幽冥来たりて、禍を生す   作:クサリ

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 口を抑えてわずかに身を退いた児島をよそに、敷島は特段動じた様子もなく肉と血と皮の散乱する場を調べていく。反応らしい反応はわずかに顔を顰める程度のもので、猟奇的な現場に対する怖れというものが致命的に欠け落ちているようだった。

 

「こりゃひでえな。骨も内蔵も丸ごと無くなってる」

 

 慎重な手つきは死骸に直接触れることのないようにだろうか。緩慢な動きで肉の塊を覗き込み、カーテンに張り付く人面皮を検める内に、果実の腐敗したような悪臭の中に鉄錆めいた血の臭いが強くなりはじめていた。

 堪らず児島はその場を立って、おぼつかない足取りで扉へと向かう。生理的な反応を抑え続けるのはもう限界だった。酸っぱい匂いが喉元までせり上げ、涙が滲む。腹の底から押し上げられるような圧迫感に、ぐっと堪えた呼吸を早く解放しろと突き上げられている。少しでも違う空気を吸いたかった。

 だが、結果として児島はその嘔吐感に負けることはなかった。扉を開けた先に見た光景が、彼女の吐き気を引っ込めてしまったからだ。

 

「……えっ?」

 

 がらんどうの暗闇が満たす、広い木造の空間。そこを、無数の“指虫”達が忙しなく這いまわっている。彼らは一様に布切れを口や尾に引っかけて、空間中央部に吊り下げられた何か巨大な塊の表面に貼りつけているようだった。

 布切れを塊に貼りつけ終えた“指虫”はすぐにその場から飛び降りて、空いた隙間にまた別の“指虫”が布切れを貼りつけにやってくる。一仕事を終えた“指虫”はそのまま壁に貼りついて目を閉じ、そうすると別の“指虫”が目を開いて暗闇の中に消えていく。いや、“指虫”ばかりではない。見たこともない獣のような形のものや、芋虫のような形をしたものもいくらか紛れて休息を取っているようだった。

 血と腐敗の混ざった悪臭が強くなる。怪物達の埋め尽くす部屋のあちこちに、無数の肉と皮が散乱していることに気が付いてしまう。そして、何より。何より、気味が悪いのは――――

 

 ――――部屋の中央に吊るされた巨大な何かを、懐かしいと感じてしまうことだ。

 

 気圧された体が一歩、後ずさる。その足音に反応して、無数に這いずる“指虫”達が一斉に児島の方に振り向いた。暗闇の中、ぎらぎらと光る彼らの眼球が児島を捉え、一斉に飛び掛かる、その寸前で、大きな音を立てて扉が閉められる。

 

「何やってやがるバカヤロウッ!!」

 

 顔いっぱいに焦燥を張り付けた敷島が、体全体を使うようにして扉を閉め、支えていた。衝突音が無数に響き軋む扉をどうにか押しとどめ、素早く鍵をかけてしまう。あまりに鮮やかな手つきに、何をしたのか一瞬わからない程だった。

 

「なっ、何って……何!? なにあれ、なにあれ!?」

「俺が聞いてんだっての! ああクソ、どうすんだよここ扉一つしかねえんだぞ!?」

「どうするってそんなの――――」

 

 部屋を見回す。目に入るのは書類を収めた棚に鍵付きの薬品棚、身体測定のための各種器具……ろくに、ろくに役立ちそうなものがない!

 焦りに空回る意識の中で、とにかく何かをしなければと書類棚に手をかける。扉に立てかければ少しは時間稼ぎになるだろうという、そういう反射的な判断だったが、それが思わぬ発見をもたらした。

 

「て……手伝って、敷島さん! この裏、扉がある!」

「はぁ!? 都合良すぎねえかそれ!」

「あるものはあるんだから仕方ないでしょ! 早く!」

「ああああああ、もう! どうなっても知らねえぞ!」

 

 児島の力では少しずつ押すしかなかったその棚を、敷島はぐいと勢いよく引きずって、あっという間に横にずらしてしまった。

 露わとなった見覚えのない扉。児島の記憶の中にも、保健室のこのような場所に扉があるはずがない。

 あまりにも都合が良くて、不審極まりない。それでも、“指虫”達に追い詰められた二人には選択肢がない。どちらからともなく顔を合わせ、頷き合って、その扉の先へと飛び込んだ。

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