幽冥来たりて、禍を生す   作:クサリ

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「私の行きたい所に行けるって話じゃなかったのー!?」

「飽くまでマヨヒガが都合を合わせるのは胎内潜りの方で、児島さんはそのおこぼれを貰っている形であるせいでしょうね。今回は向こうの都合が優先されたんでしょう」

 

 児島の甲高い悲鳴が防音壁に吸い込まれて消える。ナナツド隊側の事情も聞き、協力を了承した児島は意気揚々と次の部屋へと赴いて、致命的なピンチに陥っていた。

 音楽室の壁を埋め尽くすような指、指指指指指。無数の七本指の隙間で咆哮するのは四体の二つ腕。撤退しようと踵を返せばまさに消えゆく扉の姿。完全にナナツド隊を外敵と定め、殺しにかかっている陣容だった。

 実を言えば、七本指程度であれば狩衣を構成する護符のもたらす防御を抜くことは滅多にない。そういう意味では七本指は全く脅威にならないはずではあるのだが、怪力と肉を溶かす体液を兼ね備えた二つ腕の相手をしながら群がられてはそうも行かない。参番と児島の視線の先では、無数の七本指に集られて重そうに体を駆動させる壱番と弐番の姿があった。二つ腕達は前の二人が引き付けてくれているが、あまりにも数の多い七本指はそうもいかない。

 

「さすがにこれはまずいか。……二人とも、疑似穢(ぎじえ)を使用します! 児島さんは少し離れて!」

 

 血桜で近寄る七本指達を撫で斬りにしながら参番が叫ぶ。児島が十分に後退したのを確認すると、何かを懐から取り出すのが見えた。それは発煙筒のような形をしていて、この状況での用途を想像できない児島が疑問符を浮かべている間によどみない仕草で参番がそれを起動する。

 

 疑似穢(ぎじえ)二型。名前の通り、疑似的な穢れを発生させて界異を惹き付ける誘導祭具の一種だ。疑似的ではあろうと穢れは穢れであり、体に障る可能性があるため児嶋を下がらせる必要があった。

 参番の握るそれから黒い煙が立ち上がり、その瞬間に室内の界異が一斉に参番の方へと振り向いた。

 

「投げますっ!」

 

 宣言と共に全員から離れた方向へと投擲する。七本指達は残らずその軌道を眼で追いかけ、コロコロと転がる疑似穢へと殺到する。あっという間に疑似穢は七本指達に覆い隠され、児島からは見えなくなってしまった。そこに、小さな筒のような何かが飛来し────黒い爆発が群がる界異の一角を大きく抉る。

 

 呪瘤檀と呼ばれる、対界異用の手榴弾だ。爆発や破片による物理的な作用ではなく、瞬間的に発生させた呪詛により周囲一帯を攻撃するその兵装はこうした対集団戦で強い効力を発揮する。

 投擲を終えた姿勢の弐番の背中に、疑似穢に吊られることのなかった二つ腕が凶悪な前肢を振りかぶる。

 危ない、と叫ぶ暇すらなかった。高速で振り下ろされた剛腕は無防備な背中を半ばから打ち据え、凄惨な音を立てて地面へと叩きつける。軽い地響きと共に肉が潰れるような音が聞こえ、床に亀裂が入った。

 あんなものを受けて人間が耐えられるはずがない。あまりにも呆気ない死に児島が口を抑え、悲鳴を噛み殺そうとした時。

 

「……っぶねぇなぁ、クソ野郎が!」

 

 血に塗れながらもピンピンとした様子の弐番が勢いよく跳ね起き、自分を殴りつけた二つ腕に切りつける。鼻を深く切りつけられて怯んだ隙に間合いを取り直し、再び切り結び始めた。

 

「枚数確認っ! 七枚!」

「五枚!」

「四枚ッ!」

 

「え、えぇ……?」

 

 参番の声が空気を裂いて鋭く響き、それに応じて弐番と壱番もまた謎の答えを返す。疑似穢に吊られた二つ腕を斬りつけるその背中をまた別の二つ腕に狙われている壱番へとカラビナの援護射撃を行いながら、参番は唖然とした様子の児島の疑問を解決してやることにした。

 

「僕達は、形代紙という装備を七枚組で持ってきています。これは紐づけられた所有者の受けた穢れや致命傷を肩代わりしてくれるものです」

 

 要はゲームの残機のようなものだと思ってください、と何気なく告げる参番に、今度こそ児島は絶句する思いだった。だって、だってそれは。

 

「ここまでの間に壱番さんは三回、弐番さんは二回死んでるってことじゃん!?」

 

 児島の絶叫に参番は淡々と頷いた。元より、区分としては最弱の一号級の界異の中でさえ七本指のような殺傷性に乏しい存在はほぼいないのだ。当たり所が悪ければ訓練したタクティカル祓魔師達を一撃で死に至らしめるようなものなど山のようにいる。あまりにも明確に可視化された命の残数を眺めながら戦闘を行う姿は、児島にはとても正気のようには思えなかった。

 

「僕が今まで一度も死んでいないのは、二人が脅威となる相手を引き付けてくれているというだけです。どちらかというと僕は裏方ですからね」

 

 手馴れた様子でカラビナを駆使し、注連鋼縄が括りつけられた祓串が児島と参番を囲うように打ち込まれる。最後の一辺を手早く結んで、参番が声を張り上げた。

 

「壱番、弐番! 結界を張ります、こちらへ!」

 

 声に反応した両者が辿り着くのを待たず、参番が祝詞を唱えた。半透明な壁が立ち上がり、そこへ壱番と弐番が何の抵抗もなく突き通る。

 しかし、疑似穢の誘引が途切れ、それを追ってきた界異達はそうはいかなかった。空間を区切るその壁に遮られ、次々に七本指や二つ腕達が衝突する。障壁結界の面目躍如といったところだ。

 

「助かりました、二人とも。おかげで妨害を受けずに結界を張れました」

「助かったってのはこっちだっての。今回はマジで胆が冷えたわ」

「マジそれ! 大丈夫? 俺、ちゃんと生きてる?」

 

 結界は、見た目通りの壁というよりは界異を外へと押し出そうとする力場であるように見えた。時折、視覚化された半透明の壁を押し破って七本指や二つ腕が侵入しようとするが、その度に動きを緩慢にして結界の外へと押し出されていく。この分では、仮に結界内部に留まることが出来ても押し出そうとする力に抗うだけで精一杯になり、まともに動くことはできなくなるだろう。壁際に寄ればさすがに攻撃を受けてしまうだろうが、内部にいる以上は安全であるように見えた。

 

「幸い、結界破りに長けた奴はいないようですがまぐれ当たりというものはあります。手早く片付けましょう」

「おう、さすがにまたわらわら体に登られるのは気持ち悪いからなぁ。さっさとやるか」

「ひぃ~、壁越しに大量にいるのも十分気持ち悪いって~」

 

 結界に悪戦苦闘している界異達の隙を縫っては血桜によるヒット&アウェイ。切り裂いては離れ、怒り狂った界異が疲れた頃にさらに切りつける。

 一人が一面を担当する形で行われるそれは手早く界異達を処理し、あっという間に血の海に沈めていく。

 結界そのものはどれだけ剛腕を誇ろうが破れるものではないらしく、先ほどまで死闘の様相を呈していた戦闘があっという間に作業と化していた。

 

「これが……タクティカル祓魔師……!」

 

 万全に装備を整え、準備をし、有利を積み重ねて堅実な勝利を手にする。その姿は児島の目には圧倒的で、これ以上なく頼もしく映っていた。

 その認識が保たれていたのは、戦況がもう一度転換を迎えるその時まで。

 忘れもしないあの音が、血と腐肉に溢れかえる部屋で鳴り響くまでだった。

 

 ――――きぃん、こぉん、かぁん、こぉん

 

 間延びしたチャイムが響き渡り、児島の頭がずきずきと鈍痛を発し始める。

 

 

 

 

 赤黒い空間を幻視し、どこか懐かしい存在感を隣に感じた。

 何かを打ち鳴らすような音。鈍く拡散する音の響き方。時折聞こえてくる不明瞭な何かの声。

 自分に伸ばされる大きな手のイメージが浮かび上がり、狂おしい程の羨望と執着が胸中を塗りつぶしていく。

 

 ――――呼ばれている。

 

 児島は、不意にその事実を理解した。

 

 

 

 

「児島ちゃん、……児島ちゃん、しっかりしろっ!」

 

 切羽詰まった壱番の声に、児島は我を取り返した。気が付くと、ナナツド隊の面々が緊張も露わに正面を見上げている。

 鈍痛の余韻を堪えながらそちらに視線を運ぶと、大きな大きな眼球と目があった。

 

『ギャアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!』

 

 それには、口も鼻もない。顔面を巨大な一つ目で埋めた醜悪な巨人が、不明な原理で生誕の雄たけびを上げていた。

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