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歴史を見れば、何人ものエースパイロットが居る。想像もつかない様な、真似出来ない様な、凄まじい記録を残した様々なパイロットが居る。
だが、俺たちが知るエースパイロットっていうのは、結局その殆どが過去の人物に過ぎない。
例えば、『円卓の鬼神』だ。前の前の前……まだベルカに多くのエースパイロット達が存在していた時代の頃、要するに『ベルカ戦争』が勃発していた当時の英雄だ。
ウスティオ共和国空軍、第6航空師団。第66飛行隊《ガルム隊》の1番機。ベルカ戦争を駆け抜け、畏怖と敬意の狭間で生きた傭兵。何十年もの時間が経って尚、このパイロットの名前は忘れられていない。
当時、『円卓』と呼ばれる空域があった。空域B7R―――ベルカ空軍の居城とも言えた場所であり、それまで誰も攻略する事が出来なかった戦場でもある。
その『円卓』を落とす為、連合軍は『バトルアクス作戦』という作戦を実行した。結果としてそれは成功を収めたものの、実を言うとそれはあまり正しい結果ではない。
何せ、連合軍は航空戦力の40%以上を損失していたのだから。つまり、壊滅状態にあった訳だ。それを果たして完全に成功した作戦だと言えるだろうか?
もはや作戦は続行不可能だった。失敗に終わる筈だった。だが―――円卓の鬼神と、その僚機である片羽の妖精が来た事で、作戦は成功を収めたのだ。
ガルム隊の二機が救援として駆け付け、その圧倒的な力を以て瞬く間にベルカ空軍のエース達を撃墜、円卓にあるもの全てを焼き尽くさん勢いの容赦ない攻撃に、遂には敵が恐れ慄いた。
化け物と言われ、悪魔と言われ。しかしそのどれもが当てはまらない圧倒的で絶対的な純粋なる強さ―――まさしく鬼神の如き活躍をした事から、その傭兵は『鬼神』と呼ばれた。
次に、『リボン付き』だ。コールサイン「メビウス1」の名でも知られる、俺たちエルジア空軍が当時最も恐れた敵だ。リボン付きの他、『死神』とも呼ばれていた。
ISAF―――独立国家連合軍の空軍第118戦術航空隊に所属していたパイロット。メビウスの輪のエンブレムが遠目からリボンの様に見えた事から、リボン付きと呼ばれたらしい。
俺は実際に戦った事がある訳ではないが、俺の先輩に当たるベテランのパイロットはリボン付きと戦った事があるらしかった。
あまりにも速く、そして鋭く。無理も無駄もなく近付いて、まるで獲物を仕留める鷹の様に一瞬で、敵を落としたと。
先輩の僚機は脱出レバーを引く間すらもなく、リボン付きに撃墜されたらしい。隣でそれを見ていた先輩ですら、その瞬間を理解するまでにかなりの時間を有したらしい。その内に別機に落とされた先輩は、脱出して生き残ったそうだ。
また、当時のエースパイロット部隊―――「黄色中隊」と呼ばれていた彼らのリーダーも、リボン付きに落とされた。
話しによれば、リボン付きの作戦遂行能力はISAF空軍の一個飛行隊に匹敵するとの事だ。たった一人で一個飛行隊に匹敵する程の力を持っているなんて、エルジア空軍から死神と言われ恐れられるのも納得だ。
さて…そんなエース達を語ったのだが、最初に言った通り、それらは結局のところ過去の人物でしかない。
鬼神の生死は不明だし、それどころか行方が知れない。リボン付きは
だからこそ―――俺が今から語る事に、君達は実感を持てないだろう。君達からすれば、俺が語る事も過去の事でしかないのだから。
しかし、それを承知の上で、俺は今からパイロットの卵である君達に、俺たちが相手した最強のエースパイロットを語る。二度と敵に回したくない、
『三本線』。奴は主にそう呼ばれていた。機体の尾翼に三本の爪痕が描かれていた事から、そういう名が付けられたんだ。他にも『オーシアの二つ頭』なんて呼び名もあったな。
長距離戦略打撃群。ロングレンジ部隊。ストライダー隊とサイクロプス隊の二小隊で編成されたその部隊の内、ストライダー隊の隊長機を務めていたのが三本線だった。
三本線とサイクロプス隊の隊長機。この二人が、かつて『オーシアの二つ頭』と言われていた。アーセナルバードというエルジアの最新兵器二機の内の一つを撃ち落とすのに、多大なる貢献をしたのがその二機だったんだ。
俺が奴と戦ったのは、ファーバンティだった。『ファーバンティ制圧作戦』―――ある意味で、世界が混乱に陥る境目を創り出した戦場でもある場所で、俺は三本線と戦ったんだ。
空に三本線は凶事なり。そんなまじない染みた言葉を聞いた時は、弱い奴の単なる戯言だとばかり思っていた。負けて帰ってきた腰抜け共の言い訳だとな。
自分で言うのもなんだが、俺はそれなりに腕が立つパイロットだったんだ。一度の作戦で、オーシアの敵機を6機
普通にエースパイロットと言ってもいいくらいには優秀だと、俺は思っていたんだ。実際、周囲の奴らからも持て囃されていたし、上官にも信頼されてたんだ。
そんな俺は、ファーバンティ制圧作戦で真っ先に墜ちた。あぁ、そうさ。誰よりも早く、墜とされたんだ。
俺は天狗だった、最初はそう思っていたんだがな。けど、少しずつそれが可怪しい事に気付いた。俺は決して弱かった訳じゃなかったんだ、て。
戦争が終わってから、少しが経った時。一ヶ月後の事だ。
エルジアが頼りにしていた実験飛行隊―――ソル隊の生き残りと訓練をした事があった。2番機と3番機だ。
勝つ事は出来なかったよ。流石、『天界の王』の護衛機を務めていただけある。ただのパイロットに過ぎない俺をまるで強敵であるかの様に強く警戒し、一切の油断を漏らさない。あれこそプロってやつなんだろうな。
粘る事が出来ただけ良かった、そう思った。戦闘が終わってから、俺は相手してもらった二人から良い腕だと褒めてもらったよ。結構、いやかなり嬉しかった。少し自信を取り戻せた気がしたよ。
けど、俺はこう言ったんだ。「自分は未熟者です。三本線の相手にすらならなかった」って。そしたら、二人はなんて言ったと思う?
少ししてから、二人に笑われたよ。「君は弱くない。俺たちが保証する。ただ、相手が化け物だっただけだ」って言われたんだ。
三本線。この相手が、あまりにも桁違いのパイロットだった。だから負けて仕方ない。そう言われたんだ。
どちらにせよ負けた事に変わりはない。そう言おうとしたんだが…その言葉が、不思議と腑に落ちた。簡単に納得してしまった。
あぁ、分かってる。君たちが知りたいのは、俺がどうやって墜とされたか、だろ? 今から話すさ。
あれは―――まさしく、離れ技だった。
夕焼けの空。日が海に沈みつつある黄昏に、奴らは現れた。
下はエルジアとオーシアの陸軍の泥臭い戦場だ。シルバー橋も復興記念公園も、銃弾と砲弾が飛び交う血なまぐさい場所と化していた。
空は良い。そういった光景を見ず、目の前の敵にのみ集中すれば良いんだから。
《来たぞ、オーシアの二つ頭だ!》
《尾翼に三本の爪痕…アイツが『三本線』か》
Su−57に乗る俺は、尾翼に描かれた三本の爪痕を見て確信した。奴こそが、エルジア空軍が警戒するエースパイロットであるのだと。
F−22A―――同じ第五世代戦闘機だ。最新の戦闘機のパイロットを任された俺は、自信に満ち溢れていた。パイロットとしての意地ってやつだ。
《凶事だのなんだの言われてるが、中身は人間だ。妄言なんぞに惑わされるか!》
アクセルを踏み込み、機体を加速させる。
一気に距離を詰めて、真正面からミサイルを撃ち込んでやる。自分の実力を過信していたが故に、俺はそんな馬鹿げた事を意気込んで駆け抜けた。
今思えば、我ながら愚かだ。
自信があったとは言え、俺がした事は自殺行為に他ならない。真正面からのドッグファイトは戦術として存在しているが、メリットよりもデメリットの方がデカい戦術だ。
だが、当時の俺はそんな事を考えてすらいなかった。エルジアを苦しめる三本線、同僚を墜とし続ける悪魔を墜とす事だけを考えた。
ヘルメットに映るサイトが、真正面を飛翔するラプターを捉える。
だが、ラプターは動かなかった。旋回もロールもせず、加速もせずに一定速度で飛んでいるだけだった。
《余裕ってことかよ…! 舐めるなよ、三本線!》
苛立ちの様なものを覚えたのを憶えている。
感情に駆られる様に、激情のままに、俺はミサイルを発射した。撃ち墜とす、と。必ず殺してやる、と。
解き放たれたミサイルが、ラプターへと翔けていく。黄昏の空を行き、雲を裂いて真っ直ぐに飛んでいく。にも関わらず、ラプターは回避行動を取ろうとしない。
《何故だ、何故避けない…? どういうつもりだ、三本線》
距離が縮まっていく。今から旋回しても、このミサイルを回避する事なんて出来ない。フレアを使ったとしても、ミサイルはどうにもならない。
俺も、そして俺の僚機達も、そう思っていた。
だが―――実際は違った。あまりにも桁外れで、そして信じられない現実を目にした。
ラプターは突如として機首を上げ、その機体の姿勢、仰角を90度近く取り始めた。航空機のマニューバ、空戦機動の一つである「コブラ」というものだ。
馬鹿だと思った。コブラ機動を取った所で、ミサイルは避けられない、と。
ミサイルが着実に距離を詰めていく。討てる―――そう確信した瞬間、ミサイルがラプターを通り過ぎた。
《―――》
ミサイルが間合い5mに入った瞬間、ピッチアップした機体を垂直のままにロールし、機体を垂直のまま横向きにする事でミサイルを回避したんだ。
俺の機体とラプターがすれ違う。キャノピー越しから、曲芸とも言える空戦機動に、俺は目を奪われた。
横90度にロールし、ピッチを下げて水平姿勢を取り戻したラプターが俺を捉えた。
俺は咄嗟にレバーを引き、ベイルアウトした。
何も出来ない空の上で、俺は仲間の最期を見たままだった。