伏黒「クソみてぇな術式」   作:悲しいなぁ@silvie

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十番目:【アミバ】

【十種影法術】

呪術界の頂点である御三家が一つ、禪院家の相伝であるその術式はなんの因果か本家の人間ではなく禪院家を見限った男の息子が発現させていた。

本来、十種影法術とは『先代旧事本紀』に記された十種の神宝に由来する十種の式神を使役する術式である。

最初に与えられる式神以外は術者自身が式神を調伏させなければ使用できない等…幾つかの制約こそあれど、術式としての()は非常に高い。

それこそ、その術式を持っているだけで御三家の当主になれる程に。

だが───それは、()()()十種影法術であれば…だ。

 

これは、クソみてぇな術式を持って生まれた気苦労の絶えない少年が世界をほんの少し優しくしようと立ち向かう話である。

 

 

 


 

 

少年が、初めてその術式を発現させたのは…生後間もない頃だった。

本来術式の発現は自己の確立の後…早くとも4歳程からとされる。

この時点で、既に少年は──否、この術式は異常だった。

十種影法術は最初にまず2匹の『玉犬』が与えられる。

 

しかし、少年にはまず──1匹の『アミバ』が与えられた。

 

少年にとって幸運だったのは、アミバは術式を持たず生後間もない少年でも顕現させ得る程度の極めて少ない呪力しか消費しなかった事。

少年の母にとって幸運だったのは、今正に尽きていこうとしていた命…その理由が身体的損傷ではなく現代医学ですら匙を投げる難病とその難病からくる体力の消耗だった事。

 

そして、少年の父──伏黒甚爾にとって幸運だったのは

 

「テメェ…!そいつから離れろ!!」

 

「ん〜?なんだこの女、死にかけているではないか…

どれ、この天才が貴様に健康な肉体を授けてやるぞ!」

 

(なんだコイツ…!いきなり湧いて出やがったぞ!?

しかもこの感じ…呪霊!?いや…式神か……?

ふざけんじゃねぇ…ただでさえ弱っちまってるってのに、こんなんにまで憑かれちまえばもう……もう…!)

 

甚爾が混乱と共に構える…しかし、家庭を持ち愛する人に絆され温もりを知った甚爾の手元には───一振りすら呪具が無かった。

勿論、手放した訳ではない。

幾つも用意してある隠れ家には無数の呪具が用意してある…しかし、甚爾にとって『帰るべき場所』であるこの小さなアパートの一室には低級の…それこそ玩具と言っていいような呪具すら持ち込んではいない。

呪いは呪いでしか祓えない

呪術における埒外たる天与の暴君ですら、その理からは逃れ得ない。

 

「ふぅむ…お前の病を治す秘孔は──」

 

ゆっくりと、品定めでもするように近付いていくアミバ。

甚爾は思考を邪魔する程に鳴り響く心臓に苛立ち、胸を殴りつけながら考える。

 

(どうする…?呪具、呪具さえあればこんな雑魚どうとでも出来る…っ!

取りに行くか…?駄目だ、一番近くても往復で1分は掛かる…

どう…どうすれば……駄目だ、顔に…表情に出すな…!

コイツには視えてねぇ…俺だ、この場では俺にしか視えてねぇ……医者も言ってたろ、ストレスが掛かれば一気に進行する…!)

 

「どうしたの…?大丈夫、心配しないで」

 

大丈夫だから…そう言いながら甚爾の手をそっと握る。

それで、甚爾は止まってしまった。

優しく、穏やかで、甘く、温く、弱くなった伏黒甚爾は硬直してしまった。

その一瞬で、アミバは少年の母の眼の前まで近付き立ち止まった。

 

「ま、待てっ!!」

 

「───ここだぁっ!!」

 

甚爾の静止も聞かず、アミバは少年の母を──突いた。

 

アミバには人に憑いたり、呪力を飛ばしたりといった呪霊や式神ならば当たり前に出来るような事が一切出来ない。

呪力も貧弱、肉体とて精強ではあるが呪力による強化が出来るならそこらの4級術師相手ですら苦戦する程度でしかない。

純然たる事実として、アミバは十種影法術で呼び出せる式神の中で最も弱い───だが、アミバには一つだけ

たった一つだけ、理外の『技術』がある。

名を、【北斗神拳】

人体に708有るとされる経絡秘孔を突く事により人体を内側から破壊せしめる一子相伝の暗殺拳、その技術の模倣。

たかが模倣と侮るなかれ、アミバは二千年以上続く北斗神拳の正統伝承者すらも知り得なかった秘孔を独自に発見した正に天才。

そんなアミバが、病に臥せる肉体を突いた。

殺法、転じて活法也

西洋医学では匙を投げる難病…だが、北斗神拳は相手を体内から変化させる事に特化した技術。

言わば東洋医学の極致。

 

アミバが秘孔から指を抜き去ると、少年の母は幾度か大きく咳をした後…憑き物が落ちたように安らかな寝息を立てて眠った。

 

「なん…で……ど、どうなって……」

 

「ふ、ふふふ……!やはりおれは天才だぁ!!

おれに不可能など無いのだぁ〜!!」

 

ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら小躍りするアミバ。

しかし、甚爾はそんな面白生物を無視してよろよろと妻の側へ近寄ると壊れ物を触れるようにその頬を撫でる。

体力が無くなり、ザラザラとした触り心地で…確かに温かいその頬を、甚爾は何も言わず撫でる。

 

「……成る程なぁ〜!」

 

そんな二人を見て、アミバはやめておけば良いのに更に下卑た笑みを深める。

 

「貴様、その女の連れ合いか何かだなぁ?

フハハハ!!ならばおれはお前の恩人という訳だ!!

よくよく見れば中々言い体付きをしてるじゃないか…おい貴様!喜べ、貴様をこのおれの木人形(デク)にしてやるぞ!!」

 

そう言うとアミバは甚爾に近寄って…

 

「おい、今は機嫌がいい…失せろ」

 

パン、と耳を(つんざ)くような音が響いた。

甚爾がアミバの眼の前で寸止めした拳が出した音。

物体が音速の壁を超えた音──俗に言うソニックブームである。

 

「はうっ!?」

 

勿論、呪具を身に着けていない甚爾の打撃などアミバにはなんの痛痒にもならない。

しかし、長年闘いの場に身を置いてきたアミバの拳士としての直感が───皮肉にも見様見真似で北斗神拳を再現する程の『天才的な観察眼』が否が応でもわからせてしまった。

自身と眼の前に居る男の差を。

覆しようのない、生物として歴然たる格差を。

 

この後、幾分か落ち着きを取り戻した甚爾がアミバを自身の息子が顕現させた式神であり推定無害と認定するまでの三十分間。

アミバは部屋の隅でガタガタと震えながら顔面からよくわからない汁を垂れ流し続けるのであった。

 

 

 


 

 

アミバが初めて顕現してから約二ヶ月。

北斗神拳を応用した治療の甲斐もあり、少年の母は今や難病を患う前以上にとすら言える程に快復していた。

……その影ではアミバがバキバキと関節を鳴らす甚爾に怯えながら必死に秘孔を突いていた姿があったとか無かったとか。

一家の危機とも呼ぶべき困難を乗り越えた伏黒家…だが、1難去ってと言うべきか──

 

「金がねぇ」

 

またも苦境に陥っていた。

甚爾は苦い顔をしながら口座の預金残高を見ていた。

 

「治せもしねぇくせに金だけは取っていきやがって…」

 

それは、かつて甚爾が自身の持てる伝手という伝手を使って合法非合法問わずあらゆる治療法を試した結果でありある種微笑ましいものである。

ではある、が…

 

「クソ…仕事……探す…か………?」

 

甚爾の口から出たのは、至極真っ当な帰結に思える言葉。

だが、彼を知る者が…それこそ彼の仕事仲間である孔時雨(こんしう)あたりが聞けば思わず熱でもあるかと問われるような発言であった。

自他共に認めるヒモである甚爾が働くと言うなど…と。

そして、更に驚くべき事に…甚爾は『真っ当な仕事』を探そうと考えていた。

術師殺しとしての仕事ではなく、もっと真っ当な…少なくとも血が流れないような仕事を。

 

「おい甚爾!皿を用意してくれるかぁ〜?

もうすぐこの天才が焼いたパンケーキを賞味させてやるぞ!」

 

器用にフライパンを振るうウェーブが掛かった黒髪の男。

というかアミバである。

 

「フフフ、恵ぃ〜お前にはこのフレンチトースト風パン粥を賞味させてやるぞぉ!」

 

余りにも呪力消費が少な過ぎるが故に自然回復する呪力の方が多く、出しっぱにされた結果

今や伏黒家の台所番となった筋骨隆々の男。

というかアミバである。

 

「……………そうだ」

 

恵に前掛けを着けてお手製のパン粥をせっせと食べさせるアミバを見て、甚爾が手を叩く。

甚爾は後その思い付きをこう語る…

おれは天才かもしれん、と。

 

「おいアミバ」

 

「ん~?どうした甚爾、というか早くお前も食え

パンケーキは焼き立てが一番美味いからなぁ〜!」

 

「お前、俺とマッサージ店で働くぞ」

 

「……はぁ?」

 

 

 


 

 

「つーかさあ、この程度の奴ら相手に俺と傑で対応する必要マジであった?」

 

顔面が陥没した男達の山に腰掛けながら気怠げに話す白髪の少年。

 

「悟、何度も言ってるだろ

幾ら此方が気の毒になるぐらい弱い相手でも護衛対象が護衛対象だ…私達二人で事にあたるべきだよ」

 

その少年に答えるのは顔面がボコボコになった男達の山を背景に軽く伸びをするボンタンを履いた男。

この二人こそ、現代呪術界の頂点。

五条家が誇る【無下限呪術】と【六眼】の抱き合わせたる天才、五条悟と一般家系の出身ながら瞬く間に階級を跨いだ【呪霊操術】の使い手、夏油傑。

呪術界が誇る最強にして、呪術界が頭を抱える問題児達である。

 

「ん…?なんだあの行列…」

 

「ホントだね、日本人気質と言うか…よくあんなに並べるもんだ」

 

二人は護衛対象である天内理子とその従者、黒井美里を連れて街をぶらついていた。

呪詛師集団『Q』とやらがあまりにも肩透かしな雑魚であり、その後も特に襲撃もなく天内の学校が終業時間になった為折角だし買い食いでもするかと繰り出した所存である。

 

「む?なんじゃ…貴様ら知らんのか?

アレは『奇跡の店』じゃ」

 

お肉屋さんで買ったコロッケで頬をハムスターのように膨らませた天内が二人にそう答える。

 

「奇跡の店ぇ〜?うさんくせぇー!!」

 

「ふむ…壺とか売ってたりするのかな?」

 

「妾もよく知らんが…なんでも最近、凄腕のマッサージ師が現れたそうじゃ

その者が体の一部を押すだけで歩けぬ者は立ち上がり、口をきけぬ者は歓喜の声をあげた…とかなんとか」

 

「マジでうさんくせぇな…そのうち奇跡の水とか売り出すんじゃね?」

 

「どうだろうね…私は宗教団体を設立する方が早いとみるけど」

 

わいわいと騒ぎながらもなんだかんだ件のマッサージ店の前まで足を運ぶ一同。

アミバと甚爾が最強二人と出会うまで、後数分である。

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