目を覚ました時、児島は柔らかなベッドに寝かされていた。見回せば、相変わらず木材が奇妙に混ざりこんだような白い天井が目に映った。甘く饐えた臭いが、アルコール臭と混ざって鼻をつく。ベッドの周囲を覆うカーテンから察するに、どうも元は保健室であるようだった。
耳を澄ませると、微かに何かが軋むような音と紙をめくるような音が聞こえてくる。斑にステンレスと木材が入り混じるレールに少し手間取りながらカーテンを開けると、想像通り敷島が養護教諭のデスクに座って書類を検めているようだった。敷島の眼光は鬼気迫る何かを感じさせるほどに真剣なものであったが、児島が小さく声をかけると途端に目元を和らげる。
「おお、起きたのか。体調はどうだ? どっか痛むとか気分が悪いとかないか?」
「大丈夫、だけど……ここは?」
倒れる前にひどく痛んでいた頭に手を添える。自分の不調の原因がわからないということは想像以上に気味が悪く、今現在はそれがさっぱりと消え失せている事実も逆に児島の不安を煽った。無意識に額を手首で擦り、小さく息を吐く。
「さっきの階段上った先の部屋。さすがに階段にゃ寝かせてらんねーし、気づいたら教室側に戻る入口は消えてるしで焦ったぜマジで」
「えっと……ありがとう、ご迷惑おかけしました……?」
首を傾げた児島に、敷島は「よりによって階段で倒れんなよな」と揶揄うように笑ってみせる。なんだかんだと助けられ続けている事実に児島はバツが悪くて視線を逸らし、敷島の持っている書類に目を留める。
「それ、保健室の書類? 何か私に手伝えることはある……ますか?」
「何語だよ。今更敬語とかはいいっつの」
「じゃ、遠慮なく。改めて、何かわかったの?」
即座に切り替える児島に敷島は苦笑を浮かべて、椅子のキャスターを滑らせベッド脇へとやってくると手に持っていた書類を児島へと渡す。
それはどうやら、保健室の利用記録のようだった。児島が見た所、今日の利用者が来訪時刻と名前、不調の詳細、体温の順で簡潔に記録している。
「最後の三人を見てみろ。
節くれだった指がリストをゆっくりとなぞり、そこに記された名前が読み上げられる。敷島の誘導のままに彼女たちの詳細に目を移すと、その共通点は容易に読み解くことが出来た。
「三人とも、大体昼過ぎくらいに来て、腹痛と発熱を訴えてる?」
「そうだな。ついでに言えば全員女子だ」
「……それ、関係ある?」
思わず半目になる。今となってはこのとんでもない場所から脱出するための協力者ではあるが、児島からしてみれば敷島は未だに不審者であるのだ。妙な趣味を持たれていては児島に振りかかるリスクが跳ね上がってしまう。ただの高校生でしかない自分が、成人男性である敷島と比べて圧倒的に弱いことを児島は自覚していた。
「知らねえ。でも、界異の発生ってのは案外こういうとこに予兆があったりするもんなんだよ」
「やけに確信ぶった言い方じゃん。何か根拠あったりする?」
「……記録によると、高橋は特に症状が酷いってんでベッド貸し出されてるだろ」
敷島が椅子から立ち上がり、児島の座るベッドのさらに奥へと歩みを進める。そこにもベッドが引き出され、そしてカーテンで覆われていることにここで初めて気づいた。
────鼓動が速くなり、いやな汗が背中に滲む。
とてつもなく嫌な予感がした。夕暮れの教室で目を覚ます直前の記憶がないから、てっきり私だけがこんな目に遭っていて、皆は帰っているものだとばかり思っていた。あの教室には人気がなかったから。グラウンドから聞こえる声も、誰かの通る雑踏も聞こえてこなかったから。……学校がこんなありさまになっていて、ずっと寝ていた生徒がいる?
敷島の手がカーテン端に手をかける。瞬間、むわりとした饐えた臭いが甘さを伴って部屋中に広がる。見たくないのに。見てはいけないと理性が訴えかけてくるのに、どうしてか児島はそこから視線を離せない。
軽い音を立ててカーテンが、勢いよく、開け放たれる。
そこに