幽冥来たりて、禍を生す   作:クサリ

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 児島が開いた扉は、完全に木製造りとなった広い空間に繋がっていた。三メートルほどの体高を誇る一つ眼を収めていた音楽室もそれなりの広さを持っていたが、こちらはそれ以上だ。遠目には壇上のようなものが見え、壁際には木造のバスケットゴールのようなものが見える。以前、児島が保健室から覗き見た時はそこまで観察する余裕はなかったが、どうやらここは体育館であるようだった。

 壁面にはまばらに、それでも相当な数の七本指が張り付き、地上では十体近い二つ腕が唸り声をあげている。その間を黄ばんだ白い糸をより合わせたような芋虫型の界異が這い、鎌首をもたげて四人を見上げている。

 中央には、表面に数多の布を貼り付けられた巨大な塊が天井から吊り下げられていた。その四方を囲うように、中央のものよりは少しサイズ感を落とした大きな肉塊が捻じれ、軋み、ぎしぎしと音を立てている。

 

「げ、わかっちゃいたがオールメンバーかよ。無脳(むのう)まで居やがる」

「今回は障壁結界に期待できませんね、これは」

「元々使う作戦じゃなかったし良いけどね。いややっぱこえーな遠距離持ちが居るのは」

 

 軽口を叩くナナツド隊とは対照的に、児島は黙りこくって緊張した面持ちで中央の塊から視線を外せないでいた。

 郷愁にも似た、懐かしいという感覚。理由もわからず湧き続けるその気持ちは、この場が鉄火場であることを忘れさせるような、場違いな感覚だった。

 

 児島の来訪に応えてか、中央の塊が振り返るようにゆっくりと回転を始める。やや楕円形のそれは内部の蠢動を表すように形を歪め、次第にその全貌を露わにする。

 

 ――――それは、浮世絵からそのまま飛び出してきたような、奇妙な容貌を持つ異形だった。

 無数に重ねられた腕。束ねられ流線を象る脚。突き出された臀部は隆起を表し、無数に突き出した指が毛であるかのように蠢いている。

 それは言うならば趣味の悪い組木細工のようであった。人の体を重ねて、重ねて、重ねて輪郭を描き出したその形は、くしゃくしゃに歪められた顔のように見えた。

 そこでようやく、それの体中に貼りつけられた布の意味を児島は理解した。

 おくるみだ。

 その怪物は、無数の人体部品を積み上げ寄り合わせて出来上がった、悍ましい赤子の姿をしていた。

 

『オギャアアアアアアアッ!!!!!』

 

 ビリビリと空間を震わせるような泣き声が赤子から放たれる。怯まず各々の武装を構えるナナツド隊の横をすり抜けて、児島が覚束ない足取りで、赤子の方へと歩き始める。

 

「――――お兄ちゃん……?」

 

 児島が何かを呟いた瞬間、赤子の放つ穢れが爆発的に増大した。辺りの空気が暗く澱み、途端に温度が冷え込み始める。赤子の周囲に展開された暗黒はますます濃度を増し、その奥へと惹きこまれるような感覚をナナツド隊に与えた。

 

「なんだこれ、精神干渉かっ!? ただの蛭子(ひるこ)じゃねえのかよ!?」

「わかりません、ですがこのままだと()()マズい!」

「おい児島ちゃん、そっちは――――」

 

 

『――――触るなッ!!!』

 

 

 赤子――――蛭子(ひるこ)の方へと歩み寄る児島に伸ばされた壱番の手を、通信機越しの絶叫が押し留めた。いつも飄々としている篝に似つかわしくない、切羽詰まった声で、同じ文言が繰り返される。

 

『触るな、絶対に触るなよ! いいか、君達が児島ちゃんに触れたりその足取りを邪魔したりしてみろ、事態は我々にのみ関わる規模ではなくなってしまう!』

「な……何が起こるってんだよ!? 児島ちゃんに触るだけで何が起こるって!?」

()()()()()()()!』

 

 篝の言葉の後、少しの時間だれもが言葉を発することが出来なかった。それは、その名前は、それだけの重さを持つ()()を指す言葉であるからだ。

 

 瞑婚(めいこん)。それは高層ビルを軽々と超す体躯を誇る、白無垢姿の女性のような界異だ。その等級は、()()()。なお悪いことに、瞑婚はその中でも天災に例えられるような規模の脅威度を誇っていた。

 伊弉冉(イザナミ)の残した呪いであるとも語られる瞑婚は、一度現れると祓滅されるまでの期間、一日に必ず千人を殺す。近い場所で殺された千人の死穢は別の界異を引き寄せ、あるいは生み、そこからさらに被害を広げる。それが、天災と比べられるような怪物を祓うまでの間繰り返されるのだ。現れた場合の被害の規模は、今回のマヨヒガ事件などとは比較にならない。

 

「なんだってそんなことになるんだよ、瞑婚なんて早々現れていいもんじゃねえぞ!?」

『たぶん何らかの見立てが成り立っちゃったんだろうね! 児島ちゃんがマヨヒガを進んでここに辿り着いた事実そのものが、“伊弉諾(イザナギ)の冥界下り*1”になってるんだ!』

「なんだそりゃ!? なんで児島ちゃんが伊弉諾役になってんだよ!?」

 

 伊弉諾の冥界下りは、夫婦の話だ。瞑婚が現れるほどの見立てであるというなら、生者と死者の間にそれ相応の関係がなければ成り立つはずがない。

 

「今ここで議論していても仕方ないでしょう! それで、僕達はどうすればいいんです!?」

『児島ちゃんが蛭子に辿り着くまでに事を済ませるしかない! ただし、絶対に児島ちゃんに触れたり足取りを邪魔したりするなよ!』

「なんでだよ! それなら尚更止めないと危ないんじゃないの!?」

『蛭子に害意を持つ君達を、児島ちゃんが連れてきたからだ! 君達は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()である意味を持つ!』

「俺達が千引の大岩*2ってことか! 放っておいたらどうなるんだ!?」

『その場合は蛭子が現世に生まれ落ちるのに乗じて来るつもりなんだろうよ! 児島ちゃんが蛭子に触れてもアウトだ!』

「クソッ、厄介なタイムリミットが生えやがった!」

 

 児島にはもはや、現実が見えている様子がなかった。こちらを睨み据える界異達の間を縫うように緩慢な歩みで蛭子へと向かっている。どこか呆然とした様子で、何かを呟きながらふらふらと歩く姿は、どことなく迷子のようにさえ見える。

 

「やることは頭に入っていますね!?」

「もちろん!」「おう!」

「では早速始めましょう! リーダー、号令を!」

「やっぱ俺、参番の方が向いてると思うんだけどなあ! ナナツド隊、行動開始!」

「「了解!」」

 

 無数に蠢く界異に比べて、ナナツド隊はたったの三人。七本指は置いておいたとしても、質でも圧倒的に界異が勝っている。ナナツド隊が頼りにできるのは数種の武器にほんの数枚ぽっちの形代紙と、ひとつの“秘密兵器”のみ。

 全くもってバカらしい戦力差を前にして、それでも祓魔師達の意志は決して光を失ってはいなかった。

*1
妻を蘇らせに死者の国へ行った伊弉諾が禁忌を破って妻の怒りを買い、一日に千人を殺す呪いが生まれる原因となった話。詳細はあとがきへ

*2
伊弉諾が黄泉への道を塞いだ大岩




〇伊弉諾の冥界下りの概要
 国生みの父である伊弉諾は、妻である伊弉冉の死を嘆き、彼女を生き返らせるべく死後の国へと渡ったという。
 しかし伊弉諾が禁忌を破って死した妻の恐ろしい姿を見て逃げ出し、黄泉への道を大岩で塞いでしまった。
 怒り心頭で夫を追った伊弉冉は「一日で千人の人間を殺す呪いをかける」と宣言し、それに対し伊弉諾は「それならば千五百人を生もう」と答えたことで人の繁栄は決定づけられたのだという。
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