気まずい数秒の硬直を経て、敷島は早々に気持ちを切り替えることにした。今の状況が想像通りであるならば、確かめておかなければならないことがあるからだ。
耳をそばだてて周囲に気配がないことを確認しつつ、懐から愛用のデジタルカメラを取り出す。幸い、故障している様子もなく
「うげぇ……そんなものまで撮らないといけないんですか、記者さんって。たいへんそー」
少しだけ距離を空けて、少女が後ろから覗き込む。不快気に歪んだ顔は青ざめており、軽口とは裏腹に強がっているのが見て取れたが、敷島があえてそれに触れることはない。こういった手合いはそうした弱気に触れられるのを嫌うと知っていた。
「こりゃ記事に使うために撮ってんじゃねえのよ。こんなもん載せたらグロすぎてボツだボツ」
「そりゃそう。パッと見は人の肉片にしか見えませんもの。ウエッ」
「おいおい、吐くなよ? ただでさえコイツが臭えのに追加されちゃかなわん」
無言で敷島の肩をひっぱたいて、少女はため息を吐いた。
「で、記事に使わないなら何で撮ってるんです? 猟奇趣味とか止めてくださいよ、私の身の危険が一気に限界突破するんで」
「俺も趣味じゃねーよ。これはなあ」
そこで言葉を区切って敷島は頭を掻いて視線を少女に移す。やはり少女はこちらを警戒している様子で、どこか冗談めかした会話も彼女なりに怯えを隠すための努力なのだろう。それだけに、これ以上の話をするかどうかを少しだけ迷って、敷島はやはり話しておくことにした。
「こういったバケモン、界異ってのはな。専用の機材やフィルムでもない限りは映像機器にゃ映らねえのよ」
「え? でも、それ」
敷島のカメラには、先ほど撮った写真データがくっきりと“指虫”の死骸を写している。もちろん、このカメラがそういった専用の機材であるとかそういう話ではない。どこからどう見ても、手軽な値段で手に入れられる安物のカメラだ。
「そう、こうして写ってる方がおかしいってことだ。ついでに言えば、俺がこいつを
「……思いませんけど。でも、それじゃ、これは一体どういうことなんです?」
「さあ?」
べしりとまた肩をひっぱたかれる。いてて、と敷島は大げさに痛がってみせて、それから小さく肩をすくめた。
「ひとつだけ言えるのは、さっきの奴はすっげー雑魚ってことだな」
「雑魚って。あれだけ悲鳴あげてた癖に」
「しゃーねえだろ雑魚って基本俺よりつえーんだから。あ、雑魚だからってナメるなよ。こうなるから」
軽い調子で差し出された腕には、“指虫”が這いあがった痕が痛々しく残されている。無理やりに皮膚を突き破られ抉られた肉が不浄に黒ずみ、異常な速度で膿み始めていた。どろりと黄ばんだ液体が泡立ち、敷島の袖を汚していく。
途端に絶句しますます顔を青ざめさせた少女にやはり言わない方が良かったかと、後悔が敷島の頭に浮かび始めるものの、これからの話をするには避けるわけにもいかなかった。それに相手を過小評価して迂闊な行動をされるのもまた、これからに支障が出る。
「界異の持つ穢れってやつだ。説明がちょっと難しいけど、簡単に言えばあいつらが持ってる毒みたいなもん」
「ど、毒って……大丈夫なんですか!?」
「大丈夫じゃねえけど大丈夫。さっきのが雑魚で、なおかつ怪我させられた範囲が少しだからこれで済んでる。そんで、ひとつ悪い話があるんだが」
「もう十分悪い話を聞かされたばかりなんですけど!?」
ごもっともな指摘に敷島は小さく息を吐いて、うんうんと頷きを見せる。よく分からないうちに教室がよく分からないことになって、挙句の果てにバケモノに襲われる。これまでの事実を列挙しただけでこれだ。だからこそ敷島は非常に心苦しく思ったが、気づいたその事実を伝える以外に選択肢がなかった。
「たぶんこの場所、界異の腹の中なんだわ。早く脱出しないと二人とも死ぬぞ」
「はあ!?」