「うわ、本当におかしくなってる」
教室の扉を開けると、大きな階段が少女を出迎えた。大枠では元の学校のそれと似ているような気がするが、いくら何でも教室から直接階段に繋げるような大胆な構造はしていなかったはずだ。ましてや、現代建築と木造がランダムに入り混じったような外観にも覚えがない。硬質なリノリウムと柔らかな木材の境に継ぎ目のようなものは見えず、後から絵具でも塗ったかのように材質を変更されたとしか思えない。
“指虫”がやってきた扉の方を見ても似たような有様だった。違いは、“指虫”がやってきた方は下りの階段で、もう片方は上りの階段であるというだけだ。
「これが異界ってヤツ?」
「そうだ。界異が現実を侵蝕した結果、異常な法則が支配するようになってしまった空間――――見ての通り何でもアリってワケだな」
問題は、先ほどの“指虫”には異界を発生させられるほどの力が備わっていなかったことだと敷島は語った。アレは精々が異界の主の取り巻きか、おこぼれを狙ったハイエナのようなものだろうと予測を立て、最悪の場合は似たような奴がまだまだ大量に徘徊している可能性があると。故に、そういった界異に襲われる前に協力して探索を進めて自力での脱出を図らなければならないとの熱弁を半信半疑に、少女はまず扉の外を見てみることにしたのだ。結果は、見ての通り。目の前に広がる異常な空間は敷島の言葉に一定の信憑性を持たせていた。
「……敷島さん、なんか詳しすぎない?」
「記者だっつってんだろ。基本的なとこは元から調べてんの」
澄ました顔で安っぽいカメラを掲げて見せる敷島に少女は訝し気な視線をしばらく向けて、観念したようにため息を吐く。
「わかった、わかりました。なんか怪しいけど、敷島さんは私の知らないことを良く知ってるみたいだし協力します。さっきは助けて貰っちゃったしね」
「へいへい、そりゃどうも。最悪、後ろからぐさっとされなきゃそれでいいよ」
「人を通り魔みたいに言わないでよ。それとも私がそんな物騒な子に見えます?」
一瞬、敷島はわざとらしく少女をまじまじと見つめてみせて。
「どうだかねえ。嬢ちゃんみたいな美人でも人間、何を抱えてるか――――」
「――――児島。嬢ちゃんじゃなくて、児島です」
軽薄に吐いた言葉を、ずいと距離を詰めてきた少女に遮られる。
「互いに信用がないってのはよーくわかりました。だから自己紹介から始めましょう。対等な関係っていうのは、そういう所から始まるものでしょう?」
見事なまでの作り笑顔で手を差し伸べる児島に敷島は少しの間、呆気に取られた。
まったく、年頃の娘ってのはどうしてこうも気が強いんだか。
呆れと懐旧をない交ぜにした感情をため息で押し流して、その手を取ろうと――――
――――きぃんこぉんかぁんこぉん
「いっ……!」
重苦しく響くチャイムの音。児島の頭に鈍痛と幻視が走る。
薄暗く赤い視界。隣に感じる何かの気配。わけもわからないまま胸を焦がす欠落感。
頭を抱えて蹲る児島の姿を、敷島は感情の抜け落ちた冷たい瞳で見下ろしていた。