幽冥来たりて、禍を生す   作:クサリ

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『手足に痺れや、痛みはない? 他にも皮膚の色が変わったりとか、痩せ細ってしまっていたりとか』

「んー……とくにないかな? 緊張しっぱなしだったせいかちょっと節々が痛いけど……」

『焼けるようだったり、特異的な痛みじゃなければ大丈夫だよ。逆に知らない腕とか触手が生えたりとかもないよね?』

「知らない腕!? 触手!?」

 

 あの後、児島たちは一度安全地帯である教室に引き戻し、各々気を休めていた。文字通り命を削る死闘であったし、生身で疑似穢に触れた児島の検査もしなければならなかったからだ。

 境界対策課内部での心霊医療を司る医霊班(いりょうはん)に所属する若き精鋭、各務による問診は通信越しと言うこともあって簡易の検査しかできないが、それでも素人のナナツド隊が行うよりは十分効果的な手段であった。

 

「穢れに体を侵された症例でたまにあるって聞くよな、追加の器官」

「あー、あらぬ所から腕とか目とか口とか生えるってやつ? 口のケースは勝手に本音を喋り続けるから苦労してるって聞くけど」

「目のケースも大変らしいですよ。まともに瞼が動かないからひどいドライアイになるとか」

「えっ、ええええっ!? ちょ、私大丈夫だよね!? 背中に腕とか口とか生えてないよね!?」

 

 慌てて自分の背中を見ようとしてくるくる回り始める児島に皆が笑いをこぼすものだから、児島はぷうとほおを膨らませた。

 

「ちょっと、笑わないでよー! 私にとっては死活問題なんですけど!?」

「ごめんごめん、大丈夫とくに変なことにはなってないよ。腕は二本だし口も一つだ」

「彼女自身に宿る穢れが汚染に対する防御となったのでしょうね。穢れは穢れによって祓えますし、穢装も働きますから」

 

 ふんすと鼻息を荒くして、児島は手近な椅子に腰を下ろす。そもそも、その話にだって納得がいってないのだ。

 

「私に穢れがどうこうって話もピンと来てないんだけどなー。儀式? みたいなことだってしたことないし」

「でも、参番が言うなら確実なんだぜ? なんたってうちで唯一の祓魔術(アーツ)適性持ちだ!」

祓魔術(アーツ)?」

 

 聞き慣れぬ言葉であった。疑問符を大量に浮かべる児島に、壱番から補足が入る。

 

「陰陽術とか魔法とか、そういった感じのものだよ。霊力って呼ばれる目に見えないエネルギーを使って不思議な現象を起こす祓魔師の切り札なんだぜ」

「まあ、その関係で他人よりも穢れには敏感だってことです。僕としては思いっきり才能に依存するのであまり好きではないんですけどね……各務さんに比べると足元にも及びませんし」

「え。各務さんってそんなにすごい人なの?」

 

 まだ声しか聞いたことはないが、それでもおおよその性格にはあたりをつけていた。柔和で穏やか、他人へ共感する力が強く優しい人柄。どうしてもその人柄に参番が語るほどの力があるイメージが結びつかない。先ほどの激闘を見てしまった後では、なおさらだ。

 

『ははは、僕のは宝の持ち腐れってやつだよ。ロクに使えないから君たちを待つしかないわけだしね……さて!』

 

 ぱん、と手を叩く音が通信越しに聞こえる。この話はおしまい、ということだろう。あまり触れられたくない話題であったようだ。

 

『今の段階では児島さんに健康的な影響はない、と判断したよ。ただし、これはあくまで不十分な聞き取りしかできてない状態でのものだから、マヨヒガから脱出したらきちんと専門の施設で検査を受けるように。良いね?』

「はぁい」

 

 一抹の不安は残るものの、目に見えて危険な兆候はない。児島もほっと胸を撫で下ろす思いだった。なんせ、先ほどまで児島はナナツド隊に三人がかりのお説教を受けたばかりだったのだ。弐番が怒鳴り、壱番が眉を下げて心配の言葉を交えて諭し、参番が淡々と疑似穢の生身での使用リスクについて語りながら各務へと連絡をつなぐ。不安を煽るだけ煽られた児島は、実を言うと内心気が気でなかった。

 

「児島ちゃんはこれでオッケー、と。……なんかもう見たくないけどするしかないよなぁ、枚数確認! 二!」

「一!」

「一!」

 

 三人は顔を見合わせて、ため息を吐いた。一つ眼から受けた被害が甚大すぎる。参番などは壱番を庇いながら戦っていた上に、本人がそもそも他二人に比べて近接戦闘を得意としているわけではないため一気に六枚も散らしていた。結果として、一人だけ二枚残している壱番がものすごく気まずそうに眉を下げる。

 

「すまん、参番。さっきの戦闘で甘えすぎてた」

「良いんですよ。弐番みたいに回避が得意なわけでもなく、僕みたいに基本後ろに控えるわけでもないあなたの形代紙を残す判断を間違えたとは思っていません」

「うぐっ! ご、ごめんな、避けるの下手くそで……」

「そうは言ってません。あなたが派手に敵を受け止めるから、弐番も僕も本領を発揮できると言ってるんです」

 

 柔らかな空気を放つ参番に、児島は己が目を疑った。それは、いつ目があっても感情を感じ取れず、内心機械のようだと思っていたところへの不意打ちだった。この人、こんな血の通ったコミュニケーション出来たんだ。

 

「……なにか?」

「い、いや、なんでも」

 

 すぐさまガラス玉のような目が児島に向く。こちらの思考を見透かす精度に冷や汗を流しながら、つい目を逸らして誤魔化した。インパクトの強い言葉を投げかけて反応を探るのは児島の常套手段であったが、参番には絶対に効きそうにない。

 

「まだ、最奥部ってところの攻略が残ってるんでしょ? 一度、補給に戻ったりとかできないの?」

 

 児島は、既にマヨヒガの性質を聞いている。故に、無茶を言っている自覚はあった。しかし、ナナツド隊にはもうほとんど後がないことも理解している。このまま特攻じみて先に向かうよりは、ダメ元でも聞いておかなければいけない気がした。

 

「俺もそうしたいんだよなー、マヨヒガが許してくれりゃ良いんだけど」

「無理だろ。あいつ、俺らのこと嫌いだろうしな!」

「好かれてる児島さんにすら脱出は許してくれてませんしね。最奥部を破壊し、マヨヒガを祓うまでは補給も脱出もできません」

 

 無慈悲な現実にがっくりと肩を落とす。ナナツド隊の語る絶体絶命に、しかしだからこそ児島は引っかかった。

 

「なんか、話の割にはみんな余裕じゃない?」

「まー、秘密兵器があるからな」

「秘密兵器?」

「そう! 秘密兵器!」

 

 テンションを上げて笑った壱番が腰元から一本の祓串を取り出す。それは他の祓串に比べ、何やら数珠繋ぎになった宝石のようなもので飾り立てられ、なるほど物々しい雰囲気を放っていたが、児島の目にはそこまで大層なものには見えなかった。

 

「……これが?」

「そう、これが! これさえ親玉にぶち込んじまえばぜーんぶ解決って寸法なんだよな!」

「ただし在庫は一本限り。万が一にも外したらこっちが終わりですけどね」

 

 やはりそんなすごい切り札には見えないが、ナナツド隊がこれほどまでに損耗を重ねた後でも希望を持って戦いに臨もうとするのだからたぶん自分にはわからない何かがあるのだろう。児島はそう信じることにしたし、信じる他になかった。

 

「問題は、最奥部に到達するまでにまた戦闘になれば最奥部に辿り着けるかもわからないと言うことですね」

 

 参番の言葉に、他の二人が消沈する。弐番に至ってはため息をついて、大袈裟な仕草で首を横に振ってみせたりなどしていた。

 

「あ……それならたぶん、なんとかなるかも」

 

 おずおずと手を挙げて告げた児島の言葉に、全員の視線が集中した。あれほど沈んでいた壱番も弐番もギラギラとした目を向けてきていて、児島は思わず仰け反りかける。

 

「どういうことだ? さっきは胎内潜り側の都合を優先されて罠に嵌められたろ?」

「さ、さっきの巨人が出てくる前に、チャイムあったじゃん? あの時に呼ばれてるって感じて、だから……」

「胎内潜り側の事情であなたを招く必要ができた。だから、今度は割り込まれずに最奥部へといけると?」

 

 参番の簡潔な推測に児島は頷く。奇妙な自信というか、確信があるのだ。今なら、児島が望めば最奥部と呼ばれる場所への扉が繋がると。

 

「……おいおいおいおい、これは希望が見えてきたんじゃないか?」

「ソッコー仕掛けて一発大逆転って奴? え、俺夢見てる?」

「現実だから安心してください。しかし、これは少し考える必要がありますね。あえてあちらが招くというなら相応の陣を敷いて待ち構えているでしょう」

 

 それを皮切りに、ああでもないこうでもないと活発な作戦会議が開かれる。真剣な顔つきで意見を交わし合う三人は児島の感覚を完全にアテにした作戦を立て始めていて、思わず児島の顔が引きつった。

 

 あれ、これ私の責任めちゃくちゃ重たくない?

 

 わかってはいたつもりだったが、こうして明確に全員の命を預けられるとさすがに胃がキリキリと痛むような気がしてくる。どうかこの呼ばれる感覚が私の勘違いではありませんように、と児島は祈るしかなかった。

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