それは、転生ウマ娘のあるひととき。

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ウマ娘になったので

 自我が芽生えたとき、思わずガッツポーズをしてしまったあのときの事を、今でも思い出す。

 

 俗に言う、転生というものらしい。しかも、好きだったゲームの世界に。

 

 ならば、あの有名なキャラクターと会うためにトレセンを目指すしかない。

 

 そう希望に満ち満ちて、自分の才能を信じ切っていたのは記憶の彼方のこと。

 

 北風が体のほてりを振り払う様を感じながら、私は目の前のドアを押した。

 

「お世話になりまーす!ウマ娘便です!」

 

 栃木県宇都宮市。中心地近くにある事務所に入ると同時に、帽子を取って笑顔を作る。すると、馴染みの社員さんが急いでこちらに駆け寄ってきた。

 

「毎度どうも!ローマンフルーヴさん、お待ちしておりましたよ!今日の荷物はこの封筒なんですけれど、なんとか2時間以内に西那須の支所までお願いしたいんですが、行けますか!?」

 

 社員さんがその手に持っていたのは、厳重に封印がされたA4の封筒だった。請求書在中、と書いてあるあたり、なるほど重要な書類であることが察せられる。

 

「2時間…ですね?何もなければ大丈夫だと思いますよ!」

「申し訳ないんですけれども頼みます!昨日郵便で出し忘れちゃってもー!電車の時間も微妙で間に合わないかと思ってたんですよ!貴女が来てくれたホントにもー助かっちゃう!」

 

 愚痴を軽く耳に入れながら封筒を社員から受け取って、防水加工がされたメッセンジャーバッグに丁寧にしまい込む。そして、肩口から斜めにかけたそれを、背中に沿わせた。

 

「大丈夫です。そういうことならこのウマ娘便、栃木最速のローマンフルーブにお任せください!では、行ってまいります!」

「頼みましたよー!」

 

 貸与されている帽子を深く被り直して、靴をトントンと直しながら、腰を落とす。そして、歩道に誰も人が通ってないことを確認してから足に力を叩きこみ、ウマ娘レーンへと体を弾き飛ばした。

 

 

 宇都宮の街を後にして、関東のアウトバーン、などという異名がある最速の道である国道4号線を、北風を切り開きながらひたすらに北に走る。歩道、ウマ娘レーン、そして車道が2本ある大きな幹線道路であるから、2時間あればまず西那須野にはたどり着けることだろう。

 ただ、気を付けたいのは道にすると約60キロの道のりだ。ウマ娘といえど、オーバーペースで走り続ければ一瞬でスタミナが切れてしまう。

 

「今日は調子がいいから…時速は40キロってところでフィックス!」

 

 ウーミン製のウマ娘用ランニングウォッチ、ForUmamusu265を確認しながら、自分のペースをうまく維持をしていくのが、輸送のコツだと思っている。

 

「休憩は…そうだなぁ。矢板のコンビニで一回休めば行けるかな?」

 

 1時間も走ればトイレも行きたくなるし、ガス欠に近い状態になってしまう。あのコンビニは国道沿いにあるし、距離的にも半分ぐらい。休憩ポイントとしては間違いないだろう。

 

「お」

 

 そうやって走り続けていると、私と同じ帽子をかぶったウマ娘が、対向車線を走り抜けてくる。右手でピースサインを作って頭の横で振ってやれば、相手からもピースサインが返ってくる。

 ウマ娘同士、特に、ウマ娘便同士の安全の合図みたいなものだ。もともとはバイクに乗っている人がやっていたらしいサインだけれど、今では反射的に出てしまうぐらい、体になじんでいる仕草。

 

「ご安全にー」

 

 聞こえはしないけれど、そう口に出してから改めて走りに集中をする。あまり急いで体を揺らしてはいけないし、腕を振りすぎてはいけない。なにせ、斜めがけのメッセンジャーバッグには大切なお届け物が入っている。

 

「さぁて、ここからは集中しないと、ね!」

 

 少しだけ上半身を倒し、地面を滑るように、一定のリズムで地面を刻んでいく。上り坂もあるし、下り坂もあるし、カーブもあるし、信号もある。なるべくなるべく、加速と減速をしないように気を使いながら、体力を無駄に使わないように気を使って道を進む。

 

『おねーちゃん頑張ってー!』

 

 不意に、通り過ぎた車から子供の声がした。目線を向けると、小さなウマ娘が車からこちらに手を振っている。

 

「ありがとー!」

 

 答えながら、手を振ってやるとその子の笑顔が見えた。うん、今日のこの御届け物はきっと、問題なく届けられることだろう。

 

 

 コンビニで水分補給をしながら休憩をしていると、なにやら大きなバスが駐車場に入ってきた。

 

「お、あれは…」

 

 中央競馬会。じゃあない。URAの文字がデカデカとあしらわれたバスだ。それが駐車場に止まると、やはり、思った通りというべきだろう。次から次へとウマ娘たちがその姿を現し始めていた。

 

「疲れたー!」

「ですわね。…あら?新作のスイーツがあるのですね」

「だねー。って、食べる気?また太るよー?」

「なっ!?」

 

 ほほえましい学生の雑談を耳に入れながら、ぐっと最後の一口を喉の奥に流し込む。さてさて、こちらはこちらでそろそろ出ないと間に合わないからね。

 それにしても、中央のウマ娘がなんでこんなところにいるんだろ?

 

「まぁいいんじゃねーの?これからスキー合宿なんだからよー。なぁトレーナー」

「んー、まぁ、少しくらいならいいぞ」

「本当ですか!?ふふ」

「嬉しそうな顔しちゃってまー。じゃ、アタシはマグロのパイでも作っかな」

「なにそれ!?」

 

 なるほどね。…最後にちょっと訳の分からないことを言っていたけれども、そういう了見か。確かにスキー合宿ならここら辺に来るのは納得できる。それに、スキーのトレーニングは下半身が結構鍛えられるわけで、しかも楽しいからいい練習だと思う。

 

「懐かしいねぇ」

 

 ふいに呟いてしまった言葉に、ふ、と自嘲気味に笑って見せる。色々試したもんなぁ。ゲームの練習のようにタイヤ曳いてみたりとかもしたけれど、結局、走るための実力はついて来なかった。

 

「ま、その訓練が今の仕事に役立ってるし。問題はないさ」

 

 ぐーっと背筋を伸ばしながら、歩道の一歩手前まで歩みを進める。…そういえば、さっきのウマ娘たちは記憶の彼方にいる、私の好きだったウマ娘の姿とどこか被っている。

 もしかしたら、本人たちなのかもしれない。でも、私は、彼女らとは一緒に走れないわけだし、なによりも今の私はプロなのだ。

 

「私はウマ娘便のウマ娘だからねぇ」

 

 彼らはレースとパフォーマンスのプロ。

 それが証拠に、私もさほど彼女らを意識していないし、彼女らもこちらの事は気にも留めてない。だって、私も彼らも接点が無い。

 しいて言えばウマ娘であるという点こそ一緒だけれども、それは、有名人が日本人だからといって、仲良くなれるわけではない。ということと何も変わらない。

 

 ただ。

 

「ほう…これはいいトモだ。実に良く鍛え上げられている…」

「んっ!?」

 

 ヒタリと太ももに感じた感触。恐る恐る振り返ると、先ほどのトレーナーと呼ばれていた男性が、私のフトモモあたりを入念に触っていた。

 

「なぁ君、レースに興味は…」

「トレーナー!!!」

 

 そんな叫びと共に、がばっと、男性の首根っこが引かれて、彼は私の足から勢いよく引っぺがされていた。

 

「申し訳ございません!その、この方は決して悪気があったわけではないのです!」

 

 そして、男性を引っぺがしたウマ娘が深々と頭を下げていた。

 

「本ッ当に申し訳ございません!トレーナーも頭を下げて!」

「あ、ああ」

 

 ああ、なるほど。

 

「あはは。大丈夫ですよ」

 

 こちらの世界に生まれ出てから薄れつつあった、しかし、頭の中に刻み込まれていた光景が思い出されて、つい、思わずにやりと口角が上がる。

 

「中央のトレーナーさんでしょ?仕事熱心なんですね」

 

 私の反応に、ぽかんとしたウマ娘さんとトレーナーさんの2人。

 

「あの、怒ってらっしゃらないのですか?」

「びっくりはしましたよ。でも、怒ってはいません」

 

 恐る恐るといった雰囲気で問いかけてきたウマ娘に、思わず笑みが深まった。

 

「なんせ、私も鍛えてはいますから。中央の方に褒められる足に仕上げられている事、誇りに思います」

 

 ぐ、と力こぶを作って頷いて見せると、ようやくウマ娘さんの顔に笑顔が戻っていた。

 

「では、急ぎますので私はこれで」

「あ、はい!本当にお仕事の邪魔をしてしまって、申し訳ございません!ほら、トレーナーも!」

「すんませんでした」

 

 再び深々と下げられた頭に、思わず苦笑が浮かんでしまう。ま、そうだな。せっかくの機会だし、私の気持ちを届けておこう。

 

「中央のウマ娘さん、私、貴女たちをすごく応援しています。今日の事はお気になさらず!レース、そしてライブ、いつも楽しみにしていますからね!」

 

 

 1時間と50分。なんとか、出発から2時間以内に、西那須野事務所の扉を叩けていた。

 

「いやぁー、助かりましたよ。これで、決済に間に合います」

「それは良かったです。運んだかいがありました!では、こちらにサインをお願いします」

 

 笑顔の社員さんに頷きを一つ向けた後、ウマホの画面に名前の手書き欄を表示させて、タッチペンを差し出した。

 

「承知しました。では、ペンを頂戴致しまして…」

 

 サラサラと画面に描かれた名前を目尻で追いながら、社員さんの頭についているウマ耳を少しだけ眺める。

 この世界は、普通に、ウマ娘が人間と一緒に生活をしている。それは事務職もそうだし、現場職もそうだし、医者であったり、国会議員であったり、警察も、消防署も、工事現場もそうだ。

 ありとあらゆるところで、ウマ娘が活躍している。

 

「…はい、こちらでよろしいですかね?」

「…はい!問題ありません!ご利用、ありがとうございました!」

「またお願いしますね。ローマンフルーヴさん!」

 

 お互いに頭を下げたのちに、私はその事務所の扉を閉じた。そして、携帯の入力欄の名前をちらりと眺める。

 

「タイムズローマンさん。こちらこそ、いつも感謝ですよ」

 

 どこかで聞いた響きだけれど、それはきっと気のせいだ。似たような名前はいっぱいあるし、私の名前だってそういうものの一つだ。

 

「さ、って。次の仕事は何かあるかなー」

 

 電話のアプリを起動して、事務所に連絡を取る。すると、3コールの後に、馴染みの上司の声が耳に入ってきていた。

 

『おつかれさーん。ローマン、無事に仕事は終わったのか?』

「お疲れ様です。無事に完了ですよ」

『おっけーおっけー…確認した。おー、2時間切り。流石だな!で、今どこだ?』

「届け先の西那須ですよ」

『ああ、そうだった。ああ、そうしたら次はサファリパークに行ってくれ』

「サファリ?ああ、那須のですか?」

『そうなんだよー。雪で宅急便が止まってるって話でな。行ってくれるか?』

 

 行ってくれるか。ね。ま、行くしかないんだけどさ。

 

「ただ、今からとなると、雪もあるのでちょっと時間かかりますが」

『判ってる。先方もそれも承知の上だ。で、道の駅までは来てくれるってことなんだが』

「ああ、友愛の森ですかね」

『そうそう。そこだ。いけそうか?』

「あそこならまだ除雪が効いているでしょうから、なんとか1時間ぐらいでつけると思いますよ」

『おお、流石ローマン!助かった!』

「それで、届け先と時間は?」

『宇都宮のウチの事務所に戻ってくれればいい。時間は…今から4時間以内』

「承知しました。ということは、道の駅からは3時間ですね。

『そうなる。タイトだが、頼むぞ』

「任されました。では、早速向かいますね。アプリにルートの転送をお願いします」

『おう…今送った。じゃ、頼んだぞ!雪道だし、あのあたりは道も狭い。事故にだけは気を付けてな!体が資本だぞ!』

「もちろんですよ」

 

 ウマホを懐にしまって、再び歩道の一歩手前まで体を出す。右、左、右。人が来ていないことを確認してから、再び私は、北風を切り裂いて、更に北へと走り出した。

 

 

 私はウマ娘になった。

 

 ―しかし。

 

 特別な才能。

 

 血反吐を吐くような努力。

 

 そして、有名な馬の魂を持つウマ娘と競い合う。

 

 これはつまり、そんなよくある話ではない。

 

 私は確かにウマ娘になった。

 

 しかし、あちら側には行けなかった。

 

 つまり、私は、モブウマ娘の一人なのだ。

 

「そういえば」

 

 コンビニを立ち去る直前、あの中央のトレーナーに押し付けられた()()()が一枚。

 

「名刺貰ってたな。…へー、あのトレーナーさんの本名ってこういう名前なんだ」

 

 ふふ。でも残念。私は今の私が好きなんだ。走れなかったっていう事実も含めてさ。

 

「でも、捨てるには勿体ないし。ケースに入れて保管しとこ」

 

 まぁ、こういう生き方も、悪くはない。

 

 何せ、私はウマ娘になったので。


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