残念なことに、児島の人生には劇的な展開というものはこれまでなかった。中流家庭に生まれ、多少の不自由は感じながらも貧困というわけではなく、家庭環境も至って普通。親子仲は良好で、少しだけ他の子達よりも勉強ができることが自慢の健全で健康な高校生だ。ありふれた道筋しか辿ってきていないだけに、とんでもなく重い話を聞かされた後に何かを話せるだけの手札は持ち合わせていなかった。
困った顔で固まってしまった児島に、敷島は小さく笑いながら助け舟を出す。
「別に面白い話を聞かせろって言ってんじゃねーよ。自己紹介みたいなもんだ。お前さんが何者なのか話してみろってだけ」
「そういう抽象的なのが一番困るんだけど! えーと、えーと」
ひらひらと手を振って軽く言う敷島に児島は歯を剥いて唸り、またすぐに頭を抱えてしまう。仕方がないので、敷島の方から少し助け舟を出すことにした。
「例えばお前さん、こういう状況に全然怖がってねえじゃん。何かコツとかあんの?」
「え、全然怖がってるけど。さっきも吐きそうになったし」
「そういうんじゃなくてなあ。なんていうか、目の前に怪物とか危険が出たらそりゃ怖がるんだけど、そうじゃなくて」
がりがりと頭を掻いてしばらく考え込み、ぽつりと言葉が繋げられる。
「そう、行動することに躊躇がないんだ。決断した後の思い切りが良すぎる。特に、俺との関係がそうだな。警戒してる相手にこんな気安く接するわけがねえ」
「それは当たり前じゃないの? 協力しないと死ぬかもってなったら、誰だって互いに味方であるための努力はするでしょ」
「普通じゃねえから言ってんだよ」
なんでもないような顔をしながら、児島は内心ギクリとしていた。児島が敷島をよく観察しているように、敷島もまた児島のことを観察していたのだ。
それに、敷島の言っていること自体にも、思い当たるものがないわけではない。
言うべきか、言わざるべきか。内心の葛藤をおくびにも出さないまま児島は思考を回して、まあいいかと話すことを選択した。
「……言っとくけど、笑わないでよ?」
「笑わねえ笑わねえ。ほら、言ってみろって」
話したくない理由というのも大したものではなかった。ただ、あまりにも
「昔からね、なんというか……ずっと欠けてるような感じがあって」
「へぇ! 何が欠けてるって?」
どこかからかうような合いの手に、だから話したくないんだと睨みつける。そう、なんというか、あまりに思春期すぎるというか、端的に言って厨二病っぽく聞こえてしまうのだ。
「それがわかってれば苦労してないっての! とにかく、何かはわからないけど……何をしてもずっとしっくり来ないのよ。現実味がない……は、ちょっと違うか。嬉しい時も悲しい時も、何かが中途半端な気がして」
常に歯車が半分ズレてしまっているような感覚。何かが満ち足りないのに、その何かがどうしてもわからない。感情がないわけではなく、現実を現実として受け止められていないわけでもない。ただ、何をしていても全てが片手落ちな気がしていて、地に足がつかないような気持ち悪さがつきまとう。
欠落感の理由を探ろうと勉強を頑張ってみたりもした。理由がわからないなりに満ち足りてみようと美容にこだわってみたりもした。だけど、その全てに効果はない。
異常事態に巻き込まれても、惨い遺体を目の前にしてなお、揺れ動く情動とは別にどこか出来の悪い劇でも見るかのような目で現実を見つめる意識があった。
「要は、どうしようもない部分で斜に構えてるんだと思う。だからあんまり物怖じもしないっていうか……わかってて止められないから嫌なんだけど」
「ふうん」
敷島はその言葉を否定することも肯定することもなく、口元に手を当てて何かを考えこんでいるようだった。からかうでもなく、笑うでもなく、重大に受け止めている様子でもない。
ただ話された言葉を話された通りに受け取っているような態度がなんだか癇に障るようでもあり、どこかほっとするような心地が児島に湧き上がる。
「はあー、もう。もうこれ以上はいいよね? 私、これでも結構恥ずかしいところ話したんだよ……!」
「おっけーおっけー、ちょっと意外で面白い話だったし及第点ってことにしてやろうな」
何様だよ、と睨みつける児島の視線も何のその、敷島はおもむろに立ち上がって、ひとつ伸びをした。
「恐怖で動けなくなるってことがないなら好都合だわな。打ち明け話で親交も深まったところで、ここも調べようぜ」