にかけてくれている様子だった。
二人の話す内容に引っかかりを覚えた児島が、ふとその疑問を口にする。
「でも、敷島さんはあんなに動けていたのに」
それは、と苦笑を浮かべる壱番をよそに弐番と参番が素早く視線を交わす。その様子を目ざとく見ていた児島は、なんとなく考えていた予想が合っていることを確信した。
「敷島さんも、祓魔師だったんだね?」
告げた言葉に壱番と弐番が目を見開く。参番は相変わらず感情の読めない瞳でこちらを見つめていて、何を思っているのかがわからない。
「一緒に居た時に、少しだけ身の上を聞いていたんです。四年前までは公務員をやっていたって……今の話を聞いて、もしかしてと思ったんだけど」
「凄いなぁ、児島ちゃんは。うん、正解だよ」
感心したように頷く壱番と違って、弐番の纏う雰囲気が硬くなっているのを児島は感じ取る。この様子では、単純に敷島が元祓魔師であったという、それだけで話が終わるものでもなさそうだ。児島が考えを纏める前に、借りている通信機から声が聞こえた。
『そうだね、敷島くんは四年前までタクティカル祓魔師だった。僕達はまだ就職してなかったり、単に関わりがなかったりで良く知るわけではないけれどね』
「その後は呪詛犯罪者になってますけどね」
「犯罪者!?」
『……ちょっと、参番くん?』
穏やかながらも圧を感じさせる各務の声に何の関係もないはずの壱番が体を強張らせる。弐番が背を叩いて落ち着かせているその様子は傍目から見て滑稽なものであるはずだったが、児島は今はそれどころではなかった。
犯罪者。あの敷島が?
いや、そういえば児島と出会った学校は今は立ち入り禁止だったと聞く。アングラなことをしていたとしてもおかしくはないのだろうか。
「僕だって好きで言ってませんよ、こんなこと。でも、今後の信頼関係を考えると開示できる情報は話しておくべきでしょう。この子、いま自分で気づきかけてましたよ?」
自分の思考を覗かれているかのような感覚に児島はぎくりとした。やっぱり、参番のことは苦手だ。今まで児島が使ってきた対人技術が通じないどころか、全て上回られているような気がしてくる。
「児島さんも、気になったことがあればどんな些細なことでも話してくださいね。僕には話しづらいでしょうから、壱番か弐番か、各務さんでもいいですから」
「えっと、はい。それじゃあ早速なんですけど、敷島さんが犯罪者って?」
『あー、えっと。境界対策課の装備を持ち逃げしちゃったんだよ、彼。それで誰かを傷つけたとかは聞いてないけどね』
「持ち逃げって、どうして……?」
「あー、納得行かなかったんだろうよ、娘が失踪した事件に、自分が関わらせてもらえなかったのが」
弐番が頭を掻きながら話に割って入る。そして、児島と目を合わせて、ゆっくりと首を横に振ってみせた。
「俺らも警察と同様に、身内が巻き込まれた事件には基本的に関わらせてもらえないことが多い。冷静な判断が出来なくなるし、最悪の場合はそうした血縁関係を辿ってくる界異もいるからな」
「だから、敷島さんも境界対策課に居る内は娘を探すことができなかった?」
「たぶんそうだ。実際、四年経ってるとはいえここまで入り込んでるからなぁ。俺達も敷島が迷い込んだ痕を使って、ようやくここに突入出来たってのに」
すさまじい執念だよ、と感心したように頷いた弐番の話す内容に、敷島から聞かされた話が真実であったと知って児島の気分が落ち込む。四年、四年だ。外では、四年も経っている。自分と外の世界の隔たりは、想像以上に大きくなっているようだった。
『ついでに補足するなら、彼は離職後すぐに奥方と離婚して姿を眩ませている。装備を持ち逃げしての潜伏というのもあるし、何より過酷な道のりに奥方を巻き込みたくなかったんだろうね』
「すっげえよなぁ、愛だよ愛!」
「……敷島の話はこの辺りで良くありませんか? 他人があれこれ人の気持ちを決めつけてもしょうがないでしょう」
目を輝かせてはしゃぐ壱番に、参番が冷や水を浴びせる。不自然に児島へと向けた一瞥には鋭い視線が乗っていて、参番が無言でマイクを指さすのを見て児島はその意図を察する。
通信の記録に残るのが望ましい話ではない、ということなのだろう。敷島の過去には、何かがある。それも、彼が境界対策課を離れることになったその経緯に。
娘の失踪……つまり、児島も巻き込まれているこの事件に敷島が関わらせてもらえなかったのはおそらく真実だろう。うっすらとした記憶ではあるけれど、ドラマか何かでそういう制度があると聞いたことがあった。だから、重要なのは敷島が大人しく捜査の進展を待たなかった理由の方だ。
進展のない捜査に焦れて行動を起こした? いや、そうであるならば敷島の離脱はもっと後にズレこむはずだ。今まで聞いた話を信じるならば児島達が失踪したのは四年前で、敷島が離脱したのも四年前。あまりに行動までが早すぎる。
その少しの間も待てなかったのだというのは、短い時間といえど一緒に過ごした時間が違和感を訴えた。敷島は、確かに情に篤いところはあったがそれでも優先順位を間違える男ではなかった。犯罪者になって一人で探すよりも、大人しく組織による捜査を待った方が確実だというのはわかっていたはずだろう。
つまり、敷島が境界対策課に不信を抱くなにかがあった。恐らく、この事件に関わるなにかが。組織から外れてまで行動をしなければならないと判断する理由は、単純に考えるならば組織の中に居ては手に入らない手がかりがあった、というのが考えやすいものだろうか。
――――境界対策課が、何かを敷島に隠していた?
天啓のように頭に降ってわいたその推測は、妙な確信を持って児島の中に刻み込まれた。実際には確証に至る証拠も根拠もないというのに、それが真実であるかのように児島は感じている。
ふと、参番が児島をじっと見つめてきているのに気が付いた。その瞳は児島の考えていることなどお見通しだとでも言いたげな透明な色をしていて、すぐに興味を失ったように逸らされた。