幽冥来たりて、禍を生す   作:クサリ

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 手近にあった教師の椅子を適当に借りて休息を取りつつ、二人は話を続ける。

 

「敷島さん、メモ取ったり写真撮ったりしないじゃん。したのは例の怪物の死骸を確認したくらいでさ」

 

 今は取材より脱出を優先しているだとか、倫理的な面を気にして遺体を写さないようにするとかそういった様子ではない。確認のために写真を撮ってからはそれきり一度もカメラに意識を向けた様子がなかった。保健室での記録を見つけた後もそれをメモに書き残すでもなく、ただ頭で覚えていれば良いというような風情で記録を持ちだすことすらしなかった。記事のために使えそうな資料を集めることもしないその姿勢は、記者としての姿勢がまだ身についていないような、ちぐはぐな印象を児島に与えている。

 

「でも、調べるの自体はすごい真剣だった。普通あんな惨い死体をじろじろ調べないって」

「はっはっは、人を良く見てんだなあ、お前さん。でも、そこは実は記者じゃなかったって考えるとこじゃないか?」

「そこは考えないことにしたの。犯罪者ならどちらにせよ私はおしまいだし、祓魔師さんなら……」

 

 そこまで言って、児島はわざとらしく敷島の腕の負傷へと目を移す。ぼんやりと噂で聞く怪物退治のプロが、何の武装も対策もなく巻き込まれているのならあまり期待をかけるのも酷というものだった。というか、逃げ回っている現状を考えると、むしろ敷島が祓魔師であっては困るのだ。祓魔師がもっと抜本的に状況を解決できる性質のものでなければ、自力での脱出がかなわなくとも救助を待つという手段を取ることが難しくなるように思えた。

 

「だから新人記者のセンで決め打ちっていうか、カマかけってやつ? どう、合ってる?」

「大した嬢ちゃんだよお前さん。ああ、嬢ちゃんじゃなくて児島だっけか」

 

 大げさに両手を上げて首を振った敷島に、児島もえへんと胸を張ってみせる。

 

「これでも大層頭の良いお嬢さんって近所で有名なのよ、私」

「それで内実が伴ってるの初めて見たわ俺。……そうだな、記者としちゃまだ一年くらいだよ」

「記者になる前は、何をしてたの?」

 

 無遠慮な詮索に敷島は大きくため息を吐いた。本来あまり話したい話でもなかったが、それでもこの雑談が児島なりの歩み寄りであることには気が付いている。その気遣いをただ敷島側の感情で無碍にしてしまうのも気が引けた。

 

「まあ、公務員だよ。組織の歯車になってそれなりに働いて、それなりに評価もされてた」

「えっ、公務員!?」

「……なんだよその反応は。俺を何だと思ってたんだ、え?」

「えー、だって……敷島さん、どう見ても『ウラ』の人間って感じじゃん」

 

 釈然としない様子で敷島が無精ひげを撫でる。その眼光がまた無暗に鋭くて、物騒な雰囲気に一役買っていることに敷島は無自覚であった。

 

「似合わなくて悪かったな。まあ……色々あって公務員はやめたんだよ。四年前くらいかな」

「色々? 何があったの?」

「そこまで聞くかねぇ、普通」

 

 じとりとした視線を向けると、児島はてへと舌を出してわざとらしいウィンクをしてみせる。こうしても敷島が怒ることはないと見抜いた上での無遠慮さであるようで、なんとも厄介なことだった。

 

「死んだんだよ、娘が」

「え」

「正確には、行方不明だけどな。ただ、界異による災害だった。何日も経って生きてるはずがない」

 

 敷島は、当時のことを今でも克明に思い出すことが出来る。いつもと同じ日常に追われて、仕事を終えれば妻と娘が待っているはずだった。とりわけて仲の良い親子関係だったわけでもないが、それでも娘は娘で、敷島にとってはかけがえのない宝物だったのだ。それが……何の前触れもなく、手の届かない場所に行ってしまった。

 

「当時は、お前さんと同じくらいの歳だったかな。ま、そんなことは関係ないか。とにかく、それから俺は仕事もうまくできなくなって、嫁にも愛想を尽かされて……一年前にようやく社会復帰したってわけさ」

 

 語り終えて児島に視線を向ければ、彼女はなんともいえない据わりの悪い顔で敷島を見つめていた。思っている以上に重たい話が出てきた、といったところか。

 

「その、ごめん。不躾に聞いていい話じゃなかった」

「いーんだよ、そーいうのは。もう終わった過去だし、俺だってとうに踏ん切りもついてるさ」

 

 ()()。説明しようもない直観が児島にそう囁きかけた。敷島は娘の死を振り切ったわけではない――――今もまだ、その過去に囚われ続けているのだと。

 だが、それがわかったところで児島にできることは何もなかった。自らの無力にうつむきかけた時に、敷島の方から思いがけない言葉がかけられる。

 

「じゃ、次は児島の番だな」

「えっ。何が?」

「何がって、俺が話したんだからお前さんも身の上話さないと不公平だろ?」

「む、無茶ぶりじゃない!? 私、そんな劇的な人生送ってないよ!?」

「無茶ぶりでもいいから聞かせるんだよ、ほらほら」

 

 一瞬でも心配したのがバカらしくなるようなとぼけた笑みを浮かべる敷島を見て、やっぱりこの人って変な人なのではないかという疑念を児島は深めた。

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